第21話 通話してます

 ミカエラからの短い伝言を伝え終えて、スイはポロンとリュートを鳴らした。


「それじゃあ、用は済んだから、僕は人間観察に戻るよ。アデュー」


 その言葉とともに、スイはガサガサと茂みの中へ消えていった。なんだか、気取った去り方のようにも見えるけど……。


「つまりまた、恋人たちがイチャイチャするさまを覗きにいくのか……」


「まあ、アイツも馬鹿ではないので、法に触れるようなことはしない……、と思いたいですね」


「そうか……」


 ヒスイのひかえめなフォローの言葉に、思わずため息が漏れた。まあ、更衣室だとか、風呂場を覗きにいくようであれば、さすがにミカエラが止めてくれるかな……。


「ところで、元帥、とんだ邪魔がはいりましたが、トレーニングを再開してもよろしいですか?」


「あ、ああ。そうだな」


 スイが乱入してくれたおかげで、少し休憩時間が稼げたし、もう走っても大丈夫そうだ。


「よーし! それでは、また歌いながらランニングです!」


「歌は、勘弁してくれ……」


 それから、ミカエラ人形をお姫様抱っこして、土嚢を担ぎながらハイスピードで走るヒスイを追いかけるという地獄のトレーニングを再開した。

 日が暮れて城の玄関に着くころには、脚も腕もガクガクになっていた。


「はい! では、今日のトレーニングはここまでです!」


「し……、死ぬかと思った……」


「大丈夫ですよ、元帥! 今日は初日ということで、かなり軽めにしましたから、死ぬことはありません!」


 嘘を吐くな!

 ……なんて言い返す気力ももうないし、ひとまず受け流しておこう。


「そう……か……」


「そうです! では、この調子で明日も頑張りましょうね!」


「明日も……、あるのか……」


 このペースで毎日トレーニングをしたら、究極魔法を習得する前に力尽きるんじゃないだろうか……。


「ふふふ、ご心配なく。明日は、どちらかというと、精神力や集中力を鍛えるトレーニングですから」


「そうか……」


 安心したいところだけど……、今日のことを考えると、結構な内容になるんだよね、きっと……。


「ふっふっふ、そんなに不安げなお顔をなさらなくても、大丈夫ですよ。ただ、大広間一面を使ってドミノをするだけですから」


「うん。何が大丈夫なのか全く分からない回答、どうもありがとう」


「いえいえ! 元帥のためにトレーニングを考えるのは、とてもやりがいのある任務ですから!」


 ダメだ、鬼軍曹モードのヒスイに皮肉を言っても、通じないみたいだ……。


「それでは、本日はゆっくりとご静養ください!」


「……ああ、そうするよ」


 とりあえず、明日のためにも、今日はヒスイの言った通りゆっくり休むことにしよう。


 それから、入浴をして、心配そうなギベオンと一緒に夕食を済ませて、自室のベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。

 もう、指一本も動かせないし、このまま眠って――


  ドサッ


「わぁっ!?」


 ――しまおうと思ったのに、背中に何かが倒れ込んできた。

 

 えーと、これは……


「元帥さん! 光の聖女は遠く離れても元帥さんのことをずっとずっとずっと大好きでいるんですから覚悟してくださいね!」


 このWeb小説のタイトルっぽいセリフは……、ミカエラ人形か。置き場にこまってベッドのそばに立てかけていたのが良くなかったみたいだ。

 ガタガタする身体をなんとか動かして、ミカエラ人形の下から抜け出した。それにしても、改めてよく見てみると、本物が倒れ込んでいるようにしか見えないな。今頃、ミカエラは何をしているんだろう?

 それに――


 

「光のお嬢さんいわく、全部私に任せてくれれば良いから、とのことだよ」



 ――スイが伝言の、全部任せるというのは、一体何のことなんだろう?


 やっぱり、元の世界に戻るための云々は、全部自分に任せて欲しいってことなのかな?

