1-4 新たな目覚め
――数分前。
バサバサバサ!
窓から身を投げた私は、ミスコット城の周りに広がる森の中へと落ちていった。木に引っ掛かりながらも確実に地面へと落ちていく中、私は短い形状の杖を地面の方へと向ける。やがて地面へとたどり着く瞬間、私の身体は一瞬だけ宙で止まりそのままポフッと落ちた。
「ふ~買ったお洋服もボロボロ……身体もズタボロね~」
私はふと上を見上げる。するとそこには大きく佇むミスコット城と、私が身を投げ出した窓が見えた。窓の方へ注視していると、何だかまだ彼の戦う音が聞こえてきそうな気がした。
「お願い、無事でいてね……」
さて、そろそろ歩き出そうと思い視線を動かしたその時。
「っあ……」
森の手入れをしている方かな。大きなハサミを持って作業服を着たお爺さんと目が合った。
「お、おはようございま~す……こんにちは、かな? ごめんなさい、あまり今の時間が分からなくて……」
あっ、ダメ。目の前がぼやけて……クラクラして……意識が――。
…………セシリア。
………………。
………………セシリア。
私はお母様の声を聞いて目を覚ます。窓から飛び降りて、森を越えて、お船に乗って……疲れてしまった私はそのまま眠っちゃってた。
「まぁ、本当にぐっすりと寝ちゃって……セシリアはのんびり屋さんね」
お母様はそう言うとニコッと笑ってくれた。お城の中では泣いていたお母様が、やっと笑ってくれた。お母様は夜の湖でお船を漕ぎながら、遠くの方を見つめる。それからワクワクしたような声で私に声をかける。
「ねぇ、セシリア。この湖の向こうに着いたら何したい?」
「え~とね~……分からない……」
「そっか、分からないよね。お母さんも実は分からないんだ。お城の魔法使いさんに捕まって、逃げて、湖を渡って……何をしたいか、まだ分からないんだ」
お母様は一瞬だけ静かになった後、私を見てニコニコしながらまた話し始めた。
「でもね、セシリア。お母さん達は何でも出来るのよ! お母さん達のお家も、セシリアのお友達作りも、お勉強も、な~んでも出来るのよ! だって、この世界に決められた事なんて無いんだから!」
お母様は人差し指を自慢そうに上げて、少しを声を低くする。
「自分の居場所も、夢も、目標も全部自分で決める! これが、人生を楽しく生きるコツなのです!」
「そっか! じゃあ私は、お母様みたいな面白い魔法使いになるね!」
――でも、お母様がとっても悩んでたこと、知ってるよ。
――私は、私を笑顔にさせてくれたお母様みたいになって、お母様を笑顔にしたかったんだよ。
――お母様。私は、そんな魔法使いになれてたかな?
「う……う~ん……お母様……」
「おや、起きたようだな。お嬢さん、平気かい?」
私はゆっくりと目を開ける。まだ視界はぼやけていてハッキリとしない。寝惚けたまま私は柔らかいベッドの上で体を起こし、お爺さんの声がする方を向く。
「森ん中に急に落ちてきて、急に倒れるもんだから驚いたよ。この歳だと、もうすぐに腰を悪くしちまうわい」
そう言うと、お爺さんは自分の腰を右手でポンポンと叩いた。そこでようやく私の意識はハッキリしてきて、急いでベッドから立ち上がる。そしてその勢いのまま、私は思いっきりお爺さんに頭を下げた。
「ごめんなさい! 見ず知らずの私を看病してくださってありがとうございます! そして、迷惑をおかけして申し訳ございません!」
「ああ、気にするでないよ。服はボロボロだったから婆さんが洗濯していたよ。寝間着は……まぁ少し大きいが気にする程でもないだろう」
「っあ……!」
そこで私はようやく身なりにも気がついた。少し柔らかい生地でピンク色の寝間着だった。村で着ていた物より、ちょっと高価そうな感じ。
「洗濯はもう少し時間がかかるから、少し城下町を見て回ってゆっくりするといいだろう。着替えはそこのタンスに入っているよ」
「あの……どうしてそこまで……」
私のそんな問いかけを聞くと、お爺さんはニッコリと微笑んで理由を説明してくれた。
「ウチはね、宿屋なんだよ。俺が森に行ってベッドとかの材料を集めつつ、婆さんの回復魔法で魔法使いを癒す。そんな宿屋なんだよ。俺の魔法はそういう自然の材料を見極めるのに適してるからな」
「なるほど……じゃあ、お代を……」
「あぁ、それは要らないよ。お嬢さんはサービスだ。事情は知らないが、何か訳ありなんじゃないのかい? そんな魔法使いからお代なんて取れないさ。いつか、恩で返してくれや」
「……はい……!」
お爺さんは私の返事を聞くなり、またニッコリと微笑んで部屋の出口の方へと歩いていった。
「それじゃあ俺はもう部屋を出るから、外に出るなら着替えて、いろいろ城下町を見て回りなさい」
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