第17話 王子様なんて・その二

 白いシャトルが、日の傾いた空で放物線を描いている。


「へえ、それじゃあ、君、隣町の小学校だったんだ」


 シャトルを打ち返しながら、彼女がそう言う。


「うん。そうだよ」


 私も、シャトルを打ち返して答える。


「でも、それだと、ここまで来るの、遠くなかった?」


 彼女がまた、シャトルを打ち返す。


「そうでもないよ。歩いて二十分くらいだし」


 私もまた、シャトルを打ち返す。


「えー、それは結構遠いよー」


「そうかな? でも、ちょっと遠くても、ここ静かで噴水がキレイだから、好きなんだよね」


「ああ、たしかに! 私も、この公園好きだよ! ほら、広くて噴水がキレイだし、えーと、広いし!」


「あははは! いま、広いって二回言ったよ!」


「え、本当!?」


「本当、本当……隙あり!」


「わっ!?」


 スマッシュを打つと、彼女はバランスを崩して倒れた。


「ご、ごめん! 大丈夫だった!?」


 慌てて駆け寄ると、彼女は立ち上がりながらニッコリと笑った。


「うん! 平気平気! 君、強いね!」


「そうかな?」


「そうだよ! ラリーもすごく長く続くし、すごく楽しいよ! だから、もうちょっと付き合ってもらってもいい?」


「うん、いいよ。じゃあ、今度は私からサーブね」


「うん! バッチこーい!」


 それから、またシャトルが放物線を描き始める。


「そういえば、君、いつも一人で遊んでるの?」


 彼女がシャトルを打ち返しながら、問いかける。


「うん、学校に友達いないし」


 私もシャトルを打ち返しながら、答える。


「ええ!? そうなの!?」


「そんなに驚かないでよ、あなただって、一人で遊んでたんじゃない」


「ああ、うん。なんかみんな、受験勉強だとか塾だとかで、最近遊んでくれなくて」


「へー、そうだったんだ」


「うん。仕方ないけど、ちょっと淋しいかな」


「でも、淋しいと思えるくらい友人関係が良好なんて、うらやましいな」


「そうかな?」


「うん。私もちょっと前までは、友達はいたんだけどね」


「そう、だったんだ」


「ただ、なんかその子たちに、王子様って呼ばれてる男子がいてね」


「へー、王子様か。カッコよかったの?」


「全然。ただ、足がちょっと速かっただけ」


「ふーん、そうなんだ」


「うん。それで、そいつから告白されたの」


「え、こ、告白!?」


「あらやだ、顔赤くして、可愛いー」


「茶化さないでよ! それで、どうなったの?」


「興味ないから、ふったよ。そしたら、友達みんなして、調子に乗ってるとか言い出して」


「それは……、災難だったね……」


「ええ、そうね。本当に、迷惑な話だったな……隙あり!」


 スマッシュを打つと、彼女はニヤリと笑った。


「なんの!」


「きゃっ!?」


 今度は私が、打ち返されたシャトルを広い損ねて転んでしまった。

 彼女が慌てながら駆け寄ってくる。


「ご、めん! 大丈夫!?」


「あははは、平気平気! これで、おあいこだね!」


 笑いながら立ち上がると、彼女はホッとしたように微笑んだ。


「それじゃあ、一対一だから、次で最後の勝負に……」



「あー、お前、なんでこんなところにいるのー!?」



 いきなり、ギャーギャーと耳障りな声が、彼女の声をさえぎった。

 声の方を見ると、同じクラスの男子が数人、自転車にまたがっていた。

 

「一人でこんな遠くまで来て、いけないんだー!」

「仕方ないだろ、こいつ友達いないんだし!」

「かわいそうだから、俺たちが送ってやろうかー!?」


 ……あーあ、折角さっきまで楽しかったのに、台無しだ。


「なあ、なに黙ってるんだよ?」

「お前、口がきけないの? それとも、耳がきこえないの?」

「そうだそうだ、返事くらいしろよ!

