第3話 雷啼の美姫VS宣告者の弾丸

【TIPS】


 魔導事務局=魔族が市民権を得た背景に誕生した、いわゆる魔族の市役所。魔族の住民登録はこちらで行う。ウィッチバトルチームの登録もこちらで申請出来る。魔導犯罪専門の警察署としての役割も兼ねており、特に戦闘課は職員全てが二級以上の魔装士である。

 本部の所在地は東京の渋谷。日本全国のみならず、世界中の主要地域に支部が点在している。


   ●


「我妻さん、おはよー」

「おはよー」

 稲穂が通りすがりの生徒から挨拶を貰い、彼女は人の好く笑顔でそれに応える。彼女が天都学園に入学してから一か月余りにして、この光景は朝の登校時間の日常風景と化していた。しかも男女問わず声を掛けられているので、我妻稲穂という人物がいかにアイドルじみているかがよく分かる。

 この風景を、耀真と羽夜は、段ボール箱の中から覗き見ていた。

「いちいち相手にしてる稲穂様は大変ですなー」

 羽夜が自分の行動に何の疑問も持っていない様子で呟く。

「まあ、ある意味では有名税って奴だ。挨拶は税金、ってな」

 耀真も同様に、段ボールを上下させながら頷く。

 この二人はいま、それぞれ自分の体がすっぽり入るような大きさの段ボール箱の中から、三日後に初試合する相手である【チーム・アマツカミ】のエース、我妻稲穂の観察に務めていた。しかし、自分の視界を確保する為にくり抜いた小窓部分から両目だけを露出させているバカ二人の双眸には、試合に対して特に何の足しにもならない情報が映っている。

「ところで耀真さん」

「何だね?」

「稲穂様をストーキングして二日目になりますが、これって何か意味あるの?」

「バッカお前……段ボールとスニーキングミッションは偵察の基本だろ」

「不審者みーつけた」

 背後から掛けられた声に振り返ると、よく見知った相手が呆れ顔で立っていた。

 姫風雪緒。我らが天都学園のマスコット――もとい実況娘だ。

「よう、ゆっきん」

 耀真が段ボールをガタガタ言わせながら普通に挨拶する。

「せっかくだ。お前も一緒にシャルウィー段ボール?」

「ノーセンキュー」

 雪緒が困り顔で首を横に振る。

「ていうか、張り込む必要なくない? 稲穂ちゃんの情報だったら耀真君がたっぷり持ってるでしょうに」

「知らんのか? 女の子は三日合わないうちに大人の階段を上ってるもんなのさ」

「その前に君達が天国への階段を昇りそうな模様」

 雪緒が指を差した方向を見ると、既に稲穂がこちらをターゲットとして捕捉した上で、青白い雷電を右手に纏わせていた。

 距離は大体五メートル弱。これは、まさか……!

「そこのストーカー二名。最後に言い残したい事は?」

「「シャルウィー段ボール?」」

「ノーセンキュー!」

 彼女の手が一閃すると、雷の矢が真っすぐこちらにすっ飛んできた。

「「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」」


   ●


「段ボールが無ければ死んでいた」

 黒焦げになった段ボールを掲げつつ、耀真はげっそりと感想を漏らす。

「ていうか、ちょっと偵察したくらいで人に魔法を撃つとか、あり得なくない?」

「あり得ないのは君達の行動だ」

 彩姫がぴしゃりと言い放つ。

「貴重な時間を無駄にした挙句、魔法を喰らって帰ってくるとか。渕上さんも、どうして耀真君を止めようとしなかった?」

「スニーキングミッションはちょっとした夢でした」

「君達の頭はもうダメだ」

 【チーム・バルソレイユ】の共通認識で最初に浮かんでくるのは、リーダーとエースが極めつけのバカであるという致命的な欠点である。特にリーダーの方がもう手遅れだ。

「で? 何の為に私達はここへ集められた?」

 彩姫が周辺をぐるりと見渡す。

 ここは天都学園で登録されたチームが使う作戦室が設置された寮だ。外観は四階建てのアパートだが、存在する十六部屋のうち十五部屋が、天都学園内で将来有望なチームの根城となっている。耀真達が借りているこの部屋は、まだ部屋の使用が許可されない新参チームがデビュー戦の直前まで借用可能な一室だ。

「まだ入道と笠井さんが来てない。話はそっからだな」

「そうか。ところで耀真君よ。一つ質問だ」

「ん?」

「そもそも、何で私達は生徒会の連中と試合せねばならんのだ?」

 いまさら何を、と言われても仕方のない質問が飛んできた。ちょっと予想外だ。

「何でって……作戦室の使用権を懸けた試合だって言わなかったか?」

「それは分かる。だが、チーム登録自体は学校を通じて魔導事務局に申請出来るのだろう? 最悪、作戦室が無くてもこの学校や魔導事務局で試合は出来るんじゃないのか?」

「ユースリーグの場合、公式戦は各学校で作戦室を持ってる十五チームしか参加出来ない。ある意味、リーグへの参加権を懸けた試合でもある訳だ」

 そう前置きして、耀真は腕を組んで説明する。

「それに参加チームの数を制限しないと、今度は放課後の試合のタイムテーブルがパンクするだろ。魔導事務局のアリーナと違って、うちのアリーナは公式戦に使うステージを一個分しか用意できないからな」

「そうなのか?」

「魔導事務局のアリーナはMVRの設備一つで同時に複数の公式試合が出来るが、この学校の場合は試合用の端末一台につき一試合だけだ。だから決められたチーム数で一週間のタイムテーブルを組まないと、どのチームも平等に試合が出来ない」

「まあ、学校の設備だしな」

 ちなみに全国のウィッチバトル推進校は大体似たり寄ったりの事情を抱えている。

「それもあるが、俺達の年代で作ったチームってのは、結成してもすぐ解散になる場合が多い。主に人間関係が原因でな。そうなると、部屋の登録を担当してるこの学校の人事管理課の負担もかなり多くなる。だから、ある程度の仕分けが必要なんだよ。競技チームとして有望なチームと、そうでないチームの区別がな」

「そうか。チーム登録と部屋の登録は、また別作業なのか」

「その通り。チームの結成と解散なら書類一枚で済むが、部屋の使用登録と退去手続きはそうもいかない。その仕事を一部、生徒会が受け持っているのさ。それがデビュー戦だ」

「なるほど。分かりやすかったぞ。つまり私達はこれから、自分達の価値を生徒会に認めさせないといけない訳だな」

「そう。それが、俺達が作戦室をゲットする為の必須条件だ」

 要は相手に気に入られるか、そうでないかの勝負だ。この試合で何か下手な事をしようものなら、【チーム・バルソレイユ】は在学中に試合の機会を失ってしまう。それに、作戦室には魔装具を整備する設備も揃っているので、それがそのまま入道政彦の職場にもなるのだ。利便性の面でも、手に入れない手は無い。

「おーっす。早いな、お前ら」

「うぃーっす」

 何やら気の抜けた様子で政彦と雨音が部屋に入って来た。

「揃ったな。じゃ、早速始めるぜ」

 耀真は手前のノートパソコンの画面を、壁に据え付けてあるモニターにそっくりそのまま表示させる。皆大好きウィンドウズのデスクトップ画面だ。

 部屋も少し暗くすると、耀真はパソコンを操作しながら今回の議題を発表する。

「改めまして、今回はデビュー戦の作戦会議だ。それにあたって、まず相手の情報を確認してもらう」

「ほ……本格的過ぎる……!」

 何故か羽夜が戦慄したように呟く。

「こんなの、アンビシャスじゃ全然やらなかった」

「お前ら、作戦会議の時は何を話してたんだ?」

「ほとんど私の特攻作戦で話が終わってました」

「……哀れ」

 パソコンは使わなくていいが、相手の情報くらいは気合を入れて話せよ。

「気を取り直して。今回の相手は【チーム・アマツカミ】。天都学園の生徒会メンバーだけで構成された、言わば企画チームだ。学校内のアイドルユニットみたいなモンだという認識でいい。進級や卒業でメンバーがコロコロ入れ替わるから、その時のメンバー次第で戦略が変化する。ただ、引継ぎでノウハウだけは蓄積されてるから、他のチームと比べたら経験値や練度なんかはケタ違いだ。特に、二年と三年が要注意ってところか」

「ただ、今年度だけは全然違うよね」

 羽夜が合いの手を入れてくる。もはやいつも通りのやり取りだ。

「その通り。昨年度は二年がいなかったから、三年が全員卒業して、今年度が二年と一年だけになる。特に、今年の新顔には一人だけヤバいのがいる」

 耀真はモニターに、ある人物の顔写真付きプロフィールを表示させる。

「魔族コース魔装士科の一年生で、【チーム・アマツカミ】のエース、我妻稲穂。魔導事務局刑事部戦闘課の職員で、階級は特級。五新星の一人だ」

「たしか、種族は魔女だったよね」

「そうだ。魔法は光属性の雷系統。高速かつ高威力の攻撃魔法を得意とするが、無論それだけじゃない。使用する魔装具はソード型で、剣の腕は魔装士でもトップクラス。基本的な身体能力は化け物並みで、知能も優れてる。普段は高速機動からの魔法と近接攻撃を多用する、ごく一般的なアタッカーポジションの選手だ」

「土台はしっかりしてる感じだね。それ以外は?」

「特に無いが」

「はい?」

 羽夜が耳を疑ったように顔を突き出してくる。他の面子にしても、顔には拍子抜けと書いてあるように見える。

「特にって……耀真さんみたいな特殊な技とか無いの?」

「無い」

 これまたきっぱり答える耀真であった。

「稲穂ちゃんの恐ろしさは、ただ純粋に強いって事だ。それだけに、真っ向勝負で勝とうだなんて甘い考えは持たない方がいい」

「……何か、思ってたのと違う」

「何がヤバいのかは試合の時に確認すればいい。それより、問題はもっと別にある」

「まだ何かあんのかよ」

 政彦が勘弁してくれと言わんばかりに天井を仰ぐと、耀真は次の人物のプロフィールをモニターに表示した。

「我妻楓太。一般コース魔装士科の二年で、人間の特級魔装士。同じくソード型魔装具の使い手で、剣の腕だけなら魔装士で最強だ。魔導事務局に勤務するバイト魔装士のまとめ役で、課長からも右腕として信頼されている」

「息子の耀真さんを差し置いて、そこまで信頼されてるとは」

「当然だ。俺の兄貴分みたいなもんだしな」

 改めて、こればかりは耀真も認めざるを得なかった。

「楓太先輩の戦略に捕まったら、俺でも生きて帰れる自信は無い。だが、幸いあの兄妹は揃いも揃って切り込み隊長をやりたがる。勝手に前に出てきてくれるから、上手くいけば早い段階であの二人を退場させられる」

「つまり、タッグで襲ってくる二人を、耀真さんと他のメンバーで迎撃するの?」

「その通り。羽夜は俺と一緒に来るんだ」

「あいよ」

 羽夜の戦闘能力なら特級魔装士とも互角に渡り合える。まずは問題が一つ消化した。

「さて……あの二人はこれでいいとして」

「問題は残りの三人だね」

「ああ」

 今度は一つの画面上に三人分のプロフィールを縮小して載せる。

「生徒会長の雲井逢花くもいおうか先輩。楓太先輩と同じ二年生で、索敵系の魔女。主な使用魔法は光属性の【レインボーグラフ】。自身から前方七〇〇メートルの範囲内に踏み込んだ人間と魔族は強制的にマーカーを付けられる。そして、マーカーが付着した対象は世界の何処にいても居場所を確実に捕捉される。最強クラスの索敵魔法だな」

「この魔法で恐ろしいのは、一回でもテリトリーに踏み込んだらアウトってところね」

 同じ索敵魔法の使い手である雨音が推論を展開する。

「自身を中心とした扇状に見えないテリトリーを一方向に展開する。これだけでも索敵範囲としては相当広い。しかも索敵魔法の展開範囲は普通なら見えないから、自分がいつ捕捉されたのかも分からない。気づけば何処にいても追跡されてる。厄介ね」

「お隣さんも面倒だぞ」

 耀真が次に注目したのは、例のプロの魔装技師だった。

木枯唯奈こがらしゆいな先輩。二年生で、大地属性の魔女。鉄の鎖を生み出し、攻撃や防御の起点にする、柔軟性の高い戦闘技術が特徴の一級魔装士だ。プロの魔装技師でもあり、いまでも世界中から彼女のプロダクトは注目されている。稲穂ちゃんと楓太先輩のオーダーメイドも、彼女が作ったという話だ」

