0-5 過去との再会

 チリリリリン。チリリリリン。


 みんなが眠りについたころ、家のベルが鳴り響いた。


「う……う~ん……」


 私は寝惚けながらも階段を下りて玄関へと向かう。同時に、二階でおじ様とおば様が起きた物音がした。


「こんな夜中に誰かしら……」


 私は寝間着のまま扉を開ける。


 するとそこには――。


 襟に虹が描かれたバッチを身に着けた――。


 “あの時”と同じ“彼ら”がいた――。


 私の脳裏に蘇る“あの時”の記憶。鮮やかな炎で燃える村と響き渡る悲鳴。そして、私を庇う――。


 私はゆっくりと“彼ら”から後退る。


「やっと見つけたよ。セシリア・シルクメット様」


 “彼ら”はゆっくりと私へと近付き手を伸ばす。同時に、おじ様とおば様が二階から下りてくる音が聞こえた。私は咄嗟に後ろ振り返る。すると、やはりそこにはおじ様とおば様が佇んでいた。


「に、逃げて!」


「何だいどうしたんだ。何者だいアンタ達は……」


 “彼ら”の内の一人が落ち着いた口調で笑顔のまま説明を始めた。


「彼女はセシリア・シルクメット。この世界を形作る“原始魔法”の使い手の一人なのです。そして我々は、そんな“原始魔法”の使い手と協力してこの世界をより良く変えていく事を目的としているのです」


「嘘よ! あなた達は、自分達の目的の為に魔法使いを平気で殺す残忍な魔法使いよ!」


「それは、セシリア様の誤解かと」


「ちょ……ちょっと待っておくれよ」


 おば様が会話に割り込み、私の前に庇うようにして立ち尽くす。それを見た青髪でニコニコした男は、一瞬小さく舌打ちをした後に説明し始めた。


「奥さん、これはこの世界に関わることです。手荒な真似はしたくないので、早急にそこを退いて頂けないでしょうか?」


「“原始魔法”やらなんやら知らないけど、この子は魔法なんて使えないよ」


「あぁ、ただの村の看板娘じゃ」


 おじ様まで私を庇うようにして立ち尽くす。青髪の男の眉がピクリと動く。このままじゃ、本当におば様とおじ様が殺されちゃう……!


「……見たところ、奥さんの魔法は炎で旦那さんの魔法は一部物質の取り扱い。そんなお二人以外の魔法を感じたことはありませんか? 例えば……“時間”に関わる事など」


「冷蔵庫……パンの発酵……」


 このお店は短い時間で美味しいものが作れると評判のお店。そう“短い時間”で。おじ様が作ったあの冷蔵庫に一緒に手を加えたのは“私”だった。おじ様は私を見つめる。けれど、おば様は一切動じなかった。


「例え……例えそうだとしてもだ。この子は嫌がってるじゃないか! 嫌がる子を連れて行って、それで本当に世界の為だなんて言えるのかい!?」


「駄目! おば様、そんな事を言っては……!」


「やれ」


 その言葉は冷たく言い放たれた。そして次の瞬間には――。


 私の目と鼻の先で――。


 ――おば様とおじ様が魔法の弾丸によって撃たれた。


「あ……あああ……」


「セシリア……逃げなさい……!」


『走って……! 走るのよ、セシリア!』


 おば様の声が“あの時”の声と重なる。私はまるで“あの時”と同じように二階へ走って逃げ込む。でも“あの時”と同じでは駄目なの。逃げ続けて悲しむ者を増やしてはいけないの……!


 私は部屋を見渡す。そこで真っ先に目に入ったのはあのお洋服屋さんで買ったドレスだった。


(『魔力の向上と絆や想いの強さを動力源とした』この服なら……!)


 私は急いで着替える。ドアは沢山の家具で塞いだから若干の時間がある。私が魔法のドレスに着替えた、その時だった。


 辺り一面が暗闇に包まれた。そして暗闇が晴れた先は、真っ暗な空間の中に一つだけ大きな懐中時計がある場所だった。こんな場所は見たことがない。よく見れば、地面までガラス張りの懐中時計となっていた。


 その時、私の頭が割れるように痛み出した。同時に、どこからか声がする。


『抗って……立ち向かうのよ……』


「何……を……言って……」


 私がそう問いかけた瞬間だった。辺りの暗闇が大きな懐中時計の前に集まりだした。闇は一つに纏まり、新たな形を生み出した。あれは……。


「魔法……使い?」


『立ち向かうのよ……急いで……目覚めるために……!』


 私はいつの間にか右手に自分の身長と同じ位の杖を持っていた。あの黒い魔法使いが何者なのかは分からない。顔も分からなければ、服装も何もかも分からない。けれど、杖を持って明らかな敵意を持っていることは分かる。


 私は声に導かれるがまま杖を構える。同時に、黒い魔法使いは魔法の弾丸を短い杖から飛ばしてくる。私は昔にお母様が教えてくれた魔法を思い出しながら杖をくるりと回して横に持つ。その瞬間、目の前に透明な壁が現れて弾丸を弾き返した。


 けれど、黒い魔法使いは攻撃の手を緩めない。次から次へと魔法の弾丸を連発する。それは四方八方から襲い掛かる。攻撃魔法なんて使用するのに体力を必要とするのに、何で何発も……!