 でも、ミカエラにだけ大変な思いをさせたくはないしなぁ……。



「娘よ、ちょっといいか?」



 不意に、扉の方からノックの音と、申し訳なさそうなギベオンの声が聞こえた。すごく疲れてるけど、無視するわけにもいかないか……。


「はい。少々お待ちください、父上」


 ガタガタする身体を引きずりながら、なんとか扉に向かう。扉を開けると、ギベオンがスマートフォンっぽい見た目をしたこの世界の通信機を持って、立ち尽くしていた。


「休んでいるところ、すまない」


「あ、いえ。問題ありません。ところで、何かあったんですか?」


「ああ。お友達から、電話がきてるぞ」


「お友達から電話?」


 問い返すと、ギベオンが持っていた通信機をこちらにさしだした。画面には、みなれない数字の羅列が表示されているけど……、これは、絶対に……。



「ヤッホー! サキ! 元気してるー!?」



 通信機を耳に当てると、予想通り元気いっぱいのミカエラの声が聞こえてきた。


「それじゃあ、パパ、席を外すから。話が終わったら、通信機返してね」


 ギベオンはそう言い残して去っていった。


「あれー!? サキー! 聞こえてるー!?」


 通信機からは、相変わらずミカエラの声が聞こえてくる。


「ああ、ごめん。聞こえてるよ」


「良かったー! ちょっと話したくなっちゃったから、お義理父さんのところに電話しちゃった!」


「そうだったんだ」


 そういえば、ギベオンとはメッセージのやり取りをするくらい親しいけど、私とは連絡先の交換をしてなかった――


「うん! サキの連絡先は入手済みだけど、いきなり連絡したらビックリさせちゃうかなって思って!」


 ――けど、連絡先を知らないわけはなかったか。うん、なんたって、相手はミカエラだもんね……。


「あれー? サキ、なんか脱力してそうな気配がしたけど、大丈夫?」


「あー、うん。大丈夫だよ」


「それならよかった! あ、ねぇねぇ、プレゼント、もう届いた!?」


「うん、今朝届いたよ。いろいろと言いたいことはあるけど……、とりあえず、ありがとう」


「いえいえ! サキが喜んでくれたなら、なによりだよ!」


「それは、どうも……。ところで、ミカエラの方の、調子はどう?」


「うん! おかげさまで、元気いっぱいだよ! 究極魔法の練習は大変だけど、サキのために頑張るからね!」


 私のために頑張る、か。それだと、やっぱりあの伝言は、元の世界に二人で戻る究極魔法は、ミカエラにだけ任せて欲しいってことだよね。でも……。


「あのさ、ミカエラ、ちょっと確認なんだけど」


「うん、どうしたの? サキ」


「ミカエラは、元の世界に帰るために、究極魔法を使ってくれようとしてるんだよね?」


「うん! そうだよ!」


「それなら、私にも手伝わせてもらえないかな?」


「……え?」


 あれ? なんだか、声のトーンが下がったような……。


「手伝うって、何を?」


「あ、うん。私も究極魔法が使えるみたいだから、習得して元の世界に帰るのを手伝おうかなって。ほら、ミカエラだけに負担をかけるのは、悪いし……」


「ふーん……、そう……」


 どうしよう、声のトーンが下がったままだ……。


「ごめん、ミカエラ。余計なお世話だったかな……」


「あ、ううん! 全然そんなことないよ!」


 通信機から、焦ったミカエラの声が聞こえてきた。


「ただ、サキに負担をかけちゃって、もうしわけないなって……」


「それは、ほら、お互い様だよ。私だって、ミカエラだけに負担をかけるのは嫌だし。だって、二人で元の世界に帰るんだからさ」


「……そうだね!」


「うん! そうだよ!」


「ふふふ。じゃあ、サキの足を引っ張らないように、私ももっと頑張らないとね」


「私も、負けないように頑張るよ」


「じゃあ、お互い頑張ろうね! でも、離れてても一緒の目的のために頑張ってる人がいると思うと、心強いなぁ」


「うん、そうだね」

 

 そういえば、ミカエラはどんな訓練をしてるんだろう?

 

 やっぱり、こっちみたいに、重りを背負ってランニング――


「ふふふ。これで、明日からはじまる、『重りと低酸素マスクをつけての、走り込み、階段昇降、匍匐ほふく前進、ロープ登り』も、楽々こなせるよ!」


 ――どころの話じゃ、ないみたいだね。


 ヒスイ、本当に軽めの訓練にしてくれてたんだ……。


「サキの方も大変だろうけど、一緒に乗り越えようね!」


「う、うん! そうだね!」


 後ろめたさに、声が裏返ってしまった。


「じゃあ、今日はこの辺で! 急に電話につき合ってくれて、ありがとうね!」


「あ、ううん、気にしないで。ミカエラの話を聞いたら、改めて頑張ろうって気になれたし」


「本当!?」


「うん」


 とりあえず、ヒスイの提案したトレーニングくらいで、弱音を吐いてはいけないという良い戒めになった。


「うふふ、そう言ってもらえると、うれしいなぁ。じゃあ、おやすみ……、あ、そうだ!」


「ん? どうしたの?」


「えーとね、私の人形なら一緒に寝ても浮気と見なさないから、淋しかったら抱きしめて寝ていいからね!」


「それはどうも……」


「いえいえ! じゃあ、今度こそおやすみー!」


「うん、おやすみ」


 通信機を操作して通話を切ると、部屋の中がものすごく静かに感じた。さわがし……、もとい、元気いっぱいのミカエラと話した後だから、とくにそう思うのかもしれない。

 

 なんだか淋しくなった気もするけど……、ミカエラ人形と添い寝するかどうかは、お姫様抱っこしてスクワットを百回くらいしてから考えることにしようかな。

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