第7話 狼探しと羊晒し

 数当てゲームが終了して、まわれる部屋は増えたが、結局状況の手がかりも脱出の手段も見つからなかった。


 大時計の時計は2時間を切っている。

 

 食料……飲み物、トイレなど、生活に必要なものは揃っている。


 なんだか、疲れ果て大時計のある大部屋の壁にもたれる用に休んでいた。



 黙って、すぐ隣で同じように座り込むギンを見る。


 さすがのギンもこの状況には少し疲れ果てているようにも見えた。



 学校で見慣れているはずのギンの横顔も何処か別人のようにさえ見える。

 私を見つけるといつも馬鹿みたいに笑っていて……

 あの日のあの事件の日にも……

 こうして、私を支えてくれた。



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 黒瀬 零素(くろせ れいす) 高校二年 17歳……

 二人の両親に先立たれた私は、5つ年の離れた姉とその夫に引き取られ、一緒に暮らしていた。


 姉の夫も姉と同じ22歳で、自分の洋菓子店、20歳でケーキショップを経営し姉と二人で小さな店を開き、地元では学生やOLにも人気のある割と有名なお店であった。


 そんな二人に私は学費から生活できる環境まで……面倒を見て貰い……

 自分に厳しく、人に優しい姉の夫には空いている時間に勉強や相談に乗ってもらうことがあった。

 感謝していた……二人に、立ち入る隙間が無いくらいに姉と彼は、誰もが羨むくらいにできた夫婦で……


 だから、次第に私は自分の気持ちに嫌悪感と、敵わない恋に失望するようになった。

 そんな私を知りながらも、同級生の青都 吟芽(あおと ぎんが)は、その恋を邪魔しないよう……踏み入れないよう……それでいて、私が自暴自棄になり、間違った事をしないよういつも見張ってくれていた。


 なのに、私は……あの日……

 そんなギンと、そんな私を親の変わりに育ててくれた姉を裏切り……

 私は彼に想いを伝えた。 


 結果はNOだった。

 わかってはいたが……悲しかった。


 彼は、私と姉との家族の関係を壊したくないと、必死で私を繋ぎとめようとした……私はその優しさと姉への罪の意識で、気がつくと夜の外に飛び出し、追ってきた彼から逃れるように、道路に飛び出した。


 必死で追いかけてくる彼の声も聞こえなくて……その声の意味にも気がつけなくて……不意に彼に突き飛ばされて、初めて周りの音が聞こえた。



 救急車のサイレンの音……私の立っていた場所にはトラックが横転していて……

 大声で泣く姉の声と……

 側に転がる……誰かの身体を見ようとしたとき……



 「見ないほうがいい……」

 視界を遮るようにギンは私の側に近寄ると、そっと私の頭を抱えた。


 何もかもが壊れた……私のせいだ。

 私のせいで……



 ・

 ・

 ・



 ずっと、あの日からも……ギンは変わらず私に優しく……

 そして、それ以上に踏み入れようとしない。


 「……ねぇ、ギンは私の事を憎んでいないの?」

 ずっと聞けなかった……質問。


 「……どうかしたの?」

 ギンは私を見るといつものように優しく笑った。


 「生きて帰ろう……その時にその答えも、レイの答えも聞かせて欲しい……」

 私の答え……私は……



 「おい、てめーらっ、集まりなぁ」


 大部屋中央にいつのまにか現れた仮面の兎。

 時刻はまだ……1時間余っているはずだが……


 11卓ある、証言台のような机の前にそれぞれ配置される。


 「どうせ、てめぇらの事だ、裁判の時が近づいてるってのにまだまともに話あってねぇんだろうって思ってな、心優しい俺様が話し合いの場を設けてやろうって訳だ」


 「……話し合い?」

 緑木は不思議そうにそう尋ねる。


 「1時間後……狼を処刑するのか、羊を差し出すのか……いずれにしても誰を指名するのか……決めねーとならねーんだ」

 仮面の兎の言葉に再び現実に戻される。


 「なるほどねぇ、そうだよねぇ、きちんと話合って犯人を捜すか、狼じゃない確実な羊のどちらかを見定めないといけない訳だもんねぇ」

 リンネは楽しそうに発言する。


 「こっから先の話し合いには基本、俺様は参加しねーからな、司会役を決めて狼を処刑するか羊を差し出すかを選んで……その話し合いの中で誰に投票をするか決めるんだな、存分に他人を騙し陥れろ、これがこのゲェムの生き残るコツだぜ」

 可愛らしい声で恐ろしい事をさらりと言う。


 「票は全部で10票……同票の最多票が複数居た場合は同票者のみで決戦投票、その決選投票でも同票の場合は、決戦に参加していない一人にランダムで投票権を与えられ、生き残る事が相応しくない一人を選んでもらう」

 ……何とも残酷な役割だ。

 


 「そして、決戦投票では、最初に投票した同じ人物に投票することはできない」

 ……どうゆうことだ?

 もし……投票した相手と自分の二人が決戦投票に行った場合は……

 自分に投票するしかないということになるのか?