「ここまで聞くと、相当な精鋭揃いみたいだけど……」

 羽夜は最後の一人のプロフィールに注目する。

「誰や、この子」

「ああ、その子か……」

 稲穂や楓太程ではないが、その人物の顔もよく知っている。

「彼女は俺と同じで、戦闘課に所属している魔装士の一人だ。階級は一級。去年の年始で二級取ってから、一年で一級にスピード出世した天才だ」

渡来吹雪わたらいふぶき……か」

 彩姫がやや眉を寄せて呟く。

「何か、上品な顔つきをしているな。育ちが良さそうだ」

「その辺の詮索は無しにしようぜ」

 耀真がすぐ止めに入ったのは、彼女の身分を下手に明かせない事情があるからだ。もしこれが明るみに出れば、今後の彼女や戦闘課メンバーの学園生活に関わる。

「渡来さんは種族としては魔女だが、何故か神人族の固有魔法である【ショートワープ】が使える。加えて魔女特有の魔法の精度や出力の高さを誇り、空間にワームホールを作って攻撃や防御に利用する」

「【ショートワープ】とは、テレポートみたいなものか?」

「ああ。しかも渡来さんの【ショートワープ】はかなり速いぞ。下手すりゃ、稲穂ちゃんより面倒な相手かもしれん」

 稲穂の場合は元から互いの手を知っているので、ある程度はやりやすい。だが、公私共に接触があまり無い吹雪の場合は、本当に何をしてくるのか予想出来ない。

「――と、まあ、メンバーはこんなもんか。少なくとも渡来さんと会長さんは後衛に回って罠を張る役で、木枯先輩は遊撃隊。つまり、状況に応じてどっからでも手が出せる駒なんだが……」

 耀真はここでようやく、彩姫に期待の眼差しを向ける。

「ウチにも一人、最強の遊撃役がいるよなぁ」

「うむ、任された!」

 彩姫は最初から正面突破を狙うアタッカーよりも、実は遊撃役が向いている。単独で自由に動かして大きな成果を狙うなら、羽夜より必殺能力に長けた彩姫の出番だ。

「最初は相手の流儀に乗って、俺と羽夜が真っ向から勝負を仕掛ける。しおみんは木枯先輩の頭を押さえて、その間に俺達が稲穂ちゃん達を刈る。入道の仕事はそっからだが……」

 耀真は雨音を鋭く睨んだ。

「笠井さん。さっき、何やら気になる事を口走っていたね?」

「何の話?」

「雲井先輩の話をした時だ」

 ここで雨音の顔色が少し変わった。やはり、いままで隠していたのか。

「悪いが、詳しい話を聞かせてもらおうか」

「…………」

 雨音はかなり迷った仕草をした挙句、結局は自分の索敵魔法について秘密にしていた情報を公開した。


   ●


「あー、ハイハイ。次の相手は【チーム・バルソレイユ】ねー」

 天都学園高等部・生徒会室の中央に鎮座する長机の上座で、雲井逢花は気分良さそうに頭の後ろで手を組んで、我妻楓太の傍でソファを揺らして適当に応える。

 彼女はこの学園の生徒会長だ。本来なら全校生徒に対して範を示さねばならない立場だというのに、この体たらくは何だろう。手近に大きめのトロピカルジュースのグラスを置き、制服のボタンを緩めて着崩し、シートマスクで顔面をパックしているいまの彼女は、生徒会長というよりもただの怠け者である。体型が小柄なのもあって、威厳もへったくれもない。

「もうさ、ウチら出る幕なくない? 前の試合みたいに、どーせ稲穂ちゃんが一人で全部片づけちゃうんでしょ?」

「ちょっと前の試合で、【ラッシュスター】の連中に俺と稲穂ちゃん以外の全員をブレイクオーバーさせられたの、もう忘れました? 相手を舐め過ぎてると、いつか足元掬われて完敗しますよ」

「えー? だって、あっちで強いのって渕上さんだけでしょー?」

「もっと危険なのがいるんだよ、あのチームには……!」

 【チーム・バルソレイユ】という新興チームのリーダーは、なんと、あの天霧耀真である。

 はっきり言って、世界中の誰もが敵に回したくない最凶の敵だ。

「とにかく、さっさと作戦会議始めますよ、シートマスク会長。今日を逃したら、次の試合まで五人が揃う日は無いんですから」

「あと三時間~」

「もうイヤだ、この生徒会!」

 だらけっぷり全開のシートマスク会長に背を向け、楓太は天井に吠えた。

「あー、そうだよ! 女だらけの生徒会なんてのはな、実際こういうモンなんだよ! ライトノベルみたいに? そんな都合良く華々しい展開がある訳でもなく! 特に一級フラグ建築士の資格が取れる訳でもなく! ただ女だらけの組織の中で、ひたすら男はこうして消耗させられていくもんなんだよぉおおおおおおおおおおおっ!」

「ユー●ャンみたいなノリでそんな資格取れる訳無いでしょー?」

 逢花のすぐ傍の席で爪をヤスリで磨いていた稲穂が平たい目をしてぼやく。

「会長のプチ怠け癖はいまに始まった事じゃないじゃん。何をいまさら」

「あと三時間の何処がプチだよ! 俺がプチっと来るわ!」

「寒い」

 稲穂の向かいの席で書類仕事をしていた木枯唯奈が辛辣にコメントする。

「あと、うるさい」

「なあ、木枯。何で俺に対してだけ接し方がカ●ムーチョなの?」

「激辛ハ●ネロのつもりだったけど、足りなかったの? ドMなの?」

「俺をイジめる時だけノリノリで喋るの止めてくんない?」

「…………」

「黙れって意味じゃねぇよ」

 木枯唯奈はいわゆるクール系女子だ。背が楓太に次いで高く、特に感情次第で表情が変わる事もなく、何をするにも黙々としている。非常に接しづらい相手だが、魔装具の事や楓太をイジる時になると饒舌になる。単純に、楽しいからだろう。

 そんな彼女が、珍しく楓太に同調する。

「……ただ、真面目にミーティングするのは賛成。相手には入道君がいる」

「稲穂ちゃんを攻撃した変態クソ野郎か。腕は確からしいな」

「次の試合は彼とのエンジニア対決でもある。実は、楽しみにしていた」

「ああ、俺もだ。次の試合で奴を殺したくてウズウズしてる」

 久しぶりにお互いの利害が一致した瞬間であった。

「ふ……楓太先輩っ!」

 楓太の後ろから、若干緊張気味に声を掛けてきた人物がいた。

 彼女は渡来吹雪。幼さが残るものの、育ちの良さが窺い知れる整った綺麗な顔立ちの少女だ。しかし、魔装士としての腕は一級品の期待の新人であり、魔導事務局の同僚だ。髪形がショートボブなのは、稲穂の話によると楓太の趣味に合わせてみたとかいう意味不明な理由なんだとか。

「そんな人殺しみたいな顔をしないで下さい。いつもの優しい先輩に戻って下さい」

「君は本当にいい子だよ」

 やばい。ちょっと泣けてきた。

「ああ。君が一緒なら、俺はいつでも優しい気持ちで全てを受け入れるよ」

「あ……はあ……ありがとう、ございます……」

「吹雪。あんま楓にぃ甘やかしたら駄目よ。泣いちゃうから」

 稲穂が茶々を入れてくる。まあ、本当の事だから言い返せないが。

「で? 真面目な話、どういう作戦で行くの?」

「ぶっちゃけ、大体はいつも通りだ。俺と稲穂ちゃんが突っ込んで暴れて、討ち漏らしを渡来さんと木枯に掃除してもらう。会長はいつも通り、相手の位置を教えて下さい」

「あんだけ騒いどいて、言う事それだけ?」

「あくまで大まかな動きを伝えただけだ。相手の詳細は前に渡した資料の内容でほぼ間違いないから、その説明は省くが……」

 楓太は再び吹雪に向き直る。

「今回だけ、渡来さんを主軸にした作戦を展開する」

「わ……私!?」

 吹雪が驚きのあまり仰け反る。

「ど、どうして?」

「耀真にとって、渡来さんの本当の実力はデータに無い、言わば不確定要素だ。俺や稲穂ちゃん、過去の試合のアーカイブを覗かれているであろう会長や木枯なんかより、ずっとあいつの意表を突ける可能性は高い」

「天霧君って、本当にそこまでして警戒するべき相手なの?」

 シートマスクを折りたたんで顔をパッティングしている逢花が呑気に質問する。

「正直、彼の事は噂でしか知らないんだけど?」

「耀真君は強いですよ」

 楓太の代わりに、稲穂がさも当然のような口調で答える。

「何せ、五新星を創った男ですからね」

「創った?」

 逢花は勿論、唯奈と吹雪まで緊張感で顔色が変わる。

「それって、どういう意味?」

「五新星は頂点に立つべき者の才能を持った連中の集まり、だなんて噂話を聞いた事はありませんか?」

「あるにはあるけど……」

「最初にその才を覚醒させ、後に私を除いた三人の力を見出した天才。それが天霧耀真という男なんです」

「何ですって?」

 逢花は改めて、自分の鞄から耀真のプロフィールを取り出し、文面を確認する。こちらが渡してから目は通したと聞いたが、まさか内容を忘れたのか?

「もしかして、カタログスペック以上にヤバい奴なの?」

「最初からそう言ってるでしょうが」

 再び呆れ果ててため息をつくと、楓太は居住まいを正して告げる。

「次の試合、耀真を封じない限り、俺達に勝ちは無い」

 楓太のこの断言によって、逢花はようやく真面目にミーティングをする気を起こしてくれた。最初からそうしていれば苦労も無いのに、とは思ったが、ここでは口にしないでおく事にした。


   ●


 デビュー戦当日のバトルアリーナは、そうそう見ない盛況ぶりだった。ただ観客が多いだけなら良かったのだが、どういう訳か、観客席の奥の通路の四方にテレビカメラが鎮座している。大手テレビ局の取材スタッフも大勢来ていて、まるでこれからプロの試合中継でもやるかのような物々しさがあった。

 これには流石に、ボックス席で待機していた耀真が苦い顔をする。

「おい……聞いてねぇぞ。何だ、あの取材スタッフ共は」

「すげぇな」

 隣に座っていた政彦が、窓越しに向かい側のボックス席を見て同じように唸る。

「フ●テレビにテレビ●日……●BSまで来てるぞ」

「おそらく全員、稲穂ちゃん目当てだな」

 【チーム・アマツカミ】のボックス席の前で、大勢のマスコミに囲まれながら笑顔で対応しているのは、我らがアイドルこと我妻稲穂だった。

「妙ね」

 雨音が眉をひそめて疑問符を浮かべる。

「我妻さんのデビュー戦の時って、あんなにスタッフ来てたっけ?」

「多分、初めての五新星同士の直接対決だからじゃないか?」

 彩姫が特に驚く事も無く答える。

「デビュー戦の時は流石にチームの連携が仕上がってなかったから、万が一にでも負ける可能性はあった。ただ、一か月経ったいまなら、ある程度はその辺も醸成されている。私達のような新参者で、かつ同じ五新星が所属しているチームなら、いまの【アマツカミ】にとっては都合の良い噛ませ犬になると思ったのだろう」

「あくまで稲穂ちゃんに花を持たせるつもりって訳か。上等だ」

 マスコミ側は耀真が最低最弱の五新星と呼ばれている事を知っていたのだろう。その辺の噂も計算に入れて、勝利の演出をさらに強調する狙いがあったとすれば、こちらからすれば屈辱以外の何物でもない。

 まあ、いいさ。こっちが勝てば、メディア側に大恥をかかせる事も出来る訳だし。

「いいか、てめぇら」

 耀真は席から立ち、メンバーに向き直った。

「この試合は完全にこっちがアウェーだ。だが、MVRの中に入っちまえば関係無い」

 MVRの中なら観客席と実況の声は届かない。こちらには助かるシステムだ。

「他がどう思っていようが知った事か。俺達はただ認められる為に戦う訳じゃない。勝つ為に戦うんだ」

「分かっている」

 さすがはスポーツ競技経験者。彩姫はよく理解しているようだ。

「試合前だって立派な勝負だ。物怖じはしない」

「ああ。やってやる」

 政彦がアサルトライフル型の魔装具を掲げて立ち上がる。

 二人の様子に満足した耀真は、次に羽夜を見遣る。

「羽夜。今日もまた、派手に決めて……羽夜?」

「あばばばばばばばば」

 羽夜がめっちゃ震えてる。まるでマッサージ機のような振動だ。

「こここここんなにひひひひ人がが」

「羽夜さん、落ち着きなさい。ほーら、深呼吸。すぅうううううう、はあああああああ」

「すうううううううう、はああああああああ」

「よーし、上手上手」

 羽夜も意外とメンタルは豆腐並みのご様子である。

 一方、雨音はというと。

「あんたら見てたら、緊張する自分がちょっとアホらしく思えてきたわ」

 思いっきり、呆れていた。

「ところで耀真。本当に、後ろは私に任せちゃっていいの?」

「どのみち前衛はそこまで余裕が無いからな。頼むぜ、雨音」

「あいよ」

 魔装具のテストを終えてから、残りの日数は全て雨音の指揮能力強化と魔法のトレーニングに費やした。そのおかげか、いまの雨音は耀真の相談相手が務まるレベルにまで参謀としての能力が向上している。本当に、得難い人材だ。

