第2話 チーム・バルソレイユ

【TIPS】


 魔装士まそうし=魔装具を扱う対魔族戦闘のエキスパートの総称。階級が三段階存在し、二級から一級までが民間資格、特級からは国家資格となる。階級によって遂行可能な仕事内容や携行可能な魔装具の殺傷性ランクが異なる。また、魔導事務局に所属する魔装士は階級によって制服の色が異なり、二級は白、一級が灰、特級が黒である。


   ●


 魔導事務局戦闘課のオフィスは、時としてミーティングルームとして利用される。天井には埋め込み式の大型モニターが設置されているので、それさえ起動すれば、ここは簡単に会議室へと早変わりするのだ。

 今日のミーティングに参加しているメンバーは少ない。天霧壮真を筆頭に、正社員の特級魔装士である望月倫太郎もちづきりんたろうと、バイト学生の特級魔装士である耀真と稲穂の二人だ。

「兵庫と福岡に続き、これで三件目……か」

 話の途中で倫太郎が呟く。

「例のグループの進行ルートは極めてランダムです。次が何処か、全く予想出来ない」

「学校が標的なのは間違いない。便宜上、学校潰しとでも名付けようか」

 モニターの下に立つ壮真が腕を組んで唸る。

「見ての通り、ただのテログループなんだが……しかし、相手側の戦力が全く分からないのは困りものだな。監視カメラには何故か映像が残ってないし。望月、お前はどう見る?」

「電子機器を欺くステルス系の魔法は?」

「昨今珍しくは無いが、学校全体のカメラにアクセス可能な魔法は聞いた事が無い」

 テロリスト達の正体がわからなくとも、判明している事はいくつかある。

 まず、一つには彼らのターゲットが学校、もしくはそれに準ずる教育機関に絞られている点だ。そして二つ目は、拘束時間中は学校に常在している筈の一級魔装士の教員達が手も足も出ないくらい強力な魔族がいるという事。他にも色々あるが、大体はこんな感じか。

 稲穂が手を挙げる。

「稲穂ちゃん、どうした?」

「課長。先日、天都学園で起きた魔女の暴走事故について、耀真君が作成した報告書は?」

「当然目を通してあるが、それが何か?」

「福島瑞希が暴走した際、その直前に謎の魔法陣が出現しています。その後の検査では彼女の体内に、微量ながら正体不明の魔力が混入していた痕跡があったそうです」

「誰かが彼女を意図的に暴走させた可能性はある。ただ、その犯人が学校潰しの件と関係があるとは思えんな」

 壮真が顎に手をやって考える。

「仮にあったとしても、鑑識の報告と辻褄が合わない。直近の千葉も含め、潰された学校の破壊痕は全て風属性か炎属性の魔法によるものだと断定されている。科捜班も例の正体不明の魔力と今回の件は関連性が無いという見解を示している」

「その二件の容疑者がお友達同士でも同じだ」

 耀真は手元の資料を斜め読みしながら言った。

「とりあえず、いまは完全な別件として考えておきましょう。そんな事より、問題は全ての教育機関の警備体制をどう強化するかって事です」

「耀真と稲穂ちゃんを出張させる訳にもいかんしな。そもそも天都学園の生徒だし」

「問題はそれだけではありません。そもそも、狙われる学校の共通点を絞らないといけない。海外に散った連中を一時帰国させて警備体制を増強させるにしても、それがいつまでも続けられる訳じゃない。ある程度は決め打ちで対処する必要がある」

「そう言われるだろうと思って、既に警察には調べておくように言っておいた。俺とも付き合いの長い刑事に頼んだから、情報はすぐ集まってくれるだろう」

 壮真の手回しの速さは、楓太のそれを思わせるものがある。楓太が仕事のスタイルを最初に学んだ相手が壮真だというのだから、当然と言えば当然か。

「だから、耀真と稲穂ちゃんにはお願いがある。まず、この件はまだ学校側には黙っておいてもらいたい。比良坂先生にもだ。現段階では、あまりにも不確定要素が多すぎる。それから、二人の武装についてなんだが……」

 壮真は稲穂の腰に提げられた長剣を見遣る。

「稲穂ちゃんは魔装具を新調したんだな。何処のモデルだ?」

「ウチのチームの魔装技師が作ったオーダーメイド品です」

「木枯唯奈さんか。羨ましい限りだ。彼女のオーダーメイドは世界的にも評価が高い」

 今年度の【チーム・アマツカミ】は稲穂を始めとして、世間の大人達ですら尻尾を巻いて逃げる程に各分野に精通した有能な精鋭の集まりでもある。中にプロのエンジニアがいても不思議ではない。

「問題は耀真だ。お前の新しい銃の完成には少し時間が掛かる」

「たしか特級魔装士は全員、装備の新調を急げって指示が出てましたね」

 耀真が護身用に携行している魔装具は、メインで使う自動拳銃と各種魔法弾のマガジン(所持数の七割が【ブランクバレット】)、弾切れの際に使う魔法電子ナイフが一振りと、【シールドスフィア】と呼ばれる緊急防御用の使い捨て防壁の球体が五つ。別途免許が必要な自動拳銃以外は、全て二級魔装士が基本的に持ち歩いているものである。

 これにはさすがの壮真も苦言を呈した。

「特にお前は普段の装備が貧弱過ぎる。少しは気合を入れてみたらどうなんだ」

「俺はいつでも本気ですよ」

「どの口が言ってるんだ」

 壮真がうんざりした様子で、掌で額を覆う。

「とにかく、装備の見直しは早めに頼む。後日また進捗を聞くからな」

「ほーい。んじゃ、俺達は巡回に出てますわ」

「失礼します」

 今日は耀真と稲穂が組んで巡回に当たる。二人は呆れ顔の壮真にそれぞれ適当に挨拶して、戦闘課のオフィスから呑気に退出する。

 局内の廊下を歩く中で、稲穂が横目で睨んできた。

「とうとう課長にも日頃の手抜きがバレてきたね」

「装備が何だってんだ。仕事はちゃんとやってるっつーの」

「それだけじゃなくて、戦闘任務もだよ。福島さんが暴走した時だって、学園長が来るの分かってたから、わざと攻撃しなかったんでしょ?」

「買い被り過ぎだ。俺はそこまで器用じゃない」

「あの『眼』さえ使えば、もっと簡単に済んだと思うけど?」

「…………」

「まあ、いいわ。とにかく、今度からはマジで頼むわ、色々」

 福島暴走の件でも、耀真がもっと早く彼女を仕留めていれば、当時避難誘導に当たっていた稲穂の仕事が増えなくて良かった――とは、楓太の談だ。稲穂なりに、少しは怒っていたのだろう。悪いことをしたとは思う。

 一回だけ「ごめん」と謝って、魔導事務局の正面口を出る。

「で? 新しい銃は何処に依頼したの?」

 稲穂がつまらなさそうな顔で訊ねてくる。

入道にゅうどうメタルだ。重くて構わないから出来るだけ頑丈で、俺がいつも使ってるモデルの弾倉が挿せるようにっていうオーダーを出しておいた。射撃精度は自分で何とかする範囲だし、実弾が使える銃ならぶっちゃけ何でもいい」

「魔導事務局で好んで実弾使う物好きなんて、アンタと課長くらいのもんよね」

「そもそも銃は課長から教わったんだ。趣味なんてのはそんなモンだろ」

 適当に仕事の話をしながら、表参道の街を練り歩く。

この渋谷などという俗っぽい居住地では、痴情の縺れからなる魔族の暴力犯罪が横行している。例えば、痴話喧嘩の仲裁に入った途端、男の方が逃げる為に相手の女性を人質に取るケースも少なくない。そこから薬物所持などの犯罪に繋がるケースも多い為、警察との連携がより複雑になり、バイト学生の魔装士の手に余る事態に発展する事も日常茶飯事だ。おかげで張りのある仕事に恵まれないのが、魔導事務局東京本部・刑事部戦闘課の精神的に辛いところである。いっそ大阪みたいに、ただ酒の勢いで暴れているだけの魔族を力づくでしょっぴいた方がスカっとして面白みがある。

「ねぇ、耀真君。あれって渕上さんじゃない?」

「本当だ。何してんだ、アイツ?」

 耀真達から少し離れたところで、【エアブレード】の訓練時に着ていたものと同じスポーツウェアを身に着けた羽夜が、とくに何の迷いもなくとある建物の一角に消えていった。

 ここら辺の巡回が通常業務の耀真でも、あまり目に留まらない建物だ。

「こんな時間に何を……」

「とりあえず行ってみない? 万が一にも非行に走られたら面倒でしょ?」

「羽夜が乱交パーティーか? 寒いぜ」

 ややアメリカンなジョークを吐いて稲穂を不機嫌にしてから、ごくリラックスした所作で建物の扉を開ける。

 中は明るくて、むしろ清潔感のある空間だった。

「何だ、ここ」

「スポーツジム?」

 稲穂がそう言い表したのは、扉を開いてすぐに見えた受付の後ろの壁に、スポーツシューズやユニフォームの貸し出しサンプルが展示してあったからだろう。中には有名なスポーツ選手のサイン色紙なんかも飾ってある。

 耀真は早速、受付のお姉さんに声を掛けた。

「突然すみません。魔導事務局の者です」

「あ……はいっ」

 お姉さんがやや緊張気味で応じる。

「特級魔装士の方ですね。どのようなご用件でしょうか?」

 彼女が恐縮しているのは、耀真と稲穂が着ている黒いジャケットが原因だ。魔装士は階級毎に制服となるジャケットの色が区分けされており、白が二級、灰色が一級、黒が特級の証なのだ。

 特に黒の制服を着た魔装士が何らかの店に現れるだけで、ほとんど威力業務妨害に等しいくらい店の人に驚かれる。魔族専門の警察の立場も、時には困ったものだ。

「いま、僕達と同じくらいの年の子がそちらに入られたようなのですが」

「は……はあ。彼女が何か?」

「いえ。一応、時間が時間なので、少し気になりまして。お気を悪くされたようなら申し訳ありません」

「滅相もございません。しかし、いま魔装士の方をお通しすると、そのお客様が何と申されるか……」

「少し様子を見に来ただけです。見学させていただいても?」

「かしこまりました」

 お姉さんが受付から出て、近くにいた同僚らしき男性に代わりの番を引き継ぎ、若干腰引け気味に耀真の先頭に立つ。

 その折に、稲穂が訊ねる。

「そもそもここって、何のジムなんですか?」

「ここはパルクールのトレーニングジムです。フリーランニングに必要な動作を、安全が保障された器具を使って習得、又は確認する為の施設です」

「珍しい業態ですね。あまり数も多くはなさそうです」

「その通りです。そもそも、競技の危険性もあって、トレイサー人口もあまり多くは無いので。ただ、希少価値が高いだけあって、それなりに人は来るんです」

 廊下を歩き、奥の扉を開ける。早速、羽夜の姿を見つけた。

 ジャングルジムをよりスポーツ競技のステージとして特化させたような器具や足場が充実したこの部屋において、汗を微かに散らせて舞う羽夜の動きは、水上から飛び上がったイルカのような美しさを彷彿とさせた。

 間の空いた土台を繋ぐバーの上から、一回転して前方のバーに飛び移り、側転しながら柔らかいマットに肩から落ち、衝撃を和らげるように転がる。

 淀みなく、綺麗な動きだった。

「あれはPKロールですね。パルクールの基本中の基本です。パルクールとは、いかにカッコよく飛ぶかというより、いかに上手く落ちるかが重要視されます」

「まあ、怪我したら元も子も無いっすからね」

 【エアスラッシュ】の訓練中でも、羽夜は体への負担を最低限に抑える体術を何度も披露していた。どの魔装士でも、彼女以上にダメージコントロールに長けた者はいないだろう。

 などと感心していると、羽夜の傍にもう一人、また同い年くらいの女の子が寄る。彼女は羽夜と違い、四六時中笑っていそうな面持ちの明るい子だった。

 ふと、談笑中の羽夜と、見学中の耀真の視線がかち合う。

「耀真さん!?」

「よう。お疲れさん」

 驚いた羽夜が耀真の前に駆け寄る。

「こんな所で何してんの?」

「お前こそ、こんな時間に何やってんの」

「私は夕飯後の腹ごなしでトレーニングに来てただけ。耀真さんは?」

「仕事だ。パトロールの真っ最中でな」

「羽夜ちゃんのお知り合い?」

 受付のお姉さんがきょとんとして訊くと、羽夜がやや目を伏せがちにして答える。

「は……はい。一応、同じウィッチバトルのチームメイトでして……」

「ウィッチバトル? マジで?」

 さっき羽夜と話していた女の子が割り込んできた。

「ハヤっち、ロクな魔法も使えないのに?」

「うるさいなぁ。いいじゃん、別に」

「なんだよぅ。てっきり特級魔装士の彼氏でも引っ掛けたかと思ったじゃーん」

「ち・が・う」

 羽夜が苦い顔をする。そういえば、羽夜には中学時代から付き合いのあるパルクール仲間がいたという話だが、彼女がそのお友達なのだろうか。

 そのお友達と思しき女の子が、耀真に向けて苦笑気味に言った。

「まあ、あんまり愛想の無い奴だけどさ、一つよろしく頼むわ」

「任せろ。面倒見が良いと評判の耀真さんが責任を持ってお預かりしよう」

「このバカ二人。私を子供扱いするな」

 羽夜があからさまにふくれている。普段は温和な羽夜にも、こういう一面があったのか。

「耀真君、そろそろ」

 稲穂が壁の時計に目を向ける。そろそろお暇しないと、定時までに巡回が終わらない。

「おっとそうだった。んじゃ、あまり遅くならないようにしてくれ。最近は物騒だからな」

「うん。わかってる」

「邪魔して悪かったわね。そんじゃ」

 稲穂が羽夜達や受付のお姉さんにも律義に頭を下げると、耀真も彼女に倣って踵を返して歩き出す。

 ジムから出ると、稲穂が真面目な顔で呟く。

「渕上さんの優れた身体能力は、ああやって鍛えられてる訳だ。たしかに、渕上家の秘伝体術と組み合わせたらヤバい戦闘能力になる。耀真君は最初からそれを知ってたんだね」

「最初はそのつもりだったさ。ただ……」

 羽夜が【エアスラッシュ】を体得した時点で、耀真は大きな違和感を覚えていた。

 もしかすると、彼女は俺達と同じ側に立つ存在なのかもしれない――と。

「ひょっとするとあいつは、俺達の想像を超える奴なのかもな」

「は?」

「それより、ほれ」

 耀真はいま歩いている歩道の対岸の車線を見遣る。

「あっちが騒がしいな。行くか」

「うん」

 今日は魔族の非行少年をしょっぴいた以外は、特に何の変哲も無い一日だった。


   ●


 翌日。特にバイトの疲れが残っていないのが幸いして、今日の耀真は少し機嫌が良かった。

「さーて、今日から本格的にメンバー集めだ」

「そういえば、まだその話を聞いてなかったね」

 別クラスの教室から呼び出した羽夜が隣にいるせいか、周りの生徒達の視線がやたら痛い。いまや彼女は前回の試合でかなりの有名人に格上げとなったが、まさか自分まで「渕上羽夜をたらしこんだ種馬野郎」という地位に収まるとは思わなかった。

