【第44話:実力】

 フィアたち三人と別れてからさらに少し進むと、ここにきてとうとう魔物が現れてしまった。

 現れたのは、オレも何度か戦ったことのあるCランクの魔物、ヘルナイトだ。


 ヘルナイトは力こそかなり強いが、素早さはそれなりだし、体格は大柄な冒険者と大して変わらない。

 だが、大剣や鎧を装備しており、武器を扱うことから、対人戦のスキルが要求される、魔法使いにとっては厄介な魔物だ。


 そもそも、シルバーを含まない一般的な冒険者パーティーだと、ソロではなくパーティーで戦うレベルの魔物だ。

 だから、オレが過去に戦った経験も、もちろんパーティーでの話だ。


 ちなみに死んだ剣士が蘇ったという伝承がある魔物だが、個人的には魔物なのだから、無からそのまま生れ出たと思っている。


 まぁ伝承はともかく、ヘルナイトは十分強敵なわけだが、今のオレなら倒すのはそれほど難しくないと思っている。


 だが……抵抗せずに殺されろなどと指示されると非常に不味い。


 そういう理由で、オックスがどう反応するのか内心身構えていたのだが……。


「ん~、不死の魔物はダメですね。フォーレストくん、構わないので倒してしまってくれ。面倒だからまだ死なないように頼むぞ?」


 なにか思惑があるようで、どうやらひとまずは助かったようだ。


 といっても、ヘルナイトはCランクの魔物だ。

 油断していい相手ではない。


 ただ、このタイミングで戦いを指示されたのは、オレにとってはかなり幸運なことだった。


 バフを掛けなおすチャンスだからだ。

 そろそろ切れるころだから焦っていたんだよな……。


全能力向上フルブースト1.5倍!」


 本当は全能力向上やその限界倍率は教えたくなかったのだが、バフが完全に切れるかもしれないという危険をおかしてまで隠すものでもない。


 まぁでも、そもそもサラマンダーと戦っているところを見られていたようだから、あまり意味はないのか。


 とにかく今は目の前の敵に集中しよう。


「はぁっ!!」


 オレは一気に駆け寄り間合いを詰めると、裂帛の気合いとともに剣を振り下ろした。


 しかし、ヘルナイトの身体に当たると思った瞬間、オレの一撃は大剣によって受け流されてしまった。


「っ!? これを受け流すのか!」


 最近はフィアと模擬戦を繰り返しているおかげで、剣の腕も少しずつ上がってきている。

 だから、一撃で倒すとはいかないまでも、いくらかのダメージを与えられると思っていたのだが、ヘルナイトの剣の腕はなかなか侮れないようだ。


 うまく受け流されたせいで体勢が崩れそうになるが、全能力向上フルブースト1.5倍の身体能力に任せてそのまま更に横へと踏み込み、ヘルナイトの反撃の剣を掻い潜る。


「はっ!!」


 そして、ヘルナイトの剣が斜に流れたタイミングで剣を切り返して、逆袈裟に素早く斬り上げた。


 ちっ! 浅いか!?


 これが人なら致命傷になる程度には深く斬りつけられたのだが、如何せん相手は不死の魔物だ。

 生半可な攻撃では活動停止まで追い込むことはできない。


「ちっ!? 不死の魔物は面倒だな!」


 ただ、不死の魔物とは言っても、何度も斬りつけてやれば倒すことは難しくない。

 オレたち人が勝手に不死の・・・魔物と呼んでいるだけで、別に本当に死なないわけではないからな。


「はぁっ!! ……ふっ! しっ!!」


 ヘルナイトの大剣を躱し、隙をついては何度も斬りつける。

 確実に避けて、丁寧に斬りつける。

 一度に倒せなくてもいい。


 何度も……何度も……。


「おいおい……なんだよあいつ……魔法使いじゃねぇのかよ?」


「お前よりつぇぇんじゃねぇか? 良かったなぁ、人質がいて。がははは!」


 オックスの部下たちが何かわめいているが、別に魔法使いだからと、こういう戦い方をしなければならないなんてないはずだ。


 補助魔法は素早い詠唱が可能なことから、バフとデバフを組み合わせる事で接近戦でも活躍できる可能性が高いと考えている。

 だから、フィアとの模擬戦でも自分の剣の腕をあげるために、常に全力で取り組んできたのだ。


「これで終わりだ!! はぁっ!!」


 再度、裂帛の気合いと共に振り下ろした剣は、ヘルナイトを深く袈裟に斬り裂き、その活動を停止させた。


 通常、シルバーランクの冒険者は、Cランクの魔物なら一人でなんとか倒せるものとされている。

 そういう意味では、もう胸を張ってシルバーランクだと言えるようになった。


「……やはり君は危険だね。バフの新たな使い方で格上の相手にダメージをいれられる上に、魔法使いにもかかわらず、補助魔法によって自身の強化を図って接近戦もこなすことができる。剣術も粗削りだが良いものを持っている。このまま放置するには非常に危険だ。危険だが……その実力、このまま殺すには惜しいな。どうだろう? 『薔薇の棘』に代わって私の駒になる気はないかい? そうすれば、あの女どもも助けてやらないこともないぞ?」


 どこまでも呆れるやつだ……。

 長年に渡って悪事の限りを尽くしてきたというのに、まだやり足りないのか……。


「オレがそんな頼みを受けると思うか……?」


「ははは。頼み? これは頼みではないよ。慈悲・・だ」


「慈悲、だと……」


「そう、慈悲だよ。その真面目な頭で考えてみるがいい。このままだと君は魔物に殺され、妹たちには悲惨な人生が待っているのだよ? それを君が私に忠誠を尽くすだけで少なくとも妹たちの未来は明るくなるのだから」


 なんて勝手な理屈だ……。

 その非道な行いをしようとしている張本人のお前が言うのか……。

 まったく、呆れて物も言えないとはこのことだろうか。


「ふざけるな……」


「はははは。まぁあとわずかだが時間はある。死を目前にして考えが変わったなら言ってくれ。それまでは返事を待ってやろう」


「……変わらないとは思うが、わかった」


「ほぉ~意外だな。まぁいい。でも、もうあまり時間はない。もし生きることを望むなら、早めに決める事だ」


 はらわたが煮えくり返りそうだが、最悪の場合の保険に、フィアたちを助ける手段として返事を保留する形で残しておく。

 自分が死ぬだけなら覚悟はできているが、彼女たちは何としてでも救い出したい……そのためならオレはどんなことでも……。


「じゃぁ、死へのカウントダウンを再開しようか。前へ進んで貰おう」


 オレはその言葉に無言でこたえ、もう一度歩き出したのだった。

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