第31話 習得してます

 ダイヤはミカエラに連れられて、大人しく帰ってくれた。あの場でイザコザを発生させないためとはいえ、ミカエラがダイヤと親しくしてるのを見るのは、あんまり気分がよくないな。光の勇士たちと親しくしてるときは、平気だったのに……。


「元帥、そういうのがいわゆる恋なんですよ」


「いや、まだ恋とは決まったわけじゃ……って、うわっ!?」


 気がつくと、伝説のアイドルの歌にあったようなフレーズとともに、微笑むヒスイの姿があった。それだけでもけっこう驚いたのに、背中には大きなタンクを背負い手にはシャワーヘッドがつけられたホース、というかなり異様な格好をしてる。


「おや、元帥、なにを驚いているんですか?」


「なにをって……、なんでそんな、某ホラーゲームの二面のボス、みたいな装備をしてるんだ?」


「ふふふ、ご安心ください。タンクの中身は、ただの消毒液ですから」


「消毒液?」


「そのとおり! 先ほどダイヤ様がこちらにいらっしゃったようなので、念入りに散布しておかなくては!」


「あー……、そういうことか……」


 まあ、顔合わせてそうそうあんなことになったわけだから、消毒液を散布したくもなるか……。


「そういうことです! まあ、ダイヤ様がまだいらっしゃるのであれば、某ホラーゲームの二面のボスよろしく、全身が溶解する類の薬品を浴びせてさしあげようかとも思ったのですがね」


「ヒスイ……、頼むから和平に向かってる今、全面戦争再開の引き金になるようなことは控えてくれ……」


「……はははは! いやですねぇ、元帥、冗談ですよ、冗談!」


 ……と言う割には、眼鏡の奥にある目がまったく笑ってないのは気せいなのかな?


「でも、元帥だってダイヤ様が光の聖女殿になれなれしくするのは、見ていて気分が悪くなりましたでしょう?」


「いや、まあ、それは……」


 そう、なんだけどね……。

 ただ、なんだか別の方向性でも、胸がモヤモヤとしてる。ミカエラに好意を持ってるからダイヤに対して気分が悪くなったのか、それとも――



 ――元の世界で最期にミカを見たときのことを思い出したから、気分が悪くなったのか。



 まだこんなことを考えてるのに友達になるなんて、我ながらミカエラには酷なことをしてるな……。


「……光の聖女殿は、そういった吹っ切れない部分も含めて、元帥のことを愛しているのだと思いますよ?」


 不意に、ヒスイが胸の内を読んだような言葉とともに、穏やかに微笑んだ。


「……そう、なんだろうか?」


「絶対にそうですよ。では、そんな光の聖女殿のために、明日からまた地獄のトレーニングを頑張りましょう! 平和条約の調印式に間に合わせるので、よりハードになりますよ!」


「さわやかな笑顔で、恐ろしいことを言わないでくれ……」


 まあ、でも、これでようやく習得時期がどれくらいになるか分かったから、ミカエラに報告できるか……。



 そんなこんなで、翌日からはヒスイの言葉通り、よりハードめになったトレーニングが始まった。


「はい! では、予定の半分の距離を走りましたので、ここからは速度をもう一段階あげましょう!」


「む、無理だ……」


「元帥なら必ずなしとげられますよ! ね! 光の聖女人形殿!」


「光の聖女は大好きな元帥さんのことをいつでもどこでも見守りながら応援してるんですからね!」


 というかんじで、ミカエラ人形をお姫様抱っこしたランニングの難易度があがったり――


「はい! では、本日中に、六百ピースの真っ白なジグソーパズルを完成させてください!」


「無茶だ……」


「そんなことはありません! 元帥が本気をお出しになれば、このくらい余裕ですよ! ね、光の聖女人形殿!」


「光の聖女は元帥さんが逃げようとしたって地の果てまでついていってあげるんですからね!」


 というかんじで、集中力をあげる訓練の難易度があがったり――


「にひゃくいーち、にひゃくにー……、元帥! ペースが落ちてきていますよ!」


「ひ、ヒスイ……、これ以上は腕がもたない……」


「いえいえ、まだ大丈夫なはずですよ! ね、光の聖女人形殿!」


「光の聖女はどんなに会えなくても元帥さんのことが大好きなので浮気の心配はまったくありませんからね!」


 ――というかんじで、ミカエラ人形を背中に乗せての腕立て伏せがメニューに組み込まれたりした。


 確実に強くなってる気はするんだけど、マジカルというよりフィジカルな面の方が鍛えられてる気がする。

 そんな疑問を抱えながらもトレーニングの日々は続いて、ついに平和条約の調印式の前日を迎えた。


「……はい! トレーニングはこれで終了です!」


 夕日を背に、ヒスイが白い歯をキラリと輝かせて笑った。


「それは……、よかった……」


「本当に、よくぞここまで耐え抜いてくださいました! これなら、いつでも光の聖女殿とともに究極魔法を使えますよ! ね、光の聖女人形殿!」


 そんな言葉とともに、ヒスイはミカエラ人形の頭をポンとなでた。


「光の聖女は強くてカッコイイ元帥さんも好きですが可憐で乙女チックな元帥さんも大好きですから安心してくださいね!」


 ミカエラ人形はWeb小説のタイトル……、というよりも、ただただ気恥ずかしいセリフをしれっとした表情のまま発する。このやり取りにも、違和感を抱かなくなるくらい慣れちゃったな……。


「それでは、これから究極魔法の使い方をさらっと説明しますね」


「……え? さらっと?」


 ヒスイの言葉で我に返った。

 仮にも究極魔法の伝授なんだから、さらっとじゃまずいんじゃないのかな……?


「大丈夫ですよ、元帥。使い方自体は、シンプルなものですから」


「そう……、なのか……?」


「はい! なにがあっても叶えたい願いを明確にイメージし、そこにもてる魔力の全てを流し込む、たったそれだけです!」


「そう、か……」


 複雑な呪文を覚えなくていいのは、助かるな。


「そうです! ただ、全魔力を一つのイメージに集中して流し込むので、身体にかなりの負担がかかります」


「だから、ランニングやら筋トレやらがメニューに入ってたのか……」


「そのとおり! 今の元帥であれば、究極魔法をお使いになったとしても、まったく問題ありませんよ!」


「それはどうも」


 それじゃあ、これで本格的に元の世界に戻るめどが立ったのか……、あれ? 

 でも、そうしたら……。


「……問題ございませんよ、元帥。陛下も私も、元帥が幸せであることが、一番の望みなのですから」


 ヒスイは夕日を背に穏やかに微笑んだ。

 究極魔法を使う目的は、最初から分かってたんだね……。


「元帥、どうか光の聖女殿と二人で、お幸せになってください」


 まるで結婚前のセリフみたいで、ちょっと気恥ずかしいけど――


「……ありがとう。必ず、幸せになってみせるよ」


 ――ヒスイの真剣な表情を前にしたら、この言葉しか出てこなかった。

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