1-3 青髪の男

「セシリア、走れ!」


「え、え、でも!」


「いいから走れ!」


「……また会うんだからね!」


「あぁ……生きていれば、また会えるさ……!」


 俺は再び攻撃に備える。もう、失敗は出来ない。アイツの想いを、俺は引き継がないといけないんだ。


「……!」


 突然目の前が輝き始めると、高速で魔力弾が飛んできた。俺は即座に土の壁を張って魔力弾を受け止める。土の壁は一発の魔力弾で簡単に崩れ落ち、魔力弾を撃ち込んだ魔法使いの姿を露にする。


 青髪に黒いスーツ。襟には虹の描かれたバッジをした、ミスコット家直属の特殊任務執行部隊。俺はそいつに見覚えがあった。


「お前か……エリオットは……そうか、そうだったな……エリオット・ガードランド」


 奴は動じること無く、ニコニコと微笑み続ける。あの時と変わらない。感情が読めず、冷淡で残忍な魔法使い。目的の為なら手段を問わない奴。


「その顔、どこかで見覚えがある気がする……そうか、あの村に我々を連れて行った裏切者か。あの時は二人でお楽しみだったかな?」


「エリオット……お前を許す訳にはいかねぇ!」


 俺は手を奴に向け、炎の球を発射する。が、奴はいつもの様に青い剣の様な杖を取り出すと、炎の球を切り裂いた。俺は次に腕を振り上げ、奴に向かって衝撃波を繰り出す。だが奴は一切動じることなく、高く飛び立ち軽く避けて見せた。


「おかしいな。私の記憶では君は炎の使い手だった気がするのだけれど……土も扱うか。君は……本当に彼なのか?」


「お前に話すことは何一つねぇ!」


 俺は円形の結界を作り出し、それをフリスビーの様に奴の首を目掛けて飛ばす。対して、奴は相変わらずニコニコしたまま剣で結界を切り裂く。


「そうか……分かったぞ。君の目的が。もし的中していれば実に面白いのだけれど……どうだろうか?」


 俺は手を奴の方に向け、意識を集中させる。心を空っぽにして、自分の中の腹を空かせた魔物を呼び出す。その瞬間奴の背後に“無の空間”が現れ、徐々に奴を吸収していく。そして俺が“無の空間”を握る動作をすると同時に、奴は“無の空間”に姿を消した。


「ふん、大したことなかったな」


 周りの兵達はエリオットが消えたことで怯えて何処かへ逃げていった。さて、俺もさっさとこんな所からおさらば……。


 ――カチ。


 それは時計の針が動いた様な音だった。その瞬間、背後から俺の首元に青い剣先が向けられていた。


「私を飲み込めるとでも? 君程度の存在が?」


「お前……その魔法は……!」


 俺は後ろを振り返る。が、そこにはもう誰も居ない。


 ――カチ。


「原始魔法を持つ者を、君が吸収できると思ったのかい? だとしたら……実に愚かで馬鹿みたいな考えだね」


 俺はもう一度後ろを振り向く。が、やはりそこには誰も居ない。


 ――カチ。


「私は運命の子だ。私こそが選ばれたんだ。あの逃げた女ではない……」


 俺は拳に炎の魔力を込める。そして勢いよく振り返り、そこに居るエリオットの野郎に殴りかかる。が、奴は後ろに飛び去りギリギリで回避しやがった。奴が剣を俺に向けると、剣が徐々に変形を始めた。剣先は折れ曲がり、銃のトリガーと持ち手に変化していく。そして折れ曲がった部分は銃口に変化し、青い拳銃が完成した。


 奴はトリガーを引く。その瞬間、銃口からは様々な色の魔力弾が発射される。俺はすぐさま両手で結界を張り、魔力弾を受け止める。だが、流石に複数の色を相手にすると、結界なんてすぐに壊れてしまう。


「色に時……お前、一体何者だ?」


「君に答える意味はあるのかな? もうすぐ消え去る君に」


 ――カチ。


 奴は目の前に現れ、結界を蹴り壊す。流石に杖が無いと戦うのは厳しいか……!


「さて、君を捕らえたら“あの方”はどんな反応を示して下さるのだろうかねぇ。君なら知っているんじゃないか? あの“消失事件”の首謀者が……」


「……それだけは、決してお前たちに教えるものか。セシリアも、ミランダも、あの方も! 俺はアイツの想いを受け継いで、託されたもの全てを守る抜くんだ!」


 俺はゼロ距離で奴の胴体に魔力弾を撃ち込む。流石にこれには奴も対応しきれずに直撃し、城の通路の奥まで飛んで行った。


「よし、今のうちにここから離れるか……待ってるからな、セシリア」


 俺は身体を“赤く歪んだ何か”に変化させ、その場から飛び去った。


 そのはずだった。


 ――カチ。


 時計の針の音と共に、奴は俺の目の前に現れた。


「……!」


 俺は咄嗟に奴に炎の玉を喰らわせようとする。が、奴の方が動きが速く、俺の手はいとも簡単に掴まれてしまった。


「お前……あの距離でもまだ……!」


 奴はゆっくりとニコニコと微笑む瞳を開く。右目が虹の様に輝き、左目がブラウンの色をした所謂オッドアイだった。


「なるほど……やはり君の目的は私の予想通りだね。となれば……次にする事は分かるね?」


 奴は手を掴んでる方とは逆の手で俺の首を掴み、そのまま身体を持ち上げる。奴はそのまま一度瞬きをすると、右目が紅く輝き始めた。


「……! あ……うぁぁぁぁぁっ!」


 奴の手から炎が現れ、少しずつ俺の身体を包み込んでいく。


「あの時と同じ業火だ。さぁ、吐け! 君たちの指導者は今どこに居る?」


「……っ!」


「答えないか……では、残念ながらここで今度こそ終わりだ」


 俺はこれで目的を果たした。セシリアを逃して、俺の役目は終わった。アイツの想いを最後までは果たせなかったが……。


 やれる事はやった。俺は熱さに悶え、ゆっくりと目を閉じていく。


 …………。


 …………。


 ……熱さが、消えた。


 身体は地面に落ち、気付けば俺を包み込んでいた炎は消えている。俺は顔を上げ、前を見上げる。


「あなたは……!」


 そこに立っていたのはエリオットでは無い。赤いマントに黒いタキシード、黒いヒールを履いた背の高い女。顔は後ろ姿で見えないが、綺麗な体格で誰なのかはすぐに分かる。


「これはこれは……黒幕が自ら現れるとは……愚かなものだ」


 エリオットはいつも通りの口調だが、その顔と仕草には違和感が残る。目を見開き、少し声がいつもより高い。


「ティ……」


 俺がそう口を開いた時だった。彼女は右手をスッと上げ、俺の口を魔法で封じた。そして左手で指をパチンと鳴らすと、俺の身体が後ろまで引っ張られて行った。


 もう近寄ろうとしても何かに遮られ近寄れない。『喋るな、近寄らずに逃げろ』って事だろう。相変わらず不器用で雑な魔法使いだ。だが、あれはきっとまた“本物じゃない”。


「同志を守るとは……随分と優れた指導者ですね」


 彼女は俺の後ろに歪んだ空間の様なゲートを出現させる。同時に彼女の周囲には、彼女が召喚した武器が大量に漂っていた。


 彼女は俺なんかが居なくても何とかなる。寧ろ、居たほうが迷惑になるはずだ。ここは彼女に従って逃げさせて貰おう。





 これで二回。


 次は無い。














 夢の欠片:https:/

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