第2話 キューピット役、始動

 優人の恋を成就させるにあたって、間違いなく邪魔になるであろうヤツがいる。


「いたいた、優人ー! 一緒に帰ろー!」


「お、瑞希か。いいよ、帰ろっか!」


「やったあ! 嬉しい♪」


 ヤツの名前は赤田あかだ瑞希みずき。短めの明るい赤髪が特徴の、優人の幼馴染の女だ。


 赤田は間違いなく優人に惚れている。毎日のようにアプローチを仕掛けているからな。今だって優人の腕に抱きついて、胸を押し付けている。


 尤も、優人本人は気づいていない様だが。周りから見たら好意を持っているのは一目瞭然だ。


 赤田のアプローチを阻止しつつ、優人と南がくっつくよう促す……それが俺の役割になる。赤田には悪いが、これも優人のためだ。例え恨まれようとも構わない。俺は彼女の悪役として、アプローチを阻止し続けてやる。



* * * * *



 恋愛相談されてから数日後の朝。俺と優人は、いつもより早めの時間に通学路を歩いていた。


「なあ亜怜輝あれき。まだ7時半前だぞ? こんなに早い時間にもう、南さんは教室にいるのか?」


「ああ。この俺を信じろ」


 あれから数日間、俺は情報収集に勤しんだ。それで判明したことの一つが、南 茉莉花の登校時間だ。


 この高校の朝のホームルーム開始時間は8時45分。それに対して、南の登校時間は平均約7時20分だった。そう、ホームルームから一時間以上も早い時間に学校に来ているのだ。


 当然、その時間帯に来ている生徒はほとんどいない。つまり、誰にも邪魔されず南と接触する絶好の機会という訳だ。


「いいか優人。まずは偶然早く来た体を装って、『おはよう南さん。もう来てたんだ?』と声をかけろ。恐らく南は、『原田くんこそ、今日は早いんですね』とか、そんな感じの返事をしてくる。そこから上手く話を広げるんだ」


「お、おう。シミュレーションまでしてるのか……?」


 当たり前だ。やるからには本気。シミュレーションだって手を抜かない。


 と、なんやかんや話をしていたら、教室の前まで着く。扉のガラス張りの部分から教室の中を覗くと、確かに南 茉莉花がポツンと一人、席に座っていた。


「本当にいた! 亜怜輝お前、よく知ってたな」


 驚きながら感嘆している優人。知ってたんじゃなくて、調べたってのが正解だがな。


「な、言ったろ。じゃ、行ってこい優人。うまくやれよ」


「え、亜怜輝は教室に入らないのか?」


「何言ってるんだ、俺がいたら邪魔になるだろ。それにちょっと、野暮用があってな」


「ふーん、そうなのか? じゃあまたな、亜怜輝! このこと教えてくれてありがとう!」


「おう」


 意気揚々と教室の扉を開け、入っていく優人を見送る。……さてと。こっからが本番だ。俺の仕事はまだ終わっていない。


 残っている俺の仕事。それは、赤田 瑞希の足止めだ。


 この俺と優人、そして南は同じクラスである。そこまではいい。だが余計なことに、赤田も同じクラスなのだ。


 もし今、この教室に赤田が入ったとしよう。その場合、優人が他の女と話しているのを見てヤキモチを焼き、二人の間に割り込んでくることは目に見えている。それを防ぐためにも、出来れば朝のホームルーム開始時間ギリギリまで、赤田を教室に入れないように足止めをする必要があるのだ。


 まあ、二人もそこまで長い時間は話してないかもしれない。だが念には念を入れる。邪魔な赤田を引き離しておくに越したことはないからな。せめてヤツが来てから10分ぐらいは足止めしてやる。


 教室の前で赤田を待ってしばらくが経った。徐々に登校してくる生徒も増え始め、同級生たちとすれ違う回数も多くなる。そのたびに皆が怪訝そうな表情、または恐怖の表情を浮かべながら、速足で通り過ぎていくが気にしない。もう慣れっこだ。


 腕時計で時間を確認すると、8時20分を指していた。ふむ、そろそろヤツが登校してくる頃だな。


『もう、折角優人と一緒に登校しようと思って迎えにいったのに。どうして今日に限って、早めに登校するのよ……』


「(この声、ついに来やがったか)」


 階段の方から、能天気な独り言が聞こえてくる。間違いない、赤田の声だ。案の定、少し経ってその方向から彼女が姿を現した。そのままこちらへと向かって歩いてくる。


 赤田は俺のことなど気にも留めず、素通りしようとした。だがそんなことをこの俺が許す訳がない。


「よう赤田。ちょっと待てよ」


 通り過ぎようとした赤田の行く手を塞ぐように立ち、彼女を引き留める。


「……えっと、何?」


 いきなり呼び止められ、困惑している赤田。そりゃそうだ。普段ほとんど話したこともない強面の男に声を掛けられ、目の前に立たれているのだからな。当然の反応と言えよう。


「話があるんだ。悪いが少しだけ、ツラ貸してくれや」

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