この瞳に映るモノ
宵埜白猫
月下、森の中で出会った君へ
深い、深い森の中だった。鬱蒼と茂る木々、それに覆われて真っ暗な森の中。木々の隙間から漏れた月明りが、赤黒く染められた私の体を照らす。
肩口の切り傷、体中に浮かぶ鞭の傷痕、体温が冷えていくのを感じながら、私は固い地面に崩れ落ちた。
「っ……!」
麻痺したと思っていた痛覚が、また悲鳴を上げる。ああ、もういっそこのまま……。
そんなことが頭を過った、その時だった。
土に汚れて黒くなった服を纏った男が、私を見ていた。
あいつらの仲間かと思った。長年私を物のように扱ってきたあいつら。
理不尽な折檻を繰り返して、逃げ出す度に鞭を打たれてきた。やっとここまで逃げ出したのに、もう追いつかれたのか。
「大丈夫かい?」
そう言って彼が私に手を差し出したのを見て、私の思考が止まる。
生まれてから今まで、かけられた事のない言葉。その言葉は、今まで投げられたどんな言葉よりも温かくて、痛かった。
「……これが大丈夫に見えるなんて、あなたおかしいんじゃないの?」
私の口から出たのは、屋敷の生活で染みついた最後の抵抗の名残。
その言葉を投げながら、私は彼の差し出した手を掴む。
そんな私をそっと起こしながら、彼は柔らかな笑顔を浮かべた。
「そうだね。確かに、聞くまでも無く君は瀕死だ」
「……ずいぶんはっきり言うのね」
「君にはもう分かってるんだろ?」
分かってはいても、他人にそれを言われていい気はしない。
それにまだ何一つ、自分のしたい事が出来てないのに死ぬなんて……。
「まだ、生きたい?」
「え?」
「助けてあげようか?」
こんな状態から助けられるなら、……助けてほしい。
「助けられるの?」
「君が望むなら」
「……助けて、ください」
汚れた頬を、温かい雫が伝う。
彼は私の手をゆっくりと持ち上げて、口づけを落とした。
彼の体温が、手の甲にじんわりと広がる。
「なっ!?」
驚く私に目もくれず、彼はそっと、私の手から顔を離した。
「どういう――」
何も変化が無い理由を聞こうと顔を上げて、それに気づいた。
私と彼の周りを舞う光。それは屋敷の書庫で隠れて読んだおとぎ話のような光景。人間に奇跡を与える妖精たちの光だ。
その光がふわふわと舞う度に、私の傷が一つずつ癒えていく。切り傷も、鞭の傷跡も、その全てが癒えていく。
「これでよし。……どこか痛むところはないかい?」
「ない、けど……これは奇跡?」
口を開けて呆ける私を見て、彼が笑う。
「奇跡なんてないよ。この世界にそう見えるものがあるとすれば、それは人の想いの力だよ」
そう言って彼は私の頭を撫でる。
「君が君の意志を貫いて、助けを望んだ。そうやって必死に生きようとする人間の姿は尊いモノだ。……だから僕は、それを全力で助けたいんだよ」
彼が言ってることの意味は分からない。だけど、いつくしむように頭を撫でられるのは心地よくて、その言葉もきっと素敵なモノなんだと思った。
スッと、月明りが彼を照らす。光を浴びて輝く彼の銀髪は、とても綺麗だった。
この瞳に映るモノ 宵埜白猫 @shironeko98
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