 耀真は改めて、威勢よく発破を掛ける。

「腐れ生徒会がナンボのもんじゃ! 処刑タイムの、始まりだぁあああああああああ!」

 かくして、【チーム・バルソレイユ】は勢い良くボックス席から飛び出した。


【チーム・アマツカミ/ボックス席】


「全国ネットで生中継なんて聞いてねぇえよぉおおおおおおおおお!」

 たったいまメンバーから事情を聞いた我妻楓太が頭を抱えて叫ぶ。

「何で学園側は教えてくれなかったんだ!」

「あなたに言ったら絶対反対するでしょう?」

 雲井逢花がユニフォーム姿で足を組んだまま応じる。

「だから魔導事務局も、わざと試合直前まであなたをシフトに入れてたの。今日の授業が公欠扱いだったのも、それが理由」

「課長め……知っててずっと黙っていたのか」

「仕方ないですよ、先輩」

 渡来吹雪が苦笑して楓太を説得する。

「課長にだって外向けの対応は必要だったんです。稲穂ちゃんは魔導事務局のシンボルそのものなんですから」

「イメージアップ戦略の為にこんな大がかりな真似をするなんて……」

 楓太は窓越しに、取材陣に囲まれて対処に苦慮する稲穂の背中を見て嘆息する。

「あのマス〇ミ共。稲穂ちゃんにあんな風に迫って……全員首飛ばしたろか?」

「お気持ちは分かりますけど、落ち着いて下さい」

「今回は楓太に賛成」

 楓太のソード型魔装具の簡単なチェックを終え、木枯唯奈が言った。

「稲穂を晒し物にされて憤っているのはこちらも同じ。今日は許してやって」

「そうね。楓太君にとっても大事な一戦なのに、茶々入れられてる訳だし」

 逢花が立ち上がり、いつになく真剣な目で楓太を見つめる。

「ずっと待っていたんでしょう? 本気の天霧君と戦う、この時を」

「……会長」

「最高の試合をやって、その上で勝ちましょう」

「はい」

 ここで丁度、稲穂がボックス席に戻って来た。見るからにげっそりしている。

「ああ……もう。何で今日に限ってこんな……試合前にあんま消耗したくないんだけど」

「お疲れ、稲穂ちゃん」

「うん。……さて」

 稲穂は既にメンテを終えていたソード型魔装具の【ブリッツ・ヴァジュラ】を部屋の隅から引っ掴み、居住まいを正した。

「行こうか、楓にぃ」

「ああ」

 楓太は唯奈から黒いソード型魔装具の【ブラック・シャクラ】を受け取り、ごく自然にメンバーを引き連れてボックス席からアリーナに出た。


【バトルアリーナ/試合開始十分前】


「何か、すまねぇな」

 MVRのタラップに昇って両チームが向かい合い、開口一番に楓太が謝ってきた。

「俺もさっきまで知らなかったんだ。事情はお前の親父にでも訊いてくれ」

「そうさせてもらいますわ」

 耀真が肩を竦めて気安く応じると、改めて観客席の盛況ぶりを見渡す。

「それにしても、稲穂ちゃんの人気って凄いんすね。いつも一緒にいるから、全然実感無かったっすわ」

「おかげで試合前からインタビューの嵐だ。プロ選手かっての」

「全くですな。まあ……」

 耀真は自分に出来得る限りの悪人面をする。

「今日は俺達が公開処刑の執行人ですがね」

「お前のそういう強気なところ、誰に似たんだかね」

 楓太は耀真の鋭い視線など何処吹く風といった感じで、横目でちらりと稲穂を見る。

彼女はさっきから、ずっと羽夜を睨んでる。

羽夜は正反対に、静かに稲穂の視線を受け止めている。

「喜べ、羽夜。完全に稲穂ちゃんから獲物認定されてるぞ」

「何も嬉しくないですがね」

 もはやこの勝負は稲穂にとって、ただのメディア向けの見世物ではない。おそらく、彼女は選手としての全てを懸けて、こちらに挑んでくる。

 自分達だけがチャレンジャーではない。稲穂もまた、チャレンジャーの一人だ。

『さあさあ、お待たせしました!』

 実況席から、姫風雪緒の元気なアナウンスがアリーナ全体に響き渡る。

『とうとうこの日がやってきた! 五新星擁するチーム同士の大・激・突! 【チーム・バルソレイユ】VS【チーム・アマツカミ】の試合実況は不肖この私、姫風雪緒が務めさせていただきます! そして今回のゲストは、超大物!』

 雪緒が隣の席に座る一人の女性に左手を延べた。

『天都学園高等学校学園長にして、九天魔が一角、魔女の頂点に君臨する者! 退魔魔法のエキスパート、比良坂黄泉先生です!』

『よろしくお願いいたします』

 黄泉がぺこりと頭を下げると、雪緒は早速、テンションをそのままにして質問する。

『比良坂先生、今回の解説に関しては先生ご自身の申し出があったとか』

『私にとっては興味深い対戦カードですからね。何せ、今回の出場メンバーは過去に例を見ないハイレベルな人材達ばかりですから』

『私も同感です。そして、今回はもう一人の特別ゲスト! 新鋭にして精鋭揃いの【チーム・ラッシュスター】リーダー、清水小太郎君です!』

 黄泉の隣で恐縮気味に座っている小太郎が、声を震わせて挨拶する。

『よよ……よろしくっす。でも、俺、解説なんて初めてで緊張が……ていうか、魔女の王が隣にいるって……』

『選手より緊張してどうすんのさ。ほら、深呼吸。すうううう、はああああああ』

『すうううううう、はあああああああ』

「何してんだ、あいつら」

 さっきまでの己の行動を棚に上げ、耀真が白い眼を観客席に向けている。

『清水選手は先日の【アンビシャス】の試合で渕上選手とも良い勝負を繰り広げていましたが、今回の試合はどう見ますかね?』

『今回はまた、新しい魔装具を装備してきたんですよね? だったら、渕上さんの戦闘スタイルは前回の試合とは、また大きく違ってる筈っす』

『なるほど。比良坂先生はこの試合、どう見ますかね?』

『私が注目しているのは情報戦の方ですかね』

 黄泉が耀真と楓太が最も重視している部分に言及してきた。

『【アマツカミ】の試合記録は直近一か月のデータがアーカイブに残っているので、そちらを参照すれば戦力の分析は容易いです。しかし【バルソレイユ】はこれが初試合になるので、【アマツカミ】にしてみれば、天霧君と渕上さん以外のデータは全く無い状態です。この差はかなり大きいですよ』

『私も基本は初めましてなメンバーですからねぇ。おっと、そろそろ時間ですね』

 試合開始二分前だ。両チームのメンバー間に緊張が走る。

『さて、【バルソレイユ】のデビュー戦という事で、試合のルールを簡単におさらいします』

 MVRの上に光学モニターが現れ、ルールの簡単な図解が表示される。

『ルールは五対五のチーム戦。HPがゼロになったプレイヤーはブレイクオーバー、つまりは死亡扱いになってフィールドから強制退場させられます。相手チームのメンバーを一人倒せば、そこで倒した側に一ポイントが加算されます。一試合の制限時間は四十五分。タイムアップを迎えた時点で試合は即終了。合計ポイントが多いチームが勝利となります。もちろん、どちらかのチームが全滅した時点においても試合は即終了。全滅させた側の勝利になります。ちなみにこれは公式試合でもあるので、今シーズンの通算勝利数にも影響します。【バルソレイユ】が【アマツカミ】の小遣い稼ぎに利用されるか、逆に返り討ちにして景気付けの大金星を挙げるか、それは神のみぞ知る、といったところでしょう!』

 解説に一区切りがつくと、MVRの中央が眩く発光する。もうこの時点でダイブすれば仮想世界に直行だ。

『今回の舞台は都心ステージに決まりました。時間帯は昼で、天候は晴れ。さあ、皆様。元気よくダイブしちゃって下さい!』

『よろしくお願いします!』

 まずは両チーム一礼して、MVRのポッドに身を投げ出す。

 視界が一瞬真っ白になったかと思えば、もう景色は別の色に変わっていた。


【都心ステージ/東端部】


「都心ステージ、か」

 まずは周囲を見渡し、状況確認だ。

 おそらくは新宿の駅周辺あたりをモチーフにしたのだろう。一見すれば遮蔽物が多いように見えて、巨大な建物で大通りを挟んでいるような地形なので、あまり隠れる場所が無いように見える。

『出場選手全員のダイブを確認しました。それでは、スリーカウントで試合開始です!』

 天の声のように雪緒がアナウンスしてくる。

『三、二、一――ゼロ!』

 試合開始のブザーが鳴る。これ以降は、現実世界の声は届かない。

 雨音が掌から召喚した蜘蛛をメンバー全員に三匹ずつ渡す。それから耀真は、各員に戦術の確認を行った。

「手筈通り、俺と羽夜で先行している間に、入道と雨音は周囲のマッピングを頼む。相手に俺達が突破された時の事を考えて、隠れやすい場所を重点的にマークしろ」

「分かった。先に行ってるぜ」

 アサルトライフルを掲げ、政彦は雨音を伴って【エアブレード】で離脱する。

 二人の背中を見送ると、耀真は羽夜に指示を出す。

「羽夜は俺と別行動だ。お前はビルの屋上を伝って敵陣に進攻してくれ」

「何で? 一緒に行った方がよくない?」

「さっきまでそう思っていたが、予想外にステージと俺の相性が悪い。このまま行っても稲穂ちゃんから一方的に捕捉されてオシマイだ」

「耀真さんが襲われたら、相手に見えない位置から助ければいいんだね」

「ああ。頼むぞ」

「了解」

 耀真の指示をあっさり承諾して、羽夜が手近なビルを【ヴェローチェ】で駆け上る。この壁面走行も、実はかなり難易度が高い技なのだ。

「よし。それじゃあ、しおみん。まずは南サイドから回って、適当に木枯先輩の相手を頼む。最初から深追いすると、逆にこっちが逆襲されかねないから気を付けろ」

「ああ。そっちも気を付けてくれ」

 カッコよく挨拶するなり、彩姫も【エアブレード】で早々に敵陣へと向かった。

「よし。俺も行くか」

 耀真も蜘蛛を指から肩に乗せ、大通りをストレートタイプの【エアブレード】で全速前進する。

 こちらの転送位置は東サイド。対して相手の転送位置は西サイド。フィールドの範囲は決まって二キロ。【エアブレード】のスピードを考えれば、敵と会うのもそう遅くは無い。

「何処だ、稲穂ちゃん」

 まずは稲穂の位置の特定から先だ。彼女は空中を自在に飛行する魔法を持っているので、早めに位置を知っておかないと手痛い奇襲を喰らってしまう。

 そろそろフィールドの中央だ。インカムで羽夜に連絡を取ってみる。

「羽夜、そっちはどうだ?」

『特に誰の姿も見てないよ。下の耀真さんがゴミのようだ~』

 耀真の横に並ぶ高層ビル群の一つから、うさぎのようにぴょんぴょん跳ねている珍獣の姿が見えた。パルクールで移動している羽夜だ。

「気を付けろ。下手すりゃ、稲穂ちゃんがそっちに直行するぞ」

『了か――耀真さん、右!』

「ああ、ハイハイ」

 耀真も既に察知していた。

 予想通り、大通りを挟んだ対岸のビルの出入口を派手にぶち抜いて、青白い雷光が龍の如くうねって耀真の真横から襲い掛かっていた。おそらく、稲穂がビル越しに魔法を撃ったのだろう。

 耀真が即座に発砲。電撃の中心点を捉えた弾丸が、雷の矢となり弾道に沿って真逆の方向に飛翔する。

 あっちがビル越しの射撃なら、こっちもビル越しの【ヴァニティバレット】だ。

「羽夜!」

『外れた! 十時の方向!』

 羽夜の警告通り、稲穂が隠れ蓑にしていたビルを回り込んで、十時の方向から高速で接近してくる。

 雷で構成された光の翼を広げ、【エアブレード】の速度と併用して生まれたその接近スピードは、羽夜の【エアブレード】における最高速よりも速い。

 耀真が連続で発砲。全てかわされ、最後の一発は剣で弾かれる。

「ちっ……!」

「【光魔法 雷切らいきり】!」

 その名が示す通り、稲穂は自らの白いソード型魔装具に電撃を纏わせ、とんでもない速さで水平斬りを仕掛けてきた。

 耀真は即座に大きく後退して回避。次は、背後から黒いソード型魔装具を振り上げた楓太による唐竹割りが下りそうになる。

 身を反転し、【ソードグラム】の銃身で相手の刃を受け止める。

「さすが入道、強度もケタ違いだ……!」

「そいつがお前の新しい銃か。だが――」

 稲穂が背後から素早く肉薄してくる。挟み撃ち狙いだ。

 しかし、これから行われる予定だった稲穂の攻撃は、手近なビルの外壁を経由して飛び降りた羽夜のフットスタンプによって中断される。

 稲穂の刃を【エアブレード】で踏み台にして、跳躍。体操選手も真っ青な身のこなしで宙を舞い、地上に降り立つ。

 これで役者は揃ったか。まずは、あの兄妹を倒す……!

