秘蔵
尾八原ジュージ
ある神主の話
どこでお知りになったものか存じ上げませんが、嘘など吐いてもご納得されないのでしょうね。
仰る通り、当神社は木花咲耶姫命を御祭神とし、本殿には秘蔵の神像がございます。電話で申し上げたとおり、その神像は昔から非公開となっておりますし、今後も一般公開するつもりは一切ございません。その方が皆様のためにはよかろうと考えております。
なぜってその証左が今、こうしてあなたの目の前にいるのですが……ええ、それでは少し昔話をいたしましょうか。
とは申しましても、これといって面白い話ではございません。ただ代々神主をしている家に生まれた兄と私が、当家が管理しております神社の神像を無断で見た。たったそれだけのことで……。
もう三十年以上も前の話、当時まだ私は十歳でした。兄は私よりもみっつ年上で、どちらかと言えば兄の方が見たがっておりました。
木花咲耶姫命といえば、非常に美しい女神として知られております。特に当家では昔から、当社の神像はこの世で一番美しい、一番尊い姿をしているという話を、よく聞かされていたものです。それがあまりに尊いお姿だからあえて人前に出さないのだ、お前たちも迂闊に見てはいけない、と何度も言われたものでした。
当時神主だった私の祖父ですら、神像を見るのは年に一度、安置してある箱を開けて風を通すときだけでした。それもはっきり見えないよう、顔の前に薄い布を垂らして行うという徹底ぶりです。
両親や祖父母にしてみれば、私たち子供によくよく注意したつもりだったのでしょう。しかし何度も「見るな」と言われると、かえって見たくなるのが人情というもの。まして子供のことですから……。おまけに本殿の鍵も、神像が安置されている箱の鍵も在りかは知っていましたから、その気になれば持ち出すことができたのです。
それである日、私と兄はふたつの鍵をこっそり携えて、当社の本殿へと向かいました。
……と、残念ながらこれ以上特に冒険譚はございません。
ただ誰もいない本殿に忍び込み、箱を開けて中身を見ただけですから。
兄はそれから食事もろくにとらなくなり、三月後に衰弱死いたしました。私といえばこの通り、盲目になっております。
ええ。それはもう、見たことがないほど尊いお姿をしておられました。そのお姿を拝むことができた自分の目に、それ以外のものを映すことが耐えられなくなって、私はその場で両目を抉り出してしまったのです。
あの時視力を失ったおかげで、私の脳裏には未だに、当時見た女神様のお姿がはっきりと焼き付いています。それに盲目になったために、年に一度神像の箱を開けるのは私の仕事になりましたから……ええ、私にとってはこの上なく幸せなことです。
おわかりになりましたか? あの神像を人前に出さないのは皆様のためだと申し上げた理由が……それでもご覧になりたいのでしたら、試しに当社にお出でになりますか?
おそらくあなたも、隠しておけと仰るはずですがね。
秘蔵 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます