第20話 呆れてます
究極魔法の取得に向けて、ヒスイと一緒に近くの山でランニングをしているわけだけど……。
「さあ! 元帥! ランニングに戻りましょう!」
「限界が来てるから、あと五分だけ、休ませてくれ……」
……休憩のために座ったベンチから、全く立ち上がれなくなってしまった。
「大丈夫ですよ、元帥! 限界だと思ってからがスタートですから!」
「さわやかな笑顔で親指を立てながら、恐ろしいことを言わないでくれ……」
「でも、ずっとここにいるわけには、いきませんよ?」
「そうだけど……」
さすがに今すぐミカエラ人形を抱えて走り出したら、今度こそ肺が爆発するかもしれない。でも、ヒスイはすでに準備運動を始めてるし……、なんとかして時間を稼がないと。
ガサガサッ!
……ん?
今、茂みから何か音がしたような……。
「っ!? 元帥、下がってください!」
「え? わ、分かった」
ミカエラ人形を抱えながら、ヒスイの背後に回った。一体、何が現れたんだろう?
「……隠れていないで、さっさと出てこい。頭と身体が繋がっているうちにな」
「ふふふ……、相変わらず君は物騒なことを言うね……」
ヒスイの言葉に、茂みから誰かの声が返事をする。でも、この声どこかで聞いたことがあるような……?
「僕はただ、美しい草木や花を愛でていただけなのに」
そんな言葉と共に、ウェーブのかかった緑髪の男性が、リュートを抱えて現れた。えーと、こいつは、たしか……
「吟遊詩人の、スイ?」
「ええ、いかにも」
スイはそう言うと、微笑んでお辞儀をした。
「お会いできて光栄だよ、闇のお嬢様」
「ああ、それはどうも」
会釈を返すと、ヒスイが腕を組んでため息を吐いた。
「元帥、こんなやつに会釈をする必要なんて、ありません」
「おや、従兄に対してその言い方は、あんまりじゃないかい?」
「……え、従兄?」
思わず聞き返してしまうと、ヒスイはため息を吐きながら、スイは微笑みながらうなずいた。
「ええ、元帥。コイツは、父方の従兄なんですよ」
「従兄といっても、同い年なんだけどね」
「そう、なのか……」
たしかに、髪の色とか、名前とか、顔立ちとかが、色々と似ている気はしていた。でも、本当に血縁者だとは思わなかった。
「本当にコイツは……、名門に生まれながら、『軍人なんてモテない職業になりたくない』なんて言い出して……」
「おや、良いじゃないか。闇の勢力でも光の勢力でも、職業選択の自由は保証されているんだから」
「良くはない! お前、叔父様に何も言わずに家を飛び出して、勝手に光の勢力に転向しただろ!」
「ははは、そうだったね。でも、父さんたちには、ちゃんと事後報告したから」
「事後報告のどこが、ちゃんとなんだ!?」
……なんだか、イザコザとした感じになってるけど、止めた方がいいのかな?