「行くぞ、羽夜!」

「うん!」


【実況席】


『早速、天霧選手と渕上選手が我妻兄妹に捕まった!』

『最初から派手なマッチアップっすね』

 小太郎が手元の実況席用のモニターを凝視したまま解説する。

『渕上さん以外は全員特級魔装士って……俺だったらビビって試合にならないっすよ』

『だとしたら、渕上さんはかなりいい度胸ですね』

 黄泉が楽し気に唇を緩めてコメントする。

『よりにもよって、五新星相手に頭上からの奇襲。カウンターを恐れていないあたり、思い切りとタイミングの良さが地味に凄い』

『ここで二手に分かれた! 天霧選手は稲穂選手、渕上選手は楓太選手との1on1だ!』


【都心ステージ/中央エリア】


 耀真と稲穂の戦いは、もはや災害同然だった。

 稲穂の周りで激しい雷電が迸り、光の速さで飛んでくる鞭のような雷の猛攻を耀真が銃撃で撃ち落とし、はたまた【ヴァニティバレット】でお返しする。お互いにストレートタイプの【エアブレード】による高速機動もあってか、まるで雷そのものが嵐のように渦巻き、吹き荒れているようにも見える。

 改めて、あの二人が最強の天才である事を思い知らされた。

「……!」

 前髪を刃が掠める。こちらもただいま絶賛戦闘中だ。

 相手は特級魔装士の我妻楓太。剣術の腕前は魔導事務局最強で、耀真が未だに頭が上がらないとされる名知将だ。

 稲穂のような天才ではないが、少なくとも自分よりは格上に違いない。

「おらおらどうした、渕上羽夜! こんなもんか!?」

「テンション高いですな」

「余裕か? そいつは結構!」

 楓太の斬撃は彩姫と同じく、繊細さの欠片も無い、攻撃に全てを懸けたパワータイプだ。単純な剣の速度も然ることながら、反応速度も一級品。生粋のバトルマニアの気すら感じる。

 斬撃をかわしたり、【刻印の指輪】から生み出した光の盾で受け流しながら、羽夜はどうやって楓太を倒そうか思案していた。

 相手は格上。しかも油断はしていない。それ故に試合の泥沼化を恐れ、最初から全力でこちらを殺しにかかっている。しかも、稲穂の戦いの邪魔をさせないつもりなのか、耀真とも引き離されてしまった。

 状況は間違いなくこちらの不利。どうするか――

「【光魔法 スパークルバレット】」

「……!」

 自らの側面に浮かした光の弾丸を数発発射。ターゲットは正面の楓太ではなく、たったいま耀真に接近しようと踏み込んでいた稲穂の足元だった。

 稲穂が急に進路を変え、横っ飛びに弾丸を回避。

 耀真の銃撃。稲穂が剣を盾にして、急所を守る。

「ちっ……!」

 突撃の邪魔をされた稲穂が顔をしかめ、手近なビルの陰に引っこむ。これ以上は耀真の銃撃の良い的になると判断したのだろう。

 楓太の刃が正面から迫る。これは【ヴェローチェ】のエッジで弾いて凌ぐ。

「やるじゃねぇか」

「どうも」

 楓太は軽く笑うと、そのまま稲穂が隠れたビルの対岸にあった地下鉄の階段に飛び込んだ。体勢を立て直すつもりだろう。

 耀真が羽夜の傍に戻って、銃を突き出しながら周囲を警戒する。

「悪い、羽夜。助かった」

「いえいえ」

 どうやら邪魔をして正解だったようだ。

 冷や汗を浮かべながら、耀真はインカムのスイッチを入れる。

「雨音。あの兄妹の位置は?」

『捕捉した。あと、会長さんも』

稲穂に対して行った最初の奇襲と、さっきの楓太とのマッチアップで、雨音の発信機代わりの蜘蛛は既に取り付け済みだ。これであの兄妹を仕留める算段が立った。

「俺と羽夜はもう【レインボーグラフ】に捕まってるな」

『うん。入道と私はまだ引っ掛かってない。しおみんはたったいま捕捉された』

「作戦通りだな。お前ら二人だけは絶対に捕まるなよ」

『分かってる。それより、地下道を迂回して兄貴の方が接近中。渕上さんの正面!』

「稲穂ちゃんは?」

『耀真から見て二時の方向。一番高いビルの屋上、女神像の裏』

 どうやらこちらを完全に潰す気らしい。下手に雨音達を探して迎撃されるより、姿が見えてるこちらを丁寧に処理した方が早いと踏んだか。

「第二ラウンドだ。また楓太先輩の相手を頼む」

「了解」

 羽夜は【ヴェローチェ】を起動して、耀真の傍から離脱すると真正面の地下鉄の出入口へ駆ける。

 情報通り、楓太が猛スピードで飛び出してきた。

「もう一回……勝負!」

 出会い頭の楓太の斬撃と、羽夜の【ヴェローチェ】のエッジが激突する。甲高い金属音のような高音が鳴り響く。

 一方で、耀真は。

「そこか」

 情報にあった通りなら、耀真が見上げているビルの屋上に聳え立つ自由の女神のような像から一直線にこちらへ向かってきている筈だったが、彼はあえて右横のビルとビルの隙間に発砲した。

 軽い金属音が響くと、少し遅れて、稲穂が物陰から飛び出してきた。

「ええい! 何でバレんのよ!」

「稲穂ちゃんの考える事なんざお見通しじゃボケェ!」

「こ~の~ヤ~ロ~!」

 羽夜と楓太が至極まともな格闘戦を演じている間に、耀真と稲穂は射撃と雷撃を交差させながら、銃と剣で打ち合っていた。

 【ソードグラム】は強度、精度、安全性など、銃器において必要な要素の全てを最高水準で詰め込んだ最強の実弾銃。故に、耐物理及び耐魔法性能も全魔装具中最高クラス。

 つまり、銃器であり鈍器でもある【ソードグラム】を縦横無尽に振り回す戦闘スタイルは、耀真が最も得意とする射撃格闘戦だ。同じく近接格闘を得意とする稲穂とも、これなら正面から打ち合える。

「うっとうしい……!」

 稲穂が顔を歪めて距離を取り、羽夜と格闘しながら接近してくる楓太とすれ違う。

「スイッチ!」

 稲穂が叫ぶと、楓太が急に身を反転して、接近してくる勢いをそのままに水平斬りを耀真に仕掛けてきた。これには傍にいた羽夜も驚いたのか、一瞬だけ動きを止めてしまう。

 耀真が上半身を逸らして剣をやり過ごす。

 続けざまに、稲穂が上段大振りの斬撃を羽夜に叩き込もうとしていた。

「……!」

 羽夜の反応は早い。片脚を跳ね上げ、【ヴェローチェ】の爪先で【ブリッツヴァジュラ】の剣脊を蹴り払う。

「スイッチ!」

 今度は楓太が叫ぶと、あの兄妹は再び身を翻し、それぞれ稲穂が耀真に、楓太が羽夜の真正面に躍り出た。

 なるほど。初心者殺しの手か。連携に慣れない新米チームのタッグ戦において、めまぐるしく相手が変化する事態はそのまま危機を意味する。

耀真と羽夜も、お互いに連携して高速戦闘するのは初めてだ。対して、あの兄妹はウィッチバトルを始める前からもずっと一緒に戦ってきた運命共同体。

 必然的に、連携の勝負ではこちらの分が悪い。

「羽夜……!」

「…………」

 耀真が焦る。対して、何故か羽夜は冷静だった。

 相手がころころ切り替わっているにも関わらず、たったいま接近してきた楓太をかわし、そのまま攻撃直前の稲穂の懐に入って肘鉄をかます。

 稲穂がこの試合で初めてダメージを負った。

「マジか……!」

 楓太が焦り、羽夜の背後に接近。そのまま叩き斬ろうとするが、耀真が即座に発砲して彼の剣を弾丸で弾く。

 その隙に、耀真と羽夜は兄妹の包囲網から離脱する。

「お前、凄いな」

 耀真は素直に羽夜を称賛した。

「稲穂ちゃんに一発当てやがった。どうやったの?」

「どうって……死角から魔法を使わずに攻撃したら当たるかなって」

 こちらの超速射撃を簡単に防御するくらいの相手に、死角を突いて肘を当てる?

 いや、無理だろ。

「稲穂ちゃん、大丈夫か?」

 楓太が稲穂の前に立ち、剣を構えて前方を警戒しながら訊ねる。

 稲穂は、気味が悪いくらい笑っていた。

「ふ……はは」

 まずい。稲穂に狂気のスイッチが入った。

「楓にぃ。先に羽夜から潰す……!」

「あいよ」

 楓太が気軽に応じるが、きっと彼も恐ろしく感じている事だろう。

 あの様子は肘鉄を入れられた事に対する怒りでも、初心者相手に手古摺っている苛立ちでもない。

 単純に、稲穂のテンションが上がっているのだ。

「簡単に死ぬなよ、渕上羽夜!」

 稲穂の全身に白い光を帯びた回路のような紋様が現れる。あれこそ、全ての魔族が魔法を発動する為に魔力を流し込む【魔導回路】という器官だ。

 あれが人の目に見えるくらい浮き上がるという事は――

「気を付けろ! 稲穂ちゃんのフルパワーだ!」

 耀真が警告した時には、稲穂が一筋の電光となり、羽夜の眼前に現れていた。

「速い……!?」

「うるぁあああああああああああああああっ!」

 野蛮なまでの咆哮とともに、雷電を纏った刃が羽夜の眼前で踊る。羽夜は高速で後退しながら身を逸らして彼女の剣戟を凌ぎ続けるが、決して無傷では済まなかった。

 羽夜の頬に、脚に、横っ腹に、少しずつ亀裂が入る。発動中の電撃の端々が、細かく羽夜にダメージを与えているのだ。

「羽夜、稲穂ちゃんから離れろ!」

「そうはいくかよ!」

 羽夜の退路を塞ぐように、楓太が羽夜の死角から剣を振りかぶる。

 いまの羽夜は稲穂と楓太に包囲され、前後左右の斬撃を紙一重でかわし続けているという、極めて生存率が低い状況に追い込まれていた。

 このままかわし続けても羽夜のHPは減っていく。いまは彼女が体捌きで上手く凌いでいるが、いつまでも続かない。

 試しに銃口を稲穂に向けてみる。駄目だ。すぐに察知されて射線から逃げられ、回避機動中の羽夜を盾にされる。

 このままでは手出しが出来ない。だからといって、瞬間移動並みのスピードで動き回る羽夜の邪魔をしないで都合よく稲穂と楓太だけを狙える攻撃オプションが手元に無い。

 どうする? このままだと、俺が羽夜の足手纏いに……!