「どういう人達を誘い込むつもりなの?」

「まずはエンジニアだ」

「エンジニア?」

「魔装具の制作や調整を受け持つポジションだ。ウチにも技工科があるだろ。その中に一人、目当てにしているプロの魔装技師がいる」

 特級魔装士同様、魔装技師も魔導事務局公認の国家資格だ。天都学園の技工科を卒業すれば、魔装技師の資格を取得出来る。だが、入学以前から魔装技師の資格を持っている者も少数ながら存在する。

 そういった連中は必然的に、ウィッチバトルのチームでも引っ張りだこの逸材だ。

「俺の新しい銃の制作にも関わってるから、一応は顔馴染みだ」

「まだその人にはチーム勧誘の話はしてないの?」

「ああ。同じ学校に通うって判明した時点で、丁寧に口説き落とせば済むと思ってな」

「そう都合良くいきますかね」

 羽夜の懸念も尤もだ。自分達が悠長に構えている間に、その魔装技師が他のチームに獲得されている可能性は十分にある。

 まあ、普通の腕利きなら、という話だが。

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 突如として廊下に響き渡る野太い男の悲鳴と共に、廊下の突き当りの角から爆発音と黒煙が躍り出てきた。

 羽夜が驚いて身を縮こませる。

「なっ……なにっ!?」

「この声は……」

 何やら嫌な予感がして、耀真は早足で角を折れて、様子を伺った。

 意味が分からない状況だった。耀真の足元近くで尻もちをつく大柄なオールバックの男子生徒が、魔装具の剣を突き出す稲穂の前で震えているのだ。

「稲穂ちゃん? 何してんの?」

「あ? ああ、耀真君。ごめん。いまコイツを始末するから、ちょっと待って」

「奇遇だな。俺もそこのデカブツに用があるんだよ」

 耀真が足元からこちらを不可解な顔で見上げる男を冷たい視線で刺す。

「入道。お前、何をやって稲穂ちゃんを怒らせたの?」

「あ……天霧じゃねぇか。丁度良かった、助けてくれ!」

「聞く耳持たなくていいよ。コイツのやった事は立派な犯罪行為だし」

 稲穂が自分の足元で黒焦げになっている何らかの塊に視線を落とす。かろうじて薄い板みたいなパーツが十字状の形を保っていたので、ラジコンヘリみたいな物体である事は朧気ながら判別はついた。

「ホーネットシステムが搭載された自動遠隔操縦カメラを四基も搭載した監視ドローン。私はこれを校内で飛ばして並み居る女子のスカートの中身を盗撮しようとしたバカを、いまここで粛清しようとしてるだけ」

「ウチで採用された新型ドローンと全く同じじゃん。もしかして自作か?」

「そうみたいね。全く……どうして男って考える事がこうも一緒なのかね」

「さ……さあ」

 耀真があからさまに目を背ける。

「そんな事よりさ。ドローンを丸焼きにするのはちょっとマズかったんじゃね?」

「は? 盗撮の現行犯よ?」

「それもそうだが、証拠ごと焼き払ったのは如何なものかと」

「……あ」

 どうやら怒りに駆られて冷静な判断がおぼつかなかったらしい。素の稲穂らしいと言えば稲穂らしいが、特級魔装士の稲穂としては全然らしくない。

「だから今回はこんぐらいにしとけって」

「……まあ、そうね」

 稲穂が丸焦げのドローンを拾い上げ、耀真に投げ渡してきた。

「じゃ、後は耀真君に任せるわ。焦げ跡の掃除はこっちでやるから、ドローンのガラクタはアンタが処理しといて」

「あいよ」

 稲穂が掃除用具を取りに一旦踵を返して、耀真達の前から立ち去った。

 脅威が去ったと悟るや、入道なる男が大げさにため息をつく。

「ふうぅううううううううう……助かったぜ」

「おい。何気ィ抜いてんだ? まだ終わってねぇぞ?」

「は?」

 入道は尻もちをついたまま、一八〇度回頭して耀真を見上げた。

「何だよ。まだ何かあんの? つーか、俺のドローン返せ」

「このドローン、たしかにもう操縦は出来ないだろうが、内臓されたカメラの撮影画像を保存しているメモリはどうなんだろうな」

「いや、あんな威力の魔法を喰らってソイツが無事で済む訳が……」

「いまから魔導事務局で調べてもいい」

 耀真の一言に、入道が目を剥いて固まった。

「ウチと同じ仕組みのドローンなら、コアユニットはかなり頑丈な汎用術式の魔力防壁が仕込まれてる筈だよな。さてはお前、俺が校内で適当に粗大ゴミで捨てた後、こっそり回収するつもりだったな?」

「な……何の話だ?」

「稲穂ちゃんにはああ言ったが、最初からお前が考えそうな事は想像がつく」

 耀真は銃を抜いて、入道の額に銃口を突きつけた。

「さて。お前には二つの選択肢がある。一つは全てを穏便に済ませて俺のチームに入る事。もう一つは俺がこのドローンを科捜班に回して、後日お前が逮捕されるかだ」

「何だそれ!? ただの脅迫じゃねぇか!」

「おいおい。助けてくれた人にそれは無いんじゃないの? それより、決断は早い方がいいぜ。そろそろ稲穂ちゃんが掃除の為に戻ってくる。お前の死体も掃除されなきゃいいな」

「う……」

 この場で耀真が取り押さえるより、稲穂の魔法を喰らう方が死亡率は高い。

 さあ。自己保身が大事なら、取れる選択肢は一つだけだ。

「分かった。それで助かるんならそうする」

「よろしい」

「でも、お前分かってんのか? 俺は仮にも入道メタルの魔装技師だぞ。そっちの仕事もあるから、あまりウィッチバトルには関われない」

「それなら心配は要らない。俺に考えがある」

 やや悪人面をする耀真が、顎をくいっと上げる。

「とりあえず、立て。早くずらかるぞ」

「お……おう」

 やや釈然としない様子ながらも、入道は耀真に従った。

「ねぇねぇ、耀真さん」

 さっきまでずっと成り行きを見守っていた羽夜が耀真の肩を指先でつつく。

「この人、本当に大丈夫なの?」

「腕は確かだよ。中身は尊敬すべきバカだけどな」

「どゆ事?」

「こいつは全ての女子から嫌われる変態魔装技師だ。前に女子の服が透けて見えるゴーグルとかいうスーパーアイテムを作った前科もある。あれは凄かったな」

「耀真さん? まさか、使った事があるとは言わないよね?」

「さーて、俺達も早く消えるぞ」

「おいコラ。質問に答えろ。こっち見ろオイ」

 羽夜からの不審を買いつつ、三人はすぐに退散した。


   ●


 魔装技師・入道政彦にゅうどうまさひこ。魔装具作りにおいては天才的なエンジニアであり、魔導事務局所属ではないが一級魔装士の資格も持っているバイプレイヤー。選手としての活躍も見込める逸材だが、如何せん性格――というか性癖がおかしい。エロに懸ける情熱は普段の仕事以上らしく、前述のゴーグルは現時点では自身の最高傑作だという話だ。

 他にも女子のスリーサイズは一目見ただけで細かい数字も込みで判別可能だったり、女子の生理周期をその時の対象の様子だけで見抜いたりと、もはや人間どころか魔族ですらドン引きする能力をいくつにも渡って保有している。

 もしかしたら、彼は新種の魔族かもしれない。

「安心しろ、渕上。お前には手を出さん」

 政彦が清々しいまでに大きく首を縦に振る。

「お前に何かすると、渕上家から去勢されそうだしな」

「は……はあ」

 持つべきものは権力者だ。壮真によると、羽夜の実母である渕上麻夜を怒らせて、無事で済んだ者は魔族の王ですらいないのだとか。

 食堂の一角で集まる耀真達三人は、とりあえずお互いの自己紹介と洒落込んでいた。これから長い付き合いになるだろうし、こういったレクリエーションは大切だ。

 話が一通り終わり、耀真が満足げに頷く。

「さて。次は索敵系魔族と攻撃魔法が使える魔族だな」

「渕上の最大攻撃力は短射程の蹴り技だしな」

 政彦が言った通り、羽夜に攻撃魔法の威力は期待できない。そもそも攻撃魔法すら使えないし、臨界性魔力は一部を除いて魔装具で強化が出来ない代物だし。

 羽夜が質問する。

「攻撃の方はともかくとして、索敵系についてはどうするの?」

「一人、中々香ばしい逸材の噂を聞いた。そいつを仲間に引き入れる」

 耀真が目線を移した先は、窓際の席で一人、学食のチョコレートパフェに舌鼓を打っている女子生徒の存在だった。

笠井雨音かさいあまね。今年入学した索敵科の魔女だ。あいつの魔法は結構使えるらしい」

「そっちも問題児とか言わないよね?」

「あれ? 何で分かったの?」

 どうやら耀真が人を誘う傾向を少し理解したようで、羽夜が若干げんなりした面持ちで文句を言ってきた。

「あの……耀真さん。まさかとは思うけど、私も問題児とか思ってないよね?」

「安心しなさい。羽夜さんはまともです」

 嘘だけど。羽夜も羽夜で、意外とアホの子の素質はあるのだ。

「ならいいけど……じゃあ、その笠井って人は何が問題なの?」

「見れば分かる」

 丁度、彼女の傍に見覚えのある男子生徒が現れた。

清水小太郎。【チーム・ラッシュスター】のリーダーだ。

「清水君だ」

「やめておけばいいものを」

 耀真がため息をつくと、問題の笠井雨音なる女子生徒はあからさまに顔をしかめ、蠅を払うように手を振って小太郎を追い返そうとしていた。

 その過程で、こんな会話が聞こえてくる。

「……いや、話だけでも」

「うっさい。どんな理由にしても、私をチームに入れたきゃ金払え。あんたにいますぐ用意出来る? 一括で十万! 分割は無しで!」

「十万!? どんなぼったくりっすか!?」

「ちなみに一試合毎に参加料五万で」

「それって一か月の試合数で計算すると、軽く社会人の平均月収超えてますよね? ウチの課長ですらそんなに貰ってませんよ!?」

 小太郎よ。悲しい事を言うな。つーか天霧家の財政事情を暴露するのやめろ。

「とにかく、金が絡まないチーム競技なんてまっぴら御免だから」

「……分かりました。また出直します」

「二度と来るな」

 容赦ない拒否反応を示されて、意気消沈気味で小太郎が去っていく。特に小太郎自身の態度が悪い訳でもないのに、それでも駄目とは。

「まあ、こういう訳だ」

 耀真が手元のオレンジジュースのパックをストローで吸い始める。

「奴は極めて強力な索敵系魔女だが、勧誘しにやって来る奴ら全員に高い金を要求する。中にはチームなんていいから一発ヤらせろって言われて、百万出したら考えるとか堂々と言い切った事もあるらしい」

「地獄の沙汰もって奴ですね」

 羽夜が苦そうな顔をする。

「まあ、見た目も可愛いから、それで寄って来る人もいるんでしょう。童顔で胸が大きいとなれば尚更」

「奴はEカップだ」

 全く求めてない情報が政彦の口から飛び出してくる。

「いま、俺の眼には全ての女子のスリーサイズが表示されている」

「ていっ」

「ごっ!?」

 意識の隙間を掻い潜る耀真の手刀が政彦の額を打つと、何やら彼の目から赤くて薄い何かが二つも飛び出してきた。

「何すんだ、テメェ!?」

「お前も懲りねぇなあ」

 政彦の目からテーブルの上に落ちたのは、赤いカラコンらしき物体だった。

「しかし、恐れいったぜ。まさか、カラコンに数値解析の汎用術式を組み込むとは。普通に世紀の大発明じゃん」

「何故バレた?」

「俺の前で隠蔽が通用すると思うなよ」

 どうしてこの男は息を吸うように性犯罪を繰り返すのか。その技術と情熱を、もっと世間の為に有効活用すればいいのに。

 ……あ。羽夜のカップ数だけでも聞いておくんだった。

「さて。次は俺の番だな」

 小太郎が消えたのを見送り、耀真はすぐに立ち上がった。

 雨音はさっきから窓の外を見ながらずっとパフェを食べている。索敵系魔族は自身の魔法から送られてくる情報を即座に処理する為に、脳の疲労の回復に寄与するブドウ糖の摂取が常人の一・五倍は必要とされている。彼女も例には漏れない。

