第4話 作戦① 赤田 瑞希を引き止めろ!後編
「おい、待て赤田!」
呼び止めると、赤田は立ち止まってこちらを振り向いた。
「何、まだなんか用があるの?」
眉間にシワを寄せ、鬱陶しそうに言う。ちっ、何でそんな顔されなきゃならねーんだ。
まあ、俺を無視して教室に入っていかれるよりは良い。立ち止まってくれただけマシだ。
「本当に、優人に聞きに行くつもりか?」
「そう言ってるじゃない。それじゃあね」
もういいでしょ、と言わんばかりに踵を返す赤田。くっ、こうなったら多少強引に止めるしかないか。
「待てっつってんだろ!」
俺は早足で教室に向かおうとしている赤田の腕を、ガシッと掴んだ。
「きゃっ!? な、何すんのよ!? 放しなさい!」
「騒ぐな。それ以上喚くとどうなるか分かってるな?」
「っ……!?」
抵抗する彼女を、睨みを利かせて黙らせる。体格差のある男子、それも強面の大男に睨まれ、腕を掴まれている状態だ。さすがに赤田も恐怖で顔が引き攣っている。
しかしもっとこう、叫んだり身体に力が入らなくなってもおかしくないんだが。毎日優人にアプローチしているだけあって、メンタルは強いのだろうか。
「な、何よ。女の子を脅すなんて、男として最低よ!」
「…………フッ」
赤田に至極全うなことを言われ、自虐的な笑みが自然にこぼれた。
最低か。そんなの百も承知。男女の体格差を良いことに女子を脅すなんてシャバい真似は、クズ男のすることだ。
しかし俺は、マブダチである優人の恋を成就させるため、何でもすると決めた。
その結果、例えクズと言われようが厭わない。怖がられたり、嫌われたりするのは慣れている。
そう。俺は赤田瑞希にとっての『悪役』だ。
「悪いな。こうでもしないとテメーを止められないと思ってよ」
腕を掴んでいた手の力を緩めると、赤田はすぐにバッと俺の手を振り払った。
「何を言ってるのか意味が分からないわ。どうしてそこまでして私を引き留めるの?」
「テメーのことを考えて忠告してやるためだ」
もちろん真っ赤な嘘。本当は優人が好きな人を赤田にバラしてしまい、邪魔をされることを防ぐため。つまり優人を思ってのことだ。だが、建前としてそういうことにしておく。
「忠告?」
「本人から聞くリスクがどれだけ高いのか、ちゃんと理解してるんだろうな」
「……どういう意味よ」
ったく、こいつは優人のこととなると、必死になりすぎて周りが見えなくなるようだな。
「テメーは優人のことが好きなんだよな?」
「そうよ。だから何?」
少しも恥じることなく、堂々とそう返事する赤田。まだ女子高生だというのに、乙女の初々しさといったものが微塵も感じられない。なんつー貫禄だよ。
「もし優人が好きな人を教えてくれたとして、それがテメーじゃなかったらどうするつもりなんだよ。傷つかずにいられるのか?」
「…………そりゃ傷つくに決まってんじゃん。ずっと前から好きな人が、他の人を好きって聞いてショック受けない方がおかしいわ」
俺の問いかけに、赤田は一瞬間を空けて少し悲しそうに答えた。
「何だ、分かってんじゃねーか。まあ、優人がテメーのことを好きだっていう自信があるなら聞きに行くんだな」
少し嫌味ったらしく言ってみたが、意外にもつっかかってくることはなかった。
赤田は人差し指を顎にあて、考え込むような仕草をする。
「ねえ。あんた、宮本だっけ?」
「宮川だ。二度と間違えるんじゃねーぞ」
「ごめんて」
ちっ。クラスメートの苗字くらい、ちゃんと覚えとけや。
ちなみに苗字を間違われることはしょっちゅうある。名前のインパクトが強すぎるせいで、影が薄いのだろう。
「で、何だよ」
「正直なところ、優人が私のことを女の子として意識しているかどうか、自信がないわ。積極的にアプローチしてるんだけど、優人は私の気持ちに気付いてないと思う」
「まあ、ヤツは超絶鈍感だからな」
「そうね。でも、そんな優人に好きな人がいて、もしそれが私だとしても…………」
赤田はそこまで言うと、突然黙り込んでしまった。
「おい、どうした?」
「いや、何でもない! やっぱり、優人に直接聞きに行くのは止めるわ。忠告してくれてありがとう、宮川」
「え。お、おう……?」
な、何だ? さっきまであんなに聞きに行く気マンマンだったくせに、急に心変わりしたぞ? 俺としてはありがたいことだが、一体どんな心境の変化があったのだろうか。
「あー、もう朝のホームルームまで時間ないじゃない!」
赤田がそう言うので、ふと空き教室の時計を確認すると、8時40分から45分の間を指していた。よし。何はともあれ、時間稼ぎはできたようだな。
「じゃ、今度こそ教室戻るから。また腕つかんだら警察呼ぶわよ!」
「もうそんなことしねーよ。ていうか俺も教室に行くしな」
「今度はストーカーする気? この変態!」
「キレんぞ被害者ヅラ女」
赤田は怪しむようにこちらをじーっと睨んだ後、ふんっとそっぽを向いて、空き教室から走り去っていった。
「ち、先を越されたか」
優人と南が会話を続けているかどうかを確認するために、俺が先に教室に戻る方が良かったんだがな。まあ幸い、優人と南の席は離れている。こんなギリギリの時間だと、会話を切り上げてお互い席に着いている可能性が高い。二人が会話しているところを赤田に見つかることはないだろう。
こうして、優人と南の接点を作り、赤田の足止めをする今回の作戦は、成功したのだった。
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