「しゃあオラぁ!」

 楓太が怒声と共に【ブラックシャクラ】を大振りして羽夜を大きく後退させると、すかさず稲穂が背後から彼女の胴を狙って剣を横一閃する。

 さすがの羽夜もとうとう判断力が追い付かなかったのか、【ヴェローチェ】の推進力に任せて大きく飛び上がり、近くの街灯の支柱にエッジを接地させ、垂直に滑り昇る。

「かかった」

 稲穂が剣先から雷電を小さく飛ばして街灯の根本を破壊する。足場をいきなり失った羽夜は、途端にバランスを崩して耀真の遥か頭上に投げ出された。

 いくら【ヴェローチェ】でも空中を移動は出来ない。いまの羽夜に飛行オプションが無い以上、もう彼女に残された選択肢は一つしか存在しない。

 いまから発動される稲穂の攻撃魔法を、無抵抗に受け止めるという、最悪の結末だ。

「【光魔法】」

 稲穂が腰を落とし、剣先を下げ、居合に構える。

 いまなら稲穂の頭に一発銃弾を叩き込めば――などと思ったが、その妨害にやってきた楓太の斬撃を【ソードグラム】で受け止めたせいで、千載一遇のチャンスが消えてしまった。

「くそ……!」

「悪いな耀真。俺達の勝ちだ」

 楓太が勝ち誇ったように告げる。

 ああ、そうだな。二対二でアンタらに挑んだのがそもそもの失敗だよ。はっきり言って、勝てる可能性なんてゼロに近い。

 だがな――

「それはどうかな」

 確証は無い。これはただの賭けだ。でも、賭けてみるだけの価値はある。

 何故なら、渕上羽夜は【チーム・バルソレイユ】のエースだから。

「【飛電雷切ひでんらいきり・八花】」

 剣に溜め込んだ光属性の魔力は、次の一振りで解き放たれ、八つに別れた雷の槍となって羽夜に襲い掛かる。

 賽は投げられた。でも、不安は無い。

「行け、羽夜」



 天地逆さまで落下する羽夜は、たったいま飛んできた八つの雷の槍をぼんやりと眺めていた。

 本当ならとんでもない速さかもしれない。でも、いまはゆっくりに見える。

 全く同じタイミングで投射されたかに見えた槍は、実際のところは一本一本の速度が全く違う。おそらく、攻撃の手数を増やす代わりに何本か速度を犠牲にしているのだ。つまり、自分に近い順から一本一本叩き落せば、あの攻撃魔法は完全に凌げる。

 でも、どうやって? シールドで防ぐか? いや、あの数を受け切る耐久力は無い。

 【スパークルバレット】で迎え撃つか? 無理だ。耀真じゃあるまいし。

「耀真さん……」

 地上で楓太に追い詰められている耀真の姿が見える。きっと、彼は凄く困ってる。

 助けなきゃ。

「……!」

 閃きと同時に、羽夜は覚醒した。

 脚を思いっきり前に蹴り出し、【ヴェローチェ】の推進力で体を一八〇度回転させて天地を取り戻す――ついでに、一本目の槍をエッジで切り裂く。

 強引に身を捻り、またも脚を蹴り上げる。再び【ヴェローチェ】の推進力が発動して、体を横に一回転させるついでに二本目も切り裂き、残った片足も使って三本目を撃墜。

 【エアブレード】の練習を始めた時、耀真が言っていた。この魔装具は、脚を蹴り出した時に加速すると。なら、加速した勢いをそのまま使って、空中で体勢を立て直し、そのまま【エアスラッシュ】を連続で発動する事も可能なのではないか?

 その目論見は、実際に成功した。

 結果的に、地上に落下する直前までに、羽夜は稲穂が放った【八花】を全て斬り裂いた。

 着地後の羽夜はすかさず、大量の【スパークルバレット】を散弾のように飛ばす。かわそうとした楓太にいくつか直撃している間に、稲穂が背中に雷の翼を生やして後方に飛行する。このまま後退しながら、弾を剣で全て叩き落すつもりだろう。

 だが、一見正しいように思えるその判断は誤りだ。

「耀真さん!」

 ようやく訪れた攻撃のチャンスを、耀真は見逃さなかった。

「やっぱお前は最高だぜ、羽夜!」

 手元も見えない速さで照準、発砲。稲穂の手前に迫っていた光弾の全てに【ブランクバレット】が命中したかと思えば、突如大きな破壊光線となって稲穂を飲み込み、跡形も無く消し飛ばした。

 これで稲穂は倒した。次は……!

「ちっ……!」

 楓太が耀真との近接戦闘を諦め、隙だらけになっていた羽夜を正面から刺突で串刺しにする。腹を深く刺し貫かれているので、羽夜のリアイアは既に決まった。

 しかし、羽夜は最後のあがきとして、刺さったままの黒い刃を両手でがっちり掴んだ。

「何だと……!?」

 一瞬だけ動きを止められた事に動揺する楓太の頭と胸に風穴が開く。耀真の射撃だ。

 これで楓太も倒せた。今回の仕事としては、かなりの出来栄えではないだろうか。

「ごめんね。お先です」

 それだけ言って、羽夜は楓太と共にブレイクオーバーした。


★チーム・バルソレイユ 得点数 2 対 チーム・アマツカミ 得点数 1


【実況席】


 観客席は静まり返っていた。

 あまりにも速く、濃密で、凄まじ過ぎる攻防の内容を、頭で処理し切れていないのだろう。テレビカメラを回すカメラマンも、取材に訪れた記者も、観客も。

 そして、実況席も。

『あ……我妻稲穂選手、ブレイクオーバー! そして続けざまに我妻楓太選手と渕上選手がほぼ同時にブレイクオーバー!』

 かろうじて混乱から立ち直った雪緒が実況の使命を果たす。

『中央区におけるエースプレイヤー同士の対決は、【チーム・バルソレイユ】に軍配が上がった! 天霧選手が一人だけ、ほぼ無傷で生き残っているぞ!?』

『これはどちらかと言えば、渕上選手の大金星でしたね』

 黄泉が落ち着き払って解説する。同時に、さっきの攻防のリプレイがモニターにスロー再生で流れる。

『難易度最高クラスの【エアスラッシュ】をさらに発展させて、空中で連続発動させる超大技。さしずめ、【サイクロンスラッシュ】と言ったところでしょうか』

 魔女の王の影響力とも言うべきか、たったいま命名された渕上羽夜の超絶奥義こと【サイクロンスラッシュ】の名前が観客席全体に広がり、戦慄を生んでいた。

『あの二人はそれに動揺して隙を突かれた、という事でしょうか?』

『それもあるのでしょうが、もっと驚くべきは着地後の渕上選手の散弾攻撃です。あの一手だけで、楓太選手と稲穂選手が体勢を立て直す隙を完全に潰しました。それ以降は、天霧選手の独壇場ですね』

『しかも稲穂選手を葬ったあの光……あれが魔導事務局の報告にあった天霧選手と渕上選手の合体奥義ですね』

『そういった素質の面も含めて、八面六臂の大活躍です。彼女一人で特級魔装士を二人とは……本当に恐れ入りました』

『お? 天霧選手は誰かと連絡を取っている? その場から動かない?』

『おそらく笠井選手っすね』

 小太郎が少し汗をかきながら述べる。

『既に木枯選手と汐見選手が接触してます。笠井選手の魔法を通して、あの二人の戦いの状況を聞いているんでしょう』

『では、次なる注目の一戦、木枯選手VS汐見選手の場面に移りましょう』


【チーム・アマツカミ/BOX席】


 ブレイクオーバーの直後に転送されたBOX席には先客がいた。自分よりちょっとだけ前に、耀真と羽夜の合体魔法で消し炭にされた稲穂である。ベンチで項垂れている彼女の面持ちは、少し青ざめていた。

 楓太は何となく、彼女に呼びかけてみる。

「稲穂ちゃん」

「…………」

 返事が無い。ただの屍のようだ。

 とか思っていたら、BOX席のアリーナ側の扉が無遠慮に開かれる。

「どうも、週刊センスプです。我妻稲穂選手に試合直後のインタビューを……」

「失せろ」

 特に許可も無く踏み込んできた記者に対し、楓太は一睨みを効かせる。

「負けた俺達を嗤いにでも来たか? だったら、いますぐ失せろ」

「いえ、そういう訳では。ただ、ちょっとお話だけでも……」

 次の瞬間、記者が持っていたボールペンのノック部分が弾け飛んだ。

「ひっ!?」

「日本語じゃ分からないか? 次は何語で喋ればいい?」

 楓太は鞘に収まった【ブラック・シャクラ】の柄に利き手を沿え、さらに威嚇する。

「お前らが好きな国を答えてみろ。俺はマルチリンガルだぞ」

「ひぃいいいいいいいいいっ!?」

 恐れを成した記者が弾かれるようにBOX席から退散する。全く、迷惑な連中だ。

 未だにテレビカメラは回り続けている。稲穂が一番先に落ちたんだから、さっさと帰ってくれたら良いものを。

「稲穂ちゃん。悪いな、騒がしくして」

「ううん。ありがと」

 思ったより稲穂が普通に受け応えする。

「ごめん、楓にぃ。負けちゃった」

「俺もだ。特級が揃いも揃って、渕上さん一人を相手にしてやられたな」

「凄い奴だね、あいつ」

 もしかしたら耀真は、このあたりの素質も見越して羽夜をエースとして抜擢したのだろう。だとしたら、とんでもない化け物を発掘したものだ。

「まだ試合は終わってない」

 稲穂は顔を上げ、正面のモニターで試合の様子を見る。

「羽夜一人の為に私と楓にぃが交換になったのは辛いけど、あとはもう吹雪次第ね。あの子が天霧君としおみんさえ倒せば、この試合は私達の勝ちだよ」

「そうだな。後は彼女に任せよう」


【南地区/廃ビル屋内】


 木枯唯奈が持つ大地属性の魔法は、強固な鎖を生み出し攻撃と防御等に転用する【アークチェイン】。この一つの魔法を基軸に、彼女は全ての戦術を編み出している。

 鎖を伸ばして鞭のように振るったり、障害物や建物などに巻き付けたりしてターザンじみた空中移動を可能にしたり、鎖の寄せ集まりを盾にしたり。あまりに応用力の高い魔法なので、自分はつくづく魔法の才能に恵まれていると、親に感謝したいくらいだ。

 しかし、才能とはただの才能に過ぎないと、目の前の人物が証明している。

「くっ……!」

 掌から大量の鎖を伸ばして、正面の汐見彩姫を制圧しようと試みるが、その悉くがかわされ、いなされ、叩き斬られていく。さっきから彼女に仕掛ける魔法攻撃の全てが、ただの人間である筈の彩姫の身体能力と剣の技量で、正面から潰されているのだ。

「有り得ない……! コイツ、本当に人間か……!?」

「先輩。コイツ呼ばわりとは心外ですな」

 涼しい表情で鎖の嵐を鎧袖一触していく彩姫は、とうとう唯奈を剣の射程に捉えるくらい接近していた。

「私の事は、しおみんと呼べぇえええええええええええええええええええええええええ!」

「そっち!?」

 驚きながらも大振りされる剣をかわし、唯奈はまたしても距離を取った。

 ここで逢花から通信が入る。

『唯奈、こっちの準備が終わったよ! 早く戻ってきて!』

「了解」

 やっとか、などと思いながら、唯奈は【エアブレード】を起動させて全力で後退していく。

 よかった。これ以上やってたら、あと三十秒後にはこちらがブレイクオーバーしているところだった。

 悔しいが、あとは新入生の仕事だ。



「こちらしおみん。笠井さん、木枯先輩が離脱した。追撃するか?」

『深追いは厳禁だよ。まだ渡来さんをマーキングしてないし、このまま突っ込んで奇襲を貰う訳にはいかない』

「分かった。これからどうする?」

『とりあえず耀真と合流して。私と入道もマッピングが終わったし、そろそろ耀真としおみんで畳みかけていい頃合いだと思う』

「私と天霧君で? 羽夜はどうした?」

『さっき我妻兄妹二人を道連れにブレイクオーバーした』

『そうか。羽夜は仕事をちゃんと果たしたのか』

 ブレイクオーバーしたのは痛いが、それでも特級魔装士を二人も退場させたのだ。エースとしての仕事は十二分に果たしている。

 私も、彼女に負けてはいられないな。

「聞いてるか、耀真君」

『ああ。状況はいま伝えた通りだ。合流するぞ』

「了解」

 まあ、自分も唯奈の魔法を直視したのだ。後はその当時の情報を耀真に与えさえすれば、最低限の仕事だけは完了だ。

 ホイールタイプの【エアブレード】で走行して、意外とすぐに耀真と合流する。

 早速、耀真が渋い顔をする。

「さて、どうしたもんかね。このまま突っ込んでいいと思う?」

「何か問題でも?」

「渡来さんの魔法がどの位置から飛んでくるのかが、ちょっとな」

 周りの景色を見渡して、さらに耀真が真剣な表情になる。

「彼女はいわゆるワームホールを生成するタイプの空間転移を使用する。行先と現在地の出口と入り口を同時に作って、見えてる範囲なら一瞬でワープを可能にする。つまり、俺達に攻撃を仕掛けるには、渡来さん自身が俺達の前に姿を晒す必要がある」

「マジックミラーみたいに一方的にしか見えないタイプのブラインドを盾に使われたら、天霧君でも見つけるのは困難か?」

「ああ。だからこのステージは嫌なんだよ」

 耀真が最初に自分とステージの相性が悪いと言っていた理由の一つだろう。いくら耀真でも、姿を晦ました標的からの奇襲はさすがに堪える筈だ。

「時にしおみん。木枯先輩の魔法はどうだった?」

「天霧君の言った通りだが、攻撃速度が段違いだ。他の面子にも言える事だが、あまり過去のデータは信用しない方がいい」

「そうだな。稲穂ちゃんも去年より段違いに強くなってるし」

 会話しながらも、耀真と彩姫は背中合わせになり、互いの死角に視線を巡らせながら、ゆっくりと敵陣地へ進攻する。

「耀真君。正直、この際は時間切れを狙うのも一つの手だと思うが」

「何だよ、急に」

 自分でも突飛な発言だと思うが、可能な限り論理立てて説明する。

「渡来さんの手の内がよく分からない以上、点差でリードしてる私達がこのままタイムアップで逃げ切りさえすれば、一応はこちらの勝ちだぞ」

「そんなのは相手も分かってる。そうなる前に仕留めに来られたら、羽夜がいない俺達は簡単に全滅しちまう。俺が楓太先輩なら、そういう作戦を立てるからな」

 兄弟分と自称するだけあって、さすがの説得力だった。

「突っ込んでも待っても殺されるなら、俺は突っ込んで何人か道連れにする」

「君はそういう男だと思ったぞ。それに従おう」

 話を切り上げて先に進む。なかなか敵に遭遇しない。かなり奥まで後退しているのか?

