第二話「ちょっと納得いかないんですけど(三人セットで取り扱っております)」
翌日、放課後になると君島はすぐに教室までやってきた。
昨日とは違い人の名前を大きな声で呼びながら入ってきたのは本当に許せない。普通に入ってくれば良いだろ。
てっきり朝から来るものだと思って一日中身構えていたせいで、特に何もしていないのに今日はもう疲れている。休み時間はいつ来るのかと気が気でなく全く休めなかった。もう相手にしたくないほどには疲れ切っていた。
「おはよう弥代!」
「はいはいおはよう」
もう放課後だけどな、とは言わない。
――というかいくら隣のクラスとは言え、同じ時間に終わったはずなのに教室に来るの早くないか?
サボったんじゃないだろうなと軽く懐疑的な目で軽く睨んでも、気づいてないのか気づいているのか、相手はどこ吹く風で話しかける。
「なあ、今日はどこの部活に見学に行く? 弥代どこか気になるところとかあったりするか?」
「今日はってなんだ。……まさか明日も行く気じゃないだろうな」
「え、行かないのか?」
「なんで僕が一緒に行くのが大前提なんだ⁉︎ 今日しか付き合わないぞ!」
「なんでだよ! マブダチだろ⁉︎」
「身に覚えがない‼︎」
そんな心外そうに言われたって昨日の今日でそんなに仲良くなった記憶はない!
昨日だってろくに話してないのになんでこんなに距離を詰めて来るんだコイツは……。いや、だいたい
「君島はどっか行きたいところがあって話しかけてきたんじゃないのか……」
「いや、オレから誘ったから先に弥代が行きたいところからで良いよ」
その気遣いはどう考えても今発揮するものじゃない。もっと他に発揮するタイミングがあったはずだ、特に昨日とか。
眼鏡を叩き割りたい衝動を抑えながら、昨日の〈設定部〉を思い出す。確か場所は……
「設定部ってところが校門付近でやってる……らしいぞ」
部活について調べていた、なんてことを知られたくなくてなんとなく最後に言葉を濁してしまった。別に気づかれないとは思うが、なんとなくである。
なんか誘われて浮かれていると思われたら恥ずかしい。
「弥代も設定部が気になるのか?」
「……も? 君島の行きたかった部活って設定部のことだったのか?」
「ああ、オレの――」
「設定部って言ったか?」
「「うわっ‼︎」」
君島が何かを言いかけた時に間からにゅっと人影が伸び、急に話しかけられて2つの大きな声が重なった。完全に油断していた。
声のした方を見ると、帽子を深く被り顔を半分隠した男子生徒が立っていた。帽子で少し見えづらいがその顔立ちは、もちろん見覚えなんてない。
――なんかこの展開、昨日もした気が……。
気のせいだと信じている。
「設定部って言ったか?」
「お、おぉ」
もう一度繰り返された質問に、君島がまだ驚きから帰れてない状態で返事をする。僕もまだ戻れてない。
だがそんな様子を気にも留めていないようで、近くの机に適当にかばんを置きながら、
「そうか、ちょうど俺も設定部に行こうかと思ってたんだ。
俺は1ーCの辻倉紫調、俺も一緒に行ってもかまわないか?」
と言ってきた。なぜかわからないが、背後がキラキラと輝いている気がする。まぶしい。
それにまさかの同じクラスだった。誰だ見覚えがないなんて言ったやつは。
それにしてもこの場に三人も〈設定部〉を知っている生徒が集まってしまった。全然聞き覚えのない部活だったが、意外とこの学校では有名な部活だったんだろうかと愕然としてしまう。
切り替えが一番早かったのは君島のようだった。驚いた顔からすぐに笑顔を浮かべた。
「ああ、もちろんだ。オレは1ーBの君島啓、よろしくな!」
「……同じクラスの弥代だ」
「ああ、知っている」
僕はお前を知らなかったけどな。胸を張っては言えないけれど。
当初の予定の二人から一人増えて三人になって、設定部の体験入部をするために校門へ向かう。設定部に用のある二人がいるんだったら、しれっと先に帰っても問題ないような気もする。どうせ校門に向かっているんだし。
――きっとダメなんだろうなぁ。
初対面とは思えないほどに二人が仲良く世間話しているのを、適当に相槌を打ちながら聞いて、ふと思った。
まだ四月の下旬の状態で、男子高校生が三人並んで校門に向かっている姿は、もしかしなくとも同じ中学出身だとか昔からの友人だと思われるくらいには仲良く見えるんじゃないだろうか。
――しかも一人は同じクラスメイトということは、セットで扱われる可能性もあるのでは……。
別に悪い奴だとは思わないが、あまり積極的に関わりたいと思うような奴でもないのは確かだ。どちらかというとめんどくさそうな気もするから近くにはいたくない。
でも、と思う直す。
コイツらは初対面であることに臆すること無く話しかけて来るほどにコミュニケーション能力の持ち主。つまりこの状態が異常なわけではない。
そう思い直すとスッキリした。将来の苦労が垣間見えた気がしたが気のせいだろう。
