第13話 分かり合ってます

 隙あらば飛びついてこようとするミカエラを交わしながら、なんとか無事に紅茶をティーカップに注ぐことができた。

 ミカエラはカップの中身を一口飲むと、屈託のない笑みを浮かべた。


「うん、サキの淹れた紅茶はおいしね!」


「そう? それならよかった」


「強くて、優しくて、格好良くて、おもてなしスキルもあるなんて、サキってば完璧なんだから!」


「あ、あはは、それはどうも」


 ……キッチンにやってきたヒスイにダメ出しをくらって、何回も練習させられたことは黙っておこう。


「ところで、サキ」


「ん? どうしたの? ミカエラ」


「サキって、前線に行かないときは何をしてるの?」


「えーと、軍議に出たり、書類のチェックと承認をしたり、あとはトレーニングをしたり、かな」


「ふーん、そうなんだー。結構しっかりと元帥さんしてるんだねー」


 ミカはそう言うと、紅茶を更に一口飲んで足をパタパタさせた。


「かりにも、闇の勢力のNO.2だからね。適当にしてたら、他の皆に申し訳ないし」


「そっかー。サキも中々大変そうだね」


「まあ、幸いなことにそんなに難しい作戦とか書類はないし、トレーニングも楽しいから」


「ふんふん、そうなのか」


「うん。ただ、闇の元帥っぽく振る舞わないといけないっていうのが、たまにプレッシャーになるかな」


「プレッシャー?」


「うん、ほら、素の話し方と闇の元帥の話し方ってかなり違うから、バレないようにするのが中々大変で……」


「あー、たしかに! サキの硬い口調、背伸びしてる感じがして可愛かったよ!」


 ……うん、きっとミカエラは褒めてくれているんだろう。

 それでも、なんだかいたたまれない思いがこみ上げてくるな……。


「サキ、大丈夫? なんか、ポエムを書いた日記帳が見つかっちゃったような顔してるよ?」


「き、気にしないで! それより、ミカエラはいつも何してるの?」


「え、私? そうだなー……」


 ミカエラはそう言うと、腕を組んで首を捻った。



「光の聖女として慈善活動をしたり、サキの情報を解析魔法で調べたり、光の究極魔法を習得するための訓練をしたり、サキが何してるか千里眼魔法で覗いたり、今は光と闇の和平にむけて各所に説得に行ったり、サキがどのあたりにいるか感知魔法で調べたり……」


「うん。とりあえず、一歩間違えばストーカーになりかねない感じだったということは伝わった」



 私の言葉に、ミカエラは得意げな表情で胸を張った。


「ふっふっふ! 光の聖女はありあまるほどの魔力を持っていますが、その全てを大好きな元帥さんのために使うことになんのためらいもないんですからね!」


「Web小説のタイトルみたいなセリフで、勝ち誇らないで……」


「あはは、でも、私の魔力でサキの役に立ちたいのは本当だよ。だから、毎日……あ!」


 不意に、ミカエラが大声を上げて、目を見開いた。


「ど、どうしたの?」


「驚かしちゃって、ゴメンね! ただ、今日も魔術の訓練があったんだけど……」


 ミカエラが口ごもると、廊下の方からドカドカという足音が聞こえて来た。

 そして、勢いよく扉が開き――


久堅ひさかたの光の聖女よ! 枢要すうようなる教練きょうれんから、ハヤブサごと奔逸ほんいつようなど、言語道断ごんごどうだん! 斯様かよう有様ありさまでは窮途末路きゅうとまつろむかえる事にるぞ!」


 ――なんとも、漢字満載のセリフとともに、一人の青年が現れた。

 

