2-5 “自分”

「これは……あの時の……!」


 女の子から現れた靄は徐々に一つに集まっていき、やがて様々な色が入り混じる魔法使いのような姿になった。そしてその姿は、村が襲撃された時に見た不思議な空間で現れたモノと殆ど同じだった。靄の魔法使いは少しずつ女の子の方へと近寄っていく。


「うそ……このままじゃ……!」


 私は急いで女の子の方へと近寄る。けど、ある程度近寄ったその時。靄の魔法使いが放った魔法で私の身体は吹き飛ばされてしまった。


「うがぁ……! う、うぅ……! ダメなのよ、このままじゃ……!」


 意識が途切れるその瞬間。私の周りが真っ黒な暗闇に包まれた。そして暗闇が開けた先は、あの時と同じ大きな懐中時計が一つある空間だった。暗闇は再び大きな懐中時計の前に集まり始め、黒い魔法使いの姿になった。


「もう……こんなこと……してる場合じゃないの……に!」


 私は重たく、そして傷ついた身体を起き上がらせる。


『打ち勝つのよ……セシリア……!』


 あの時と同じお母様の声が私の頭の中に響き渡る。私はお母様の声に押されるようにして立ち上がり、黒い魔法使いに向けて杖を構える。黒い魔法使いは私のそんな姿を見ると、靄のような杖を私に向けた。


「絶対にあなたを倒して、あの子を救うんだから!」


 黒い魔法使いは宙を浮き、高速で私の元へと近づいてくる。そしてそのまま短い形状の杖を長い形状へと変化させ、私に振り下ろしてくる。私は同じように杖の形状を伸ばし、その攻撃を受け止める。


 ぶつかり合う杖から魔力が生じて一瞬だけ辺りが明るくなる。私がその光で怯むと、黒い魔法使いは片手から炎の球を生成して撃ち込んできた。私は即座に黒い魔法使いから離れて、長い形状の杖を横に持ち結界を張る。


「くっ……! なんて強い魔力……!」


 何とかして攻撃を当てないと私に勝ち目は無い。一瞬の隙を見つけて、そこで魔法を撃ち込まないと……あれ……黒い魔法使いは……!


 私が上を見上げると、そこには宙に佇む黒い魔法使いがいた。黒い魔法使いは杖を短い形状へと変化させ、その杖先を私に向ける。その瞬間黒い魔法使いの周りに大量の魔力球が現れ――。


「不味い……!」


 一斉に撃ち込んできた。私は長い形状の杖を地面に叩きつけて大きな結界を張る。結界は何とか攻撃を防いだけれど、結界に次々と亀裂が走った。もう次は防げそうにない。だから、もう反撃しないと負けてしまう……!


「……良いこと思いついたかも……!」


 私は立ち上がる。同時に、黒い魔法使いも宙からゆっくりと下りてきた。私は黒い魔法使いが動き出すより先に、土の魔法で黒い魔法使いの周りに壁を作り出した。黒い魔法使いは完全に壁に包まれてしまったけれど――黒い魔法使いはその壁を一気に壊してしまった。


 ――よし、かかった!


 黒い魔法使いの周りは砂埃で前が見えなくなっていた。そう、前が見えないこの隙に魔法を撃ち込む。私は大きな火の玉を長い形状の杖で作り出し、それを黒い魔法使いに撃ち込んだ。


 砂埃が晴れると、そこには魔法が直撃して動けなくなっている黒い魔法使いがいた。私は杖を短い形状へと変化させて、杖に強く念じる。そして黒い魔法使いに杖先を向けた瞬間、あの時と同じように大量の魔力弾が黒い魔法使いを囲み始めた。


「いっけぇ!!」


 魔力弾は一斉に発射され、黒い魔法使いに直撃する。辺りは魔力弾の影響で明るくなり、やがて前も見えなくなっていった。





 光が、私の中に入って来る。


 光は、私に様々なものを断片的に見せてくる。


 ――青髪の男と対峙する私。


 ――箒に乗る私と“彼”。


 ――黒いタキシードに赤いマントを着た女性の姿。


 それらが断片的に見えて、また目の前が真っ白になる。


 …………。


 …………。


 …………セシリア。


『セシリア、頑張ったわね』


「お母様……?」


『あなたなら大丈夫。あなたは、あなたの信じる道を進みなさい』





「お母様!」


 私が目を覚ますと、そこには様々な色が入り混じる靄の魔法使いに襲われそうになっている、あの女の子の姿があった。私の意識はそこでハッキリとし、急いで女の子の元へと向かう。


 長い形状の杖で靄の魔法使いが張っている靄のような結界を払い、私は女の子の手を取る。すると、さっきまで頭を抱えて震えていた女の子は顔を上げて私を見つめる。


「無の存在とかなんだとか、私はよく分からないけど……でも、そんな運命の中で抗う君は凄いよ。だって、君は他の魔法使いを傷つけない為にこんな方法を思いついたんでしょ? それなら――」


 私は女の子の方へと視線を落としてニコッと微笑む。


「君はもう、立派な魔法使いだよ!」


 その瞬間、女の子の目が光った……そんな気がした。


 そんな事をしていると、靄の魔法使いは私たちの方へとゆっくり近づき魔力弾を撃ち込んでくる。私は長い形状の杖を横に持って結界を張る。何とかあと一回は持ちそうかな……!