 耀真が手を振りながら、可能な限り明るく務めて雨音に接近する。

「ヘイ、そこのプリティーガール! 俺とちょっとお話しなーい?」

「死ね」

「何で!?」

 コミュ力おばけ陽キャ作戦大失敗。やっぱ陽キャは色々ダメだわ。

「初対面の相手にいきなり何を言い出すんだね」

「初対面の相手にいきなりそんな事を言われたら悪寒が走るわ」

「そんなツレない事言うなよぉ。ちょっとお話するくらいでさぁ」

「どうせチームへの勧誘でしょ? ……ていうか」

 雨音は耀真を睨んでから、次に視界の遠くにいた羽夜と政彦を見る。

「アンタ達と同じチームに入るとか、いくら金を積まれてもお断りなんですけど」

「酷くない? そこまで言う?」

「天霧君。アンタ、自分達がどんな評価を受けてるか知らないの?」

 雨音がスプーンの先を耀真に向ける。

「最低最弱の五新星に、チームを裏切って暴走した最弱の魔女。挙句の果てに天都学園屈指のド変態。そんな奴らが束になって生まれたチームに、誰が入りたいと思うワケ?」

「否定はしないが、腕は確かな連中ばっかりだぞ? 君もその一人だ」

「だったら私は索敵系魔法のプロって事? じゃあ、人違いだから」

 一気にパフェの中身を平らげると、グラスをテーブルに置いたまま、彼女はさっさと耀真に背を向けて歩き出した。

「あたしに不愉快な気分をさせた罰ね。そのグラス、片付けといて」

 こうして、笠井雨音は食堂から去っていった。

 耀真は唖然として彼女を見送り、しばらくしてパフェのグラスを見下ろす。

「……間接キスって料金どんぐらいかな」

「耀真さん、アウトぉおおおおおっ!」

 羽夜から放たれた上履きが耀真の側頭部にヒットする。中々痛い。

「自分をあんな風に罵倒した子に対して何を始める気だったの? 耀真さんはあれですか。ドMなんですか?」

「おっと、羽夜さん。間違えるなよ? 俺はドSだ」

「なーんだ。良かった。性癖被ったらどうしようかと思った」

「ん?」

 この女、いま何て言った?

「それより、どうすんの?」

 羽夜がいまの衝撃発言を無かったかのように話を進める。

「あまり笠井さんに執着してもしょうがない気がするんだけど」

「同感だな。だったら、攻撃系の魔族を一人か二人は捕まえよう。そっちの方が集めやすそうだし現実的だ」

「了解。ところで、上履き返して」

「はいはい」

 攻撃の仕返しに上履きの匂いを目の前で嗅いでやろうかと一瞬思ったが、次は本当に回し蹴りで首を刈られそうだったので止めておいた。


   ●


 放課後に部活動等で活気付いた校舎の廊下を羽夜と歩く。先程と同様に悪目立ちしているような気がするものの、もういっそ気にしない事にする。

「ところでドMの羽夜さん。何故、ウチでは文科系の部活が盛んだと思う?」

「それはスポーツ系の部活が一切無いからですな、ドSの耀真さん」

「その通り。【九天協定】によって、魔族はいまや人間のスポーツには参加出来ない。魔法による反則級のプレーが可能になってしまうからな。だから魔族の受け入れに力を入れる学校は、代償としてスポーツ系の部活の創立を禁止せざるを得なくなった。代わりにウィッチバトルという競技が、この学校ではスポーツ系の部活の代わりになっている」

「それとメンバー集めはどう関係があるの?」

「人には向き不向きがあって、中には下手の横好きでスポーツに才能のある魔族が美術部に入っているという例もある。俺がターゲットにしているのは、そういう連中だ」

 魔族の受け入れは、魔導犯罪の観点から難色を示す高校や大学が多い。だから世の未成年魔族は、天都学園みたいな魔族の受け入れを前提とした学校に入らざるを得ないケースが多い。例え、学校の環境が入学する当人にとって不向きであろうとも。

「現にドMの羽夜さんも自分に合わないチームにとりあえず入ったくらいだ。同じように、とりあえず入った部活の環境に不満を持ってる奴も、探せばいるだろ」

「つまりはNTR作戦ですな」

「いや、それは違うと思う」

 最近、羽夜の口から際どいワードが飛び出す機会が増えたような気がする。自分の前だから咎めはしないが、他の連中の前でそれやってないだろうな? 大丈夫なんだよな?

「さて。最初は演劇部からだ」

 まず足を運んだのは、演劇部の練習場である多目的ホールだ。近くにいた顧問の先生から聞いたところによると、いまは発声練習の真っ最中らしい。

「……いまさらだけど、何か邪魔しちゃ悪い気がするな」

「耀真さんは良心の塊ですか」

「そうだよ。でも、ここは心を鬼にして……」

 既にメンバー候補のリストアップを済ませた中で、有用な魔法が使えると思しき部員を一人だけ見つけた。

 何やら一人だけ、鉄人ほにゃらら号みたいなハリボテを身に纏った変な奴だ。

「すんません、そこの鉄人さーん」

「フライングキィイイイイイイイック!」

「何で!?」

 いきなり跳び蹴りを喰らった。意味が分からない。

「おっと。悪を許さない正義の心が、突発的に暴走してしまったようだ」

「いまはお前が悪の権化だ。捕まえてやる」

「まあまあ」

 正当な怒りを抱いた耀真を宥め、代わりに羽夜が交渉役を買って出た。

「私達はいま、ウィッチバトルチームのメンバースカウトツアーを敢行しておりまして」

「悪いが断る。俺には宇宙魔王を倒すという使命がある」

「いまここでスペースデブリにしてやろうか……!」

 耀真が銃を抜こうとするが、羽夜に羽交い絞めにされてしまう。もうこれでは交渉もへったくれもない。

 暴れる耀真を押さえながら、羽夜がぺこりと頭を下げる。

「それは失礼しました。では、私達はここで」

「うむ。あ、そうだ」

 どうやら素に戻ったらしく、男子生徒は鉄人のハリボテを脱ぎ、そのまま耀真達の前に差し出した。

「これ、いらないからあげるわ」

「こっちこそいらねぇよ! 宇宙魔王倒してからにしてくんない!?」

「いやー、前の劇で使った小道具の処分方法に困っててさー」

「聞けよ、オイ!」

 何だろう、この男。さっきから会話になってない。ていうか、何の劇のどういったシーンでそんなふざけたハリボテを使ったのやら。

「とにかく、俺は演劇に人生を懸けると決めたんで。んじゃ、そっちも頑張ってねー」

「殺す……お前いつか絶対に殺す!」

 初対面で人を蹴り飛ばした挙句ゴミ処理を押し付けたこの男を、耀真はいつか絶対に始末してやると心に誓ったのであった。



「まさかここまで不愉快な気分にさせられるとは……!」

 多目的ホールを去り、耀真は怒り心頭の状態のまま、羽夜を連れて次の目的地に向かっていた。最初がこれでは、何となく後が思いやられる。

「ねぇねぇ耀真さん」

「何だ?」

「これ、思ったより動き辛い」

 さっき押し付けられたゴミ――もとい鉄人のハリボテは、羽夜の所有物となっていた。このまま自分の手でゴミ捨て場に運んでいくのがあまりにも癪だったので、何となく羽夜に着せてみたのだ。

 顔だけ美少女で、首から下が丸々鉄人の羽夜は、何だか見ていて妙に面白い。

「次は家庭科室だ。料理部に高火力の魔法が使える魔女がいる」

「ついでに料理も味見させてもらおう」

「大賛成」

 というか、もはや料理の味見が主目的だ。

 目的地につくなり、その魔女に早速スカウトの交渉を仕掛けるも――

「これあげるから、今回のところは勘弁ね」

「「イタダキマース」」

 二人して出来立てのプリンを堪能するや、礼を言ってすぐに退散する。

「美味しかったですな」

「うん」

 ご満悦なバカ二人。これでさっきの怒りは大分収まった気がする。

「次は手芸部! エルフ族の女子生徒!」

 数分後、さっきの料理部の魔女や演劇部のクソ野郎と同じく、何故かパーティーグッズのヒゲ眼鏡を貰った上であしらわれてしまった。

 仕方ないので、ヒゲ眼鏡を羽夜に装備させつつ、今度は文芸部へ。

 当然と言うべきか、明らかに変態性満載の格好をしていた羽夜を見られた瞬間、部室から閉め出されてしまった。

 続いて美術部。何故か羽夜がデッサンのモデルを頼まれ、そこそこ長時間拘束された挙句にやんわりと追い出されてしまった。完成した鉛筆デッサンは、鉄人ボディでヒゲ眼鏡の羽夜が見事なまでのドヤ顔を披露するというアホの子全開な構図となっていた。

 ここで懲りずに、写真部へ直行。今度は部室にさえ入れさせてもらえなかった。こちらも羽夜の姿を見た瞬間、ぴしゃりと部室の扉を閉められてしまったのだ。

 そして、最後は生徒会室へ出動する。

「アンタはアホか」

 応対した稲穂が思いっきり苦い顔をする。

「ライバルチームからエースをヘッドハンティングするリーダーなんて前代未聞だわ。ていうか、渕上さんのその恰好は何? まさかそれで校内をうろついてたの? 揃いも揃ってバカなの? 死ぬの?」

 辛辣な物言いだが、全て正論なのでぐぅの音も出ない。

 耀真が後頭部を掻きながら、稲穂から目を逸らして言った。

「いやぁ、稲穂ちゃんなら勢いでどうにかなるかなーとか思っちゃって」

「絶対嘘。どうせ、メンバー探しのついでに偵察でもしに来たんでしょ?」

「付き合いが長いのも考え物ですな」

 見渡してみると、生徒会室には稲穂以外の生徒会の面子が一人もいない。稲穂はどうやら一人で生徒会日誌を書いてる真っ最中だったらしく、他の連中も大体は別の仕事で出払っているのだとか。楓太に至っては、今日は戦闘課のシフトが入っている。

「よし。今日は稲穂ちゃんの仕事ぶりを観察して終わりにしよう」

「帰れ」

「はい」

 さすがにこれ以上の邪魔はこちらの命に関わるか。耀真と羽夜は仕方なく、生徒会室を後にした。



「「何の成果も得られませんでした」」

「いや、そっちじゃねぇだろぉ!?」

 食堂に帰ってくるなり、別の作業をお願いしていた政彦の前でスカウトツアーの報告をしたのだが、彼からは全く異なるアプローチのツッコミが飛んできた。

「お前らがやってたのは本当にスカウトか? 明らかに渕上をリカちゃん人形みたいにコスプレさせて遊んでただけだろ!?」

「ちなみに一枚貰って来た。よく描けてるだろ?」

「いらねぇよ!」

 耀真がさっき美術部から貰ってきたロボっ子羽夜さんのデッサン画を広げて見せると、政彦は思いっきり両手で顔面を覆って机の上で突っ伏した。

「何故だ……俺、なんでこんなチームに入っちまったんだ……」

「失敬な。まるで俺達がただのバカみたいじゃないか」

「正真正銘、本物のバカなんだよお前たちは!」

「ピーピー喚くな、放送規制音じゃあるまいし。で? 例の手配は?」

「ああ、それな」

 げっそりしている政彦が、手元のノートパソコンを見ながら言う。

「在庫検索したら、一つだけ戦闘用の【エアブレード】があった。といっても、ちょっと前に試作機で一個だけ作られて、それ以来はずっとウチの倉庫で眠ったままだ。正直、ウチの社長がそろそろ処分しようかと検討してる真っ最中だ」

 いま見てもらっているのは、入道メタルの各種廃盤品の在庫状況がそのまま表示されている特殊なアプリの画面だ。これの中に、羽夜に使わせて丁度良さそうな物を色々調べてもらっていたのだ。

 耀真がパソコンの画面を覗き見る。

「機種名は【ヴェローチェ】。イタリア語で閃光って意味だったかな。エッジはストレートで固定。【エアスラッシュ】を前提とした戦闘用で、既存品と比べて強度や推力は三倍以上……これって本当に使える奴がいると思って作ったの?」

「だから試作機なんだよ。一応、作った段階で魔導事務局から認可を受けてるから、いまでも普通に公式試合で使用可能だ。ぶっちゃけ、タダでいいから貰って欲しいわ」

「そっか。じゃ、ちょーだい」

「マジ?」

 政彦の顔が改めて真っ青になる。

「欲しいならくれてやるが……本当に大丈夫か?」

「実質、羽夜専用機みたいなもんだろ。むしろ運命的だな」

 これで羽夜に本格的な専用魔装具を装備させる算段がついた。これから入るメンバーにも、何か高性能なワンオフ機を与えてやれたら良いのだが。

「とにかく、今日のところはもう引き上げるぞ。メンバー募集の新しい方策は、また明日考える事にしよう」

「そうだな。俺も疲れたし」

 パソコンを閉じ、政彦が伸びをする。

「私は先にこのガラクタを処理しておくね」

 どうやら鉄人スタイルのままゴミの収集所に向かうつもりらしく、羽夜が我先にと歩き出した。意外とあの恰好が気に入っているご様子だ。

 内心でメンバー集めの絶不調を引きずっていた耀真は、ふと足を止めた。

 食堂の出入り口近くの壁に背を預けて腕を組み、ふっふっふと目を瞑ってニヒルに笑っている変な女子生徒を見かけたからだ。

「どうやら、お困りのご様子だな」

 女子生徒は目を開き、まるで満を持して、みたいな感じを全開にして言った。

「先程から君達の行動は見させてもらった。もし君達がチームメンバーの募集に苦戦しているというのなら、この私、汐見彩姫しおみさいきが力を貸してやろう」

「うーし、てめぇら。帰るぞー」

 完全に無視して、三人は彩姫なる女子の目の前を通り過ぎる。

 それからすぐ、彼女はさっきまでとは正反対の泣き顔で耀真に詰め寄った。

「ちょっと待て! いきなり無視する事は無いだろう? 何故君はさっきから私の事を見ようともしない? どうして首を九十度外側に向けている!?」

「いやー、知らない人には声をかけられても相手にするなーって教えられてまして……」

「知らないって事は無いだろう? 中学校は同じだろう? ていうか、自分で言うのもアレだが、それなりに私は有名人だったような気がするんだが?」

「自分で自分を有名人とか、うわーこの子何言っちゃってんの? あ、ごめーん。いま心の声漏れてたわー」

「だから言いたくなかったんだ!」

 さっきから耀真の胸倉を掴んで激しく揺すっているこの汐見彩姫なる人物だが、たしかに中学は耀真や稲穂と同じで、それなりに有名人だ。

 どうやら、それは政彦の耳にも伝わっていたようだ。

「汐見って、全国中学女子剣道で二年連続ベスト4に入った、人呼んで剣道小町の汐見か」

「そのニックネームは恥ずかしいのだが……まあ、そうだ」

 耀真へのスキンシップを止めると、彩姫は両手を腰に当てて薄い胸を張る。

「私は魔族ではないが、近接戦闘能力には少し自信がある。何せ、現在のエルフ族の王に剣術を指南していた、現世最強の魔導剣士が私の師匠だからな」

「……おい」

 耀真は一つ、彼女の発言からとんでもない事を思い出した。

「その魔導剣士とかいう奴。エルフ族から魔導事務局に捜索願いが出ていた行方不明者だった筈なんだが? 一応、交番にも張り紙がしてあった奴なんだが? お前の話が本当だったとして、何で通報しなかった?」

「答えは簡単。君にいま教えられるまで、知らなかったからだ」

 この女、言いきりやがった。さては世間知らずなのか?

