第22話 王子様なんて・その三

 中学校に上がる前に、市町村合併があった。

 それと合わせて、中学校の統廃合もあった。

 そのおかげで、隣町の中学校にバス通学することになった。

 小学校のメンバーそのままの中学校に上がるよりは、マシだったのかもしれない。

 


 でも――



「野々山さんも、一緒の学校だったんだね」

「優等生ぶってるんだから、私立に行けば良かったのに」

「仕方ないよ、優等生ぶってるだけなんだから」


「野々山って、セーラー服、似合うよな」

「あれで性格が良かったら、最高なのにな」

「えー、普段は性格悪い方が、そういうときにそそらないか?」


「……ほら、また男子に色目使ってる」

「……相変わらず調子乗ってるよね」

「……本当、どっか行けば良かったのに」



 ――学校へ向かうバスの中は、小学校の教室の中と同じだった。


 

 慣れてるけど、煩わしくて仕方なかった。

 それでも、前とは違って、学校に行くのは楽しかった。

 

 だって――



「あ、おはよう。ミカ」


「……おはよう! サキ! とう!」


「わっ!? きゅ、急に抱きつかないで、危ないから!」



 ――教室に行けば、サキに会えたから。



 サキは私のことを覚えていなかったけど、それでも良かった。

 同じクラスになれたし、また仲良くなれたから。


 

 それに、席を外したときに、女子に囲まれたサキが――



「ねえ、羽村さんだっけ? 野々山さんとつるむの、止めた方がいいよ」


「え? なんで?」


「あの子、男子の前だとあからさまに、態度変えるし」


「えー? そうかなー」


「そうだよ。この間も、友達が彼氏に色目使われたって話してたし」


「それ、その子の勘違いじゃないかな。ミカ、三次元の男子には興味ないっていつも言ってるし」


「でも、小学校のころから、評判悪かったし」


「ふーん、そうなんだ。じゃあ、ミカのところに行かないといけないから、これで」


「あ、ちょっと待ちなよ!」

「なによ、その態度!」

「折角、私たちが警告してあげてるのに!」

「痛い目見ても知らないからね!」



 ――そんな話をしてるのも聞けたから。



 それ以降、サキはクラスの女子から少し避けられた。

 ちょっと悪いことしたかも、とは思った。

 でも、それ以上に嬉しかった。


 サキが、私だけのものになってくれたみたいで。


 ……こんなこと思ってたなんて、サキにはバレないようにしないと。

 

 ただ、女子から陰口を叩かれたり、男子からからまれたりする日々はずっと続いた。

 そんな中で、だんだんサキの元気がなくなって着てるように見えた。

 私は慣れてるけど、サキにはつらかったんだろう。

 小学校のころからの友達にも、避けられるようになっていたから。

 


