1-2 ミスコット城からの逃走

「急げ、こっちだ……!」


 彼は私の手を引きながら辺りを確認しつつ慎重に進む。彼は時々私の方を振り返りながら、確実に廊下を進んで出口へと向かっていく。


『侵入者あり、侵入者あり。総員に告ぐ。見つけ次第、即射殺せよ』


「居たぞ! あそこだ!」


 場内にアナウンスが流れた直後、私たちは廊下を警備していた魔法使い達に見つかってしまった。彼はすぐさま私の手を引っ張り、廊下の柱の方へと身を隠した。


「ったく、多いっての……お前、魔法は使えるか?」


「え~と……魔力弾を打てるくらいには?」


「それ、使えないのと同じ!」


 ババババババババン!!!!


 警備兵たちは大量に魔力弾をこちらに打ち込んでくる。あんなの、勝ち目がないよ。相手は杖を持ってるけれど、それでもあんなに永遠に打て続ける訳がない。


「あいつ等はミスコット家の“原始魔法”の力を一部受け渡され、半永久的に魔力弾を打ち続ける。普通だったら勝ち目は無いな……だが」


 彼は私の目を見て手を途端に強く握る。すると、彼に握られた場所から不思議と“色”の魔法が広がっていく感覚があった。これは……土の属性……それに炎の属性まで?


「今お前に俺の持ってる“色”を少し分け与えた。強くその“色”を念じろ。そうすれば最低限の“色”の力は発揮できるはずだ……!」


「……うん!」


 私は短い形状の杖を手元に出現させると、その杖を両手で持ち引き延ばす。すると、先端に銅で形作られた時計が付いている長い形状の杖に変化した。私はその杖を持って柱の陰から姿を現す。


「出てきたぞ! あれは……侵入者の協力者か?」


「構わん、撃て!」


 兵士達は一斉に私に魔力弾を撃ち込んでくる。同時に、私は長い形状の杖を地面にコンと軽く叩きつける。すると赤い絨毯の冷たい床は形状を一瞬で変化させ、杖に叩かれた部分が私の身体を隠すように壁となって盛り上がった。


「あれは、土属性の魔法か……! 水部隊、出撃せよ!」


 私は目の前の壁を杖の先端でコンと叩き、粉砕する。細かく粉砕された土と赤い絨毯は砂埃となって、叩かれた反動のまま兵士達の方へと向かっていく。兵士達が砂埃によって咳き込み始めたその時、私は杖の先端から小さな火の玉を発射する。


「炎属性だと……それにこれは……!」


 火の玉が兵士達に直撃した瞬間――辺りは大爆発を引き起こした。


「うぉ……激しいな」


「ふん!」


 私は自慢げに彼に向けて腕組をしてみせる。けど、彼は頭を抱えて私の額を軽く人差し指で弾く。


「ちょ、ちょっと……!」


「絨毯があって良かったな。それが無かったら粉塵爆発なんて成功しなかったぞ。でも……魔法のセンスが良い。流石だな」


「ありがと。でも、何であなたは複数の属性を……」


『居たぞ! 追え!』


 また新しい兵士達の声が私たちの背後から聞こえてきた。全く、本当にいくらでも――。


「本当にいくらでもあいつ等は追ってくるな……おい、こっちだ!」


「ちょ、ちょっと! それ私も思ってた!」


 私の手を引いて彼は廊下を走り抜ける。後ろからは兵士達の走る音が聞こえてくる。何だか、誘拐されてるお姫様みたいな気分ね。その時、ふと彼が私の顔を見た。


「……なにニヤニヤしてる」


「え? ふふ、何だか誘拐されてるお姫様みたいな気分だなって」


「……はぁ、呑気なもんだな。もっと緊張したり、怖がったりしないのか?」


「しないよ。だって、あなたがちゃんと私を守って逃がしてくれるでしょう?」


「はぁ……」


 彼は呆れたような溜息を一つ吐きながら廊下を進んでいく。そしてメインホールに続く分かれ道の所で、彼はメインホールへ続く道とは別の道へと進んでいった。


「ねぇ、出口はそっちじゃないよ?」


「いいや、こっちで合ってる。正面玄関には大量の兵士が待ち構えてるはずだ。だから、裏道を使う。お前とお前の母親が使った道を、な」


「え? あなた、お母様の事を……」


『居たぞ! 追い込め!』


 その声は背後からのものではなくて前からのものだった。私たちはどうやら追ってきた兵士達と鉢合わせちゃったみたい。後ろからは兵士達、前からも兵士達。


「これは若干ピンチ……かも?」


「若干じゃなくてピンチだな……お前、名前は?」


「え、今!? セシリアだけど……」


「よし、セシリア。壁を張れ、後は分かるな?」


「うん……!」


『お前たち、何をコソコソと話している』


 彼は私の手を放して奥へと歩いていく。


「お前等をぶっ倒す方法だよ!」


『総員、かかれ!』


「セシリア、今だ!」


「了解!」


 私は長い形状の杖を地面にコンと叩きつけると、彼の目の前と私の後ろに壁を出現させた。兵士達が撃ち込んできた魔力弾は見事に私の壁で防がれ、その隙に彼が魔力弾を兵士達に撃ち込む。