「そもそも、普通の女子学生がいちいち交番の手配書とか見るのか?」

 ある意味正論で驚いた。

「まあ、私に教えるだけ教えて、いきなりねぐらから姿を消した人物だからな。いまにして思えば、あの頃の私は随分と酔狂が過ぎた」

「お前の過去、マジどうなってんの?」

 汐見彩姫は、中学時代は男女問わず憧憬の対象とされる、言わば高嶺の花みたいな存在だ。清純にして清廉、強さと美しさを兼ね備え、人望も厚く機知に長ける才色兼備の天才児。それが、あの時の彩姫の立ち位置だ。

 しかし、ある事件を境に、彼女は中学女子剣道から姿を消した。そして、高校受験の時期には、全身傷だらけの彼女の姿を見る機会が多くなった。

 きっと、彼女はその期間で何かしらの戦闘技術を手に入れたのだ。

「という訳で、私はかなり使い物になると思うのだが、どうだろう」

「いいんじゃないっすかね」

 羽夜が賛成の意を示す。

「ソード型の魔装具の使い手なら、攻撃魔法の代わりになりそうじゃない? 一応、私も剣が使えるから練習相手にもなりそうだし」

「…………」

 チームへの加入希望者が現れたのは願ってもない幸運なのだが、少し不安があった。

「スポーツ経験者が陥りやすい罠として、自分が他の連中よりは出来るっていう思い込みがある。ウィッチバトルの初心者で文化系と体育会系を同じチームに入れた時、先に挫折するのは必ず体育会系の方だ。ウィッチバトルと自分がいままでやってきたスポーツの違いに、頭ではなく体が対応できないからだ」

「同じ話を師匠がしていたな。ただのスポーツと違って、ウィッチバトルは疑似戦闘だ。戦闘とスポーツは訳が違う」

「お前にその思い込みが無いと、どうやって証明する?」

「ふむ……」

 彩姫は少し考える仕草をすると、制服のスカートのポケットから細身のペンを取り出し、軽く耀真の顔に向けて放ってみせた。

 ペンの切っ先が、弾丸のように耀真へ迫る。

「うおおおおおおおおおおおおっ!?」

 全力で首を逸らす。頬にペン先が掠めて跡がつく。もし反応が遅れていたら、額にペンが突き刺さっていたかもしれない。

 実際、通り過ぎたペンが、天井に突き刺さっている。

「ああ、あ、ああ、ああぶねぇな! いまの本気で俺を殺ろうとしたか!?」

「君ならあの【眼】を使って平然とかわすだろう? それより、どうだ? 君の懸念材料は払拭出来たかね?」

 払拭も何も、いまの一撃で判明した。この女は既に、戦闘能力だけなら一級魔装士以上の実力を持ち合わせている。

「分かった。分かったから。入れる。入れます。今日からアナタは俺達の仲間です」

 どうやら剣道小町としての清廉なる汐見彩姫は、とっくの昔に死んだらしい。

「うむ。よろしく頼むぞ。あ、それから」

 彼女はこれまで以上に、満足げに告げる。

「私の事は、しおみんって呼んでくれ!」

『…………』

 そして、魔装士の技を引っ提げた超が付くアホの子、しおみんが爆誕した。


   ●


 笠井雨音。魔族コース索敵科の一年生。羽夜や彩姫と比べたらややむっちり気味だが、一般的にはスタイルが良い部類に入る発育良好な童顔魔女っ子。彼女が扱う空間魔法は、自分が存在する位置を中心に半径約一キロにまで効力が及び、範囲内に様々な効果を持った蜘蛛型の魔力構造体を散布するというものだ。

 これらのデータはアーカーブルームと呼ばれる、天都学園内の図書室みたいな施設でコンピューターのファイルとして保管されている。

「蜘蛛は大まかに、【センダービット】と【レシーバービット】に分かれてる。センダーは送信側。自分の記憶や意識等の情報を相手に送る端末だ。そしてレシーバー側は、センダーから送られた情報を一方的に受け取り続ける」

 パーテーションで区切られながら列を成すパソコンの一角を陣取った耀真の説明を、後ろで身を寄せ合う羽夜、彩姫、政彦が興味深そうに聞いている。昨日今日出会ったばかりとは思えない密着度だ。

「これらを対象に寄生させて行う精神干渉系の魔法が笠井さんの攻撃手段だが、他にも有用な使い道がある。【DCユニット】と呼ばれる蜘蛛を取り付けた者同士で通信を行ったり、センダーを寄生させた対象の位置を笠井さん自身が追跡出来るようになったりとかな」

「要は一回でも相手と接触して蜘蛛を寄生させれば、効力半径一キロ以内なら何処にいても位置は追跡可能、という訳だな」

 彩姫が頷く。理解が早いようで何よりだ。

「だが、彼女自身はそこまで戦闘に長けているようではなさそうだ」

「そもそも索敵系の魔女は自分で戦わない場合が多いからな。泉の奴は別にしても」

「泉? 誰だ?」

「五新星の一人だ。いまは飛び級でオックスフォードにいる」

「なんと」

 泉は他の五新星とは別の意味で化け物だ。主に知能的な意味で。

「話が脱線したな。何にせよ、この笠井雨音がチームに入れば、かなり幅広い連携が取れるようになる。羽夜、ラッシュスターの新藤さんを覚えてるか?」

「あの蜂を飛ばす子だよね」

 紅い蜂の群れを飛ばし、追跡役どころか攻撃の主軸すら担っていた、索敵系魔女の中でもかなりの有望株だ。当然、耀真も注目はしている。

「あの蜂は新藤さんと視界を共有してるから、例え離れた位置にいても現場の状況をリアルタイムで観測出来た。これはかなりのアドバンテージだ。それと同じかそれ以上の何かを、あの笠井雨音にも出来ると考えたら?」

「無敵だな」

 政彦がゆっくり頷く。

「特に渕上は高速機動からの一撃離脱戦法が得意だから、周囲の遮蔽物次第で反撃が楽になる」

「俺達との相性はこの上なく抜群だ。……が、問題は」

「笠井自身、完全に俺達を嫌ってるってとこだよな」

 ファーストコンタクトの印象からするに、いまの彼女は通常の手段で口説き落とすのは難しい。羽夜や政彦の時みたいなパワープレイが通用しない相手だ。

 なので、昨日のうちに策は整えておいた。

「さて。じゃ、仕事の時間だ」

 耀真は椅子に掛けておいた、魔導事務局の制服である黒のジャケットを着る。

「実は羽夜の脱退試合の仕込みを済ませた後、学園長と鬼塚先生から仕事の依頼があったんですわ。まあ、あの時は学園長の世話になったしな」

「魔導事務局正式の職務を?」

 彩姫が首をかしげる。

「しかも君個人への依頼か。どんな仕事だ?」

「笠井雨音をチームに入れる。これが俺の仕事だ」

「は?」

「とりあえず、移動しながら説明する」

 パソコンの電源を落として、耀真は他の三人を伴ってアーカイブルームから出る。

 まだ日が差す廊下を緩やかな歩調で進みつつ、耀真が説明を開始した。

「索敵系の魔族ってのは人間関係に問題を抱えてる奴が多い。周りからすれば、自分の何を探られているのか分からないって不安を持たれやすいからだ」

「反対に、索敵系の魔族も人間不信に陥りやすいって訳ですな」

 羽夜が少し困り気味に頷く。

「そういうこった。笠井さんも、大体似たり寄ったりの事情を抱えてる」

「耀真さんは何か知ってるの?」

「ああ。聞いた話だとあの子、中学時代で人間関係の問題を起こしたらしいよ?」

 ちなみに情報源はなんと、あの清水小太郎だ。雨音と同じ中学校だったらしい。

「彼女は当時親友だった女の子にせがまれて、その子が好きだった男子の内心を魔法で解き明かそうとした。そうやって自分の魔法が他の同級生達にも秘密裏に利用され始め、最終的にはそいつが明るみになった。挙句、人の心を暴露する最低の魔女とか呼ばれて、教師も含めた周りの連中から拒絶された。最初に自分の力をアテにした親友からも。以来、笠井さんは極度の人間不信になった、という事らしい」

「話が何となく見えてきたな」

 政彦が渋い顔をして、模範的な解答を述べた。

「自分から進んで孤立しようとする才能の塊を、学園長達は放っておけなかった。だから奴を受け入れる仲間を探そうとした」

「そういう事だ。あの二人が頭を悩ませていたところに、運良く利用出来そうなカモがネギとカセットコンロを背負って鍋パーティーの準備を始めた。それが俺達だ」

普通の人間として見れば魔法自体が強力過ぎるあまり恐怖される存在。結局、笠井雨音はどっちの世界にいても孤立せざるを得ない、悲しい魔女だったのだ。

 普通に生まれたかった、という切実な言葉を、遠い昔にとある魔女から聞いた事がある。

 それは耀真にとって、最も大切で、最も辛い記憶のひとかけらだ。

「それを聞いたら、何だか放っておけなくなったな!」

 彩姫が元気よく胸を張った。

「で、私達は何処へ向かっているのだ?」

「食堂だ。いま丁度、笠井さんと鬼塚先生が話してるところだ」

 それから程なくして、耀真達は食堂に到着した。

「しつこいっ! もう放っておいてって言ってるでしょ!?」

 扉を開けてすぐ、そんな怒声が聞こえてきた。

「大体、授業にも出てるし単位も落としてない、非行にも走ってない私が何かの責めを受けなきゃいけない理由って何!?」

「そ……それは……」

「そういうの、余計なお世話って言うんですよ。分かったら、これ以上私に余計な事を言わないでもらえます?」

「でも、あなたそれじゃ……」

「もういい。帰る」

 ずかずかと上履きの音を鳴らしながら、笠井雨音が大股で耀真達の横を通り過ぎる。彼女がさっきまで話をしていたと思しき奥の席では、鬼塚灯里が一人、ぽつんと背を丸めて暗い表情で座っていた。