 何の為に? どういう罠を張って?

「……!」

 急に、ぞわっと背筋が凍り付く。

「何か来る……!」

 本能が告げる。既に耀真と彩姫は、相手の罠に踏み込んでいた。

 その正体は、耀真達を取り囲むように一斉に開かれた、白銀色の円形を成す謎の魔力体の群れだった。

 一瞬で囲まれただと? 一体何が――

「耀真君!」

 彩姫が先に反応して、続いて耀真も気付いてお互いに散開する。

 白銀色の円から、それぞれ虹色の光線と鈍色の鎖のどちらか一方が一斉に飛び出し、さっきまで耀真達が立っていた地点にまとめて突き刺さる。

 穴一つにつき攻撃魔法が一種類。間違いない。彼女だ。

「設置型のワームホールだ! 近くに渡来さんがいるぞ!」

 耀真が叫ぶ。攻撃は尚も続く。耀真の正面に開いた四つのワームホールから鎖が一本ずつ射出され、それら全てを横に逸れてかわしたかと思えば、背後に開いた三つのワームホールから一本ずつ虹色のレーザーが飛ぶ。

 これもかわす。何とか反応自体は追いついているようだ。

 しかし、これはまずい。いつの間にか、耀真と引き離されてしまった……!

「しおみん、一旦後退するぞ!」

「させませんよ」

 足音すら無く、渡来吹雪が彩姫の背後に出現した。彼女の手には、身の丈以上の薙刀が装備されていた。

 吹雪が薙刀を思いっきり横薙ぎに振るう。全身の膂力と回転運動によって発生した莫大な遠心力による斬撃は、身を反転して剣で受け止めた彩姫の体でさえも宙に浮かせ、吹っ飛ばす。

 耀真が速射する。普通ならこの一発で大抵の相手は反応すら許されずに即死する。

 だが、吹雪は薙刀の柄を自らの額の前に添える事で、難なく銃弾を弾いてみせた。

「マジか!?」

「会長、木枯先輩!」

 吹雪が吼えると、彩姫の周辺に無数のワームホールが出現する。完全に包囲された。

「……ちっ」

 彩姫は舌打ちすると、自分の剣をワームホールの一つにぶん投げてみせた。

 剣がワームホールを通過して消える。

 同時に、ワームホールから一斉に鎖とレーザーの一斉掃射が下り、彩姫の全身を針のむしろの如く貫く。

 消える直前、彩姫は呟いた。

「……後は頼むぞ」

 彩姫の全身が光に包まれ、光子の柱となる。ブレイクオーバーだ。

 さて……耀真君。私のいまの行動については、余計なお世話だったかな?


【チーム・バルソレイユ/ボックス席】


「ただいま」

「おかー」

 気の抜ける羽夜の出迎えを受け、帰還直後の彩姫は一息ついた。

「いやぁ、まさかあんな隠し玉を持っていたとはな」

「ありゃ、見事な初見殺しですな」

「耀真君の反応が追い付いただけでも僥倖だ。後は彼に任せよう」

「ところでしおみん。最後のアレ、何だったの?」

「ああ、それか。あれはただの実験だ」

 彩姫は握っていた【虚】を掲げつつ言った。

「攻撃の仕組み自体は単純なものだ。後方に控えていた木枯先輩と雲井会長が、渡来さんのワームホールを通じて攻撃魔法を送り込んでいただけ。という事は、私の剣も上手くすればあの二人のうち一人に命中していたかもしれない、という寸法だ」

「いやいや。そんな無茶な。相手の姿すら見えてないのに」

「私ではな。ただ、耀真君には可能だろう」

「何で?」

「何だ、知らんのか」

 これは驚いた。毎日一緒にいるから、それくらいは知っているものだと思っていた。

「だったらいい機会だ。よく見ておけ」

 彩姫は知っていた。あの時から、彼の事はよく調べさせてもらったから。

「【宣告者の弾丸デクレアラー・バレット】の本領発揮だ」


【都会ステージ/西地区大通り】


 攻撃は休まる事を知らない。四方八方から開いたり閉じたりするワームホールから、鎖とレーザーによる波状攻撃が何度も襲い掛かってくる。それに加え、【ショートワープ】が使える吹雪からの近接戦闘も加わってしまえば、どんな相手でも逃げ場が無い。

 完全に狩りのフィールドに誘い込まれてしまったか。

 でも、対処できない程じゃない。ワームホールの動きは全て『あの眼』を使ってリアルタイムでモニタリングしているし、彩姫の悪あがきのおかげで攻撃パターンやワームホールの特性も大体分かってきた。問題は、相手の攻撃が速過ぎて反撃に転じる術が無い点だ。

 何度も【エアブレード】の補助で回避機動を繰り返しているうちに、今度は相手もこちらのタイミングを掴んできたのか、徐々に攻撃の当たりが厳しくなっている。しかも照準すら許してくれない。こっちが照準した瞬間に、吹雪の斬撃かワームホールの魔法でお陀仏だ。

 この上さらに、吹雪はこちらの射線を完全に見切っている。

 ちくしょう。楓太先輩の入れ知恵か。

「あの野郎、余計な真似を……!」



 ――遡って、【チーム・アマツカミ】のミーティングでのやり取り。

 リーダーの我妻楓太が話しているのは、耀真の戦術についてだった。

「耀真には弱点がある」

 こう切り出されて、吹雪は少し期待した。

「弱点……ですか?」

「ああ。耀真のトレードマークとも言える技は二つ。【超高速精密射撃】と【ヴァニティバレット】だ。最大の問題なのは、【超高速精密射撃】の方」

「とにかく照準が速くて、誰も反応できない精密射撃……でしたっけ? そんな技に弱点なんてあるんですか?」

「そうよ。出会った瞬間即死決定とか、ただのチートじゃない」

 逢花がぶすっとして腕を頭の後ろで組む。完全に諦めモードだ。

「あるんだな、これが」

 楓太が自信満々に告げる。

「まず、弱点その一。弾切れだ」

「アホなの?」

 唯奈がいつもの如く切れ味抜群の指摘を入れてくる。

「弾切れまでチート技に長時間付き合うとか、ただの自殺行為」

「まあ、そうだな。そこで弱点その二。撃たせなければ何てことは無い」

「チート級の照準速度を超える妨害手段とか、ちょっと想像がつかない」

「そして弱点その三。耀真には二つの癖がある」

「は?」

 急に様子が違う説明に、稲穂や吹雪も含めて目を丸くする。

「一つは照準速度を極限まで底上げする為に、もっとも自分が狙いやすい的から先に撃つ傾向がある事。そしてもう一つは、耀真の反応速度があまりにも速過ぎる事だ。つまり、こっちから適当に隙を作ってやれば、精密射撃を誘発する事が出来る」

「そっか」

 吹雪も楓太が言わんとしている事をここで気付いた。

「鋭すぎる反応速度を逆手に取って、天霧君の弾道をこっちで決めちゃえば……」

「後は発砲直後に反応可能なスピードさえあれば、耀真の弾は当たらない」

 ここで楓太は、吹雪に向き直る。

「渡来さんなら、さっき言った三つの攻略法を全て実践出来る」



 ――やっぱり楓太先輩は凄い。本当に言った通りになった。

 回避や防御の手段は耀真自身の癖を利用して攻略する。照準の妨害に必要なスピードについては唯奈と逢花の二人がフォローに入る事でクリア出来る。こちらの攻撃の合間を縫って射撃を加えてくるようなら、それはそれで都合がいい。相手の弾切れを誘発出来る。

 完璧な天霧耀真封じ。これなら勝てる。

「先輩方! 攻撃の数を増やします!」

『あいよ、じゃんじゃん撃ってやるわ!』

『了解』

 設置型のワームホールは既にこの地域一帯にくまなく仕掛けてある。一度に開ける数には限りがあるものの、人間一人を追い込むにはオーバーパワーな物量だ。

 これなら、さすがに彼でも対処は難しい。

「【空間魔法 ストレイトリーダー】!」

 目の前にワームホールを出現させ、薙刀を中央に突っ込むと、耀真の側面で同時に出現していた出口側のワームホールから薙刀の刃先が飛び出す。完全に死角からだ。

 しかし、【ソードグラム】で防がれる。

「……?」

 吹雪はここで、微かな違和感を覚える。

 かわされた? ていうか、さっきから攻撃が全然当たってない?

 耀真には幾度と無く、魔法と斬撃を全方位から浴びせている。なのに、味方のフォローが無い状態で、どうして死角からの連続攻撃を凌げるのか。

 ここで、耀真が小声で呟く。

「……そろそろだな」

 この時、耀真が吹雪に向けた瞳には、冷たい青の光が宿っているように見えた。

 訳も無く背筋が凍る。

「……!」

 吹雪は一瞬だけ、怖気付く。攻撃の手が一瞬緩んでしまった。その一瞬で、耀真は何も無い空間の一角に銃口を向け、発砲した。

 たったいま開いてしまったワームホールに、銃弾が飛び込む。

「あ……」

 吹雪が全てを悟った時点で、既に遅かった。

 自分の遥か後方の建造物の陰から、光の柱が突き上がったのだ。

「木枯先輩!?」

「よっしゃ!」

 耀真はガッツポーズすると、さらに吠えた。

「もういいぞ! 来い、入道!」


【実況席】


『木枯選手、ブレイクオーバー!』

 雪緒がごく普通にアナウンスするが、傍で解説の座に就いていた黄泉と小太郎が大きく口を開けて席を立ち上がる。観客達も、皆一様に驚愕していた。

『な……!? いまのは……!』

 小太郎がかろうじて声を出す。

『ありえない……』

 黄泉の表情が見るからに青ざめている。

 そう。いま、絶対にあり得ない現象が起きたのだ。

『木枯選手が……一体何が起きたのです?』

『リプレイを見ましょう。木枯選手の映像です』

 雪緒が埋め込み式のキーボードを操作すると、モニターに唯奈の映像が映し出される。モニターの中の彼女は、吹雪の操作によって出現と消失を繰り返しているワームホールに【アークチェイン】を撃ち込みまくっている。これで姿の見えない耀真を間接的に攻撃していたのだが、次の一瞬で彼女の額に黒い穴が開通して、ブレイクオーバーしてしまった。

 小太郎が更に戦慄する。

『嘘でしょ……? 耀真さんからも木枯先輩の姿は見えてなかったんすよ? なのに、渡来さんのワームホールを通じて弾丸が命中しているなんて……!』

 唯奈の映像の傍では、同じく耀真のリプレイも再生されていた。彼が発砲したそのタイミングで、唯奈がブレイクオーバーしているという事実がこれではっきりする。

 黄泉がさらに付け加える。

『それだけではありません。天霧選手が照準した時点で、ワームホールは射線上に開いていなかった。つまり、開く位置とタイミングを完璧に予測していた、という事になります』

『しかもヘッドショットですからね。完全に狙ってやっています』

 唯一落ち着き払っていた雪緒が、当然と言わんばかりに解説する。

『まあ、耀真君なら当然ですよね』

『姫風さん、何か知ってるんすか?』

『まあね~』

 そういえば、耀真と雪緒もそれなりに長い付き合いだと聞いた事がある。この落ち着きぶりはそれが原因か。

『天霧選手は世界中の軍やマフィアが欲しがる、世界最強のガンスリンガーです。その実力の秘密は、彼の『眼』にあります』

『眼?』

『といっても、目玉に何か魔法を仕込んでる訳じゃないんです。彼は獣人族並みに鍛え上げた五感と超人的な直感により、広範囲で全ての事象をリアルタイムで観測する能力がある。さらに、現在の状況や相手の情報を脳内で高速演算して、極近未来の相手の動きを完璧に先読みする』

