第18話 鍛え直します

 ミカエラが城にやって来て帰ってから、一夜が明けた。

 今日もまた、いつも通り午前中の仕事をこなして、いつも通り午睡をとりヒスイに起こされた。

 ただ、今日は元の世界にいたころの夢は見なかった。まあ、あの日の光景は、あまり何度も見たいものでもないから、これで良かったんだろう。

 

「……というわけで、元帥。本日から究極魔法を習得するための、訓練がはじまります」


「そうか……え? 究極魔法の訓練?」


 聞き慣れない予定を問い返すと、ヒスイはキョトンとした表情で首をかしげた。


「ええ、はい。昨日、究極魔法の話がでたので、習得なさりたいのかと思ったのですが……、違うのですか?」


「あー……、まあ、そう、だな」

 

 そうだ、ミカエラが二人で元の世界に戻るために究極魔法を使おうとしているなら、何か手伝いたいと思ってそんな話をふったんだった。それでも……。


「ただ、私は究極魔法を使うための条件を満たしてないのだろう?」


 問いかけると、ヒスイは聞こえよがしのため息を吐いた。


「また、そのお話ですか」


「なんなんだ、そのうんざりした顔は?」


「あ! い、いえ、すみません! ただ、昨日の、相思相愛の相手はいない、という元帥の発言を受けて、ムラサキさんに今一度占ってもらったんですよ」


「それで?」


「はい、その結果、やはり元帥と光の聖女殿は相思相愛の仲で間違いないと」


「そう、なのか」


「はい、それはもうラブラブだそうです」


 そう言われても、やはり実感が湧かない……、ああ、そうか。

 私とミカエラの生年月日だとか星座だとかその辺が、占い的にものすごく相性の良いものなのかもしれない。それで、ムラサキは相思相愛と判断したんだろう。うん、きっとそうだ。


「まあ、そういうことなら、究極魔法の訓練をはじめてみることにしようか」


「かしこまりました! あ、そうそう、訓練を開始するにあたっては……、光の聖女殿からいただいたプレゼントが役に立つと思いますよ」


「プレゼント?」


 おかしいな、プレゼントなんてもらっていなかったはず……、いや、直してもらった扉はプレゼントといえる、のかな?

 とはいえ、扉を使った訓練なんてあるだろうか?

 ひょっとして、ロープとかで腰にくくりつけて、引っ張りながら走るとか……、いや、さすがにそんなスポ根なことにはならないか。

 それでも、魔術はどちらかというと、体育会系で体力勝負だと、ルリもヒスイも言ってたしなぁ……。


「はい! さきほど、光の聖女様から、手紙と一緒に届いたものがあるのです」


「あ、ああ。そうだったのか。よかった、重いコンダラ的なことにならなくて……」


「え? 整地ローラーが、どうかしたのですか?」


「へー、あのアレは『整地ローラー』っていうのか……、あ、いや、すまない。なんでもないよ」


 このまま話を進めると、長々と整地ローラーの話題になってしまいそうだから、早いところ本題に戻ろう。


「それで、何が送られてきたんだ?」


「あ、はい。まずは、こちらをどうぞ」


 ヒスイはそう言うと指を鳴らし、ハートのシールで閉じられた可愛らしい封筒を召喚して差し出した。受け取って封を開けると、可愛らしい文字で書かれた手紙が入っていた。

 えーと、内容は……。 


  サキへ

  ごめんね!

  究極魔法の練習がはじまったから

  あんまりそっちに

  行けなくなっちゃった!

  でも、代わりになるものを送るから

  さみしがらなくても平気だよ!

  じゃあ、またね!


 ……代わりになるもの?

 写真が入った、ロケットペンダントとか、そんな感じのものだろうか?


「なあ、ヒスイ、届いたものっていうのは……、うわぁ!?」


 顔を上げると、ヒスイはいつの間にか、透明な袋に包まれたミカエラを召喚していた。


「はい。こちらですが……、おや? 元帥、なにをそんなに驚いていらっしゃるのですか?」 


「な、なにって……ミカエラは、無事なのか!?」


「ああ、はい。ムラサキさんからの情報だと、今日も元帥さんのことを想いながら、元気に究極魔法の訓練にはげんでいるそうですよ」


「な、なら、お前が支えてるそれはなんなんだ!?」


「何って……」


 ヒスイがまたしても、キョトンとした表情で首をかしげる。

 そして……



「一分の一スケールの、リアル光の聖女殿人形ですが」


 

 ……さも当然といったぐあいに、そんな答えを言い放った。


「い、一分の一スケールのリアル人形?」


「はい。技術力は当代一と言われている人形制作工房の作品なので、細部にまでこだわった仕上がりになっているそうですよ。触れた質感が本物の肌に似ていることはもちろんのこと、視線も移動できますし、血管なんかも薄らと書き込まれていますし、なんと、手足の指まで動かせるというすぐれものです!」


「そ、そうか……、そんなすごい人形を作れる工房があるのか……」


「ええ、日の出工房、という工房です」


「日の出工房……」


 なんだろう、なにかものすごく嫌な予感がする……。



「ああ、ご安心下さい。元帥はまだ十七歳ですので、こちらの人形は特注の全年齢対象のものになっている、と光の聖女殿から伝言を受け取っていますから」


「ああ、やっぱり、そういう人形の……」


 

 ……とりあえず、この話題もこれ以上深く追求するのはやめておこう。全年齢対象という世界観を著しく破壊しかねないから。


「それで、この人形が、どうやって訓練の役に立つんだ?」


「ふふふ、それはですね。この人形、身長も、体重も、その他諸々のサイズも、すべてが光の聖女殿と同じに作られています。ですので……」


 ヒスイは不敵な笑顔で言葉を止めると、大きく息を吸い込んだ。

 そして――



「今日の特訓は、この一分の一スケールリアル光の聖女殿人形をお姫様抱っこしての走り込みです!」



 ――胸を張って、そんなセリフを言い放った。

 ものすごく健全な役に立ち方なのは、いいんだけど……。


「やっぱり、重いコンダラ的な特訓になるのか……」


「はい! 魔術の本質とは、ど根性で険しい道を猛ダッシュ、みたいなものですから!」


「そうか……」


「はい! ですので、基本的には、一に走り込み、二に走り込み、三四がなくて五に走り込みです!」


 ヒスイは得意げな表情で、胸を張ったままそう答えた。

 まあ、運動はきらいじゃないけれど……、仮にも乙女ゲーム世界の究極魔法の習得方法が、こんな泥臭いものでいいのだろうか……?

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