 なるほど。大体分かった。

「……何してんすか、先生」

 思いっきり呆れ顔全開で近づき、耀真は灯里の前で嘆息した。

「あんたは俺達が来るまで笠井さんを引き留める役割でしょうが」

「……ごめんなさい」

 謝られても困る。

「……で? 何を言ったんすか?」

「笠井さんの過去を聞こうとしたの。もしかしたら、何か彼女の心を解きほぐすきっかけにならないかと思って」

「いや、駄目だろ」

 思わずタメ口になってしまうが、これについては羽夜と政彦がおもむろに同意した。

「全くです。ただでさえ警戒を解いてない相手にそんな事を訊くのはナシです」

「俺も同感っす。酷いトラウマだったら、そりゃキレられますわ」

 羽夜の場合は何があったか想像がつくが、どうやら政彦にも想像を絶する何かがあったようである。当人が話す気にならん限りは触れないように気をつけよう。

「ま……まあ、いいじゃないか。鬼塚先生も悪気があった訳じゃないんだし」

 彩姫が困惑気味に耀真達を諫めた。彼女はこのチームの清涼剤か何かだろうか。

「それより、どうする? いまのでより説得が難しくなったぞ」

「最初から説得する気は無い。それより――」

「ちょっと? これ、何の騒ぎ?」

 これまた我妻稲穂が参上する。そういえば最近、楓太より稲穂の方が耀真の目の前によく現れるような気がする。

「さっき、ものっそい顔をした笠井さんとすれ違ったんですが?」

「丁度良かった。稲穂ちゃん、俺と一緒に来てくれ。あと、しおみんも」

「私も?」

 彩姫が自分で自分を指さす。

「いまこそ、しおみんパワーを発揮する絶好のチャンスだ」

「何かよく分からんが、了承したぞ」

 良い子だ。本当に彼女は良い子だ。アホだし素直だし扱いやすいし。

「で? 私は?」

「歩きながら説明する。羽夜と入道はそこで先生を好きにイジってくれ」

「天霧君!? さっきから私に冷たくない!? これでも一応貴方の上司ですよ!?」

 こうして二人の女流剣士を連れ、耀真は食堂から早足に立ち去った。何か自分に助けを求めるような声が聞こえたが、いまの耀真にはどうでもよかった。



「なるほど。でも、それって耀真君が危険じゃない?」

「相手を信用させたければ、まず自分からだ」

「いや。耀真君の過去は結構ヤバい気が……」

 いままでのあらすじと、これから耀真が雨音に対して敢行する予定の作戦を説明すると、稲穂からは思った通りの反応が返ってきた。

「ていうか、そもそも何処で笠井さんを足止めするの?」

「その辺は楓太先輩直伝の裏工作の出番だ。そろそろ笠井さんを獲得する為に、とあるボンクラが姿を見せる頃合いだ」

 昇降口から出て、校門が見える所まで来た時、早速そのボンクラが姿を現した。

 校門のすぐ傍で、高井弘毅が雨音と何かを話しているのだ。

「あれって、高井先輩? あの人、逮捕されてなかったっけ?」

「ああ。どういう訳か、逮捕されたその日に釈放されてやがった」

 三人は手近にあった初代校長の胸像に身を隠しながら、その様子を伺っていた。ここからでも、かろうじて声が聞こえてくる。

「――という訳でさ。まず、加入手当として十万は出すよ」

「…………」

 雨音が少し迷っている。理由は、先日までの自分の言動だろう。学生なら払えないと踏んで周囲に要求した額が、まさかここで影響してくるなんて、とでも思っているのか。

「それから、一試合ごとに五万。これでどうよ」

「……そもそも先輩、チームはどうするんですか? そっちのエース、たしか入院中じゃなかったでしたっけ?」

「それはまた用意するさ。さ、これからの話を向こうで詰めようじゃないか」

「……ええ」

 弘毅に肩を抱かれ、彼女は校門からそのまま胸像の横を通り過ぎていく。上手く隠れていた耀真達には気づいていない様子だった。

 陰から顔を出すなり、稲穂が耀真に胡乱げな目を向ける。

「今度は何やったの?」

「ちょっとした情報網でな。高井先輩が笠井さんを欲しがってるって話を聞いた。今日中にアプローチを掛けるだろうって話もな」

 グッジョブ、有田先輩。アンタが提供してくれた情報は上手く機能してますよ。

「じゃあ、笠井さんが怒って帰ろうとしたのも、実は計算通り?」

「怒らせるのは俺の役割だったけどな」

 実は灯里が作戦外の言動をした際にはかなり肝を冷やしていた。タイミングを誤れば、弘毅があの場で待機するのが遅れていたかもしれないからだ。

「とにかく追うぞ。次は用具倉庫だ」

「何故?」

「聞いた事無いか? 高井先輩って、下の方は特級らしいよ?」

「……うーわ、サイテー」

 彩姫が頭に疑問符を浮かべてきょとんとしている横で、稲穂が呆れ顔で納得する。

 予定通り、二人の後をつけて、用具倉庫へ直行する。弘毅と雨音が倉庫の中に入ったところで、三人は隠れるのを止めた。

「さて。後は笠井さんが飛び出すのを待つだけだ」

「そう上手くいくと思う?」

「いくさ。笠井さんはああいうタイプが生理的に一番嫌いな筈だからな。もし体目当てで近づいてくるような奴なら、魔法を使う前に怖がって出てくるだろう」

「体目当て?」

 彩姫がまたしても首をかしげる。

「……彼女の肉体は、とても身体能力があるようには思えないが」

「「…………え」」

 耀真と稲穂がぎょっと目を剥く。

「そもそも、どうして話し合いをするだけで人気の無い場所に連れ込むのか……ん? どうした二人揃って。私の顔に何かついてるのか?」

「マジかよ、コイツ」

「ヤバい。しおみん、マジしおみんだわ」

 同じ中学校の出身でありながら、お互いをさして知らないのだから、何か驚く事があっても無理はない。だとしても彩姫のこの言動には、さすがの稲穂もかなり面食らっていた。

 稲穂が彩姫の両手を取る。

「? 何だ急に?」

「今日からしおみんって呼んでいい? ていうか、耀真君にもそう呼ばせてるんでしょ?」

「う、うむ。そうだ。歓迎するぞ」

 どうやら稲穂の中で琴線に触れるものがあったらしい。まあ、昔から冴えない野郎二人とずっとつるんでいた稲穂からすれば、彩姫みたいな清涼剤的人間は天下の回り物なのだろう。

「しおみん、マジしおみんだわ」

 何だろう。最初はどうかと思ったが、いざ仲間に加えてみると、彼女以上に心洗われる存在はそうそう得難い気がしてきた。羽夜も政彦も基本は根暗だし。

 耀真は改めて、稲穂に呼びかける。

「稲穂ちゃん。さっきも言ったが、俺に何かあったら頼むわ」

「死なれるのは御免だからね。笠井さんの魔法、思ったより強力みたいだから」

「資料には目を通してある。その辺は覚悟の上だ」

「何の話だ?」

 もはや質問役と化していた彩姫が訊ねてくる。

「一体、何を心配している?」

「さっき調べたら、笠井さんは過去に精神干渉の魔法で同級生を何人か殺害しかけた事があったらしい。当時は正当防衛って事で特にお咎めは無かったが、下手に手を出した奴はまず間違いなく皆殺しにされる」

「そんな危険な相手に、君は正面から挑むつもりか?」

「ただ向き合うだけさ。魔装士になるつもりなら、そこで見てろ。これが俺の仕事だ」

 三人は特に必要も無いのに息をひそめ、ただ倉庫内で繰り広げられている会話に耳を傾ける。中の二人は小声で話しているのか、内容は全く聞こえて来ないが。

 それから何分経っただろうか。ようやく、雨音の叫び声が聞こえてきた。

「……だから、触んなっつってんでしょうが!」

「ちょ……待てっ……!」

 倉庫の中から激しい物音がしたかと思ったら、まるで殺虫剤を喰らった虫のように、雨音が必至の形相で飛び出してきた。

 早速、真正面に立っていた耀真と目が合う。

「あ……天霧君!」

「よう、笠井さん。随分ご機嫌じゃないか」

「だから待てって……あああああああああああ天霧!?」

 少し遅れて飛び出してきた高井弘毅が、耀真の姿を認めるなり仰け反った。

「ななな何でお前がここに!?」

「先輩こそ何してんすか。こんな人気の無いところで、女子と二人っきりで」

「お……お前には関係ねぇだろ」

「果たしてそうかな。ところで、俺が逮捕した筈のあんたがどうして普通に登校してるんですかね。そっちの方が疑問なんですが」

 これにはさすがの弘毅も押し黙る。やはり、魔導事務局内で何か裏取引でもあったのだろうか。後で課長にでも訊いてみよう。

「まあ、いいでしょう。今回は性犯罪の現行犯として逮捕するんですから」

「そ……それだけは……っ」

「見逃してもいいですよ。いますぐここから消えてくれるなら」

「ちっ……!」

 あからさまに舌打ちしながらも、弘毅は素直に従い、すぐに退散してくれた。隣で突っ立っているだけの稲穂を見て、この場で抵抗する事の無意味を悟ったからだろう。

 さすが、五新星様々だ。

「さて。命拾いしたな、笠井さんよ」

「……借りを作ったとか思ってる?」

「いーや。作ったのは話し合いの機会だ」

「また勧誘? あんたも懲りないね」

「そうだな。でも、今回はちょっと違う」

「は?」

 雨音が訝しく眉をひん曲げると、耀真は自分の掌を彼女の前に差し出した。

「俺の自己紹介をしてやる。と言っても、君の魔法を使って、だけどな」

「どういう意味?」

「いまから俺に【ドラグネット】を使え」

 この発言に、雨音は驚愕と同時に軽く身を引いた。

「使えって……あんた、自分が何を言ってるのか、分かってるの?」

「ああ。君が持つ人殺しの魔法を、俺に使えと言った」

「ふざけないで!」

 雨音は瞳を潤ませ、恐怖を隠そうともせずにまくしたてる。

「何のつもりか知らないけど、これからチームに勧誘しようとしてる奴に人殺しをさせようとするなんて、あんた一体どういう神経してるの!?」

「俺は至って正気です。それに、これはチャンスだぞ。君にとって邪魔な相手を合法的に殺害出来る。無実の証明はしおみんと稲穂ちゃんがしてくれる。この話が周囲に広がれば、これ以上君に声を掛ける奴らはいなくなる。どうだ?」

「…………っ」

 稲穂には事前に、雨音が罪に問われないような証言の内容を言い含めてある。万が一にも耀真が死亡した場合、もしくは植物人間になった際の処置も伝達済みだ。そもそも、そうならない為に強力な攻撃魔法を有する稲穂を連れている。

 彩姫はさっきからこの状況を固唾を飲んで見守っている。これが羽夜か政彦だったら、すぐにあーだこーだ言って止めに入るところだが、それはこちらとしても都合が悪い。

 状況はもう整っている。後は、雨音次第だ。

「……そんなに死にたいなら、やってやろうじゃない」

 仄暗い声音を絞り出し、雨音が指先から、紫色の魔力で構築された小さな蜘蛛を召喚する。これが彼女の空間魔法、【ドラグネット】の媒介を担う役だ。

 蜘蛛は差し出された耀真の掌に飛びつき、感触も音も無く溶け込んだ。これで耀真の体内に【センダービット】が取りついた。

「あんたの記憶を、強制的に引きずり出す……!」

 笠井雨音の基本魔法は、空間属性の【ドラグネット】。自身の存在する半径一キロメートルの範囲内では、召喚した蜘蛛を通じて様々な情報を受け取るという、その名が示す通り捜査網ドラグネットのような能力を有する。

 【センダービット】に寄生された耀真は、いまこの場において、蜘蛛の巣に捕まった獲物同然だった。

 しかし、全ての記憶をただ見せびらかすのも、面白くない。

 だから、最も悲惨な記憶と、最も見せてはならない記憶を見せてやろう。



 天霧耀真が五歳の頃、ある同い年の少女と出会った。

 名前は、弄月神楽もてづきかぐら。生まれつき強大な風属性の魔力を持ち、魔族の王ですら抑え込むのに手古摺る程の暴風を発生させる、十年に一度と言われる逸材だ。もし彼女がいまでも生きていたら、きっと耀真の代わりに五新星に名を連ねていただろう。

 でも、彼女は十二歳で死んでしまった。

 これは、その直前の記憶だ。

「神楽!」

 大人二人に挟まれて背を向ける神楽に、耀真は離れた位置から叫んでいた。ちなみに彼女の傍に侍る二人は、決して彼女の肉親ではない。それどころか、日本人ですらなかった。

 彼らは、イギリスのとある研究所のスタッフだ。

「本当に……行っちゃうのかよ」

「ごめんね、耀真」

 神楽は振り向き、微笑を湛えて告げる。

「ボクが傍にいるから、耀真もたくさん傷ついたよね」

「そんな事はっ……」

「お父さんもお母さんも、ボクがいるから傷ついたし、怖がってた。だから、これからそうならない場所に行くだけ。ボクがいなくなれば、きっと誰も傷つかないよね」

「お前がいなきゃ、俺が傷つくだろうが!」

 この時の耀真は、みっともなく、思いっきり泣いていた。

「迷惑なんて思ってない! だから、これからも……!」

「そう言ってくれるだけでも、嬉しいよ」

 神楽は耀真から目を背けた。

「耀真はずっとボクを守ってくれた。支えてくれた。ありがとう。でも……」

 もはや、耀真には反論する力が無かった。

「ボクの事は、もう忘れてね」

 この言葉を最後に、神楽は研究員と共に、これから離陸する予定の飛行機の搭乗ゲートへと向かった。

 遠ざかる彼女の背中に手を伸ばそうとする。でも、届かない。

 いまこの場で走っていけば、届いたかもしれないのに。

「く……そっ……」

 でも、足は動かない。動かせないのではなく、動かない選択を、耀真がしたのだ。

 分かっている。彼女は自分の力が活かせる、本来彼女が在るべき場所へ向かうだけ。

「耀真」

 背後から壮真が声を掛けて、肩に手を置いてくる。

「俺も悲しい。お前が神楽を本当の妹みたいに想っていたように、俺にとっても、彼女は本当の娘みたいだったから」

「……父ちゃん」

「でも、神楽ちゃんの気持ちも分かる。お前だって、そうだろ」

「……うん」

 神楽の姿は、もう見えない。この空港にいる意味は、もう無い。

 それから耀真は壮真が運転する車の後部座席で、運転席の背部に埋設された小型のテレビを、虚無のような瞳でずっと眺めていた。いまテレビに流れているのは、どこかの局のニュース番組だった。

 ここで、速報が入る。

『番組の途中ですが、最新のニュースをお伝えします』

 こういう時は、大抵何かの大規模な災害か、海外のテロ事件のお知らせだ。いまの自分には、さして関係が無い。

『――ただいま羽田空港から離陸した一六時の便が墜落したとの事です。空中で突如として発生した、魔力を伴う大爆発が原因のようですが、詳しい事は分かっていません』

「……え?」

「何だと!?」

 耀真が何となくニュースの意味を察していたと同時に、運転しながら聞いていた壮真が、手近なコンビニの駐車場に車を急遽停める。

 壮真がスマホで何処かへ電話する。その間に、耀真は小型テレビの画面を、穴が開く程凝視していた。

「十六時の便……って」

 耀真が神楽を見送った後に出立した飛行機だ。

 それが、墜落した?