 

「……あのさ、ちょっといいかな?」


 不意に、彼女が男子たちに近づいていった。


「な、お前なんだよ?」


 リーダー格の男子が睨みつけると、彼女はニコリと笑った。

 そして―― 


「目障りだから、消えてくれるかな?」


 ――表情を変えずに、そう言い放った。


 笑顔できついことを言われて、男子たちはうろたえだした。


「え、な、なんだよ、俺たちはアイツに気をつかってやったのに」

「そうだよ、俺たちは、アイツが、一人だから」

「友達がいないなら、付き合ってやろうって、親切で……」


「うん。でも、すごく目障りだから。そうだよね?」


 笑顔で同意を求める彼女に、無言でうなずいた。

 そうすると、男子たちはショックを受けた顔をした。


「とういうことで、今すぐ消えてくれるよね」


「おい、付き合ってらんないから、もう行こうぜ」

「うん……」

「そうだな……」


 男子たちはトボトボと帰っていった。


「……別に、放っておいてもよかったのに」


「え!? あ、ごめんっ! かえって迷惑だった!?」


 私の言葉に、彼女が慌てだす。

 その姿がなんだかおかしくて、思わず吹き出してしまった。


「あははは、そんなことはないよ。ありがとう」


 私が笑いだすと、彼女もホッとしたように微笑んだ。


「それならよかった。でも、友達なら当然だよ!」


「……え? 友達?」


 思わず問い返すと、彼女は勢いよくうなずいて――



「うん! 一緒に遊んだんだから、私たちはもう友達!」


 

 ――屈託のない笑顔を浮かべた。

 

 王子様なんて、ゲームの中にしかいない。

 そう思っていた。

 それなのに、目の前の彼女は、ゲームの中のどんな王子様よりも、キレイで格好良かった。


「ん? どうしたの?」


「……ううん、なんでもない! それより、最後の勝負をしよう!」


「うん! そうだね!」


 それから、私たちはまたシャトルを打ち合った。

 そこで、彼女がシューティングゲームを好きだとか、中学校は同じかもしれないだとかの話をしながらラリーをした。

 ラリーを続けているうちに、午後五時を知らせるチャイムが鳴り響いた。


「あ! いけない、もうこんな時間だ! 君、一人で帰れる?」


「うん、大丈夫だよ!」


「そっか! じゃあ、決着は明日つけよう!」


「うん! そうしよう!」


 そんな約束をして、その日は彼女と別れた。


 でも、その約束は果たせなかった。


 近所の人が、一人でいる私を見かけていて、お母さんにバレてしまったから。


「もう一人で、あんなに遠くへいっちゃだめよ」


 泣きだしそうなお母さんの言葉に、反論なんてできなかった。

 だから、その日以降、あの公園へはいけなくなってしまった。

 

 それでも、彼女のことは、ずっと忘れられなかった。

 

 優しい言葉をかけてくれたこと。

 嫌なヤツらを追い払ってくれたこと。

 笑顔がすごくキレイで格好良かったこと。


 気がつけば、彼女が好きだといっていたシューティングゲームにも、手を出すようになっていた。

 乙女ゲームでも、いつも彼女の面影があるキャラを好きになった。

 

 だから、中学に上がって彼女と再会できたときは、すごく嬉しかった。

 彼女は私のことを覚えていなかったけれど、それでも……



「……ま。光の聖女様!」


「う……ん?」


 気がつくと、ルリが心配そうに顔を覗き込んでいた。


「よ、よかったー! もう、突然倒れたんで、ビックリしたっすよ!」


 そうだ、究極魔法の練習中にめまいがして、そのまま倒れたんだっけ。


「心配かけてごめんね、ルリ」


「いえいえ、滅相もないっす! でも、今日の練習はここまでっすよ」


「えー、まだ大丈夫だよ。それに、あともう少しで、コツが掴めそうだし」


「そういう無理は、身体を壊すもとっすよ! 究極魔法を覚える前に大怪我でもして、いざ使うときに上手くいかなくなったら嫌でしょう?」


「うー、それはそうだけどー……」


「それなら、今日はもう休んでください!」


「分かった……」


 たしかに、失敗するわけにはいかない、か。


「ところで、光の聖女様、闇の元帥さんのこと、本当によかったんすか?」


「よかったって、何が? ああ、まあ、私だってお泊まりはしたかったけど、究極魔法の練習だけは、サボれないし……」


「あ、いや、その話じゃないっす!」


「えー、じゃあ、どの話よ?」


 問いかけると、ルリは気まずそうに頬をかいた。




「それは、ほら、闇の元帥さんに本当の名前、教えなくてよかったのかな、と」




 ……ああ、そのことか。


「別に教えなくても、不都合はないでしょ? それとも、私の決定に何か不満があるの?」


「いやいやいや! 滅相もないっす!」


 ルリはすごい速さで首を横に振った。  

 よかった、絶対に本名をあかすべきだ、とか言われなくて。


 だって、野々山ミカなんて人間は、二度とサキの前に現れちゃだめなんだから。

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