無題

徳野壮一

第1話

 人混みは嫌いだ。

 あっちこっちそれぞれで、自分勝手で様々な事をやっている。その人自身には明確な理由があって、単純か複雑かの思考回路によって動いているのだろうが、周りには理解できないし、いちいち他人のそんな事を気にする人は殆どいない。

 僕は気にする。というより無視できない。

 例えば、コンビニやレジャー施設などで働いているスタッフに対して僕は恐縮して遠慮してしまう。「お客様は神様だ!」みたいな横柄な態度は到底できないし、スタッフを唯の仕事をこなす機械のように扱うこともような厚かましさを僕は持っていない。ネットで買い物できなかったら、僕は身を縮こませながら買い物をしなくてはいけなかっただろう。そういう訳でこの時代に生まれたことはとても感謝しているが、僕は電車に乗れない。バスも無理だ。自分以外の誰かが同じ空間にいるだけで、心を圧迫される。

 僕は昔から他人の感情に聡かった。観なくても、近くにいるだけで相手がどう思ってるのか分かった。分かった気になっているだけかもしれない。それでも、相手の心を知ってしまったら、自分は何かをしなければいけないと思ってしまうのだ。知らなければただ通り過ぎるだけ。殆どの人がそうで、僕もそれに倣えばいいだけなのだが、知っているのに無視をする、関係ないと切り捨てると罪悪感が僕に襲いかかってくる。数日はその事を四六時中考えてしまう。一年に数回は思い出す。忘れる事はできない。罪悪感は溶けない灰色の雪のようで、心に積もっていく。その雪に埋まってしまわないように僕は他人に奉仕をする。決して優しさなんかではない。使命感でもない。死への恐怖が僕を動かしている。僕の身体の主導権は僕にはない。だから僕は人混みが嫌いだ。秩序はあるが混沌としていてるあの場所は、気持ち悪くなる。渋谷のスクランブル交差点を歩く人々のように、無感動に無感情に真っ直ぐある事が僕にはできない。

 でも人混みを遠くから眺めるのは好きだ。渋谷のスクランブル交差点の映像とか、永遠に見ていられる。人は自分にできないものに憧れを抱くと何処かで聞いたことがあるが、その通りなのかもしれない。現に僕は、各々が粛々と歩いて雑踏となるあの瞬間に憧れている。アイドルのライブのようにキラキラとはしてないが、僕を惹きつけて離さない何かがある。出身も考え方も違う無関係の人たちが、意思と義務感と使命感とその他諸々の感情で、それぞれの目的地へ行くために交差する、毎回同じにはならない、果てしない宇宙で2度とない邂逅の奇跡。それを目にすることが出来るとはどれほどの幸せか。僕は畏れ多くて測ることさえも出来はしない。

 僕は人間が嫌いだ。

 自分勝手で、ゴミをポイ捨てしたり、森を無意味な伐採をしたりと自然を無下にする。自分に危害が蒙ると分かると、無為にして関係ないフリをする。

 だから僕は他人に触れられると、鳥肌が立つ。殴ってでもその手を振り払いたい衝動に駆られる。

 僕は他人に触れない。

 未完成だけど完成された美しいとすら思う他人に影響を与えると思うと、とてもじゃないが触ることはできない。

 僕は人間が大好きたがら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無題 徳野壮一 @camp256

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