推しが来た

鳥柄ささみ

推しが来た

「尊い……」


 掲げて見上げるそれは、某乙女ゲームの攻略キャラクターであるアランの描かれたカード。

 彼は私の推しであり、スパダリで性癖ど真ん中のイケメンキャラクターだった。

 長髪黒髪で褐色、アジアンテイストな見た目でセクシーながらも世話焼きで優しいとか……惚れてまうやろーーーー!!! と全力で叫んでもなお足りないくらいにはリビドーが過剰なくらい溢れてくる、今までの人生の中で一番と言っても過言ではないほど好きなキャラクターだ。

 いっそこの世界に来てくれれば、なんて思ったこともあるが、もし実際に現れたら尊すぎて尊死する自信がある。

 というか、きっともう神々しすぎて目が潰れるかもしれない。

 いや、そもそも同じ空気を吸うことすら恐れ多くてできない……!!!


「はぁ、好き……。いや、好きを通り越してやっぱり尊い。この世に生まれてきてくれてありがとう。おかげで私は明日も生きていける……!!」


 カードの端をなぞりながらうっとりと見つめていると、突然光出すカード。


「え!? なになに!? 熱っ!!」


 眩しくて思わず目を瞑ると、先程まで持っていたカードが急に熱を持ち、あまりの熱さに思わず手を離す。

 一体何が起きたのかわからずそのまま光が落ち着くまで目をギュッと閉じていると、ツンツンと頬に何やら感触があってゆっくりと目を開けた。


「やぁ、こんにちは、お嬢さん。僕はアラン」

「……は? え?」


 目の前になぜかいる推しに、目を見張る。


(え、これは夢? あ、白昼夢ってやつ? ここ最近大学のレポート提出やバイトでバタバタしてたもんな。うん、きっと夢だ、夢に違いない)


「おーい、……あれ? 聞こえてないってことはないよね? もしくは僕の姿が見えてない、とか……?」


 手をひらひらと目の前で振られて、そのあとずずいっと顔を近づけられる。

 視界いっぱいに推しであるイケメンの顔という状況に私の脳内はキャパオーバーだった。


(あ、これ無理。尊死する)


 私はそのまま意識が遠のき、気を失うのであった。



 ◇



「……ぅ、……ん……」

「あ、気がついた?」

「はっ! は、はわわわわわ……っ!!!」


 目を覚ますとそこには微笑んだ推しが。

 一体何事だと変な声を上げるが、「大丈夫?」と心配される始末。


(これは夢、きっと夢だ)


 そう思って頬を強く引っ張るが痛い。

 今度はペチンと強めに叩いてみるが、痛い。


「あのぅ、さっきから何やってるのかな?」

「これは現実ぅーーーーー!!?」

「うん、これは現実だけど、さっきから大丈夫?」


 不安げにこちらを見るアラン。

 もしこれが現実ならば、私はさっきから推しに醜態を晒していることになる。


(ヤバい、死ぬ。恥ずかしすぎて死ぬ。もういっそ殺してください……!!)


 アランでの前の自分の行いを思い出して顔から火が出そうなくらい羞恥でこのまま死ねそうだった。

 というか、いっそ死にたいくらいだ。


(推しにこんな姿を見られるだなんて、信じられない! てか、二次元のキャラがこっちに来るとか色々どうなってんだよ!!!)


 ひーんと涙目になっていると、よしよしと頭を撫でられる。


「さっきから百面相してるけど、平気かな? いきなり僕が現れたら混乱するのも無理はないよね。大丈夫、ゆっくり状況を把握してくれればいいから」


(推しに、頭を撫でられている、だと……!?)


 再び尊すぎて尊死しそうになりながらもなんとか意識を持ち堪える。

 やはり設定通り優しくてイケメンで甘やかしてくれるスパダリ強い! と思いながら、ゆっくり深呼吸して気持ちを落ち着かせるのであった。



 ◇



「えーっと、出張サービス?」

「そう。それにキミが当たったってわけさ。正確に言えば、当たったというより貯めた、が正しいかな?」

「そんなバカな」


 アランの説明によると、キャラクターに対して想いが強い人はポイントカードのように気持ちポイントが貯まっていくそうで、私もアランが尊いと思っていた感情が貯まり、こうしてアランが来てくれたらしい。

 我ながらそんな夢物語な、みたいに思うがどうにも目の前にいる彼は本人そのものだし、やたらといい匂いがするし、距離感的に彼の体温を感じるしで、もうさっきからドキドキしっぱなしだ。


「とりあえず、僕は今日一日は一緒にいられるから、何かしたいことはあるなら聞くよ?」

「え、そんな急に言われても……」


 そりゃ今まで人には言えないあんなことやこんなことをしたいと思っていたこともあるが、実際本人を目の前にしたらそんなことは言えない。

 というか、言ったらバチが当たる気がするし、心臓が持たない。

 かと言って何かおねだりしたいことがあるわけでもなく、せっかくのチャンスだというのにあまりに推しが尊すぎてどうすることもできなかった。


「どうする? 何でもいいんだよ?」

「何でも……」


 ごくり、と生唾を飲み込む。


(何でもいいって、何でもというのはどういうことだ? 何でもの何でもって……いわゆるそういうことも含めて何でも? って私ったらまたはしたない方向に! あぁぁああ、さすがにそんなこと言えないーーーー!!)


 私の脳内で「何でも」という単語がゲシュタルト崩壊する。

 そして、もう考えすぎて今にも頭は爆発しそうなくらいいっぱいいっぱいだった。


(こうなれば、やけだーーーー!!)


「えと、じゃあ……」

「うん、キミは僕と何がしたいんだい……?」



 ◇



「じゃあ、またね」

「ははははははい! また!!」

「はは、またキミの想いが貯まったらくるよ。それまでにまた僕としたいこと考えといてね」

「は、はい……っ!」


 アランは微笑むとそのまま消えていなくなる。


「はぁ、私の意気地なし……」


 そうぼそりと言いながら見下ろすのは自らの手。

 そう、私が願ったのは「アランと手が繋ぎたい」というなんともしょうもないお願いだった。


(とはいえ、年齢イコール彼氏いない歴の私にはこれ以上のことはキャパオーバーだから無理だし、しょうがない! でも、あー、せめて抱きしめるくらいはしてもよかったのでは?)


 そんなことを今更ながら思いながらも、貴重な体験ができたことは事実だ。


(次こそはもっとステップアップしてみせる……!)


 そして私は今後またアランに会うために彼を尊ぼうと思うのであった。

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