第三話「腕が鳴るぜ!(武者震いとも言う)」
唐突に〈設定部〉でリレーをすると言われて戸惑いを隠せない中、これに名前書いてね、とボードとペンを渡される。
紙には学年と名前を書く場所が設けられていて、もうすでに上の方は埋まっていた。下の方には欄が足りなかったのか手書きで書き足され、すでに学年が埋められていた。
これは逃げられないな、と諦めながら名前を記入して君島に渡す。
「弥代の名前、佑輔っていうのか」
「いいだろ別に弥代で、さっさと書けよ」
「ほいほい、――はい辻倉」
「おう」
サラサラと辻倉が名前を書いているのを見ると、名前の漢字がすごかった。
紫に調で、しづき、と読むらしい。
「名前の漢字すごいな。これでつきって読むのか?」
「啓だってあまり見かけない漢字だろう。昔の当て字とかそういう読みなんじゃないか?」
「ふ〜ん」
後で調べてみよう。
辻倉がボードとペンを設定部の人に渡すと、すぐにルール説明が始まった。
「それじゃあルール説明を始めるよ。と言ってもそんなに難しくはないけどね。
この校門からスタートして、決められたルートを通ってゴールの向かってタイムを設定部と競ってもらうだけだ。ただそれだけじゃ面白くないから、運動部と掛け持ちしてる部員がいるところにお邪魔して、そこでミッションをやってもらう。ミッション自体はそんなに難しくは無いけど、まあ体力勝負にはなるかな。
これがルートとミッションね。何か質問とかある?」
渡された紙は、表に簡易的な学校のマップに矢印でルートが引かれ、裏にミッション内容が記されたものだった。
紙は君島に任せて、片手をあげて質問をする。
「このミッションは先輩もやりますか?」
「もちろん、盛り上げるからね」
「僕達三人一組ってことは、ミッションを全員成功させないといけないってことですか?」
「いいや、その逆で誰か一人でも成功すればそれで良いよ」
「先輩も複数人で?」
「こっちも複数人で行くよ。ただしこっちは君たちとは違って全員がクリアしないといけなから、ここが勝負どころかもね」
「おい、なんかあるか?」
思いついただけの質問は尽きたから、紙を見ていた二人に声をかけると辻倉が顔を上げた。
「作戦タイムは何分ですか?」
「少しは取れるけど、すぐに始めるよ」
「よし、作戦タイムだ」
じゃあ三分後にね、と言って設定部の方に戻っていった。
辻倉と君島の方に戻ると、真面目な顔で紙を睨みつけていた。あまりちゃんと見ずに渡したが、そんなに面倒なことが書かれているのだろうか。
そんな事を思っていると、急に紙を綺麗に畳んでポケットに入れてストレッチを始めた。
「弥代もストレッチしろよ。三分しかないんだからな」
「ああ……。作戦会議は?」
「そんなことしてる時間があったらストレッチするぞ」
「そんなに動くのか……」
すでにネクタイを緩めていた君島に真顔で言われて、紙にちゃんと目を通さなかった事を後悔した。
辻倉もネクタイを緩めていた。簡単なミッションじゃ無かったのか。
2人に倣ってネクタイを緩めて、ぐっぐっと体を伸ばしながらストレッチを入念に、でも手短にしながらもミッションの内容が気になる。
「君島は運動得意なのか?」
「全くできない!」
「……辻倉は」
「まあ、そこそこだな。そんなに期待はしないでくれ」
「や……佑輔はどうなんだ?」
「弥代で構いませんが?」
「なんで急に敬語? 冷たいこと言うなよ。オレのことは啓って呼んでくれていいぜ!」
「僕も運動はそこそこかな」
「無視⁉︎」
キラーンといった効果音がつきそうなほど爽やかな顔で言われてイラッときた。あと純粋に付き合うのが面倒臭かった。
そこそこが二人と、自称戦力外が一人。この面子実は詰んでいるのでは。まあ互いの自己申告なんて当てにならないものだが。
ストレッチはこんなものだろ、と思ったタイミングで声がかかった。
「そろそろいいかな?」
「オッケーです」
「じゃあ、設定部五人と入部希望者三人のリレー始めるね」
…………うん? 体験入部じゃ無かったっけ。
一瞬そう思ったが、校門にいつの間にか引かれていたスタートラインまで連れて行かれ、すぐに始まりそうな雰囲気になり口を挟むタイミングを見失った。
――まぁただの言い間違いだよな。
二人も気づいてないみたいだし、いいってことにしておこう。
「はいじゃあ位置についてー」
本格的に用意されたピストルを空に向けたところで、先輩かこちらを見て声を掛ける。
「あ、その前に最終確認ね。ゴールは全員がゴールしてからゴール。設定部なら設定部全員が。君達は君達全員がゴールしてそのタイムを競う。
そしてこれは第一だけど、他人への故意により妨害は禁止。無茶な行為はしない。周りにも迷惑をかけない。基本だからね」
「「「はい」」」
三人で声を揃えて返事をすると、一つ頷いてスターターにアイコンタクトを取る。
もう一度ピストルを空に向ける。
「位置についてー、
用意」
体育祭でもないのに、ピストルの音が響いた。
●
一番目、テニスコート。
「えー、ミッション・テニスでサーブを決めろ。テニスコートは、先輩の後ろに着いていけばいいだろ」
辻倉がポケットから紙を取り出しながら言う。後ろからチラッと見たが、ミッションはかなりの数があるようだ。