「相手の一人は土属性だ。水部隊、かかれ!」


 その瞬間、兵士達の中の何名かが水の渦を壁に向けて真っ直ぐ撃ち込んできた。それを見計らったのか、彼は空に手を伸ばし始めた。


「待ってたぜ、それをな!」


 彼が言葉を言い終える直前、壁の目の前に牢屋の結界を破壊した時と同じ歪んだ空間を作り出した。真っ黒な歪んだ空間は水の渦を飲み込み、そのまま水の渦を追って魔法使いまで飲み込む。発動した魔法使い達を飲み込むと、歪んだ空間はすぐに消えた。


「よっしゃ、いただき!」


「貴様、まさか……! 連絡班、早急にエリオット様をお呼びしろ! それまで我々で持ち堪えるのだ!」


「させるかよ!」


 彼はさっきの兵士が使ったのと同じような水の渦を壁の向こうから発射する。けれど、その魔法は兵士達の何名かが展開した結界で防がれてしまった。


「畜生……!」


「ねぇ、エリオットって魔法使い、かなり不味いかも」


「どうしてだ」


 きっと、エリオットって魔法使いはあの青髪の男のこと。流石にあんな相手に私たちはきっと叶わない。私がそれを伝えようとした時――。


 ババババババババン!


「また最初に逆戻りか……! セシリア、もう一度壁を張っとけ!」


 兵士達はまた一斉に攻撃を始める。私は彼に言われた通り壁をもう一度作る。壁を作ったのと同時に、さっき作った壁は相手の攻撃で壊されてしまった。私は杖を軽く振って短い形状に戻すと、壁の後ろから魔力弾を相手に撃ち込む。


 けれど、やっぱり相手の結界に邪魔されて攻撃が通らない。精々、相手の魔力球と衝突して攻撃が防げる程度。


「これは、今度こそピンチかも……?」


「だな……」


 私たちはお互いの背中を合わせながら会話する。


「セシリア、裏口の場所は分かるか? 昔お前の母親と逃げた場所だ」


「え~と、何となくなら」


「何となくでも十分だ。いいか、息を大きく吸って、俺が魔法を唱えたらその裏口まで走って逃げるんだ」


「分かった!」


 私が大きく息を吸った瞬間、足元から溢れ出した水の渦が私の身体を飲み込んだ。私を飲み込んだ渦はそのまま空を飛び、兵士の頭上を飛び越えて裏口に続く通路へと向かっていった。渦は通路の床にぶつかると、そのまま弾けて私を解放した。


「セシリア、走れ!」


「え、え、でも!」


「いいから走れ!」


「……また会うんだからね!」


「あぁ……生きていれば、また会えるさ……!」


 私は彼のその声を聞くと、昔の朧げな記憶を辿って走り出した。お母様が私の手を引いて向かった場所。ううん、違う。お母様は私の手を引いて連れて行っていない。お母様は、私を……抱えて……?


 何で……ここに来てから、何だか記憶が曖昧で……。


『侵入者が逃げるぞ! 追え!』


 私は背後から聞こえる声で現実に引き戻された。私は短い形状の杖で炎を生み出すと、後ろに向けて左右に放射する。私が放った炎は壁となって、追手が来ることを何とか防ぐことが出来た。


「この道を曲がって、え~とその後は……」


『ここに居たぞ! 捕らえろ!』


「えっ、また!? しつこいよ!」


 兵士達が撃ってくる魔力弾を、私は杖を長い形状に変化させた後に横に持って結界で防ぐ。そのまま結界の硬さや柔軟性を変化させて、相手の魔力弾を弾き返せるようにする。すると、結界に当たった魔力弾は見事に兵士の方に向かって弾き返されて、何とか道を切り開くことが出来た。


「よし……あと少し!」


 ちょうどその時、目の前に大きな窓が見えてきた。


「そうそう、あの窓から!」


 私は杖を短い形状に変化させて、窓の方に向けて魔力弾を発射する。魔力弾は見事に窓に的中して窓ガラスを破壊する。私は窓にたどり着く瞬間に、大きくジャンプする。


「届け~!」


 私の身体は見事割れた窓に入り込み、そのまま外に放り出された。真っ青な空と気持ちいい風が私の身体を包み込む。そして、そのまま私の身体はミスコット城の外に広がる森へと落ちていった――。

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