 私は杖を短い形状に変化させて砂埃を溜める。砂埃がある程度球体になった時、私はその球体を靄の魔法使いに撃ち込む。そして、そのまま炎を溜め込んで炎の球も撃ち込む。


「これで……!」


 と思った時、砂埃を払うようにして靄の魔法使いは現れた。


「うそ……でも、まだ……!」


 私は炎の球をもう一度撃ち込む。けれど、靄の魔法使いはその炎の球を歪んだ空間で吸収してしまった。吸収されたとなるとピンチかも……!


 私はすぐに結界を張る。と同時に靄の魔法使いは炎の球を撃ち込んでくる。炎の球は何とか結界で防げたけれど、結界は壊されてしまってもう使えない。


「かなりピンチ……かも……?」


 靄の魔法使いは炎の渦を作り出し、まるでドラゴンのように操って私に撃ち込んでくる。私が女の子の前に壁のように立ちはだかったその時――私の目の前に歪んだ空間が現れて、炎の渦を次々と吸収していった。


 私が後ろを振り返ると、そこには歪んだ空間を展開する女の子の姿があった。女の子は炎の渦を吸収すると、そっくりそのまま同じ魔法を靄の魔法使いに撃ち込んだ。靄の魔法使いにその攻撃は直撃し、靄の魔法使いは怯んだ。


「お姉さん! 今だよ!」


「オッケ~任せて!」


 私は短い形状の杖に大きな魔力弾を溜める。そしてその魔力弾を靄の魔法使いに目掛けて――。


「「いっけぇぇぇぇ!」」


 ――撃ち込んだ。魔力弾が直撃すると、靄の魔法使いは大きな光と共に消滅した。同時に靄の魔法使いが生み出した結界のような靄も、光の粒になって空へと消えていった。


「良かった~」


 私はそのまま地面に倒れこんだ。女の子が私に駆け寄ってきて、私の顔を覗く。


「お姉さん! お姉さん、大丈夫!?」


「う~ん……ダメ、かな」


「は~……大丈夫そうですね」


 女の子は安心したみたいで、私と同じように地面に寝転んだ。もう気付けば空は暗くなって、沢山の星が見えていた。


 …………。


 …………。


「お姉さん、ありがとう」


「ん?」


「背中を押してくれて」


「……良いんだよ。私も、君の気持ちが少しわかる気がするし」


 女の子は私の方を向く。私は夜空を見たまま話を続けた。


「私もね、無の存在ではないけど、一時魔法を使えない子として演じてたんだ。だって、私の魔法は不幸を呼ぶから。だから、魔法を使えない子として演じてた。正直不安だったよ。だって、みんな魔法が使えるんだもん……でもね――」


 私はおば様やおじ様を思い出す。ニッコリと優しく微笑むおじ様。厳しいけど、しっかりと話を聞いてくれたり、いろいろ教えてくれるおば様。


「魔法を使えなくても、誰かを笑顔にしたりする事は出来るんだよ」


 牛や馬を引き連れるお爺さんや、元気に走り回る子供たち。私にあの服を売ってくれたお婆さん。


「ある魔法使いさんが言ってたんだ。『魔法が使えないとかは関係ない。あたしの最大の魔法は人を笑顔にすることさ』って。そういう事だと思うんだ~」


 気づけば、視界がぼやけていた。瞼も熱い。


「それに、君と出会って思い出したんだ。私のお母様が言ってた言葉」


 ――この世界に定められたものなんてない……自分が何をしたいのか、自分が何者なのかは自分で決める!


「だから、私は私らしく自由に生きる。君も、それでいいんだと思うよ」


「お姉さん……」


 そうだよね、お母様。





「ねぇ、セシリア。この湖の向こうに着いたら何したい?」


「え~とね~……分からない……」


「そっか、分からないよね。お母さんも実は分からないんだ。お城の魔法使いさんに捕まって、逃げて、湖を渡って……何をしたいか、まだ分からないんだ」


 お母様は一瞬だけ静かになった後、私を見てニコニコしながらまた話し始めた。


「でもね、セシリア。お母さん達は何でも出来るのよ! お母さん達のお家も、セシリアのお友達作りも、お勉強も、な~んでも出来るのよ! だって、この世界に決められた事なんて無いんだから!」


 お母様は人差し指を自慢そうに上げて、少しを声を低くする。


「自分の居場所も、夢も、目標も全部自分で決める! これが、人生を楽しく生きるコツなのです!」


「そっか! じゃあ私は、楽しいこといっぱいしたい! 楽しいことをいっぱいして、みんなもお母様も笑顔にするんだ!」


 お母様は私の話を聞くと、船を漕ぐ手を止めて私を抱きしめた。


「お母様?」


「そうね、セシリア……楽しいこと、う~んとしましょ。みんなを笑顔にするくらい楽しいことを、たくさんしましょ」


 お母様は、涙を流していた。

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