いや、でも、親戚関係のゴタゴタに第三者が入るのは、あんまりよくないか……。
「大体、お前はそんな感じで、周りを騒がせて出ていったにもかかわらず……」
ヒスイはそこで言葉を止めて、大きく息を吸い込んだ。
そして……
「肝心のモテたい、という大願を未だに成就させてないじゃないか!」
……なんとも、脱力感満載の言葉を言い放った。
途端に、スイは顔を赤く染めて、唇を震わせた。
「な、お、お前……何を言って……」
えーと……、今までも攻略対象キャラの意外な一面が見えたり、イメージがガラガラと崩れるようなこともあったから、大体の予想はつくけれど……。
ためしにヒスイに視線を送ってみると、実ににこやかな表情が返ってきた。
「ええ。アイツは、モテそうだから、なんて理由で吟遊詩人になりましたが、今のところ恋人いない歴=年齢です」
「ああ、そうか。というと、つまり……」
「はい。元帥のお察しの通りです。アイツが女性なら、究極魔法を使うための条件の一つを、軽々とクリアしています」
「うん、まあ、そうか……」
作中でも屈指のナンパキャラの意外な一面といったら、そうなるよね……。
「う、うるさいな! 僕は清廉なんだよ! 悪いか!?」
脱力していると、スイが地面を踏みならして、大声を出した。まあ、別に悪くはないか。
「なにが清廉だ。大方この茂みに隠れて、作詩のインスピレーションを得るためとか言い訳をして、恋人たちがイチャイチャする様子を覗こうとしていたくせに」
「ほ、放っておいてくれ! 大体、人前で見せつけるようにいちゃつくヤツらが悪いんだ!」
ああ、否定はしないのか……。まあ、野外で人目をはばからずイチャイチャする人たちも思うけど、かといって、覗くのもちょっと……。
スイは私の視線に気づいたのか、ハッとした表情を浮かべてから、咳払いをした。
「えー、それに、今日は他の用もあって来たんだからね」
やっぱり、覗きの件は否定しないのか……。
「それで、他の用っていうのは?」
ヒスイが尋ねると、スイはニコリと微笑んだ。
「それはね、光のお嬢さんから、闇のお嬢さんへの伝言を預かってきたんだ」
「私に……、伝言?」
このミカエラ人形についての、追加説明だったりするかな?
「ああ、そうだよ。闇のお嬢さんはきっと闇の城に近いこの辺りでトレーニングをするはずだから、イチャイチャするカップルを覗くついでにお願いって、たのまれてね」
ミカエラ……、身内の覗きは止めてやらないのか……。
「どうしたんだい? 闇のお嬢さん?」
「いや、光の勢力の倫理観は色々と大丈夫なのかと、今更ながら心配になってな……」
「ふふふ、心配しなくても、バッチリ大丈夫だよ。この僕が保証するんだから」
「そうか……」
うん、一番不安な人物に胸を張られてしまったけど……、深く追求したら負けな気がするな。
「それで、スイ。元帥への伝言というのは、何なんだ?」
「ああ、そうそう、伝言だったね」
ヒスイの一言で、脱線しかけた話が元に戻ってくれた。
「光のお嬢さんいわく、全部私に任せてくれれば良いから、とのことだよ」
「全部、光の聖女に任せる……?」
一体……、何を……?
「ふっふっふ、スイ、たまにはいい知らせを持ってくるじゃないか」
不意に、ヒスイが含みのある笑顔を浮かべだした。
「いい、知らせ?」
「はい、そうですよ、元帥! 全てを光の聖女に任せる、つまりそれは……」
……なにか、またろくなことを言い出さないような気がする。
でも、一応、聞き返しておこうか……。
「つまりそれは、というと?」
「はい! お二人のカップリング表記は『光×闇』で決定、ということです!」
……うん、ヒスイなら言い出すと思ったよ。
「ああ、たしかに。光のお嬢さんの方が、グイグイした性格だし、タチっぽいよね」
スイはスイで、納得したようにコクコクうなずいてるし……。もう、ツッコむのも疲れるけど、訂正はしておこうか。
「だから、ヒスイ、私と光の聖女は、まだ友人だと言っているだろ?」
「しかしながら、元帥!
「たしかに、闇のお嬢さん情にほだされやすそうなタイプだから、ありえそうだねぇ」
「お前らな……、勝手なことを言ってくれるなよ……」
ただ、われながら、完全否定もできない……。
でも、仮にミカエラと付き合うなんてことになるとしても、元の世界に戻ってからになるのかな。ミカエラの話だと、究極魔法の練習中は、あんまり会えないみたいだしな……。
「元帥? ため息など吐かれて、いかがなさいました?」
「ヒスイが無茶なトレーニングを強制するから、疲れちゃったのかい?」
「ああ、いや、なんでもないよ」
この状況で「せっかく友達になれたのに、しばらく会えないのがちょっと淋しい」なんて言ったら、またヒスイが荒ぶりそうだから、言わないでおくことにしよう。
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