第33話 呆然としてます

 ミカは笑顔を浮かべたまま、首をかしげた。


「どうしたの、サキ? そんな驚いた顔して」


 どうしたの、もなにも……。


「本当に、ミカ、なの?」


「うん。本当に、野々山ミカだよ。まあ、見た目はミカエラになってるけどね」


 ミカは笑顔を崩さず答えた。ウソを吐いているようには見えない。

 でも、それなら……。


「この間、教えてくれた、この世界に来る前の話は……」



 あの話が本当なら、ミカが恋してたのは――



「ああ、あれ? ウソに決まってるじゃない」




 ――私のわけがない。

 そんなこと、分かってたはずなのに。


「だって、ああいう話をしておけば、サキは私のこと警戒しないでしょ……、こんなことをしようとててもね!」


  バンッ


「うわっ!?」


 ミカが突然放った光の球に、部屋の隅まで吹き飛ばされた。

 痛みはあんまりないけど、全身がしびれて動かない。


「さて、これでしばらくは動けないだろうし……」


 床にはいつくばる私に、ミカが笑顔で近づいてくる。

 ミカは私の側で足を止めて、顔を覗き込みながらしゃがんだ。


「サキの顔を見るのもこれで最後だろうから、本当のことを教えてあげる」


 本当の、こと?


「私ね、前からヒスイのことが好きだったの」


 ……ヒスイ、が?

 でも、ミカは前から……。


「ああ、私が闇の元帥が好きだって言ってた理由? だって、男キャラが一番の推しって言うと、乙女ゲーオタクキモいって言う奴が多いし」


 私は、そんなこと思わない。


「それに、ほら、ヒスイって、私の彼氏とちょっと似てるでしょ?」


 彼氏……、私がここに来る前に見た、あの人のことか。


「それに、SNSだとアップデートでヒスイルートが追加されたとき、闇の元帥ルートをコンプリートしてるのがルートに入る条件になる、ってウワサがあったし」


 ……たしかに、そんな話題は見たことがあるかも。


「それに、闇の元帥が好きっていうときにサキがする顔、すごく面白かったから」


 面白い……。


「サキが闇の元帥に似てるって話はずっとしてたし、『ひょっとしたら私のことも好きなのかも』って期待する顔、今思い出しても笑えるわ」


 ……。


「それに、こっちの世界に来てからも、闇の元帥ルートに入ろうとしてたのはヒスイに近づきたかったからなのに、本気にしちゃって……、サキって本当に単純だよね」


 ……もう、なにも聞きたくない。


「でも、せっかくこの世界に来たから、ヒスイを攻略しようとしたのに……、ヒスイはサキのことかなり気に入ってるみたいだから……」


 突然、ミカから笑顔が消えた。



「……すっごく、邪魔だったんだよね」



 ……これが、本心、か。


「だからさ、究極魔法を使って、サキだけ元の世界に戻すことにしたんだ。一番のお気に入りがいなくなれば、ヒスイもへこんで取り入るすきができると思うんだよね……、あ、そうか」


 再び、ミカの顔に笑顔が戻る。


「それだと、サキのおかげで恋が成就するキッカケができるのか……、なら、お礼くらいはしてあげないとね」



 ミカはそう言うと、顔を近づけて――


「はい、お礼」


 ――右の頬に、唇をつけた。


 なんで……、こんなことを……?


「なにそんなに驚いてるの? ずっと、私とこういうことしたかったんでしょ?」


 そう言うと、ミカは立ち上がった。


「それじゃあ、私はもういくから」


 それから、きびすを返して、ドアの方へ向かっていく。



 私のことを利用しただけって話のはずなのに――



「……バイバイ、サキ」



 ――なんで、そんなに悲しそうな声をしてるの?

 


 しびれのおかげで疑問は声にならず、ミカは振り返ることなく部屋を出ていった。




 ミカが出ていってしばらくして、ようやく身体が動かせるようになった。

 ヨロヨロと扉に向かって、開けようとしたけど……、少しも動かない。魔術で攻撃してみても、開く気配すらない。多分、ミカが魔術で開かないようにしたんだろう。

 

 私だけを元の世界に戻すって言ってたけど、調印式の途中で究極魔法を使うのかな?

 ヒスイとギベオンは、私たちが二人で元の世界に戻ることは、賛成してるっていう話だったっけか……。

 それなら、私一人で元の世界に戻ることは、どう思うんだろう?

 お飾りかもしれないけど、No.2がいなくなるわけだから、光と闇の勢力の均衡が崩れるんじゃないかな?


 ……いろんな疑問が浮かぶけど、答えが出ない。

 まあ、答えが出たところで、部屋から出られないから、なにもできないか……。


「……ふぁぁ」

 

 ……なんだか、眠くなってきた。

 まだ身体もだるいし、少し横になってようかな。


 ベッドに横になると、右の頬に柔らかさと温かさがよみがえってきた。

 ……これが、ミカの唇の感触か。

 たしかに、ミカとのキスを妄想したことはある。


 でも、こんな形じゃ――


  ドサッ


「うわぁっ!?」


 ――ない、っていう感傷に、もう少しくらい浸ってたかったんだけどね。


 ベッドの側に立てかけておいたミカエラ人形が倒れ込んできたおかげで、感傷モードに突入している場合じゃなくなった。一分の一スケールなだけあってそれなりの重さはあるから、どけないと苦しいからね。


 動かすと、またWeb小説のタイトルみたいなセリフが出るのかな。


 でも、どうせウソなんだし、いちいち気にしないことにしよう――


 

「ぱんぱかぱーん! サキが規定回数、私に触れてくれたからご褒美として、今からシークレットボイスを流すよ!」


「……え?」



 ――と思ってたのに。


「サキがこの世界に来る前に起きたことの真相と、究極魔法をなにに使おうとしてるかを特別に教えちゃうね!」


 ミカエラ人形は、明るい口調でものすごく気になることを口走った。

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