高校生活において重要な部活が『任意』どころか強制的に『設定』されている件について

紅の烈火

第一話「何だこの部活……(それはまるで引力に引かれたよう)」

 本日は四月某日、晴天である。

 高校に入学して早数日。クラスの雰囲気も柔らかくなってきた頃、新入生である僕らはそろそろ部活に入れる時期になってきた。

 クラスメイトの最近の会話では、すっかりどこの部活に見学に行くのかで持ち切りだ。皆スマホを片手に部活の情報収集をしながら、会話に花を咲かせてる。

 そんな光景を後目に、特に部活に入る予定もなければ興味もない僕は、さっさと帰ろうと鞄に手をかけると突然机を叩かれた。

 突然のことに体がビクリと揺れてしまう。

 親しい友人はクラスに居ないし、ここ数日でこんなことをしてくる間柄の奴はこの教室に居ないはずだったが。不審に思い前に目を向けると、目の前には同じくらいの身長の男子生徒が立っていた。

「なあ、今から帰るのか!?」

 ……誰だお前…………。

 さも友人であるかのように話しかけてきたのは、少し太めの黒縁眼鏡にセンター分けの男子生徒だった。もちろん見覚えなんてない。

 一瞬、同じ中学校出身かと思ったが記憶を掘り返しても見覚えは全くない。多分違うだろう。

 相手に気づかれないようにちょっとずつ鞄に手を伸ばしながら、誰なのか聞く。

「お前は同じクラスの……?」

「違うクラスだけど??」

 他クラスってどう考えてもお前他人だよな? とはさすがに声を出して言えない。

 入学して早々に変な奴に絡まれたな……と思いながら、とりあえずカバンの持ち手は完全に掴んだ。

 相手を刺激しないように、かつ当たり障りのないように他人だと告げる。

「初対面だと思うけど……?」

「俺、B組の君島啓! よろしくな!」

 聞いてない聞いてない勝手に答えるな聞いてない宜しくもしたくない。今の会話のどこで自己紹介に繋がったんだ頭おかしいんじゃないか。誰だよ君島。どこ中だお前。

 早くこの現状から脱出したくて、鞄を持ちながら一番近くの扉まで、果たして何秒かかるのか頭が考え始める。幸いにも席は廊下側の後ろの方で扉からは近いが、何せ今は六限目が終わったばかりで扉付近はもちろん、廊下にも人が多い。

 しかし当然急に飛び出すなんてことをしたら危ない。

 一瞬でもいいから人が空いたりしないかなー、と現実を見ないようにしていたら、

「お前の名前は?」

 と君島と名乗る男は聞いてくる。やっぱり他人じゃないか。

 思わず半目で睨んでしまったが仕方ないだろう。

「……1-Cの弥代だ」

「弥代だな。よろしくな!」

「断る」

 おっと、考えるよりも先に本音が口から溢れた。

 まずいなと思いながら正面の相手を見ると、まあそう言うなって!、と特に気にしていなさそうだった。

 強かだなコイツ。仲良くはしたく無い。

 しかしそんなことはお構いなしと言わんばかりに話しかけてくる。

「なあなあ、弥代はもう部活とかって決めてるか? オレと一緒に見学に行かないか⁉︎」

「なんでお前と……」

「待て」

 一緒に行かないといけないんだ。と文句を続けようとしたら、急に真剣な顔で止められて思わず口を噤んだ。

 なんだ……? と思っていると、真剣な顔のまま、

「君島だ」

 と言った。

 口を閉じたことを激しく後悔した。

「今お前意外と喋ってたか? どう考えても一人としか喋ってないだろ」

 あまりのめんどくささにため息混じりにそう言うと、心外だと言わんばかりに返される。

「名前で呼び合うのは友達への第一歩だろう!?」

「…………いつの間に友達になったか聞いても?」

「これからなる予定だ!」

 なるほど分からん。誰か助けてくれ。

 大真面目な顔で何言ってんだコイツは。

「それで、部活の見学行かないか?」

 なんでこいつは何事もなかったかのようにまた聞いてくるんだ? なんだ? 僕がおかしいのか?

 合わないやつに絡まれてしまったが、会話を始めてしまった以上返答しないわけにもいかない。あまりのめんどくささにまたため息がこぼれてしまう。

「わざわざ他クラスの他人のところまで来なくても、お友達と一緒に行けば良いだろ。僕は帰るぞ」

「じゃあ明日だな!」

「なんて⁇」

 今、話が飛躍しなかった? 何段階か飛ばされた気がするんだけど気の所為?

 というか話聞いてた????