(守ってばかりでは駄目……どこかで反撃しないと……!)


『杖はあなたの想いに応えてくれるわ。あなたが強く念じればね』


 お母様が昔に私に教えてくれた話。もし本当なら……!


(お願い……! どうか私に抗うための力を頂戴……!)


 その時、杖が長い形状から短い棒になった。形状が変わったその杖からは力強い魔力を感じる。これならきっと……!


 私は杖に念じる。この状況を変える為の一手を。この残酷な世界に抗うための一手を……!


 その時杖は強く光り始め、同時に、黒い魔法使いを取り囲むように魔法の弾丸が現れた。魔法の弾丸は次々と発射され黒い魔法使いに直撃する。何発も、何発も。やがて辺り一面が真っ白になったその時――。


 ――空間そのものが爆発を起こした。


『よくやったわね、セシリア。でも、まだ足りないわ……』





「お母様!」


 最後に聞こえたあの声。あの声は間違いなくお母様の声だった。ふと我に返り辺りを見渡すとそこはさっきの空間ではなく、私の部屋だった。けれど一つだけさっきと違うことがあった。それは、私の手にさっきの空間で手に入れた杖があること。


「これがあれば……」


「居たぞ! 捕まえろ!」


 部屋のドアを突き破ってきたのは二人の王宮直属の魔法使い。いくら杖を手に入れたからと言って、私は特段強い訳でもないし、王宮直属の魔法使いなんて相手にできない。私は短い形状の杖を窓の方へ向けて魔法の弾丸を発射する。


「逃げるぞ! 早く追え!」


 私は窓の向こうへと飛び降りる。地面に着く瞬間に杖を下に向け、落下速度を一瞬だけ落とす。安全に着地できた私はそのまま森の方へと向かっていく。


「おやおや、セシリア様。いけませんね……ほう……」


 私の行く手に現れたのはさっきの青髪でニコニコ笑っている黒服の男だった。男は私の杖を興味深く見ると、ニコニコ笑っているその目を開いた。


「母親と同じ“時の装飾”の杖か……面白い」


 男はそう呟くとすぐさま杖を構えて私に高速で近寄る。私は反射的に杖を構える。が、男は杖を横にサッと振ると、私の杖はどこかへと飛んで行ってしまった。そのまま男は私のお腹に蹴りを一発入れてきた。


「うっ……げほ……う……」


「だが、まだ杖を使いこなしていないように見える。生まれたての幼子だな」


 意識が朦朧とする。ぼやけた視界の中で、青髪の男は私を見下ろしてくる。そのまま男が他の“彼ら”に指示する声が聞こえる。


「彼女を……に……」


「村は……ます?」


「一人残らず……せ……村を――」


――燃やし尽くせ。


 戻らなくちゃ。起き上がらなくちゃ。もう繰り返しちゃ駄目なんだ。私は何とか朦朧とした意識の中で体を動かす。けれど立ち上がる事は出来ずに、ただ這いずることしか出来ない。


「見ていなさい。我々に刃向かう事がどれ程愚かな事なのかを」


 青髪の男の声が耳元から聞こえる。けど、止まっちゃ駄目なんだ。あんな光景はもう二度と……!


 そう思った時だった。村を取り囲む魔法使い達が同時に攻撃魔法を放った。攻撃魔法は村の至る所に的中し、大きな被害と炎の海を作り出す。


 鮮やかな炎に包まれた村。聞きなれた声の魔法使い達の悲鳴。子供たちが泣き叫ぶ声。全てが頭の中で木霊して、おかしくなりそうだった。


 “あの時”と同じ。私はまた魔法使いを殺した。また見殺しにした。


「さぁ、セシリア様。ミスコット城へ戻りましょうか」


 おじ様やおば様の家はもう無い。あの優しいパンの匂いもない。温かい言葉をくれる村人もいない。元気をくれる子供たちもいない。この服を安くしてくれた、あの心優しいお洋服屋さんも無い。


――全てが、また消えてしまった。


 私は朦朧とした意識の中、ゆっくりと目を閉じた。










 夢の欠片:/kakuyomu

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