『そんな馬鹿げた真似が本当に可能なんすか?』

『現にやってみせたじゃん』

 事も無げに雪緒が言ってのけるが、凡人たる小太郎には異常な光景だ。未だに現実として受け止めきれないし、頭が追い付いていない。

『そういう事ですか』

 黄泉が席に腰を落ち着け、真顔で頷く。

『彼の眼にはあらゆる未来が映っている。すなわち、これが天霧選手の天賦の才』

『そう。最強の未来予知と呼ばれる眼。名付けて、【神霊のデモンズサイト】』

 デモンズと言えば悪魔を真っ先に思い浮かべるだろうが、何処ぞの神話では、守護者や王といった意味を持つらしい。ある意味、彼の双眸は悪魔の瞳であり、守護者の瞳だ。

『そこに彼の得意技である【超高速精密射撃】が加わった時、あらゆる相手は気付いた時に息絶える。何故なら、彼の弾丸は未来に命中するから』

 それこそ、未来に開いたワームホールの真ん中に、弾が命中したように。

『あれこそ五新星の一人。【宣告者の弾丸デクレアラーバレット】、天霧耀真』


   【西区画】


「そんな……」

 吹雪の前で悠然と立つ耀真の姿が、さっきよりも大きく見える。

 重く、冷たく、気を抜けば無に還りそうな悪寒がした。彼の瞳が青く見えたのも、自分が死のイメージとして見えた色だと、初めて気付いた。

 怖い。こんな相手に、勝てる訳が無い。

 耀真の銃口が再びこちらへ向く。射線から逃れなければ。でも、体が動かない。

「楓太先輩……」

 最初はとある護衛任務が始まりだった。そこで出会った楓太と稲穂、そして耀真の三人は、その時点で既に魔導事務局所属の特級魔装士だった。比べて、自分はまだフリーの二級だった。

 楓太にはたくさん守ってもらった。稲穂にはたくさん仲良くしてもらった。

 耀真は――どうだろう。終始フランクだったけど、何故か彼の瞳の奥には、誰の姿も映っていないように思えた。

 虚空がそのまま瞳の形を成しているような、そんな違和感だ。

 だから、いまでも彼の事が少し苦手だった。

 その妙な忌避が、まさかこの試合で実像を結ぶ事になるなんて。


『恐れるな』


「……!」

 耀真が発砲。その弾丸を、首を逸らしただけで回避する。

 今度は、耀真が驚く番だった。

「何……?」

 この一発で完全に終わらせるつもりだったのか。でも、かわした。まだ死んでない。

 楓太先輩。貴方の言葉が、また私を助けて下さいました。



 ――これまた遡り、今日の登校中。

 楓太と稲穂の二人と一緒に学校へ向かっていると、楓太が突然、こんな事を言い始めた。

「渡来さん。今日の試合だけど、一つだけ忘れないで欲しい」

「はい?」

「恐れるな」

 顔を向けてくれないまま、楓太は不器用に告げる。

「今日の作戦だと、最悪の場合は君が耀真の相手をする事になる。でも、本気を出したあいつと戦う時は、君の度胸と真価が試される」

「あの……どういう意味でしょうか?」

「ここから先は君の眼で確かめてくれ。それでも、これだけは覚えておくんだ」

 後にして思えば、彼の一言はたかがスポーツで何を――などと馬鹿に出来るような言葉ではなかった。

「絶対に、恐れるな」



「やっぱ凄いな……楓太先輩は」

 体の強張りが解けていく。全身が温かい。いままで纏わりついていた悍ましい冷気に似た何かが、時が経つにつれ消えていく。

 彼はきっと、こうなる事が分かっていたんだ。【宣告者の弾丸デクレアラーバレット】などという異名も耀真の仮の姿で、本当の耀真はもっと恐ろしい何かであると。

 でも、恐れる必要は無い。

 だって、私は――

「貴方が何者であろうと、私は絶対に負けない」

 薙刀を構え直すと、耀真がくすりとほほ笑む。きっと、楽しんでいるんだろう。

「――来い、渡来吹雪」

 悪魔的な笑みを浮かべた耀真に向かって、薙刀を振り回しながら突進する。その過程で撃ち放たれた数発の弾丸を全て正面から弾いて凌ぎ、近接戦闘に持ち込む。

 もう設置型のワームホールは開かない。下手に開放すれば逢花が危ない。つまり、ここから先は純粋な一対一。

 頑丈な銃身で薙刀の刃を弾き続け、耀真が時折発砲してくる。彼の至近距離の銃撃も、正面から見切って回避する。

 耀真が歯を食いしばりながらも笑っている。あれは狂戦士の相だ。

「やるじゃねぇか」

「その余裕、正面からひっぺがします」

「やってみろ!」

 銃声と鋼を打ち合う音は、尚も続いた。


【ボックス席/チーム・アマツカミ】



「凄い。耀真君の射撃を完全に見切ってる」

 稲穂が驚くのは当然だった。彼の【超高速精密射撃】を幾度と無く経験している稲穂をして、その対処は未だに完璧ではない。正直、あれを真正面から見切って凌ぐのは五新星でも不可能だ。

「ていうか、久しぶりじゃない? 耀真君の射撃と正面からカチ合える奴なんて」

 楓太に話しかけていたつもりだったが、彼は耀真と吹雪の激しい戦闘が映されているモニターをじっと見つめたまま黙っていた。

 ややあって、ようやく彼が口を開く。

「……頑張れ」

 ようやく分かった。彼は祈っているのだ。吹雪が最後まで立派に戦い抜く事を。

 そして、勝つ事を。

「他の事なんかどうでもいい」

 徐々に追い詰められていく吹雪を見て、楓太は思いっきり叫んだ。

「耀真をぶっ倒してこい、吹雪!」


【北区画/耀真VS吹雪】


 楓太先輩め。何てバケモンを発掘しやがるんだ。ていうか、ウチの羽夜様としおみん以外にもこんな新人選手がいたなんて思いもしなかった。

 渡来吹雪は強い。少なくとも、五新星と肩を並べるくらいには。

 自分ですら、本気どころか、既に限界を超えて戦っている。【神霊のデモンズサイト】のフルパワーを駆使しても、未だに仕留めきれない。

 弾を全て使い切る前に倒せるか? 正直、かなり怪しい。

 一人なら。

「終わりだ……!」

 既に政彦がアサルトライフルを構えて、距離を開けて吹雪の真横に陣取っていた。

 そして、吹雪の正面に位置取りした耀真も即座に照準する。

「甘い!」

 吹雪が即座にワームホールを二つ展開して耀真と政彦の射線上に置く。もしこのまま撃てば、既に耀真と政彦の背後で展開していた出口側のワームホールから弾丸が帰ってきてしまう。

「二人でも無理か」

 しかし、耀真は思わず口元を緩めた。

「なら、三人はどうだ?」

 乾いた破裂音がしたと同時に、吹雪の体勢が崩れる。彼女の斜め後方に控えていた雨音が魔法銃を発砲して、吹雪の肩甲骨あたりに命中させたのだ。

「三人……!?」

「ナイスヒット」

 いまの攻撃でワームホールがキャンセルされ、再び耀真と政彦の射線が開ける。

 即座に一斉掃射。苛烈な十字砲火を浴びた吹雪がハチの巣になり、すぐにブレイクオーバーした。

「やった!」

 雨音がガッツポーズをして――虹色の光線が、彼女の胸を背後から貫いた。

「え?」

 雨音がブレイクオーバーする。背後から攻撃を放ったのは、残った一人である雲井逢花だった。

 耀真がすぐに照準して、引き金に力を入れる。

『タイムアップ! 試合終了!』

 いきなり、この空間全体に雪緒の声が響き渡る。

『試合結果、得点数四対三で、【チーム・バルソレイユ】の勝利!』

「……終わったのか」

 緊張を解いた耀真が銃口を下ろす。

「驚きましたよ。まさか、最後に会長自らが飛んでくるとは」

「驚いたのはこっちよ。何でさっきまで入道君と笠井さんが私の索敵魔法に引っ掛かってなかったの?」

「その話は後で聞けますよ。そんじゃ、戻りましょっか」

「そうね」

 今回の試合はかなりギリギリだったなと思いつつ、この空間からログアウトする。


【ボックス席/チーム・バルソレイユ】


 次に見えた景色は、美少女三人のご尊顔だった。

 耀真はいつも通り、気軽に挨拶する。

「おっす。ただいま」

「随分と無茶を働いたな」

 帰還早々、彩姫が呆れ顔でダメ出ししてくる。

「もっと早く入道君を動かしていれば、もう一点狙えたものを」

「仕方ないだろ。想像以上に渡来さんが粘ったんだから」

「たしかに、彼女は強かったがな」

 渡来吹雪……か。うちの女連中と良いライバルになると思ったが、まさか自分と同格のライバルになるなんて、予想の斜め上も良いところだ。

「とはいえ、正直感心しないぞ。【神霊の瞳デモンズサイト】のフルパワーはMVRでも負担がフィードバックしてくるんだろう? 大丈夫なのか?」

「ああ。そっちは心配いらない。……ていうか、何でそんなに俺の情報握ってるの?」

「当然だ。私は君のストーカーだからな!」

「はあああああああああああ!?」

 言い切りやがったぞ、この女!? 大丈夫か!?

「そうさ! 天霧耀真のファン一号とは、この私の事だ!」

「ねぇ、それ喜んでいいの? 何かちょっと怖いんだけど!?」

「そんな事より、試合の総評、始まるわよー」

 雨音が実況席の映像を映している室内のモニターを指差す。

「楽しみねー」

「それよりお前、いまそんな事とか言ったか? 言ったよな!?」

「ハイハイ、耀真さん。静かにしましょーねー」

 羽夜にまで諫められてしまった。俺はもうダメかもしれない。


【実況席】



『いやー、熱い熱い』

 雪緒が稲穂の顔をSDキャラにデフォルメしたマークがプリントされた団扇をぱたぱた仰ぎながらコメントする。ちなみにこの団扇、一枚三三〇円(税込)である。

『こんだけ熱い試合がこれからもたくさん見られると思うと、そろそろこのアリーナの空調設備もアップグレードを検討しなければいけませんなぁ、学園長殿』

『善処します』

 黄泉がペットボトルの水を飲み干す。

『それより、試合の総評が先では?』

『そうですねぇ。内容が濃すぎる試合だったので、要点だけかいつまんで説明しますか?』

『ええ。まず、最初のターニングポイントは我妻楓太選手と稲穂選手が天霧選手と渕上選手の二人を捉えたところですかね。先制を仕掛けた時点で、既に我妻兄妹の有利です』

『しかし、渕上選手を建物の屋上に配置して並走させていたのが功を奏しましたね。それからは何とか天霧選手が巻き返そうとしますが、渕上選手との連携の不慣れもあって中々上手くいきません。まあ、最終的には渕上選手があの兄妹を討ち取りましたが』

 実際に点を挙げたのは耀真だが、あの兄妹を相手に攻撃の好機を二回も作り出したのは称賛に値する。おそるべし、渕上羽夜。

『しかし、ここで渕上選手がブレイクオーバーするっす』

 小太郎が手前のモニターの映像を見ながら解説する。

『戦力的には二対一交換っすね』

『【アマツカミ】にしてみれば大損害です。ただ、後半の巻き返しが凄かったですね』

『たしかに。渡来さん達の戦術にはビビりました。ウチのメンバーなら五回死んでる』

『設置型のワームホールですね』

 黄泉が気を利かして、耀真と吹雪の活躍が中心の映像をピックアップする。

『普通なら初見殺しのハメ技ですし、よく練習されてるとは思いますが、天霧選手には通用しませんでした。ただ、渡来選手が最後まで諦めずに立ち向かった事で、増援に来た入道選手もろとも天霧選手を倒せたかもしれませんが……』

『天霧選手の方が一枚上手でしたね』

 雪緒の操作で、映像が雨音の射撃シーンに切り替わる。

『いままで後衛でずっとウロウロしてた笠井選手の、突然の強襲。こればかりは渡来選手も意表を突かれたでしょうが……そもそも、何でいままでずっと後ろにいたんですかね? 会長達と違って明確な理由が無い気がするんですが』

