【第43話:扉と魔道具】

 扉を開けた瞬間、湿った生暖かい風がオレの頬をうった。

 なにか肌がピリピリとするような気がするのは、オレの気のせいだろうか。


 複雑な、そして最悪な状況で初めて遺跡型ダンジョンに足を踏み入れたからか、いろんな感情が込み上げてくる。


「思ったより広いし、明るいんだな……」


 別に好奇心だけから呟いた言葉ではない。


 間違いなく最後は戦闘になるのだ。

 少しでもダンジョンの状況を把握し、戦いを有利に進められた方がいいからな。


 広さや明るさはもちろん、足場はしっかりしているのか、天井の高さは?

 立ち位置により死角はできないか、罠はないのか、魔物が襲ってくるとすれば前方からだけか?


 出来る限りの情報を集め、様々な想定をしていく。


 今までもバクスのパーティーにいる時はオレが下調べをし、実際に進む際もオレが先頭をきって進んでいたのだ。

 これまで通りにすればいいだけだ。


 幅は馬車が四台は並んで通れるほどある。

 だが、天井はそれほど高くない。

 思い切り跳び上がって剣を振り上げれば当たるかもしれない。

 足元は土のようだ。

 多少乾いてはいるが、足が滑るような感じではないな。

 壁は古びた石壁で出来ており、等間隔に魔道具のものと思われる光が灯っていて、目を凝らさなくても周りが確認できる程度には明るい。

 ただ、光源が横からなので、戦闘時には影になる部分を意識しておいた方がいいだろう。


 出来るだけ素早く観察を終える。

 すると、せっかちなオックスの部下の一人が怒鳴ってきた。


「立ち止まるな! そのまままっすぐ進め!」


 オレに続いて入ってきた奴に先を促されるが、一瞥してわざとこちらのペースで進んでいく。


「ちっ! むかつく餓鬼だ……」


 軽く焦らしつつ揺さぶりにでもなればと思ってやったのだが……。


「フォーレストくん、あんまり余計なことすると妹が痛い目をみることになるよ?」


 そう言われてしまっては、続けるわけにもいかない。

 まぁ、少し焦らしてイラつかせられれば、多少は隙ができやすくなるかもって程度でやったことなので、別に構わないのだが。


「……わかった」


「素直でいいねぇ。じゃないと、いらない血が流れることになってしまうからさ~。妹が泣きわめく姿とか見たくないでしょ?」


 くっ……こっちが腹を立てると本末転倒なのだが、オックスの方が人をイラつかせる才能はありそうだな。

 さっきは一瞬素だと思われる汚い言葉遣いになっていたのに、自分は冷静で頭も切れますとでも言いたいのか、丁寧な言葉遣いが癪に障る。


「このまままっすぐ進めばいいんだな?」


「そうだ! しばらく一本道だから余計なこと考えてねぇでさっさと進め!」


 このダンジョンは地下に向かって伸びているようなのだが、どうやら緩やかに道が曲がっているみたいで、あまり奥までは視認できない。


 しかし、暫くここが一本道なのは確かだし、これなら他の衛兵の一部隊が全滅させられたのも理解できる。

 なんらかの理由をつけてダンジョンに誘い込めば、あとは背後からサラマンダーにでも襲わせれば一人も逃がさず全滅させられるだろうから。


 でも……サラマンダーはオレが既に倒してしまっている。

 オックスはオレをどうやって殺すつもりだ?


 全員に弓でも持たせて矢を射かけさせれば、オレはあっけなく殺されてしまうだろうが、運が良いのか、弓矢などは誰も持っていない。

 サラマンダーで問題なく殺せると踏んでいたのか?


 まだ続く一本道を考えながら歩いていくと、そこでようやく変化がおとずれた。


「ん? あれはなんだ……?」


 歩き始めて五分ほど経った頃だろうか。

 前方右側の壁に扉のようなものが見えてきた。


「そこには近づくな! まだまっすぐだ!」


 なにか異様な気配を感じた気がするが気のせいだろうか。

 しかし気にはなるが、そう言われてしまっては扉を開けるわけにもいかない。


「……わかった」


 扉を見つけて、ふと部屋のようなものを思い浮かべたからだろうか、不意に思いついたことがあった。


 ん? もしかして……オックスたちは、このダンジョンを根城に使っていたんじゃないのか?


 このダンジョンは、あの未知の隠蔽の結界のようなもので隠されている。

 今の部屋がその根城にしている部屋なのでは?


 そうだ。

 ダンジョンが見つかったのは嘘ではないと言っていた。

 それが偶然誰かにダンジョンが発見されてしまって、それで慌てていろいろ動いたとか?


 あくまでも憶測にすぎないが、そう考えるとなんだか間違っていないような気がした。


「ちらちら見てねぇで、さっさと歩け!」


「…………」


 オレは振り返ると無言で頷き、ひとまずは指示に従って視線を戻す。

 しかしその時、天井付近に一瞬何かの影が見えた気がした。


 あれは……もしかして……。


 そんな事を考えていると、今度はすぐに、前方左手の壁に先ほどとそっくりな扉が現れた。


「フォーレストくん、その扉の前を少し行きすぎたら、ちょっとそこで待っていてくれるかな」


「……どれぐらい通り過ぎてから止まればいいんだ?」


「そうだね。じゃぁ指示をするので、それまではまっすぐ進んでもらいましょうか」


 オレは「わかった」と答えると、指示通りに歩き、扉の前を通り過ぎて数秒後ぐらいにオックスの合図にあわせて立ち止まって振り向いた。


「この辺りでいいか?」


「あぁ、そこから動かないように。動けば彼女らの命はないと思ってくれ」


「……わかった」


 仕方なく指示通りその場で待っていると、フィア、ロロア、メリアの三人が前へと連れてこられた。


「んんぅ~!!」


 口を塞がれているためにフィアが何を言っているかわからないが、まだこのタイミングで仕掛けるべきじゃない。

 オレは小さく首を横に振り、絶対に助けるとフィアたちに眼差しを送った。


 すると、オレの気持ちが伝わったのか、大人しくなったフィアから順番に先ほどの扉の中へと入っていった。


 少し驚いたのは、扉は魔道具のようなもので鍵がされているようで、オックスが腰にさげた革袋からプレートのようなものを取り出して扉に翳すと、薄っすらと光り、ひとりでに扉が開いたのだ。


 仕掛け自体は冒険心をくすぐられるものだが、正直これは嬉しくない仕掛けだ。

 何がなんでもオックスからあのプレートを奪わないと、三人を救出できないということなのだから。


 まだオックスが何をするかわからないが、そろそろ仕掛けるべきだろうか……。

 そんなことを考えていると、フィアたちを連れて部屋に入っていった者たちが一人を除いて中から出てきた。


 部屋の中に、何か牢屋のようなものでもあるのか?

 残っている一人が見張り役といったところか。


 ただ、これはありがたい。

 補助魔法を使って戦う際に、範囲化を使いやすくなった。

 これでフィアたちを巻き込む恐れがなくなった。


「待たせたね。身軽になったし、奥にいこうか。そうそう。一人部下を残してきている。私に何かあれば全員殺すように指示をしているから、変な真似は考えないでくれよ。合図を送る魔道具を持っているからね」


「わ、わかった」


 くっ……本当に用心深い男だ。

 正面から戦えば、今のオレならなんとかなると思うのだが、最低でも一撃で連絡用の魔道具を奪うか破壊しなければ……。


「じゃぁ、もう少し奥へと進んで貰いましょうか」


 三人を助けるという固い決意とは裏腹に、その糸口すら見つけられないまま、オレは指示にしたがった。

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