0-4 何も持たない子

「よし、そろそろ波も止んだね。じゃ、はいこれ」


 おば様は私に幾らかの小銭を手渡してきた。食事にお洋服、それに少しお買い物が出来る位の小銭。うちは繫盛はしているけれど、それほど裕福という訳でもない。この小銭も、本来は他のことに使うべきはず……。


「おば様……これは一体……」


「アンタももう良い年頃だろう? いつまでもこんな所に居ちゃあ勿体無い。『可愛い子には旅をさせよ』だ」


 私はやはり反対の意を述べようとしたけれど、おば様は何も言わずに首を振り、私の手を強く握りしめた。


「しっかりと、自分を磨いておいで。美味しいもんも、楽しいことも沢山見ておいで。アンタの土産話を期待してるよ」


「……はい!」


「さぁ行っておいで! 早くしないと、休憩時間が無くなっちまうよ!」


 私はおじ様とおば様に見送られながら、小さな木のバスケットを腕からぶら提げて家のドアを開いた。ドアの向こうは大きな山に青い空、レンガの家の煙突からモクモクと伸びる煙に牧場や畑の匂い。空には気持ちよさそうに白い鳩が飛び回っている。そんな世界が広がっていた。


 見慣れた景色だけど、何だか私は笑顔になって村の広場へと向かっていった。


「っお、セシリアちゃん! 今から休憩時間かい?」


「はい! しっかり休憩して、またしっかり働きますよ!」


「おお、逞しい看板娘ちゃんだぁ~じゃあのぉ~」


 牛や馬を引き連れて通り過ぎるお爺さんや、元気にはしゃぐ子供たち。みんなに同じ様な挨拶をされて、その度に私は笑顔になる。私はルンルンでまずお洋服屋さんに向かっていった。


「あ~らいらっしゃい、セシリアちゃん!」


「こんにちは! 今日はお洋服を選びに来ました!」


「セシリアちゃんならどんな服でも似合うよ~」


「え~またまた~! それじゃあ、どんな服がいいですかねぇ?」


 洋服屋さんのお婆ちゃんは私の顔から足までを眺めて、じっくりとお店に並べてる服を見渡す。しばらくした後にお婆ちゃんは口を開いた。


「う~ん、セシリアちゃんにはこれかな?」


 そうお婆ちゃんが手渡してきたのは、青いマントと黒いドレス。スカートの部分にはフリルが付いていて確かに可愛らしかった。けれど、お店で少し動き回るのにも適している位には派手過ぎないのも良い点。


「あぁ、あともう一つ」


 そう言ってお婆ちゃんが手渡してきたのは、白い小さな帽子。けれど城下町の魔女達が被っている尖がり帽子ではなくて、シルクハットのような帽子。


「どうかな? 似合ってるかな?」


 今着ている服の上から被せて見せると、お婆ちゃんは大喜びしていた。


「それはね、魔力の向上と絆や想いの強さを動力源とした、城下町産の服なんだよ」


「あぁ~なるほど……って、そんなの買えないよ!」


「あぁ分かっているよ。でもね、何だかその服がセシリアちゃんを選んだ気がしてね」


「でも……私は魔法とか使えませんよ?」


「あぁ知っているとも。魔法が使えない変わった子だとね。でも、あたし等も大して変わらんのよ。この世界の魔法使い達はみんな何かの属性を一つ持っておる。それを上手いこと駆使して生活していくけれど、持ってるのは一つだけ。それ以外は全部手作業さ……まぁ中には上手く活用して旅に出る奴もいるがね……」


 お婆ちゃんは私の目をジッと見つめて、そのまま私の手を強く握りしめる。


「あたしが持ってるのは精々繊維を操れる程度さ。服屋なんてそんなもんだよ。だからね、そんなあたし等が出来る最大の魔法は……セシリアちゃんみたいな子を笑顔にすることさ。だから、魔法が使えないとかは関係ないよ」


「……はい……!」


「さ、その服は半額にしてあげるよ! 気に入ったら買っていっておくれ」


「勿論!」


 私はおば様から貰ったお金を手渡して服を購入した。お洋服屋さんのお婆ちゃんの想いが詰まった大切な洋服。これはいざという時のために取っておこうかしら。


「あぁ、ちょっとお待ち! これは、お話を聞いてくれたお礼だよ」


 そう言ってお婆ちゃんは私にぶら提げられる懐中時計を私にくれた。


「これはサービス。今後ともご贔屓に~!」


 お婆ちゃんは私を笑顔で見送ってくれた。『魔法が使えないとかは関係ない』か。そうだったら……良いんだけどな。私が出来る最大の魔法って何だろう。





 私は昼食を済ませると、再びパン屋のお仕事に就いた。そして気がつけばもう日は暮れて、お店が閉まる時間だった。村の至る所の明かりが消えて、各々の家から楽し気な声が聞こえ始める時間だ。


「さ、早く片付けをしてご飯にするよ」


「は~い!」


 私もお店の中をササッと片付けておじ様やおば様のお手伝いに移る。


 うちの本当のおススメはパンじゃないの。実は、閉店後に作るおば様のシチューなのよ。お店で丁寧に作ったパンとおば様の絶妙な味付けと火加減で作ったシチュー。そして村のお店で手に入れたお野菜のサラダが最高に美味しいの。


「ほら、セシリア~お皿にシチューを盛って準備しなさい」


 いけない、早く準備しなくちゃ!


「ちょっと、アンタはいつまで作業室に籠ってんのよ! 早く出てきなさい! じゃないと飯抜きよ。『働かざる者食うべからず』だからね!」


「えぇ~婆さんや、ちょっと待っとくれ……」


「ま~た~な~い~」


 私は毎日繰り返されるこの他愛もない会話が好きでついつい笑ってしまう。私をあの草むらから見つけ出して育ててくれた魔法使いは、こんなに良い魔法使いだったなんて。私は、とても恵まれていた。


「さ、準備出来たよ。座って食べようか!」


「うん!」


「それじゃあ――」


――いただきます!

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