これは確かに体力勝負になりそうだ。それを分かっているのか先行している設定部もゆっくりと走っている。
「弥代、テニスは」
「授業でちょっとやった程度だな」
「じゃあ俺が行こう」
「なあなあ、こんなにゆっくり走ってていいのか? 距離は稼いだ方がいいんじゃないか?」
「君島体力あるのか?」
「無い」
「そうゆうことだ」
そんな会話をしていると、テニスボールを打つ軽快な音は聞こえてきた。グランドを突っ切って来たが、行って戻る形になるんだろうか。
先輩達はテニスコートに入って、部員に話しかけるとラケットとボールを渡されていた。
成る程、先行したらあれを自分でやらないといけないのか。
「君達は体験入部だね。どうぞ」
「ありがとうございます」
辻倉はすぐに受け取って、先輩とは反対側のサーブ位置に着く。
君島と共にコートの出口に行き、様子を見守る。
「サーブって入りにくいのか?」
「まぁ、運動神経が鈍い君島君がやったら入らないかもな」
どれくらい運動神経が悪いのか知らないが、適当にそう言ったらなるほどと納得していつの間にか手に持っていたラケットを直しに行った。本人はやる気だったらしい。
そんな会話をしている間にも、サーブが決められる。その間辻倉はじっと待っていた。多分ボール同士が当たるのを防ぐために待っているんだろう。
「お、入ったな」
「先輩みんな上手いなー。これでこっちが入らなかったら結構まずいよな」
「まぁ辻倉自信ありそうだったし大丈夫だろ」
一人一人先輩がコートから退出するのを見ていたら、何か拳銃を打ったかのような音がコートから聞こえ辺りが静まり返った。
何事かと見ると、凄いスピードで勢いよく跳ねるボールと、何事もなかったかのように辻倉が近くの部員の人に借りていたラケットを返していた。受け取った部員はどこか呆然としている。
「終わったから次行くぞ」
「「お、おぅ……」」
「次は――」
少し現実が受け止めきれなかったが、辻本が胸元からメモを取り出して次を確認しようとして、ようやく我に返った。
いや、おかしい。何かがおかしい気がする。
「え、待って。辻倉プロか何かか?」
まだ少し混乱した様子の君島がそう聞くと、
「いや、たまに身内とやるくらいだけど」
なんて返事が何を言っているんだとばかりに返ってくる。ならあれか? 身内にプロの人がいたりするのか?
「それでそこそこは詐欺だぞ……」
詐欺は良くないと思う。非常によくないと思う。この周りの微妙な空気をどうしてくれるんだ。
これでテニス部からの勧誘が今起きたら面倒すぎる。さっさとこの場から離れよう。
「「「失礼しましたー」」」
騒ぎになる前にそそくさとコートから出て、設定部の後ろについていく。
●
二番目、グラウンド。
「次は、陸上部と五十メートル走」
「体力測定か?」
「それと野球部のボールを打つ」
「オレ達何やらされてんだ?」
「知らん」
「陸上は僕が行こう、野球は任せた」
「じゃあオレが行く!」
君島が顔を輝かせてそう言うが、こいつすでに若干息を切らせてるが大丈夫か。それに自己申告で運動はできないって言ってなかったか。
思わずジト目で見てしまった。文句を言われたが気にしない。
だが逆に、運動できない奴がわざわざ自分から名乗りあげるということは、それなりに自信があるんだろう。
「じゃあ、任せたぞ」
「おう!」
二手に分かれて陸上部のいる方に走って行くと、すでに二人ほど立ってこちらを待っていた。わざわざこのためだけに待っていてくれたと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
位置につくのかと思って減速しようと思ったら、腕を回してそのまま来るように指示される。結構大雑把なミッションのようだ。
そのまま加速してコースに行くと、陸上部はほぼ同時にスタートを切った。フライングされた気もしたが、そこは愛嬌だろう。
妙に足の速い設定部の二人と陸上部の二人をギリギリで振り切りながらも、そのまま五十メートルを走り切った。
体力をかなり消耗したが、これでこっちはそんなに時間ロスはないだろう。問題は野球部に行った二人の方だ。当然打ちやすいようにしてくれているだろうが、それでも打てるとは限らない。
そのまま野球部にいる二人の元に向かうと、向こうもこっちに向かって走って来た。
「もう終わったのか」
「ああ、君島がいいバントを決めたんだ」
「当てればいいだけだったからな! 先輩は普通に打ってたけど」
「天才か?」
正直その発想は無かった。でもバントって難しくなかったか。眼鏡かけてるが結構目は良いんだろうか。
「そっちも早かったな」
「ああ、止まらずにそのまま走ったからな」
「それは本当に五十メートル走だったのか?」
何と言われようともそれが事実だ。次に行こう。
だがこれで随分と差が出たのでは? と思ったが、設定部はすでに前を走っていた。
時間的に考えて一人が二つのミッションをやったとは思えない。
「……もしかしてどっちか一つで良かったんじゃないか」
「いや、――凄いな弥代、天才か?」
「ちゃんと紙を見てくれ…………」
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