 青い髪と青い目に黒いローブ……、漢字をいっぱい使う系中二病の魔術師長、ルリだ。

 ちなみに、呪術系クイズだけでなくセリフ中の漢字の多さも、公式人気投票最下位になった原因なのでは、とささやかれている。


 ともかく、これは色々な意味で、面倒くさくなりそうだ……。


「やっほー、ルリ、今日もルビが満載だね!」


 ミカエラの言葉を受けて、ルリは眉間にシワを寄せた。


久堅ひさかたの光の聖女よ、揶揄嘲弄やゆちょうろうは、めろ!」


「はーい」


 光の聖女が不服そうに返事をすると、ルリは小さく頷いて咳払いをした。


ところで、烏羽玉うばたまの闇の元帥よ?」


「うん、どうしたの……」


 ……しまった。いきなり話しかけられたから、つい、素で返事をしてしまった。


「……あー、ゴホン。何の用だ? 光の魔術師長殿」


 闇の元帥っぽくし切り直すと、ルリは苦笑を浮かべて軽く首を傾げた。

 そして――


「えーと、このキャラ結構疲れるんで、素で話してもいいっすか?」


 ――なんともありがたい提案をしてくれた。


「あ、ああ、別に構わないが……」


押忍オッス! ありがとうございまっす!」


 返事すると同時に、ルリは勢いよく頭を下げた。それから顔を上げると、苦笑を浮かべて頭を掻いた。


「いやあ、自分たち魔術師協会は、どっちかっていうと体育会系なんすよ」


「そ、そうなのか……」


「そうっす! でも、聖女様が暮らす異世界では、魔術師はどっちかっていうとインテリっぽいイメージがあるって聞いて、イメージを崩しちゃいけないと思い……」


「……あんな感じのキャラになってたわけか」


押忍オッス! その通りっす! ただ、長時間あのキャラでいるのは中々大変で」


「あー……、まあ、その気持ちは、なんとなく分かる」


「本当っすか!?」


「ああ、まあ、私も似たようなところがあるから……」


「いやあ、元帥さんも大変っすね」


「まあな……うわっ!?」


 ルリと分かり合っていると、急にミカエラに抱き寄せられた。


「もう! サキもルリも、私を放っておいて話を進めないでよ!」


 ミカエラの言葉を受けて、ルリはハッとした表情を浮かべた。


「すんません! 光の聖女様!」


 ルリはその言葉とともに、勢いよく最敬礼で頭を下げた。そして頭を上げると、困惑した表情で首をかしげた。


「でも、駄目じゃないっすか、究極魔法の練習を初回からいきなりサボったりしちゃ」


「あー、うん。そうだよね、ごめん……」


 ルリの諭すような声に、光の聖女はションボリとした表情で頭を下げる。

 えーと……、たしかに、練習を無断でサボるのはよくないけど……、光の、究極魔法?


「あ、えーとっすね、光の聖女様は魔術の才能にあふれてて、回復魔法だけでなく、他の魔法もバッチリなんすよ!」


「へー、そうなんだ……、あ」


 またしても、思わず素で相槌を打ってしまった。それでも、ルリは気にせずに笑顔で頷いた。

 まあ、向こうも素になっていることだし、こっちも素でいてもいいか。


「そうっす! だから、そろそろ究極魔法の練習を始めようってことになったんす!」


「えーと……、究極魔法っていうのは、練習で習得できるもの、なの?」


「もちろんっす! 魔法の習得に必要なのは、才能と地道な練習の積み重ねっすから!」


「へー、そうだったんだ……」


 ゲームだと、もっと、こう、発動するには愛の力が云々だった気がするけど、違うんだ……。


「そうっす! だから、光の聖女様は闇の元帥さんのために、過酷な究極魔法の練習を始めたんすよ!」


 ……ん?

 今、私のために究極魔法を習得しようとしてる、って話になった?



「それは、一体どういう意……」

「ルリ!」


 

 突然、ミカエラが大声で、ルリの名を呼んだ。

 ルリは、しまった、と言いたげな表情を浮かべている。


「少し、おしゃべりが過ぎない?」


「す、すんません! 光の聖女様!」


 含みのある笑顔のミカエラに、ルリが勢いよく頭を下げる……。


 えーと……、私のあずかり知らないところで、何某かの陰謀が渦巻いてたり……、しない、よね?

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