 混乱して思考がフリーズしていると、君島はじゃーな! と言いながら手を大きく振って教室から去っていった。

 本当なら弥代が先手を打って教室から出る予定だったのに、何故か先に教室を出ていかれた。

 いや、全く問題は無いし向こうから出て行ってくれたことは非常に喜ばしいが、この何とも言えない敗北感のような気持ちはどうしてくれる。

 しかも君島はまた明日と言った。つまり明日もまた放課後にやってきては同じことを繰り返す気なのだろう。非常に嫌すぎる。

 しかし相手は颯爽と帰ってしまった。だからと言ってこれから呼び戻しに行くのもなにか癪でその場から動く気になれない。

(はぁ、もういいや。帰ろう……)

 明日のことは明日考えよう。もしかしたら来ないかもしれない。

 そう結論付けてカバンを肩にかけ、そのまま教室を出た。

 廊下はもう人がすっかり少なくなっていて、実際には数分程度であったはずなのにそんなに長い間絡まれていたのかと思った。

 普段ならこのまま帰っているが、明日また君島に絡まれるかもしれないことを想定すると、せめてどんな部活があるのかだけでも知っといた方がいいだろう。

 ――教室がどこにあるのかも把握しておきたいから、ちょうどいいかもしれない。

 そう言い訳じみたようなことを思いながら、入学式の日に渡された部活パンフレットを見ながら教室をぶらぶらと散策する。新入生を引き入れるためか、あちこちからいろいろな声が聞こえてくる。特に運動部は盛り上がっているように見え、部員も新入生も熱量が違うような気がする。

 部活に入ることはないが、少なくとも運動部には見学にも行きたくないな。

 そんなことを思いながら歩いていると、ふと旧校舎が目に入った。旧校舎と言っても一度改装されたことがあるらしく、結構綺麗な校舎だ。

 部活のパンフレットを見ると、いくつかの文化系部活は旧校舎で活動しているようだ。それならば旧校舎も見て回ろう。

 渡り廊下を歩いていくと、外と打って変わって旧校舎は人がいるのか疑いたくなるほどにしんと静まりかえっている。旧校舎はこの時間日陰になるようで、周りと比べてひんやりとしているのも相まって少し隔離されたような気持ちになる。

 とりあえず一通り回ろうと思い、奥のほうまで足を運ぶ。誰ともすれ違わないまま、たまに変わった研究会の部屋を見つけては、色んな部活があるんだな、と何気なく見ていたらその中でも一際気になる部活を見つけてしまった。


 設定部


 そう書かれた部室の前で、思わず足を止めてしまった。

 手元のパンフレットを開いて〈設定部〉を探すが、パンフレットのどこにも載っていなかった。そんなはずはと目をさらにして見ると、一番最後のページの下の方に、その他と書かれている研究会の欄に設定部が書かれていた。

 なんでこんな隅っこにちっちゃく書かれてるんだ。これじゃ新入生だって来ないだろ……。というかちゃんとした部活なのか。

 旧校舎にある部活も一部はちゃんとパンフレットに載ってるから、旧校舎にあるからって訳ではなさほうだけど、……なんとなく気になってしまう。

 そうやって〈設定部〉の前でもやもやしていると、突然扉が開いて思わず悲鳴を上げてしまいそうになった。

 中から出てきたのは、おそらく先輩だと思われる女子生徒だった。彼女はこちらに気づくと、

「あれ、新入生? 道に迷ったの?」

「あ、いや、違います。その、場所を覚えたくて」

 後ろ手に扉を閉め小首を傾げながら聞かれて、少し詰まりながらも返事をする。部活に興味が無い後ろめたさからか、我ながら言い訳くさい言い方になってしまった。

 しかし先輩は気にしてないようで、

「ああ、なるほどね。ごめんね、ここまで来る生徒少ないから迷っちゃったのかと思って」

 両手を合わせてにへらっと笑う先輩に、はぁ、としか返せなかった。ここから出てきたってことは、きっと彼女は〈設定部〉の部員なのだろう。中までは見えなかったが、普通に部員はいるようだ。

 ――もしかして今、〈設定部〉について聞くチャンスなのでは。

 そんな考えが表に出ていたのか、それとも分かりやすくそわそわしていたのか。先輩は何かに気づいたかのように人差し指を立てて、

「あ、旧校舎の部活は場所が遠いから、今は別の場所で体験入部してるの。私は用事があったからここにいるけど。

 どこか気になる部活があったんだったら、案内するよ」

「…………あの、じゃあ、設定部? はどこで」

「うちの部活が気になるの? 私がここに来る前はは本校舎の屋上でやってたけど……。今どこでやってるのかなぁ」

 う~んと唸りながら、最後にボソッとそう呟いたのが聞こえた。

 体験入部って転々としながらするものなのか……?本当に何をする部活なんだろう。

 確かに気にはなるが少なくとも今日は見に行く予定はない。このまま案内されても困るから明日の予定を聞くと、明日は校門付近でやる予定だと伝えられる。

 了承を伝えていると、ふと、設定部については気にはなるが、部活に入る予定がないのに予約するようなことをして失礼なんじゃないだろうか。そう思ったが先輩は、またね、と言って脇をすり抜けていった。

 僕はぱたぱたと走って行く後ろ姿を見るしかできなかった。……今日はもう帰ろう。

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