第16話 うなされてます

 究極魔法について、私でも使うことができるとヒスイに言われたけれど、どうやら勘違いいとうことが分かった。

 それでも、ヒスイは釈然としない表情で首をかしげている。


「元帥は、ムラサキさんの占いが間違っていた、とお考えなのですか?」

 

「ああ、そうだ。さっき言った通り、私と光の聖女はただの友人だからな」


「そう、なのですか……? しかし、ムラサキさんの占いが外れたことなんて、今まで一度も……」


「まあ、なんにでも例外はあるだろ」


「そう、なのでしょうか……」


 ヒスイは口元に手を当てて、眉間にシワを寄せた。


「それにしては、元帥から究極魔法が使えそうな気配がするのですが……」


「使える使えないは、気配で分かるものなのか……、ともかく、それなら、使うための条件というのが間違っていたんだろう、きっと」


「そう、ですか」


 ヒスイは、釈然としない表情のまま返事をした。これ以上この話を追及しても、らちが明かなくなりそうだ。


「そうにちがいないよ。それじゃあ、私は部屋の片付けをするから、ヒスイも自分の持ち場に戻ってくれ」


「あ、はい。かしこまりました、元帥」


 うやうやしく頭を下げて、ヒスイは客間を出て行った。

 さて、ティーセットやら、コウが持ってくれくれた菓子折りやらを片付けないと。それにしても、今日は色々なことが立て続けに起こったから、少し疲れたし……、一休みしてから、片付けを始めようかな。

 ソファーに腰をかけると、眠気が襲ってきた。

 ちょっとだけなら、眠っても、いいか……。




 気がつくと、放課後の教室にいた。

 見渡しても、誰の姿も見えない。

 さっきまで、ミカと話していた気がするけど……。


  ごめん、サキ!

  ちょっと嬉しい急用ができちゃったから

  席外すね!


 ああ、そうだ。

 何か急用ができたって言ってたな。

 先に帰ってて、とも言われたし、もう帰らないと。

 時計の針も、帰らないといけない時間を指している気がするし。


 数字と針が歪んでいて、うまく読めないけど。


 ともかく、早く教室を出よう。

 あまり遅くなると、家族も心配するから。

 でも、一人で帰るのはちょっと淋しいな。

 それでも、また明日一緒に帰ればいいか。

 私とミカは、いつも一緒なんだから。

 だから、早く帰らないと。


 それなのに、教室のドアにかけた手が少しも動いてくれない。

 

 早く、帰らないといけないのに。

 なせか、このドアを開けたくない。


「せいとのみなさん、かんぜんげこうじこくになりました」


 校内放送が音割れしながら響いてくる。


「すみやかに、げこうしてください」

 

 それでも、ドアを開けたくない。


「すみやかに、げこうしてください」


 校内放送の音が、大きくなっていく。

 それでも、手が動かない。


「すみやかに、げこうしてください」


 校内放送の音は、更に大きくなる。

 でも、ドアを開けるのが怖い。


「すみやかに、げこうしてください」


 あまりの音量に、気持ちが悪くなってくる。


 ……ずっと、ここにいるわけにもいかないか。


 ようやく手が動き、ドアが開いた。

 窓から、夕日が差し込んでいる。

 灰色の廊下が、オレンジ色に染まっている。

 

 なんだ、別にいつもの廊下の風景じゃないか。

 

 一体、何をあんなに怖がっていたんだろう。

 見渡したって、何も異常なものは見つからないのに。

 きっと、窓の外だって、いつもの……。


 ああ、そうだ。

 窓の外だけは、見たらダメなんだった。

 でも、今更気づいても遅い。


 窓からは、キンセンカの咲いた花壇が見えた。

 その前には、男子生徒と――


  ちょっと嬉しい急用ができちゃったから


 ――笑顔のミカがいた。 


 これが、嬉しい急用?

 でも、なんで、男子と二人で会うことが、嬉しい急用なの?

 

 不意に、ミカがこっちを向いた。

 それから、ミカはふわりと微笑んで――


  ゴメンね、サキ。


 ――たしかに、唇をそう動かした。


 ゴメン、ってどういうこと?

 なんで、急に謝ったの?

 なんで、そんなに淋しそうに笑うの?


 なんで、その人に抱きついているの?


 二人は、手を繋いで去っていく。

 花壇には、相変わらずキンセンカが咲いている。


 ああ、そうか。

 そうだよね。


 ミカ、可愛いし、モテるもん。

 彼氏ができたって、おかしくないよね。

 それなのに、いつも私と一緒にいてくれたんだから。

 ショックを受けてないで、感謝しないと。

 

 でも――

 

  サキがこの格好してくれたら、私絶対恋しちゃうもん!

  元帥さんとは、絶対にツーショットを撮りたいのに


 ――いや、そんなの、ただの冗談か。


 そんな冗談が言えるくらい、気の許せる友達だと思ってくれた。

 それで、充分。

 うん、そうに決まってる。


 それに、最初から決めてたじゃないか。

 自分から想いを伝えることはしない、って。


 どんなに、ミカのことが好きでも。

 どんなに、一緒にいると楽しいと思っても。

 私たちは、女の子どうしなんだから。

 

 私の想いは叶わないし、ミカとずっと一緒にいることなんてできない。

   

 うん。

 いろんなことがこじれる前に、決着がついてよかった。

 明日は笑顔で、おめでとう、って伝えなくちゃ。

 それで、またゲームの話をして、コスプレの予定を話して。

 いつも通りに過ごせばいいんだ。

 

 だから、今のうちに泣ききってしまおう。


 他に人も見当たらないから、どんなに泣いてても大丈夫。

 ただ、ちょっと周りが見えづらいか――


「うわぁっ!?」


 ――不意に、浮遊感が全身を襲った。



 つかまるものを探したけれど、周りには何もなく、音を立てながら床にたたきつけられる。


 痛たた……やっぱり、階段を下りる前に目を拭っておけばよかった……あれ?

 なんで、学校の天井に、シャンデリアなんてついてるんだ?

 えーと、ここは……。


「元帥!? いかがなさいましたか!?」

「娘よ! 無事か!?」


 不意に、音を立てながら扉が開き、焦った表情のヒスイとギベオンが部屋に入ってきた。ああ、そうか、また元の世界の夢を見てたのか……。


「……すみません、うたた寝していたら、ソファーから落ちてしまいました。怪我は、ないです」


「それなら、よかったです……」

「よかった。お前に何かあったら、パパ泣いちゃうんだからな……」


 二人はホッとした表情を浮かべながらそう言った。いつも何かと心配をかけてるみたいだから、気をつないとな……。


「元帥、お疲れのようでしたら、ベッドで休んでいてください。片付けは、私がやっておきますので」


「ああ、すまないヒスイ。お言葉に甘えさせてもらうよ」


「いえいえ、ここのところご多忙でしたから、どうぞお気になさらずに」


「うむ、そうだぞ、娘よ。戦も一時中断になることだし、今のうちにゆっくり休むといい」


「ありがとうございます、父上。それでは、私はこれで」


 穏やかに微笑む二人を残して、客間を出た。

 まだ少し眠いし、自室に戻ってもう一眠りしようかな。

 ただ―― 


  ゴメンね、サキ。


 ――さっきの夢だけは、もう二度と見ないといいな。

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