第32話 愕然としてます
夕食やお風呂を終えて部屋に戻ると、ポケットにしまった通信機から震えを感じた。画面に映ったのは、ミカエラという文字。
毎晩このくらいバッチリなタイミングで連絡がくるけど、約束を破って監視機能を使ってたりはしないよね?
でも、本当にプライベートな部分は見ないって言ってたから……、使われてても問題はないか。
……なんか、ものすごくミカエラの行動に毒されてる気がするけど、気にしないで通話にでよう。
「やっほー、サキ! 今日もお疲れ様!」
通信機を耳に当てると、今日も楽しげなミカエラの声が聞こえてきた。
「ミカエラも、お疲れ様」
「うん!今日も、すっごく頑張ったから、もうクタクタ!」
「そっちのトレーニングは、こっちの数倍はキツそうだもんね」
「ふっふっふ、でもそのおかげで、究極魔法を無事に習得できました!」
「おめでとう。私の方も、今日なんとか無事に習得できたよ」
「本当!? サキもおめでとう!」
「ありがとう。これで、二人で元の世界に戻れるね」
「……うん! そうだね!」
……なんだか、また返事に間があった気がする。
心なしか、元の世界に戻る話をするときに、こういうことが多いような――
「そうだ、サキ! 明日の調印式の前に、ちょっと時間もらえる?」
「あ、うん。大丈夫だと思うよ」
「それじゃあさ、いつ元の世界に戻るかとか、戻ったあとの連絡先の交換とか、最初のデートはどこに行こうかとか、そのへんの打ち合わせしようよ!」
――気がしたけど、気のせいか。
こんなに楽しそうに、帰る計画を話してるんだから。
「特に、最初のデートをどこにするかは、重点的に打ち合わせようよ! 動物園がいい? それとも、水族館にする!?」
「ミカエラ、まずは戻ることに集中しようよ。あと、私たちはまだ付き合ってるわけじゃないから、デートっていうのはちょっと……」
「いっけなーい! 私ったら、また先走っちゃった! てへっ!」
「いつの時代のテンプレヒロインなの……。まあ、でも、元の世界に戻ったら、どこかに遊びにいこうか」
「うん! 絶対そうしよう! じゃあ、私そろそろ消灯時間だから、このへんで!」
「あ、うん。じゃあ、おやすみ、ミカエラ」
「うん! おやすみ、サキ!」
ミカエラの声とともに、通話は終了した。
なんだか、いつもより急いでいた気がするけど……、明日は調印式だし早く寝るのにこしたことはないか。私も、今日はもう寝ておこう。
「お休み、ミカエラ」
「光の聖女は大好きな元帥さんが見る夢ならたとえ悪夢だとしても全身全霊で出演するんですからね!」
……うん、やっぱり寝る前にミカエラ人形の頭は、なでるべきじゃなかったかな。
ひとまず、ミカエラが夢の中に、全身全霊で出演しないことを願おう。
……少し前まで見てた悪夢には出演してなかったから、大丈夫だとは思うけど。
それから、ミカエラが出演する悪夢を見ることもなく一夜が明け、調印式当日を迎えた。
式は
「やあ、仔猫ちゃん! 待たせたね!」
「元帥! ダイヤ様がいらっしゃったので、うっかり高濃度の薬品がしかけられたスプリンクラーを誤作動させましょう!」
――取り返しのつかない国際問題が起きる可能性が高まるのは、いかんともしがたいよね。
ミカエラとそれなりの数の護衛を引き連れたダイヤに向けて、ヒスイはずっと穏やかな笑顔を浮かべてる……。
うん、平和条約の調印式を台無しにしようとする部下は、注意しないとだめか。
「ヒスイ、スプリンクラーの誤作動は、絶対にさせないでくれ」
「えー……、かしこまりました」
「かしこまりましたの前の、えー……、はなんなんだよ……」
さすがに過激なことはしないと思いたいけど、ものすごく不安になってきた……。
縋るようにギベオンに視線を送ってみると、ものすごく困った表情でのうなずきが返ってきた。
「あ、えーと……、ではダイヤ殿、控え室に案内する。ヒスイは、私の側を離れないように」
「……承知いたしました、陛下」
ヒスイはしぶしぶと言う表情で、深々と頭を下げた。
……ギベオンが側にいれば、百合過激派も大人しくしてくれる、はず。
イザコザがなんとか未然に防がれたところで、ミカエラがニコリと笑った。
「それじゃあ、ダイヤ様、お義父様、式までの間に元帥さんと二人っきりでお話ししててもいいですか?」
「ああ、もちろんだよミカエラ! 僕に恋い焦がれるものどうし、語り合ってくるといいさ!」
「うむ、お友だちとゆっくりしていると良い、娘よ」
……ダイヤの発言はかなり脱力するけど、ひとまず放っておこう。
「では、光の聖女よ、私についてこい」
「はい! 元帥さんが向かうところなら、どんな阿鼻叫喚の地獄絵図が待ち受けていても、なんのそのです!」
「うん、私の部屋をそんな物騒なものにたとえないでくれると、助かるかな……」
「はーい!」
そんなこんなで、若干素に戻りながらも、ミカエラを自室に案内することになった。
部屋に入ると、ミカエラはため息を吐きながら、椅子に腰掛けた。
「あー、疲れた。転移魔法を使って省略はしたけど、ダイヤってばここに来るまでの間に、となりでずっと自慢話してるんだもん」
「それは、朝から災難だったね」
「うん。だから、サキが頭をポフポフなでて、癒やしてくれるとうれしんだけどなー」
「はいはい、お疲れお疲れ」
要望通りに頭をなでると、ミカエラは嬉しそうに目を細めた。
「えへへー、サキってばやーさーしーいー」
「そうかな?」
「そうだよ!それに……」
ん?
なんだろう、なぜか背筋に寒気が――
「扱いやすくて助かる、って中学のときから思ってたんだ!」
「……え? 中、学?」
――なにを言ってるの?
「そうだよ! まさか、ここまで丸め込まれてくれるとは、思わなかったけどね……」
「ミカエラ、一体なんの話を……」
「ふふふ、私の名前はミカエラなんかじゃないよ……」
ミカエラが、屈託のない笑顔を浮かべる。
ああ、似てると思ったこの笑顔は――
「私の名前は、野々山ミカ。改めて、久しぶり、サキ」
――本人のものだったんだ。
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