「上空からの攻撃? そんな高度から?」

 壮真が血相を欠いて、そんな事を言っていた。

「――あの中には神楽が乗っていたんだ! 彼女は無事なのか? どうなんだ!」

 神楽なら万が一にでも、風の防壁を反射的に展開して大規模な爆発から身を守るくらいは出来る筈だ。

 生きている筈だ。生きていて欲しい。

例え、忘れろと言われたとしても――



「何よ、これ……」

 精神に対して交信を試みる魔法は、使用者の精神にも多大な負荷が掛かるという。それこそ、その記憶を持っている本人が抱いた感情ですら、自分の所有物であると錯覚するかの如く。

 結局、あの事件の後、神楽は生存どころか遺体すら確認されなかった。

 普通に考えたら、彼女は海の藻屑と消えてるに違いない。



「……俺がもっと、強ければ」

 神楽の死を認めた後、耀真は暗い自室で一人、うわごとのように呟いていた。

 あの時、俺が一歩踏み出し、手を伸ばし、神楽の手を掴んでいれば。

 掴んで、引き戻す程の力を持っていれば、こんな事にはならなかった。

「俺にもっと、力があれば……!」

 誰にも神楽を渡さない程に強い権力が自分にあれば。誰も神楽の魔法によって傷つく事が無いように、降りかかる災禍の全てから万人を守る程に高い戦闘能力が自分にあれば。

 神楽が誰にもイジメられないような――そんな世界に創り変えられる程の、神様か王様にでもなれる力が自分にあれば……!

「……許さない。絶対に」

 神楽を殺した奴も、神楽を除け者にしようとした奴らも。無力な自分も

 特に、神楽を殺した犯人は、絶対に見つけて殺してやる。



「殺して……やる」

 いまや耀真と精神が同化しかけていた雨音に、これまで経験した事が無いような、絶望と怒りと憎しみと悲しみが流れ込んできた。

 同じくして、とある記憶が、奔流のごとく脳裏を引っ掻き回す。

 耀真を相手に歯向かった魔導犯罪者の、絶望しきった表情。荒れ狂い踊る炎の壁と、砕け散る骨と噴き上がる血飛沫と空を裂く断末魔と吐き気のする嗚咽と腐臭のする骸とむせび泣く敗走の兵と――



「ぁあああああああああああああっ!?」

 あまりに膨大な負の記憶を流し込まれた雨音が、両手で頭を抱えて振り乱し、何歩か下がった後に両膝を突いて苦しみだす。

「どうだった? 俺のR18指定の半生の感想は」

 とか余裕そうに言っている耀真も、片手で頭を押さえ、ふらふらになりつつなんとか二本足で立っているような状態だった。

「まあ、ピッカピカの~女★子★高★生♪ に見せていいような映像じゃないっすよね」

「あんた……どうしてそんな記憶引き出されてヘラヘラしてんの?」

 どうやら少しは立ち直ったらしく、雨音が憎々しそうな目で耀真を睨み上げるが、耀真はどこ吹く風といった態度で応じる。

「簡単さ。そういう魔法はな、意図的に引き出される記憶の順番をコントロールできるんだよ。そういうマインドセットをあらかじめしておけば、ある程度は精神力で耐える事が出来るし、こうして逆襲もちょちょいのちょいだ」

「そうじゃない。こんな悲しい想いをずっと抱えてるのに、どうして天霧君はそんなに笑っていられるの?」

「俺が笑わないと、俺と同じ想いをする人が周りに増えるだろ」

 ごく当たり前のように、耀真は汗だくの顔で、思いっきり笑って言った。

「泣いてる女の子を見るのは、もう御免だ」

 この言葉は、耀真の記憶を追体験した雨音だからこそ、通じると信じて放った。

 雨音が呆けている。まるで全ての疑問が解けたような顔だ。

「どうやら、本当にそのようだ」

 彩姫が困惑気味に呟く。

「正直私も驚いたが、彼の言葉に嘘は無い」

 ここで彩姫を連れてきた意味が活きてくる。

「だから、せめて一回ぐらいは、彼を信じてやれないか?」

「…………それって結局のところ、勧誘の殺し文句なワケ?」

「バレたか」

 彩姫がにかっと笑う。

「そういえば、さっき天霧君が言ってたか。相手を信用させるには、まず自分からだと」

 言うなり、彩姫は自分の掌を雨音に差し出した。

「私にも、試してみるか?」

 屈託の無い笑みで、本心から飛び出したであろう彩姫の台詞に、雨音はさらに目を丸くして口を小さく開けた。

 毒気を抜かれたのか、完全に呆れたのか。

 どっちにしろ、雨音は彩姫の手を取り、立ち上がった。

「……いい。もう懲りたし」

「そうか」

 雨音は彩姫と共に、耀真に向き直った。

「私の魔法、あんたに使いこなせる?」

「記憶を覗き見たんだろ? 特に、最後らへん」

「……そっちには触れないでおく」

 最後の殺戮ショーはさすがに口にするのも悍ましいと感じたのか、雨音はこれ以上追及してこなかった。

 なるほど。たしかに、思いやりのある、優しい子だ。

「行くぞ。羽夜達を待たせてるからな」


   ●


「という訳で、任務達成です」

 憔悴している灯里の前で、耀真は踏ん反り返って報告した。どうやら灯里はさっきまで本当に羽夜や政彦にイジり倒されていたらしく、ちょっと涙目にもなっていた。

 ちなみに当のイジメっ子二人は先生イジりに飽きたのか、何故か課題プリント製のトントン相撲で遊んでいた。意外とこの二人も仲が良いのかもしれない。

「良かったですな、先生。これで今日は枕を高くして寝られますよ」

「そうね。そうさせてもらいます」

「事務局には自分の方から完了報告を入れますが」

「いえ。私と学園長の依頼なので、お礼も兼ねてこちらで報告します」

 灯里は立ち上がって、耀真に頭を下げてから、雨音に向き直った。

「ごめんなさい、笠井さん。さっきは、その……」

「まさか任務だったとは思いませんでした」

 雨音が露骨に不機嫌を露わにする。

「先生、やっぱり教師よりバリバリの魔装士の方が向いてるんじゃないですか?」

「それ、さっきも羽夜さんに言われました」

「まあ、もういいですけど」

 これ以上はどう話を広げても疲れるだけだと思ったのか、雨音があっさり引き下がる。

 彼女の様子に満足した灯里は、苦笑してから、再び耀真に向き直った。

「ところで、天霧君。チーム申請に必要な最低人数の五人が集まったけど、チーム名なんかはどうするの?」

「実はもう、決めてあるんです」

 耀真のこの言葉で、さっきまでトントン相撲に興じていた羽夜と政彦が試合を中断して、稲穂を含む周りの面子も全て耀真に注目する。

 ここで、耀真は満を持して、その名を告げる。

「チーム・バルソレイユ」

 口にしてから、耀真は羽夜に視線を送る。

「バルソレイユはフランス語で太陽の弾丸を意味する。最初は俺と羽夜で始めたチームだから、この名前にしたんだ」

 太陽とは、羽夜の臨界性魔力。弾丸とは、当然ながら耀真の銃弾だ。

「力強そうな名前ですな」

 羽夜がうんうんと頷く。

「太陽の弾丸か。いい響きだ」

 政彦が納得したように口角を引き上げる。

「燃えてきたな」

 彩姫が掌と拳をぱしんと合わせる。

「ま、いいんじゃない」

 雨音がさっぱりした感想を口にする。

 ともあれ、これで【チーム・バルソレイユ】の結成だ。

「いよぉおおおっし! 申請が終わったら、まずはゆっくり戦力増強――」

「あー、ちょい待ち」

 気合が入ったところに、稲穂が水を差してきた。

「なんだよぅ。いまイイとこだったのにぃ」

「耀真君、何か忘れてない? あんた達の初試合の相手、ウチらなんですけど」

「……あ」

 完全に忘れていた。

 稲穂は耀真と灯里以外の面子に向けて、簡単に説明する。

「天都学園でチームの申請自体は可能だけど、在学期間中にチーム専用の作戦室を使う権利を懸けたデビュー戦をやらなきゃいけないっていう決まりがあるの。その相手は決まって、生徒会メンバーだけで構築された企画チーム。つまり、ウチら【アマツカミ】があんた達とガチンコ勝負をしなきゃいけない」

 それが、チーム結成の申請を行う毎に開催される天都学園の伝統行事だ。普通のランキングバトルの形式で行われるが、ここで【アマツカミ】に将来性を認めさせないと、そもそもユースリーグの公式試合に出場が出来なくなってしまう。

「試合は申請から約一週間後。それまでの間に、精々マシな作戦を立てるのね」

 じゃ、また明日とか言ってぞんざいに手を振り、稲穂が背中を見せて立ち去った。ライバルエースのチームとして、余裕のある姿を見せたかったのだろう。

 実際、その効果は覿面だったようだ。

「相手は五新星の一人、我妻稲穂」

 政彦が神妙に口を開く。

「日本に住んでりゃ、知らない人間がいないくらいの有名人だ。正直、勝てる気がしないぜ」

「そいつは君次第だよ、入道君。俺達の魔装具、どうせ明日には調達出来るんだろ?」

「あ……ああ、大丈夫だ。多分……」

「……?」

 何やら政彦の様子が少しおかしい。だが、取り返しのつかない事態になるようなら、この男は確実にこちらへ相談している筈だ。なんとなく、根は臆病者みたいだし。

 耀真は全員に向けて告げた。

「申請は俺が全てやっておく。お前らは先に帰って休んでろ」

 この時、耀真は何となく、政彦が浮かない顔をしている理由に思い至った。

 そういえば、【アマツカミ】にも居たな。プロの魔装技師が。


   ●


「……出来た」

 ここは入道メタル本社内の実弾射撃演習場。実弾を用いた発砲試験を終え、ようやく耀真の魔装具が完成した。オーダーメイドの依頼を受けてから設計、製造の全てを自身が担当しただけあって、政彦の中には少なからず達成感が沸き上がっていた。

 【アマツカミ】の魔装技師の存在さえ忘れたままなら、もっとはしゃいでいただろうに。

「相手は木枯先輩」

 政彦は手近に置いていた魔装技師の専門誌を手に取り、ページをめくり、目当ての項目を探し当てる。

 木枯唯奈は、かつて十五歳以下を対象とした競技用魔装具制作のコンペティションでは最優秀賞を総なめにして、現在は【チーム・アマツカミ】の魔装技師として活動している。

 柳宗理の生まれ変わり。新たなプロダクトの血脈。数多くの称賛を浴びた彼女は、政彦が自分と同い年で唯一勝てないと断じた相手だ。

「珍しいな。お前がそんな顔をするのは」

 後ろから現れた人物は、紺色のスーツをぴっしり着こなし、えんじ色のネクタイを綺麗に絞めた、壮年の男性だった。

 彼が入道メタルの創設者にして代表取締役社長、入道慎二にゅうどうしんじだ。

「社長、お疲れ様です」

「天霧君のオーダーメイドは完成したのか?」

「はい」

「そうか。お前に言われていた例の魔装具はこちらで手配した。魔導事務局からも警備力増強の名目で天都学園に支援物資を送る事にしたから、ついでに配送してやろう」

「ありがとうございます」

「お前の新しい門出だ。祝ってやらねばな」

 慎二が安心したように笑う。

「人生とは不思議なものだ。小さい頃、恐怖やら不信やらに怯えていたお前の眼は、いまは困難に対峙する者に相応しい光を湛えている。何をそんなに悩む?」

「木枯先輩は尊敬すべき魔装技師です」

 政彦は断言した。

「彼女は自分などでは到底及びもつかない魔装具を制作する。そんな彼女を擁する【アマツカミ】と、これから我々は戦わないといけない。恐れながら、こちらで用意した魔装具で、あの連中に対抗出来るのかという不安がある」

「私の名誉を気にしているのであれば、余計なお世話だ」

 慎二は何の話だ? とでも言いたげに目を逸らす。

「思いっきりぶつかって、負ければ良いではないか。お前達はまだ、始まったばかりなんだぞ。大事なのは、負けるとしても退かない事だ。それに、お前達が負けたからと言って、私達がこれまで作り上げた実績に傷はつかん」

「社長……」

「細かい事は気にするな。お前もせっかく自由になった身だ。少なくとも、あの頃と比べたら随分マシな生活はしているように思うのだが」

 かつての入道政彦は、いわゆる魔女の奴隷だった。水属性の秘伝魔法を操る名家に生まれたは良いが、その家は女尊男卑の魔力史上主義だ。つまり男であり、魔力を持たず生まれた政彦は、もはや家事等の雑用に留まらず、ストレス解消のサンドバックとして魔法の的になっていた時期もあったのだ。

 明確な児童虐待だ。魔法が関わる分だけ、よりトラウマは深い。

 あの頃の自分は、ただ生きるのに必死で、魔女が怖かった。

「それでも足りないというのなら、お前の枷を一つ、外してやろう」

 慎二は何かの書状を政彦に手渡した。

 これは……契約書か?

「免許持ちの魔装技師はマイスター制度の対象となる。つまり、お前には一級以上の魔装士の専属魔装技師になる資格がある。後は、お前のサインだけだ」

「この契約魔装士の名前って……!」

 はっきりと、天霧耀真と書いてある。

「無論、これも入道メタルの業務の一環だ。お前に対する支払元もウチになる」

「つまり、出向業務って事ですか?」

「そうだ。お前の新しい勤務先は、【チーム・バルソレイユ】だ」

 てっきり最初は入道メタル本社と【チーム・バルソレイユ】の二足のわらじを履くものだと思っていたが、たしかにこの方法なら無理をしてまでウィッチバトルと本社の間であっちこっち行かずに済む。

 言ってしまえば、放課後の部活のマネージャーが、そのまま時給が発生する仕事になったのだ。

「考えがあるって、そういう事だったのか……!」

 なんて奴だ、天霧耀真。まさか、ここまで用意周到だとは思わなかった。

 もしかしたら、五新星で最もヤバいのってコイツなのでは……?