 「まぁ……計算上ありえないが、過半数以上同数になった場合は、この裁判を無効とし、12時間後の裁判へ持ち越しとなる」

 ここに居るのは10名……

 ……確かに票が1票ずつ、または2票ずつ見事に割れない限り不可能だ。


 「それじゃ、誰か司会進行役決めて、せいぜい自分が生き残るために話し合いな」

 仮面の兎はそう言ってその場から離れる。



 「……それじゃ、何から話すべきだろうね、一人を除いて9人がハッピーになるなら、ここで狼を引き釣り出す話し合いが重要だと思うけど」

 赤桐がそう話を切り出す。


 「……赤桐さん……だったかしら?当たり前のように司会進行役を買ってでてるみたいだけど、私はまだ貴方の事を信用なんてできていないのだけど」

 キョウカがそう切り込む。


 「……すまない、なら無槻さんだったかな?君が進行を勤めたいということかな?」

 赤桐がそう返すが……


 「私を信用できるっていうならそれで構わないけど……」

 周囲を見渡しながらキョウカは言うが

 「どう見ても、信用されている様子はなさそうね……そうね、黒瀬さん……貴方とかどうかしら?」

 私を指差しキョウカが言った。


 「えっ?」

 思わず戸惑う……


 「少なくとも、ここに居る中だと信頼を集めている方のようだし、公平さと正確な判断も出来そうだし」

 そうキョウカが私を指名する。


 「僕は、異議は無いが」

 その赤桐の言葉に異議なしの言葉が続く。


 「それじゃ、黒瀬さん……お願いできるかしら」

 そうキョウカに言われる。


 こんな場で……こんな場所で何を話し合うというのか……

 誰が悪人なのか……誰を犠牲者に選ぶのか……

 そんな話し合いを私にさせようって言うのか……

 誰も死なずに済む方法……

 そんな話し合いをするべき……そんな方法がある訳が……

 ……。



 「……全員が助かるための話し合いをしませんか?」

 そう私が切り出す。


 全員が不思議そうにこちらを向く。


 「……そんな方法が?まさか狼がわかったのか?」

 灰場がそう私に尋ねる。


 「いえ……わかりません」

 それをあっさり否定する。


 「でも……先ほどの兎のルールが適応されるなら……」

 全員が注目している……


 「全員……開かれる生贄ゲームで自分自身に投票してください」

 私がそう告げる。


 「……過半数以上が同票なら……試合が無効」

 そう私が皆へ伝える。


 「……信用できるの?3人はイカサマコインを持ってるんだよ!」

 ネネがそう叫ぶ。


 「……問題ないです、仮に3人が自分の投票を無かったことにしても、票は6票……全員が自分に入れさえすれば条件はクリアできる筈です」

 そう私は言葉を返す。


 「……貴方は、その言葉を全員に従わせる事ができる?」

 キョウカは不敵な笑みで返す。


 「……貴方の言葉に全員従うと全員に信じこませることができる?」

 誰かが裏切れば……全てが終わる。

 全てが崩れる……


 「……貴方の言葉を信じて犠牲になった者が出た時、貴方は自分の言葉に責任が取れる?」

 キョウカが畳み掛けるように続ける。



 「なぜ、それを彼女のせいにするっ!」

 ギンが割って入る。


 「……そうね、責任を取る必要なんてない……でも、誰も責任も取らないそんな言葉に、皆は自分の命に投票することなんてできるかしら?」

 青ざめる……何も言い返すことができない……


 「彼女は……あんたに言われて司会進行して、皆が助かる方法を提案したっ、それだけだろっ!!」

 ギンが怒り任せに叫ぶ


 「随分と彼女に熱心なのね……もともと仲良さそうに見えたけど特別な関係でも?どちらにしても、二人がつるんで居たとしたら……ちょっと危険ね」

 ……この女……何が狙いだ……

 恐怖……狼以外にも……人を喰らう羊……

 周りの疑心がどんどん強まるような気さえする。


 「まぁ……気にすることはないわ……もともとこんな状況でこんな場所で信頼し合えなんて無理な話だっただけよ、話し合いなんて傍から無意味だった」

 そうキョウカは言う。


 「それと……貴方の発言は皆に取っては無駄じゃなかったわ……」

 キョウカは冷たく笑い……


 「貴方の中途半端な正義感は、貴方を十分に真っ白な羊であることは皆に証明できたんじゃないかしら?」

 頭が真っ白になる……

 赤桐の台詞を思い出す。

 狼であること……羊であること……どちらの証明もこのゲームに置いて危険である。

 

 あの女……最初からそれが狙いで……


 「黒瀬さん……あなたは次の投票で自分に入れるしかない」

 キョウカは冷たく笑い……


 「もし……投票の結果、あなたに1票も入っていなければ……例え生き残っても貴方は嘘つきだ」

 震える……発言の重み……彼女の言うとおり……自分の発言に後悔するのは遅すぎて……


 「それと、狼本人はその言葉に従う訳が無い」

 そうキョウカは追い討ちをかける。


 大時計の時間は残り30分を切っていた……

 頭が真っ白になり……みんなその場から離れだしたことさえ気がつかず、机に両手をついて震える自分の足を支えるのがやっとだった。

 私は……自分に投票しなければならない。


 自分の提案した意見……誰もが救われる方法だ。

 全員を信用しているなら……簡単なはず……だったのに……



 「おっさん……頼みがある……」

 ギンの近くに寄った赤桐にそう呟く。


 「次の投票……入れて欲しい奴が居るんだ」

 ギンのそんな人を殺す決心をしたような恐ろしい目にさえ、その時は気がつけなかった。


 「……気は進まないが……確かに彼女は危険だね……本当の狼じゃなければいいが」

 ……この投票の結果がどう影響するのかさえわからない……

 本当に、こんな票で人を殺す事ができるのだろうか。

 赤桐はギンのその目に危険を感じながらも、あの女子生徒はもっとも危険だと確信していた。


 「あーーーーはっはっはっはっ!!やっぱおもしれーーー!!」

 一人意味も無く大笑いしている男……リンネ。


 「あれも危険だね……」

 赤桐は……疲れたように呟く。



 「……レイ、俺が必ず君を守るから……」

 そう……ギンが呟く。


 大時計の時計は、あっという間に5分を切っていた。

 


 

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