第30話 王子様なんて・その五

 白いシャトルが、雲一つない空で放物線を描いてる。


「ミカエラ、究極魔法の訓練の調子はどう?」


 シャトルを打ち返しながら、彼女が問いかける。


「うん! すっごく、順調だよ!」


 私もシャトルを打ち返して答える。


「それならよかった。私よりずっと厳しい訓練みたいだから、ちょっと心配で」


 彼女がまたシャトルを打ち返す。


「心配してくれて、ありがとう! でも、サキのためなら、どんなにつらくても頑張れるよ!」


 私もまた、シャトルを打ち返す。


「あははは、それはどうも」


「それで、サキの方はどんな調子?」


「どんな調子もなにも、人形の機能で訓練の様子は見てるんでしょ……」


「あはは! そうでした……、隙あり!」


「わっ!?」


 スマッシュを打つと、彼女はあと少しのところでシャトルを落とした。それから、シャトルを拾って、ニコリと笑った。


「相変わらず、いいスマッシュを打つね」


「ふっふっふ! 光の聖女は大好きな元帥さんがどのタイミングで隙を作るかなんてお見通しなんですからね!」


「Web小説のタイトルみたいな説明、ありがとう。じゃあ、次は私からサーブね」


「よーし! バッチこーい!」


 それから、またシャトルが放物線を描き始める。


「ところで、ミカエラはあとどのくらいで、究極魔法を習得できそうなの?」


 シャトルを打ち返しながら、彼女はまた問いかける。


「えーとね、平和条約の調印式くらいになるって、ルリが言ってたよ!」


 私もシャトルを打ち返しながら、答える。


「そうなんだ。それじゃあ、元の世界に帰るのは、調印式が終わったあとになるのか」


「うん、そんなかんじだね! それで、サキはどのくらいで習得できそう?」


「あ……、そういえばゴールがどのくらいになるのかは、聞いてなかった……」


「え!? そうだったの!?」


「うん……。多分、ヒスイのことだから、どのくらいに習得できるかのめどは、立ってると思うけど……」


「ふーん……、じゃあ、同じくらいに習得できるといいね!」


「うん! ミカエラだけに負担はかけられないからね!」


「そこは気にしなくてもいいのに……、隙あり!」


 スマッシュを打つと、彼女はニヤリと笑った。


「なんの!」

 

「きゃっ!?」


 今度は私が、あと少しのところでシャトルを落とした。


「ふふふ、私だってミカエラの行動は、だんだんと読めるようになってきてるんだから」


 彼女がラケットを手に、得意げに笑う。

 サキってば、可愛いこと言ってくれるなぁ。

 でも……。


「ふっふっふ、弟子よ、今のはちょっと油断しただけなのじゃ! 師匠であるワシの行動を読めるようになると言うなど、十万年早いのじゃ!」


「なんだとう! じゃあ、次の一戦で師匠を超えたことを、証明してやるんだぜ!」


 サキが笑いながら、私に言い返す。

 よかった……、ただの悪ふざけだと思ってくれて……。


「ミカエラ、どうしたの?」


「……なんでもないよ! さあ、またしても一対一になったから、はやく続きにしよう!」


「そうだね! 今日こそは、決着をつけよ……」



「お待たせ! 仔猫ちゃんたち!」



 いきなり、キザったらしい声が、彼女の声をさえぎった。

 顔を向けると、笑顔を浮かべて近づいてくるダイヤが目に入った。


「ギベオン殿との会談は無事に終わったよ! さあ、一緒に帰ろうじゃないか!」


 せっかく、サキと二人っきりで楽しんでたのに、邪魔してくれちゃって……。


「ミカ……、いや、光の聖女はともかく、なぜ私までが貴殿とともに帰ることになっているのだ?」


「ふふふ、いやだな仔猫ちゃん、平和条約を結ぶことはもう決まってるんだ。なら、一足早く一緒に暮らしたって、問題ないだろう? 君は、僕に恋い焦がれているんだから」


「……」


 サキが脱力した表情で、こっちを見つめてくる。

 うん、私がまいた種ではあるし、フォローはちゃんとしなくちゃね。


「もう、ダイヤ様ってば、元帥さんはカッコいい見た目に反して、純情なんです! だから、いきなり城に連れて帰るなんてしたら、緊張しちゃいますよ! もっと、ゆっくりと絆を深めていかないと!」


「ああ、それもそうだね、すまなかった闇の元帥! それでは、これを機にゆっくりと絆を深めていくことにしよう! まずはそうだな……、僕に対しての恋心をしたためたメッセージを送ってくるところから始めようか!」


「……」


 ダイヤの提案に、サキがますます死んだ目になってく。

 でも、ほら、これで今日はこれ以上イザコザしないから、許して。


「さて、それじゃあ、今日は二人で帰ることにしようか、ミカエラ」


 の部分をやけに強調しながら、ダイヤは腰に手を回した。

 ……いくら美形でも、興味のないやつになれなれしく触られるのは、やっぱり反吐が出そうだ。でも、我慢しなきゃね。


 コイツにだって、最期には重要な役割を担ってもらうんだから。



「……そうか、帰るのか」


 不意に、淋しそうな声が聞こえた。

 顔を向けると、いろんな負の感情を混ぜ合わせたような顔をしたサキが目に入った。


 ……そうだ、あのときもこんな顔をしてたっけ。

 

 ひょっとしたら、ミカによく似たミカエラが男と親しげにしてるのを見て、あのときのことを思い出したのかもしれない。私のことを思ってそんな表情をしてくれるのはちょっとだけ嬉しいけど、これ以上つらい思いはして欲しくない。


 ううん、もう絶対にさせない。


「ごめんなさい、元帥さん。勝負の決着は、また今度にしましょう!」


「……ああ、そうだな」


 ラケットを手渡すと、サキはどこかわざとらしい笑顔を浮かべた。

 多分、無理してるんだろうな……、でも、安心して。



 嫌な女にバチが当たってハッピーエンド。



 そんな結末をちゃんと迎えられるようにするから、ね。

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