「これでお前は心置きなく、自由にウィッチバトルに参加出来る」

 これまた慎二が楽しそうに笑う。

「楽しんでくるがいい。そして、我が入道メタルの力を存分に見せつけてやれ」

「かしこまりました、社長」

 こうして、入道政彦はウィッチバトルの世界に本格参戦したのであった。


   ●


 朝の天都学園は物々しい雰囲気に満ちていた。さっきから校門へ何台ものトラックが侵入して、業者の人間が慌ただしくコンテナの中身を荷下ろししているのだ。周りの生徒や教師らも、かなり面食らった様子でその作業を見守っている。

 登校したばかりの耀真も、その様子を見てぽかんと突っ立っていた。

「な……何だ、これ?」

 十個とか二十個とか積み下ろされていく荷物は全てアルミの箱だ。軽く大人六人分くらいは入りそうな頑丈な箱の中に、一体何が入っているのだろう。というか、この数は一体何なんだ?

「よう、天霧。早いな」

 耀真に声を掛けてきたのは入道政彦だった。この異様な雰囲気の中にあって、彼だけが極めて冷静に見えた。

「入道か。お前、これ何か知ってる?」

「知ってるも何も、ウチの会社の荷物だが?」

「は?」

「聞いてないか? 学校潰しの件。あれの対策でセキュリティ用の汎用術式を搭載した設置型魔装具をナンボか追加するんだよ」

「ちょっと待て」

 耀真はがっつり政彦と肩を組み、彼を近くの木の陰に連れ込んだ。

「お前、学校潰しって言葉を何処で聞いた?」

「うちの社長からだ。安心しろ。周りに言いふらしたりはしねぇよ。戦闘課で箝口令が敷かれてるのも分かってる」

「ならいいけど……」

 なるほど。つまりは政彦もこちら側の人間になってしまった、という事だ。

「でも、あの量はやり過ぎじゃね?」

「そういやお前は知らないか。あの箱、八割はダミーだ」

「ダミー?」

「相手はどういう訳かこっちの情報をリアルタイムで観測する、何らかの索敵魔法を持ってる可能性がある。だからあえてこっちから大きな動きを起こしてみて、相手の反応を伺うって寸法だ。もしこれで連中が諦めるならそれで良し、向かってくるならお前達の実力行使でハチの巣ってのが、お前の親父さんの作戦だ」

「索敵魔法の種類の特定にもなる訳か。考えたな」

 だとしても、現場の魔装士に何も伝えないのは如何なものか。忘れていたのか?

「ちなみに、あの中には俺らの魔装具も入ってる」

 政彦がこれまた驚くべき発言をする。

「廃棄予定の在庫から、渕上と汐見と笠井にぴったりな競技用魔装具を持ってきた。それから、例のアレも一緒に来てるぞ」

「さすがだ。もう揃えたのか」

「あたぼーよ。いい仕事だろ?」

「ああ。お披露目は放課後だな」

 正直、いますぐにでも封を切って人生初のオーダーメイド品を触ってみたいとは思ったが、ここはぐっと我慢する事にした。


   ●


「ふっふっふーん。待たせたな、諸君」

 天都学園の技術工作室は、主に技能科の主な活動拠点だ。魔装技師の卵達は、主にここで魔装具を作る為のノウハウを学習したり、はたまた豊富な提供資材によって魔装具を制作したりする。しかも様々な工作機械を扱っている都合上、フリースペースとなるテーブル室を含めてかなり広い間取りになっている。

 その一角のフリースペースのテーブルで、【チーム・バルソレイユ】は魔装具のお披露目会を開いていた。

「これがお前達の競技用魔装具だ」

 テーブルの上に置かれた大小様々な黒い箱の群れを見て、政彦以外の全員が「おぉ」と感嘆を上げる。

 早速、政彦はその中の一つである、小さい箱を取り上げた。

「こいつは渕上羽夜専用の魔装具だ」

「私?」

「ああ。開けてみろ」

 上下二つに分かれて開く箱を開封すると、中央には金色の指輪が収まっていた。本来であればダイヤのような宝石がはめ込まれているであろう位置には、何故か羅針盤のミニチュアみたいな円盤が収まっている。

「……何すかね、これ。指輪?」

「俺からの結婚指輪だ」

「えい」

 羽夜が容赦なく指輪をゴミ箱めがけてシュートするが、政彦が何とか飛びついてキャッチした為に事なきを得る。

「何すんだ! せっかく持ってきたのに!」

「何やら気持ち悪い発言が聞こえた気がして」

「入道。いまのはあんたが悪い」

 雨音がごく常識的な指摘をすると、政彦は咳払いして、話を前に進めようとした。

「……気を取り直して。そいつは渕上の臨界性魔力に合わせて作られたものだ」

「それって戦闘用にって事? たしか私の魔力って兵器転用が出来ないんじゃ……」

「ウチの社長がそいつを可能にする汎用術式を隠し持ってたんだよ」

 汎用術式とは、ただ適当な魔力を魔法陣に流し込むだけで、特定の効果を持った術式がいつでも発動出来るというシステム回路だ。AC電源を特殊なアダプタか何かで魔力に変換したりすれば、魔力が無い人間でも発動可能である。

「といっても、強化の値はかなり限定されてる。こいつを装備して渕上に出来る事と言えば、威力がそう高くない光の弾丸をバラまくか、理論上は巡航ミサイルを防御出来るくらい強力な光のシールドを生み出すくらいだ」

「防御の方に特化してるんだね」

「破壊エネルギーを上げれば指輪が消えるからな」

 臨界性魔力の弱点はそれに尽きる。最初から防御目的として汎用術式を組み上げれば、副産物として威力が制限された攻撃に転用するくらいは可能だが、その逆は無い。

「ちなみにそいつの名前は【刻印こくいんの指輪】だ。頼むから捨てないでくれよ」

「仕方ないですな。それと、【エアブレード】の方は?」

「それはこっちだ」

 政彦が別の黒いボール箱を開けると、中には紙屑の緩衝材に包まれた、白いスケートシューズのような見た目の【エアブレード】がお目見えする。各所に刻まれた薄い緑色のラインがスポーティーな印象を演出する一品である。

「こいつが【ヴェローチェ】だ。前にも言ったが、扱いは相当難しいぞ」

「そこは羽夜のセンスに任せよう」

 彼女の才能を一早く見出した耀真が、簡単に言ってのける。

「次はしおみんの魔装具だ。何かいいのあった?」

「そっちはかなりの際物だぞ」

 政彦はテーブルに並べられた物の中から、布袋に包まれた、鍔の無い黒くて細長い物体を彩姫に手渡した。

「しおみん専用のソード型魔装具。銘は【うつろ】だ」

「ほう」

 彩姫は刀の鯉口を切り、黒い刀身を少しだけ露出させる。全体的に光沢感の無いマットな仕上がりに、彩姫だけでなく他の面々も不思議そうな顔をした。

「何か、変な刀だね」

 雨音が雑な感想を口にするが、思った事は耀真も同じだった。

「入道。刀身の真ん中に溝が彫られてるが、これは何だ?」

「そいつは刀の中に貯蔵された魔力の残量を示すメーターだ。【虚】の刀身は【ブランクバレット】と同じ素材で作られてるから、触れた先から魔力を吸収する機能がある」

「すげぇじゃん。じゃあ、吸収した魔力をそのままぶっ放す事も出来る訳か」

「そうなんだが、安全上の理由で条件がやや鬼畜でな。一定以上のスピードで刀を振らないと、溜め込んだ魔力を解放出来ない仕組みになってる」

「一定以上って、どんくらいよ」

「うーん……音速を超えるくらい?」

「銃弾と同じスピードって事か!?」

 つまり、【虚】を使いこなすには目に見えない速さの斬撃を放つ技術が要求される。たしかに際物と呼んで然るべしだ。

「いや、そんな速さの斬撃とか、下手すれば腕千切れるわ!」

「そんな事でいいのか?」

 驚く耀真とは対極に、彩姫は首をかしげて、ごく当たり前のように言った。

「じゃあ、後で試してみよう」

「「マジで?」」

 耀真と入道が同時に目を瞬かせる。

「? どうした二人とも」

「……いや、いい。次は笠井だ」

 これ以上は触れない方がいいと判断したのか、政彦がさくさく話を前に進める。

 彼が荷物の中から次に取り出したのは、玩具のような見た目の大振りな白いハンドガンと、同じカラーリングの小振りな盾だった。

「笠井は主に索敵魔法を使う後方支援がメインだからな。最低限、自衛に使えそうなものだけを用意した。変な物を渡されるより、その方が助かるだろ?」

「入道メタル製の一般モデルの魔法銃とシールドね。しかも初心者用」

「エントリーモデルの中では新発売の機種だ。次の商品展開に繋がるデータが取れるかもしれないから、今回は会社の方から無償提供させてもらう」

「いいの? タダで貰っちゃって」

「俺らにもメリットがあるからな」

 雨音自身はウィッチバトルという競技が未知の領域だ。本物の初心者である彼女からなら、会社としても有用なデータが取りやすいのだろう。

 さてさて。前座はここまでだ。

「さあ、これで最後だな」

 テーブルの上で最後に残った一つの黒いトランクには、耀真がずっと待ち焦がれていた、例のオーダーメイド品が入っている。しかも、物が物だけに、トランクには厳重に鍵が掛かっているときた。

「待たせたな、天霧。いよいよお披露目だ」

「ああ。早く開けてくれ」

「慌てるなよ」

 政彦がにやにやしながら、おもむろに懐から鍵を取り出し、トランクの鍵穴に挿す。小気味良い音と共に鍵が開かれ、その封印が重々しく解き放たれる。

 入っていたのは、全身がツヤ消しの黒のボディに金の細いラインが入った、一丁の銃だった。形としては自動拳銃の類だが、その手の銃器特有の角張ったデザインではなく、全体的に丸みを帯びたフォルムをしている。分解用のレバーやセーフティーなどのスイッチ類も控えめな突起として存在する程度で、金のラインで分割されたスライド機構は銃身本体と段差が無いように組み立てられている。その人殺しの道具らしからぬ、つんとすました品の良さに、これからこの銃を受け取ろうとしている耀真本人が改めて見惚れてしまった。

「おお……ぉおおおおおお……!」

 まるで赤ん坊にでも触れるように、耀真は銃を箱から取り上げた。

「撃たなくても分かる。これは最高の銃だ」

「なんか芸術品みたい」

 羽夜が耀真と全く同じ感想を口にする。

「そんなに褒めるなよ」

 作った本人である政彦が照れ臭そうに笑う。

「お前からは既にお代を貰ってるからな。それに見合う仕事をしたまでだ」

「改めて認めるよ。お前は最高の魔装技師だ」

「使ってから言えって」

 こちらのあまりの気の早さに、政彦がさらに困惑しているのが伺えた。

「ああ、そうそう。その銃、まだ名前が無かったんだわ。天霧、お前が決めていいぞ」

「マジで!?」

 耀真が目を輝かせて政彦に詰め寄った。

「いいの? いいの? 作った本人の特権だろ、そういうの」

「どうぞお好きに」

「……じゃあ、こいつの名前は」

 耀真は直感で、ある名前を導き出す。

「【ソードグラム】」

 その一言で政彦が少し驚いた後、こんな事を尋ねてきた。

「【ソードグラム】……元ネタは北欧神話の魔剣グラムだな。でも、いいのか? そいつには何も特殊な機能は無いぞ?」

「いいんだよ。こいつはこれから、あらゆる魔法をぶち抜く魔剣になるんだ」

「ちょっと待て」

 上がりっぱなしのテンションで話し続ける耀真に、彩姫が水を差してきた。

「特殊な機能が無い? それでは本当にただの自動拳銃じゃないか」

「それでいいんだよ」

 政彦が腕を組んで答える。

「銃本体の素材は耐久力に優れ、ある程度の耐魔法性能がある高級品の金属だが、それ以外は速射性と精度に重点を置いた普通の銃だ。ただし、普通の銃の中では最高クラスの性能を追求してあるけどな」

「それだけで魔族と渡り合えるのか?」

「そいつはこの後の運用テストで分かる事さ」

 などと話している政彦と彩姫を尻目に、耀真は懐から弾倉を一個取り出し、【ソードグラム】に装填する。

「うん。オーダー通り、俺がいつも使ってる弾倉と規格は同じだな」

「ウチのベストセラー機と同じ構造だし、設計自体は楽なもんさ」

「早速試運転と行こうぜ」

「だな」

 耀真は逸る気持ちを抑え、他の連中と共にプラクティスアリーナへと向かった。


   ●


 プラクティスアリーナのMVRには容量や規格の問題で、公式戦などで使う仮想ステージの展開は不可能だが、代わりに練習用の特殊なステージがインストールされている。そのうちの一つが、射撃場やスケートリンクなどの、スポーツ競技に寄せられた内容の完全練習用ステージだ。

 【チーム・バルソレイユ】の面々はそこへダイブするなり、政彦から魔装具に関する基本的なレクチャーを受ける。

「そもそも魔装具ってのは、おおまかに分けて二種類ある」

 政彦はまず、彩姫が携える【虚】に目を向けた。

「一つは非魔力型。しおみんの【虚】や天霧の【ソードグラム】みたいに、それ自体が魔力を持ってないタイプの魔装具だ。素材自体が特殊だったり、魔力を持った何らかのアイテムと併用して真価を発揮する。主に魔力を持たない人間が使う」

