第14話

「ここが冒険者ギルドか……」


 建物にはジョッキの形をした看板がかけられており、空の酒樽が屋外の机として利用されていたり、景観の為に積み上げられたりしている。

 昼間だという事もあってか中にはチラホラとしか人がいないようだが、街のほぼど真ん中に位置するここは夜には非常に繁盛するであろうというのは容易に予想できる。


 中へと入るとドアに取り付けられたベルが心地よい音色を鳴らす。中は広々としており、カウンターやいくつも並べられた丸いテーブル。そして2階へと続く階段が隅の方に合った。

 思わずキョロキョロと見回しているとカウンターの女性と目が合った。

 髪は腰ほどまである長いストレートヘアーで、目はどちらかと言うと大きめの綺麗に整った容姿。道中ですれ違う人もそうだったが、どうにもこの世界には美男美女が多いように感じる。

 少々戸惑いながらもカウンターへと近寄り、その女性へと声をかける。


「あの、冒険者になりたいんですけども……」

「冒険者登録をご希望ですね? それでしたらこちらの書類のマークされているところをご記入ください!」


 その女性は愛想よく笑顔を浮かべ、1枚の紙を俺へと手渡す。

 記入欄には名前とレベル、そしてスキルを書き込む欄があるものの、他には特にこれといった記入項目は無く、非常にシンプルなものであった。


 今更な話ではあるが、この紙に書かれている言語は日本語だ。

 正確にはこの世界の言葉が書かれているのだが、自動的にフィルターがかかって日本語に見えている。同じように俺が書く言葉は日本語なのだが、彼らにとってはそれがこの世界の言葉に見えて、リリーには英語に見えているのだそうだ。

 ただし、このフィルターは俺が望めば読みでも書きでも切る事が出来る為、その気になれば日本語を暗号として使うといった事も可能だろう。


「これでいいですか?」

「はい! それでは少々お時間の方、いただきますね!」


 そう言うと彼女はカウンターの奥にある扉の中へと入って行った。


 何の気なしに辺りを見回してみると、ゲームでよく見るような大きな掲示板が置いてあるのが目についた。

 そこに貼られている紙には大雑把な依頼が書かれており、一番低そうな依頼は冒険者ランク銅、逆に一番高そうな依頼は冒険者ランクグランドマスターと、よくゲームで見るような単語が書かれている。


「アテナ、冒険者ランクについては知ってんのか?」

「んー、ごめん、多分忘れた」

「なんてこったい」


 近くの椅子へと座り、頬杖をついて時間を持て余す。

 すぐに戻ってくると思ったのだが、思いのほかややこしい手順なのか、10分ほど待っても戻ってくる気配は感じられない。


「あ、エル!」

「んー?」


 聞き覚えのある声の方を見やると、ラフな服装の綺麗な金髪のストレートヘアーの子がそこにいた。

 一瞬誰だか分からなかったものの、彼女のすぐ近くを飛ぶ光の玉からその子がリリーであるという事はすぐに分かった。

 彼女は2階へと続く階段を駆け下りてきたかと思うと、俺と向かい合う形で席へと座った。


「思いのほか遅かったねえ、すぐ来てくれるものかと」

「悪い悪い、こっちも準備があってな」

「まあ、その間ゆっくり出来たからいいんだけどね! 報酬も結構美味しかったしさ。でも報酬が届くの早すぎたよねえ」

「まあ、この世界って案外ゲームみたいなところあるしな……何か言ってて痛い気もするけど」

「こういう世界って痛い方が案外いいのかもよ? あ、呼ばれてるよ」


 いつの間にか受付の女性は戻ってきていたようで、俺に1枚のカードを手渡す。


「それが冒険者カードとなります。身分証としてもお使いいただけますよ!」

「失くした場合は?」

「再発行の手続きが必要となりますね、追加料金もいただきますのでご注意ください!」

「分かりました、ありがとうございます」


 カードを受け取ってポーチへとしまう。


「あ、そうだ……ここって宿もやってますよね?」

「ええ! 宿泊を希望されますか?」

「お願いします」

「では――」


 そのまま流れで宿泊の手続きを済ませる。

 どうやら冒険者となっている場合は割引があるようで、冒険者というのは一応職業ではあるものの、どちらかと言うとこの酒場の会員といったイメージの方が強くなってしまった。


「エルもここに泊まるの?」

「ああ、他に探すのも面倒だし」

「ならエルの部屋に早速遊びに行こっと、今後の方針とかも話さないといけないし……まだ祝勝会もしてないからね!」


 手に持っていた鍵をリリーにいつの間にか掠め取られ、彼女の後ろへと続いた。


「よーし、お酒の準備も出来たし! まずは魔物の大討伐作戦お疲れ様!」

「おつかれさまー」


 ビールの木製のジョッキを掲げる彼女に合わせ、俺もジョッキを高く掲げる。

 チビチビと飲む俺とは違い、彼女は良い音を鳴らしながらあっと言う間にビールを飲みほしていた。


 祝勝会とは言っても、どこかで良い食事をするというものではなく、ただ宅飲みをしているだけのような、酒と少し豪華なつまみがある程度のものだ。


「ッカー! たまんねぇ!」

「おっさんみたいだな……」

「っと、いいでしょ? 別に細かいことは気にしない!」


 空になったジョッキに再びビールを注ぐ彼女にアマテラスが何か言っているようだったが、リリーは気にすることなく再びジョッキを空にする。

 恐らく前世ではかなり飲みなれていたのだろう。対する俺は正直な事を言えば酒は苦手だ、アルコールに弱いわけではなかったのだが、ただ単純にこの味が苦手なのだ。


「とりあえず、依頼を受けるのは明後日でいい?」

「俺は構わないさ、ただブロンズランクってあんまりいい依頼無さそうだな」

「そうだねえ……基本的には雑魚の掃除ばっかだよ」


 掲示板にあったブロンズランクの依頼はコボルトやゴブリンといった魔物の討伐や、近くの森の中での薬草やキノコの採集と言ったまさに駆け出し向けの仕事ばかりだった。

 冒険者カードによると、冒険者ランクはブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ、マスター、グランドマスターといった階級に分けられているようで、後者になればなるほど実力者として認められていることとなる。


「しっかしさあ、そのランク分け……ほんとゲームっぽいよねえ」

「分かりやすくて俺はいいけどな、変な独自の階級とかだとピンと来ないし」


 つまみを齧りつつ、思わず彼女の飲みっぷりに見惚れる。


「んらぁ? 私にホレた?」

「いや、普通にすごい飲むなって」

「へへへー、すろいらろー」


 顔は赤くなっており、舌も徐々に回らなくなってきている。

 どうやら彼女の酒癖はあまり良くはないようで、何か話を振ってきているのは分かるのだが、何を言っているのかもよく分からなくなり、適当に相槌を打っていると急に静かになった。


「……寝落ちたか」

「すみませんね……あまり人前では飲まない方がとは言っているのですが」

「まあ仕方ないさ」


 申し訳なさそうにするアマテラスも大変だっただろう。酔っぱらったリリーの相手をいつも彼女はしていた可能性は十分ある。


 ベッドへと寝かせ布団をかける。

 だが、リリーはすぐに布団を跳ねのけたかと思うと、まるで中年のおっさんのように腹をボリボリとかきながらいびきをかきはじめた。


「見た目が美少女でも……こういうのが残念って言うんだろうな」

「お恥ずかしいものです……」


 部屋を片付けてから俺もソファに横になり、眠りへとついた。

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