『一つにはフィールドのマッピングですが、最大の理由は笠井選手自身にあります』

 黄泉はいままで隠し持っていたと思われる紙の資料をおもむろの取り出した。

『索敵科は入学したての頃にMVR内で索敵魔法を使った鬼ごっこをするという恒例行事があります。入学した生徒の索敵能力をある程度把握する為ですね。ところが笠井さんの場合、鬼の役はともかく、逃げる側の方で異例の事態を起こしてます』

『というと?』

『彼女を捕まえた生徒が誰一人としていなかったんです。何故だと思います?』

『何故って……そんなの、生徒全員の索敵魔法を掻い潜らなきゃ……』

 ここで雪緒は重大な事実に気付き、目を丸くした。

『まさか、笠井選手には索敵魔法の索敵範囲が見えてる?』

『その通り。自身から半径一キロ圏内で発動している索敵魔法の効果範囲を把握する。笠井選手の固有能力です』

 この情報を聞いた観客達が一気にざわめく。

 何故なら、索敵魔法をサーチする魔族など、この長い歴史上に誰一人として存在していた記録が無いからだ。

『故に【アマツカミ】が最も【バルソレイユ】の接近を警戒する序盤なんかは、雲井選手の索敵範囲に引っ掛からないように入道選手と逃げ回っていたんです。ついでに、索敵魔法を起動中の雲井選手の位置も、最初からずっとモニタリングしていた訳ですね』

『だから最後の奇襲で笠井選手が渡来選手に気付かれなかったんですね』

 最後に救援に駆けつけた入道政彦すらただの囮。本命はその瞬間だけ雲井逢花の意識の外側にいた笠井雨音の魔法銃による一発だ。

 これには雪緒も感心して頷いた。

『天霧選手は最初から笠井選手の奇襲で勝つ予定だった、という事ですね。さすが天霧選手、不意打ちの天才ですな』

『それはどうでしょう。そんな賭けをする為に払った【バルソレイユ】側の犠牲は渕上選手と汐見選手の二人です。あまりにも釣り合いが取れない。きっと予備の作戦だったのでしょう』

『なるほど』

 これで話す事は大体話した。ある程度慣れている雪緒でも、今回の試合は目で追い口を動かすだけでもかなりの苦労を伴った。

『総評はこんなものですか。清水君、今日の試合の感想をお願いします』

 いきなり話を振られてあたふたするも、小太郎は丁寧に答えた。

『……えー、まあ……【バルソレイユ】は今後も躍進するであろう期待の新星っす。とか言ってる俺も新参者なので偉そうな事は言えませんが、今日の試合で得た成功や失敗を今後どう生かしてくるのかが楽しみです。次は俺達と勝負したいっすね』

『私もその試合の実況が楽しみです。では、学園長も、どうぞ』

『非常に見ごたえのある試合でした』

 黄泉はハンカチでこめかみの汗を拭きながらコメントする。

『今日のMVPは【アマツカミ】の渡来選手と【バルソレイユ】の渕上選手です。この二人のおかげで、今日この場に立ち合えて良かったと心底感じております』

『お? その二人……いや、両チームのメンバーが全員、ボックス席から出てきました』


【アリーナ中央】


 ブレイクオーバーの直後からしばらく呆けた吹雪も、試合後には我に返り、チームメイト達と共にボックス席を出てアリーナの中央へ向かう。

 これまでの試合以上に沸き立つ歓声を総身に受けながら、向かい側のボックス席から出てきた【バルソレイユ】の面々と再び対峙する。

 先に口を開いたのは、楓太だった。

「おっす、耀真。お疲れ」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 リーダー同士で握手を交わす。爽やかな光景だ。

「いいチームを作ったな。作戦室の鍵は後で渡すから、後はご自由に」

「あざっす」

 元々これは公式戦であると同時に作戦室の利用権を懸けた試合だ。これで【チーム・バルソレイユ】は正式に天都学園高校発のウィッチバトルチームとして認められたのだ。

「入道君」

 意外にも、唯奈が政彦の前に歩み出る。

「天霧君の銃……あなたが作ったの?」

「え……ええ。そうっす」

 政彦がかなり緊張している。ガタイに見合わない姿だった。

「名前を聞かせてもらっても?」

「【ソードグラム】っす。天霧が名付けました」

「そう」

 素っ気なく答えると、唯奈は珍しく唇を綻ばせる。

「さっきボックス席で天霧君のプレイバックを見返した。素晴らしい精度と強度ね。素直に負けを認めるわ」

「恐縮です」

 政彦がさっきからずっとぺこぺこ頭を下げている。おそらく彼にとって、唯奈は尊敬に値する程の魔装技師なのだろう。

「はーい、皆さん、ちゅーもぉおおおおおおおおおおっく!」

 どういう身体強化魔法を使ったのかは知らないが、実況席から直接ここまで飛び降りてきた雪緒が、元気良くマイクを稲穂に向ける。

「試合後のインタビューでぇす! この試合でブレイクオーバー一番乗りを飾った我妻稲穂選手より、今回の試合の感想を頂戴しに仕った!」

「雪緒……あんたねぇ」

 稲穂が呆れていると、雪緒は彼女の頬にマイクをごりごり押し付ける。

「さあさあ、こんだけのテレビカメラに囲まれ記者に押しかけられ、派手に一番星を煌めかせた五新星の敗戦コメントいっちょよろしく」

「次はお前が星になれ……!」

 雪緒にヘッドロックを極めて大人しくさせると、稲穂はため息を一つ吹かした後、仕方ないといった様子でコメントする。そんな状態でも、雪緒は懲りずに稲穂の口元にマイクを伸ばしている。

「まあ……油断はしてなかったし、手は抜いてないし、全力でやった。その上で負けたんだから、単なる私の修行不足で、相手が強かっただけ。――ていうか」

 稲穂はマイクを奪って雪緒を放り捨て、ずかずかと羽夜の傍まで歩み寄り、あろうことか彼女の首に腕を回してがっつり引き寄せた。

「誰よ、こいつを最弱の魔女とか呼んだ奴」

 この発言がマイクの音声に乗ると、一気に会場全体が静かになった。

「全くのデマじゃん。こいつを侮った奴、見る目無さ過ぎ。以上」

 ぱっと羽夜から離れ、稲穂は復活した雪緒にマイクを返してさっさと楓太の隣に戻った。この様子から見るに、どうやら羽夜の事を気に入ったらしい。

 自分もそうだ。さっきの試合総評でプレイバックの映像をぼんやり見返していく中で、彼女の強さは一際輝いていた。もしかしたら、戦闘能力だけなら一級魔装士の自分より圧倒的に上かもしれない。

 あんな優しそうな人なのに、それであんなに強いなんて。凄いな、渕上さんは。

「……おお……稲穂ちゃんが羽夜ちゃんを対等に扱ってる」

 素に戻った雪緒が目を丸くしながら呟くと、自分の仕事を思い出したらしく、今度は羽夜にマイクを向けた。

「そんな渕上選手は魔女の王直々に今回MVPを頂戴した訳ですが、この試合の感想は如何ですかね?」

「稲穂選手や渡来選手には遠く及びませんが、自分の仕事は果たせたようで、悪い結果では無かったと思います」

「おやおや、謙虚ですな」

「慢心してたら、その二人には追い付けない気がして……」

「なるほど。そして、同時にMVPを獲得した渡来選手」

 無遠慮にマイクを向けてくる雪緒に多少驚きつつも、吹雪は居住まいを正す。

「この試合では天霧選手を相手に極限的な戦闘を繰り広げましたね。渡来選手から見て、天霧選手はどんなプレイヤーでしたか?」

「……はっきり言って、底が知れないと思いました」

 吹雪は心からの感想を述べる。

「そこまでの力を手に入れるのにどれだけの苦労を伴ったか……それを全身で受けて尚、私では全てを受け切れなかった。正直、悔しいです」

「だったら、次は限界を超えて殺しに来るんだな」

 耀真がぬるっと割り込んでくる。

「俺も自分の限界を引き出したつもりだ。これからも君と戦う時は、いつも全力以上で挑ませてもらう」

 彼のこの言葉の真意を、吹雪は汲み取れずにいた。

 こちらが呆けていると、楓太が後ろから肩を軽く叩いてくる。

「良かったな、渡来さん」

「え?」

「耀真に認められたんだ。誇っていいと思うぜ」

 他の人の言葉なら信じられなかったかもしれないが、楓太がこう言うのだから、きっと本当の事なのだろう。

 楓太は吹雪の背中に手を添え、苦笑する。

「という訳で耀真。これからもウチの渡来さんをよろしく」

「はい……と言いたいところですが」

 耀真は羽夜を自分の前に引っ張り出し、吹雪と向かい合わせる。

「いつも死ぬ気で戦ってたらこっちが疲れる。次はウチの羽夜様をぶつけてやる」

 この時になって、ようやく耀真の本音が聞けた気がした。

 ああ……私は、本当に凄い人に認められたんだ。

「……なんか、ウチの耀真さんが勝手言ってすんません」

 羽夜が目の前でぺこりと頭を下げている姿に、吹雪は本当の意味で緊張を解いた。

「あの……渕上さん」

「なんすか?」

「その……これからも、よろしくお願いします」

「うっす」

 二人のMVPが握手を交わす。彼女とは仲良くなれそうな気がした。

 こうして、【チーム・バルソレイユ】の初めての公式戦にして、吹雪が本気の五新星と初めて対峙した試合が、大歓声の後に幕を閉じたのだった。


【バトルアリーナ/待合スペース】


 試合後。次の試合の準備時間中、吹雪は誰もいない待合いスペースのベンチで一人、項垂れていた。お手洗いに行ってくるとか嘘を言って、本当は少しだけ一人になる時間が欲しかったのだ。数分後には他のチームの試合を観戦する為に、観客席に戻らなければならない。

 あの耀真との一騎打ち。勝てたかもしれないのに、負けてしまった。いや、そもそも彼が本気を出したのは、唯奈を謎の技で討ち取ってからの数分だけ。それだけの実力差がある相手に一人で挑んで勝ちを獲りに行く事自体がおこがましかったのか。

 悔しい。自分の未熟さと、愚かさが。

「渡来さん」

 後ろから楓太が声を掛けてくる。

「そろそろ次の試合が始まるから呼んで来いって、稲穂ちゃんが」

「……すみません。すぐに行くので、先輩は先に戻って下さい」

「それがさ、必ず一緒に戻ってこいとか言われちった」

 言うなり、楓太が隣の席に腰を下ろす。

「やれやれ、何のつもりなんだかね」

「……余計な事を言ってくれますね、稲穂ちゃんは」

「全くだ」

 よりにもよって楓太を送り込む事も無いだろうに。いま自分の顔を絶対に見てほしくない人を寄こすなんて、何の嫌がらせだろう。

「……先輩」

「ん?」

「天霧君って、本当は何者なんですか?」

「そいつは俺にも言えない」

 気になる言い方だった。もしかして、予想以上に彼の身分は特殊なんだろうか。

「だから、すまん」

「……わかりました」

 彼の正体を知って、それなら負けても仕方ないと思えば気が楽なる。そんな気がしたのだが、後になって自分の弱さがはっきり露呈した事に嫌悪感を覚える。

 自分の心は思ったより醜い。それもまた、悔しさの要因だった。

「……先輩」

「ん」

「やっぱり少しだけ、隣に居ていただいてもよろしいですか?」

「ああ」

 別に、隣の彼の肩に頭を乗せてみようとか思わない。そこまであざとくなったつもりもないし、彼には余計に迷惑だろう。

「渡来さん」

 今度は楓太から話しかけてきた。

「そんだけ負けて悔しいって思えるなら、君はもっと強くなる。俺が保障する」

「……はい」

「次は勝とうな」

「はい」


【試合結果】


勝 【チーム・バルソレイユ】得点数:4 通算勝利数:1

負 【チーム・アマツカミ】得点数:3  通算勝利数:15



   ●


【TIPS】


 魔族=高度経済成長期以降、その不可思議な力によって急速に文明の上位に台頭した人間の亜種。特徴はそこらの人間とさして変わらないが、吸血鬼なら牙の一部が少し伸びていたり、エルフなら耳が少し尖っていたり、ドワーフなら身長が低かったりと、その種族由来の特徴は多少残している。

 使える魔法の特徴や性質は個人差が激しいが、魔法の操作技術や大まかな系統などは全ての種族で共通する部分が多く、魔族の受け入れ推進校は主にそういった分野を魔族の生徒に学ばせている。

 魔力を持たない人間と比べて個体数が少なく、未だに数では勝てないので人間という種族に対しては面だった反抗を見せる者は多くない。また、【九天協定】によって定められた【魔族刑法】や人間が生み出した核兵器などの存在により、魔族と人間のパワーバランスは現時点で均衡が保たれている。

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