「例えば俺の場合は、魔法効果を持った弾丸と実弾を併用する」

 耀真は掌に一個の銃弾を乗せて政彦の説明を引き継ぐ。

「ちなみに弾丸自体も魔装具の一種で、厳密には充填型と呼ばれている。最初から魔力がチャージされた魔装具だな。もちろん、中の魔力が尽きたらこいつはただの鉄屑だ」

「そして二つ目は、供給型と呼ばれる魔装具だ」

 次に政彦は羽夜の中指に嵌められた【刻印の指輪】を見遣る。

「魔族が魔力を自分で注ぎ込んで使うタイプだな。魔族は体内の産生器官から、体表の魔導回路を通じて魔力を放出するが、魔装具自体を自分の体の一部みたいに扱う事で、魔装具が持つ固有の効果と併用した新しい魔法が撃てるようになる。ただ、そいつを使いこなすには、魔力のコントロールがある程度安定してないといけない」

「魔力のコントロール……か」

 羽夜が難しい顔をする。

「自分の魔法なんて、年単位でしか使ってないんですが……」

 羽夜の場合、臨界性魔力の特殊な性質上、魔法に関してはコントロールなどを全く必要としていない。コントロール自体を要求されるくらい強力な魔法が使えない上に、実用的ですら無いからだ。

 ただし、政彦はそのあたりの事情を物ともせずに言った。

「そこはこれから何とかしてもらう。試しに、魔力を指輪に流してみろ」

「……こう?」

 羽夜の全身に一瞬だけ、電子回路みたいな模様が明滅すると、【刻印の指輪】が白い光を放つ。そこから彼女の手を覆うように、円盤状の魔力の構成体が出現した。

「おお、何か出た」

「さっき言ってたシールドだな。もっと大きく出来るか?」

「やってみる」

 言うなり、シールドがさらに大きくなり、さらに厚みが増した。

「出来た」

「意外とやれるもんだな。次は攻撃用の弾でも出してもらおうか?」

「ほーい」

 羽夜は出現させたシールドを一旦引っ込めるなり、掌からいくつか光の球を出現させ、特に何の戸惑いも無くお手玉を始めていた。

「おお……この私が……最弱の魔女とか呼ばれてたこの私が……魔装具一つで一気に二つの魔法が使えるようになるなんて」

「渡したばっかりの魔装具で、よくもまあ……」

 耀真がエースと認めるだけあって、羽夜のセンスは天下一品だ。数多くの魔装具を制作してきた政彦からしても、彼女と同じレベルの才能は五新星くらいしか見た事が無い。

 この分なら心配はいらないだろう。次だ、次。

「渕上。その弾をしおみんに撃ってみろ」

「ホワイ?」

「次は【虚】のテストだ。刀に魔力を吸収してもらう。しおみんも、準備はいいな?」

「私はいつでも」

 言いつつ、彩姫は羽夜から距離を取った。

「さあ、来い」

「じゃあ……」

 羽夜はジャグリングしていた光の球を五つ、ふわっと宙に浮かせた。

「たったいま命名。【光魔法 スパークルバレット】!」

 唱えると、光の球が全て、高速かつ狙い過たず彩姫に向かって直進する。貰ったばかりの供給型魔装具を、ここまで正確に使いこなす魔族も珍しい。

 狙われた彩姫はというと、

「遅い」

 ごくリラックスした姿勢から居合抜きの体勢に入り、抜刀。アニメでしか見ないような速度の斬撃が、全ての光弾を完璧に捉えて打ち消した。

 全ての弾を凌いだ彩姫は、剣脊のメーター部に目を落とす。

「ふむ。たしかに吸収して――あれ? 消えたぞ?」

 さっきまで腹八分目まで白く光っていたメーターが、彩姫が確認し始めて数秒ですぐに消えてなくなってしまった。

「何だ? どうなってる?」

「渕上の魔力は滞留時間が極端に短いからな」

「しかも刀身から魔力が解放されていない。速度不足か?」

「まあ、俺の目で追えてる時点じゃ、まだまだかな」

「ふむ……」

 彩姫は何回か適当に剣を振った後、羽夜に向き直った。

「渕上さん。もう一度頼む」

「あいよ」

 二人は再び向き合い、運用テストに戻った。この分なら、こっちが下手に観測して口を出す必要も無いだろう。

「次は笠井だな」

 羽夜と彩姫を背に歩き出し、射撃場の前まで雨音と耀真を連れていく。ちなみに射撃場といっても、こちらが何も操作しなければ緑の枠線で区切られた何も無い空間だ。

 政彦が受付から事前に渡されていたリモコンを操作すると、大体十メートルくらい離れた位置に岩場が広がり、岩の物陰から人型の的が六体、等間隔で横並びに展開される。

「笠井の場合は渕上やしおみんのような競技経験が無い。だからまず、的当ての訓練をしてもらう」

「それって必要? そもそも私って索敵要員でしょ?」

「サーチのポジションはウィッチバトルで最も狙われやすい。自衛の手段は必要だ」

「ふーん」

 雨音は自分が持たされている白い魔法銃を矯めつ眇めつ見た。

「ちなみに、弾倉の違いで弾も変わったりするの?」

「そうだな。お前がいま持ってるのは全て【シルフィードバレット】の弾倉バッテリーだ。もっと強力な弾もあるが、最初は一番使いやすい方がいいだろ」

「なるほど」

 頷きつつ、雨音は供給型のバッテリーを魔法銃に装填する。

「供給型は使用者の魔力を吸って、特定の弾に変換する……だっけ?」

「そうだな。索敵系魔族は自分の魔法に魔力のリソースを割く事が多いから、基本は最初から魔力が詰まった充填型のバッテリーを使うんだが……」

「今回は訓練だし、これでもいいでしょ」

 理解が早いようで何よりだ。変に弾倉を交換して時間を食うよりはいい。

「とりあえず、最初は動かない的に一発ずつ撃ってみろ」

「はいはい」

 気だるげに返事するも、雨音はやけに堂に入ったフォームで銃を構える。初心者らしい固い構えだ。両手持ちなのは良しとして、肩に力が入り過ぎている。

 発砲。左端の的に命中。胸から左にずれた箇所に穴が開く。

 次の的に狙いを定め、右隣の的に発砲。胸より少し上の位置だ。

 こんな調子で全ての的を撃ち抜き、雨音は銃を下ろして、ため息をつく。

「……ふぅ。思ったより難しいな」

「反動が少しはあるからな。じゃあ、試しに的を動かしてみるか」

 リモコンを操作すると、的が岩陰に引っ込み、新たな的が同じ数だけ現れる。今度は手前側二体、後方中段の岩陰に二体、後方最上段に二体だ。しかも、それらが一定の速度で左右にスライドし続けている。

「銃は動く的に当てにくい武器だ。試しにやってみろ」

「了解」

 さっきと同じ構えで、六発分だけ発砲。さっきと違い、命中した的は三体だけで、しかも着弾地点はほとんど腕とか肩の位置だった。外れた弾は、全て岩肌を穿っている。

「当たらないんですけどぉ!」

 いきなり雨音が地団太を踏む。銃を投げ捨てないだけ、まだ偉いと思った。

「何で? ただゆっくり動いてるだけなのに!」

「そこは慣れって奴だ。ちょっと貸してみ」

 政彦は唇を尖らせる雨音から銃を借り、充填型のバッテリーに入れ替えてから、リモコンを操作して先程と同じ条件の的を出現させる。

 連続で発砲すると、一秒あたり一体の感覚で、的の中央に風穴が開いた。

「銃の弾速と撃つ的の動くタイミングさえ分かっていれば、大体こんなもんだ」

「さすが一級魔装士」

 雨音がちらっと耀真を見遣る。

「そうだ。せっかくだし、天霧君のお手本も見てみたいなー」

「いいぜ。そろそろ我慢が出来なくなってたところだ」

 耀真は腰のホルスターに収納していた【ソードグラム】を見下ろす。

「入道。その的当てゲームで最高難易度の設定は?」

「的の出現速度、位置、タイミングの全てがランダムの早撃ちモードだ。的の数は自由に設定出来る」

「じゃあ、そのモードで的の数は十二。俺の弾倉一個あたりの弾数と同じだ」

「了解。最初にテストモードで的の動き方を見てもらう」

 リモコンを操作して、テスト動作として的を出現させる。さっきまでと打って変わって、岩陰からぬっと顔を出した的が一瞬で岩陰に引っこみ、それらがずっと位置がランダムの状態で延々と続いている。引っこむ速度が遅い的もあれば、一瞬の的もある。

 これは、いくら耀真でも一発くらい外すのでは?

「よし、的の動きは分かった」

 一回見て感覚を覚えたのか、耀真が射撃位置につく。

「そんじゃ、始めるぞ」

「ああ」

 リモコンのスイッチを押し込み、チャレンジスタート。

 耀真が【ソードグラム】を抜き、即座に発砲。最上段の右端に出現した的にヘッドショットを決める。二体目は中段の中央。こちらは胸のド真ん中。三体目は手前中央から頭を出した瞬間にヘッドショットを決められる。

 撃つ度に射撃速度が上がっている。ミリ単位で精度も向上している上に、最初の一発目の時点から胸の真ん中と頭へ交互に命中させている。さっきの政彦の実演とは比べ物にならない速さと正確さ。これが天霧耀真の基本技術である、【超高速精密射撃】だ。

 やがて十二体の的を全て撃ち抜き、リモコンの液晶画面に、一秒あたりの的の平均命中数が表示される。

 結果は、一秒あたり二・五体。【ソードグラム】の速射性なら、理論上は可能な数値だ。

 だが、少なくとも人間業ではない。

「いい銃だ」

 銃を下ろし、耀真がごく平然と呟く。

「動作も精度も、ぴったりしっくり。心強い相棒だ」

「……このバケモノめ」

「私、ちょっと自信無くなったかも」

 さすがに初心者の雨音に見せて良い手本ではなかったか。

 と思ったら、政彦はさらなる違和感を覚えた。

「? スライドが開いてない?」

 【ソードグラム】はデザインこそ風変りだが、基本的な機構は自動拳銃と大差ない。弾切れの際はスライドが開くように設計されている。

 命中した的の数は十二。耀真の持ち弾も十二。一発も余る筈が無い。

「天霧。弾倉の弾は全部撃ったんだよな?」

「ん? ああ、そういや一発だけ余ってたわ」

 耀真は自分で銃のスライドを開き、薬室から弾丸を一発だけ引き抜いた。

 ……え?

「ちょっと待て。計算が合わん」

「それな。途中で一発だけ、二つの的に命中させてたんだよ」

「は?」

 ちょっと言ってる意味が分からない。

「入道君、あれ」

 雨音に肩をつつかれて呼ばれたと思ったら、彼女は次に、手前側の岩場の一角を指し示した。

 どういう訳か、そこの岩肌の一部に、削れたような跡があるのだ。

「ねぇ、まさかとは思うけど……跳弾で当てたとか?」

「…………」

 たしかに、途中でそのような場面はあったような気がする。

 六体目の的が手前側の中央から少し左にずれた位置に出現した際、一瞬だけ手近な岩陰で微かに火花が散っていた。あの時はさすがに外したかと思ったが、意外にも胸に命中している。

 そして七体目の的の出現位置は、中段の右側だ。こちらは例によって、綺麗にヘッドショットを決められていた。

 この二体の着弾ポイントをよく見ると、弾の入射角が明らかに傾いているのが分かる。

 つまり、耀真は跳弾させた弾丸を最初の目標に命中させた挙句、的を貫通したその弾で次に出現した的の急所を撃ち抜いたのだ。しかも、出現位置がランダムの設定で、だ。

「あ……ありえねぇ」

 そんなの、もはや未来予知の領域じゃねぇか……!

「伏せて!」

 いきなり羽夜の鋭い警告が飛ぶ。政彦は反射的に傍に立っていた雨音の肩を抱いて、同じく即座に反応していた耀真と共に身を前に倒す。

 なにやら目の前がやたら眩しいと思ったら、何かが政彦達三人の背中を通過して、直後に岩でも爆破されたような轟音がこの仮想空間全体に響き渡った。

 起き上がり、音がした射撃場を見遣る。

「な……!?」

 さっきまで射撃場としての機能を発揮していた三段の岩場は、見事なまでに土砂崩れのような状態となって無残な姿を晒していた。その中でもひときわ印象深い傷跡は、中段あたりに刻まれた黒焦げの横一文字だった。

 政彦がぽかんと口を開けて固まっていると、何故か彩姫が嬌声を上げていた。

「出来た! 出来たぞ!」

 彩姫が剣をぶんぶん振り回しながら、子供のようにはしゃいでいる。

「入道君! とうとう【虚】の発動条件を満たす剣速が出せたぞ! しかも渕上さんの臨界性魔力も――おや? どうかしたか?」

「……嘘だろ、オイ」

 以前にも、政彦はこのチームに加入した事を後悔していた。リーダーとエースの頭のネジが五本ぐらい抜けていたからだ。

 だが、今回は違う意味で後悔している。

「俺……こんなバケモンの巣窟で、やってけるのかな」

 果たして自分は何処までこの連中と付き合っていけるのかと、入道政彦は一種の劣等感に近い感情を抱き始めていた。


   ●


【TIPS】


 魔装具まそうぐ=元々は人間が魔族の暴力に対抗する為に開発した対魔族専用兵装の総称。しかし文明の発展によって、現在では魔族専用の魔装具が普及している。最初から魔力が充填され、特定の操作で疑似的な魔法を発動するものもあれば、魔力を用いらず魔法耐性に特化したものまで、多種多様な武器が存在する。

 ウィッチバトルが普及してからは、競技用の魔装具なども魔装具メーカー『入道メタル(株)』から売り出されている。特にスイスのメーカー『アルプス・モータースポーツ(株)』から発売した【エアブレード】シリーズはウィッチバトルに不可欠な基本装備としてベストセラーを博している。

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