「――――……、弥代はどう思う?」
「――え? ごめん聞いてなかった」
自己完結していると急に君島に話を振られた。残念なことに全く聞いてなかったせいで、当てずっぽうにも応えられない。
「設定部ってどうゆう部活なんだろうなって話をしていたんだ」
辻倉にそう補足されて、ああ、と思う。そして同時に少し引っかかった。
君島は気になるのかと言ったが、辻倉は設定部を知っていそうな口ぶり、だったと思う。
「……君島はともかく、辻倉は知ってそうな感じだったじゃないか」
「いや。全く知らない」
清々しいほどの笑顔でそう言われてしまったら、そうか、としか返せない。知っていそうな口ぶりに思えたのは、ただの気のせいだったんだろう。
――いや、誰も知らんのかい。
誰も〈設定部〉が何なのかを知らないのに、こうして集団で見学しようとしているのは、あまりにもシュールな光景だ。
一体こいつらはどういう経緯で〈設定部〉を知ったのだろうか。
そんなこんなで校門付近にたどり着いた。多くの生徒で賑わっていたが、このまま帰る流れになってもおかしくはないほどに、特に部活をやっていそうな雰囲気はなかった。ただ普通に帰る生徒が多いだけのように見える。
人混みの中、部活をやっていそうな人を探しても勧誘のビラを配っている人以外は、みんな帰るだけのようで校門の外に行く。昨日の先輩すら見つからない。
昨日の会話を思い出すと、設定部は転々として部活動をやっているみたいだ。
そう考えるともう校門から移動して、別のところにいる可能性もあるかもしれない。
「なあ、――――」
「あ、あれが設定部じゃないか⁉︎」
話しかけようとしたのと同じタイミングで、君島がどこかを指差しながら叫んだ。
指した先を見ると、制服姿の数人の生徒と、バラバラの運動部のユニフォームを着た生徒数人が集まっていた。これから何かをするような雰囲気である。確かにそれっぽいがーー
「いや、あれ設定部なのか?」
ただ部活対抗で盛り上げようとする運動部と、そのスタッフのように見える。あのスタッフのような制服集団が〈設定部〉だという可能性はあるが、確信は持てない。
もしあれが設定部なら、ますますなんの部活なのか疑問が深まるばかりだ。
「とりあえず見に行こうぜ!」
「あ、おい! まだ設定部とは限らないだろ!」
「まあいいじゃないか、行くぞ」
「…………」
君島に腕をつかまれ、後ろから辻倉に押されて連行されて行く。君島はともかく辻倉はまだ味方だと思っていたのに……。
さっさと人だかりに近づいて行く二人に、正直ついていけそうな気もしない。もしかしてさっきのはフラグだったんだろうか。
二人に連れ去られて人だかりまで辿り着くと、君島が近くにいた制服の人に話しかけていた。今はその人見知りしないところが恨めしい。
「あの、設定部ですか⁉︎」
「そうだよ。君も参加するの?」
「設定部の体験入部したいんですけもが!」
「待て待て待て!」
「お前この馬鹿!」
君島が話しかけた人をよく見ると、ボードとペンを持った明らかに何かの作業をしている人だった。慌てて君島の口を押えて二人掛かりでその場から少し離した。
急に後ろから二人がやって来て設定部の人は驚いた様子だったが、そんなことは気にしてられない。
「すみません馬鹿が邪魔して!」
「すぐ連れてくんで!」
すぐに謝りながらも二人で君島の頭と腕を掴んで、その場から去っていこうとすると呼び止められた。
驚きが過ぎ去ったようで笑顔で対応してくれたが、その声には笑いが含まれていた。
「君たち仲がいいね。設定部に興味があるの?」
笑いを堪えながらそう言われて、どこかほほえましい光景を見るような目に少し釈然としない。だが急に三人が騒いだら仲がいいようにも見える、かもしれない。と自分に言い聞かせる。
とりあえず設定部が何をしているのかを聞こう。
「あの、――」
「はい! 体験入部してますか⁉︎」
「君島!」
「あはは、いいよいいよ。ちょうど何かしようって話してたんだ。
君達も参加だね」
そう言われて三人で顔を見合わせた。その間にも設定部の人はボードに何かを書いていく。
君達も、と言った。つまりこれが体験入部ということだろうか。
なんの参加なのか聞け、という視線を二人で君島に送ると、
「え、なんでオレを見てんの?」
初対面に遠慮なく話しかけれるコミュニケーションの持ち主でも、アイコンタクトはできないらしい。
辻倉を見ると、お前が行け、と目が語っていた。眼圧がすごい。
「あの、なんの参加ですか?」
「うん? これから設定部でリレーをやるんだ。場所は校内全域、君達は体験入部として三人一組ね」
「はい?」
「大丈夫、ちゃんと許可はもらっているから」
なんの許可、とも、なんで三人一組、とも聞けなかった。
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