 だから――



「じゃあ、羽村でいいや。お前も野々山とつるんでるんだから、同じように……」


「ねえ、私のことはなんて言っても気にしないでいてあげるけど、サキのことを悪く言うようなら、容赦はしてあげられないよ?」



 ――これ以上のサキへの暴言は、許しちゃいけないと思った。


 だから、サキにからんできた男子に、痛い目を見てもらうことにした。

 少し、やり過ぎなくらいに。


 あの一件のおかげで、サキにからんだり、サキの陰口を叩いたりするやつはいなくなった。

 むしろ、頭のおかしいやつわたしに執着される可哀想な子ということで、周りから優しくされるようになった。

 サキが周りを選んで、私から離れていっても、それで良いと思った。



 それなのに――



「ねえサキ」


「うん? どうしたの? ミカ」


「私のことは気にしないで、他の子と仲良くしてもいいんだよ?」


「あー、うん。それなりには、仲良くしてるよ」


「そう? でも、ずっと私と一緒にいるよね?」


「うん。だって、ミカと一緒にいると楽しいし」


「そっか」


「それに、あの子たち、私が本当に嫌な思いしたときに、ろくに助けてくれなかったし」


「あー、それもそうだね」


「そうそう。なんか、急に手の平返されても、今さらってかんじだし」


「あははは、たしかにそうかも」


「うん。だから、ミカはあんまり気にしないで!」


「……うん! 分かった!」



 ――サキは、私を選んでくれた。



 それから、私たちはずっと一緒だった。

 始業前も。

 授業中も。

 休み時間も。

 放課後も。

 乙女ゲームや、シューティングゲームや、いろんな他愛もない話をしながら。

 ずっと、ずっと。


 もちろん、サキが他の子と話すこともあった。

 でも、そのときは、どこか他人行儀で、愛想笑いするときも、目が笑っていなかった。

 あの公園で見た、本当に楽しそうで、屈託のない、キレイな笑顔は、私にしか向けられなかった。


 サキは本当に私だけのものになってくれたんだ。

 それも、自分から進んで。


 そんなことを思ってしまうくらい、私たちはずっと一緒にいた。

 それに、これからもずっと一緒にいたいと思った。


 

 ……サキに友情よりも重い感情を抱いていることは、早いうちから自分でも分かっていた。

 でも、それが恋心なのか、依存心なのかは自分でもよく分からなかった。


 サキの笑顔をずっと見ていたい。

 でも、もっといろんな表情も見てみたい。

 他の誰かになんて、絶対に渡したくない。


 ……ひょっとしたら、独占欲だったのかも。

 それでも、サキへの想いは本気だった。

 それが、伝わったからかどうかは分からないけど、サキも私に友情以上の感情を持ってくれたみたいだった。


 私がふざけて抱きつけば、頬を染めて慌てて。

 私があざとく上目遣いで顔をのぞけば、頬を染めて目を反らして。

 私が、大好きだよ、って伝えれば、私も、と返してくれた。

 どこか、悲しそうに笑いながら。


 その表情は、どれもすごく可愛かった。

 それなのに、こりずに私にからんでくる男子を追い払うときの顔は、すごく鋭くてカッコよかった。

 


 そんなサキの表情は、全部私だけのもの――



「光のお嬢さん、そろそろ眠らないと、日付が変わってしまうよ」



 ――背後からかけられた声で、我に返った。



 振り返ると、スイがリュートを手に微笑んでいた。

 窓辺に座って星を見ながらぼんやりしてたら、もうそんな時間になってたのか。


「うん、分かった。教えてくれて、ありがとう」


「いえいえ。眠れないようなら、子守歌を歌おうか?」


「ううん。大丈夫だよ。あ、そうだ。伝言ありがとうね」


「ふふふ、それくらいのこと、どうってことないさ。でも、本当にこれで、良かったのかい?」


「良かったのかい、も何も、会いにいくわけにはいかないでしょ。今は究極魔法の練習に、専念しないといけないんだから」


「いや、そのことじゃなくてね……」


 スイは苦笑いをしながら首を傾げた。


「究極魔法で、闇のお嬢さんだけを元の世界に帰すつもりなんだろ?」


「……スイは、変なところだけ勘がいいからモテないんだよ」


「はははは、相変わらず光のお嬢さんは、手厳しいね。でも……」


 スイの表情が、急に悲しげになる。


「闇のお嬢さんは、君と一緒に帰るつもりみたいだよ?」


「うん。そうみたいだね。でも、もう決めたことだから」


「……そうか。それなら、僕はもう何も言わないよ」


「ありがとう。それじゃあ、私はもう寝るから。おやすみなさい、スイ」


「ああ、ゆっくりおやすみ、光のお嬢さん」


 スイは頭を下げて、部屋を出て行った。

 

 多分、サキは私の正体を知らなくても……、仮に知ったとしても、一緒に帰ろうと言ってくれるはず。

 私も、また元の世界で一緒にいられたらとも思う。


 でも、サキのことはあるべき場所に返さないといけない。

 ……サキのあるべき場所は、私の隣じゃないんだから。

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