第12話 王子さまなんて・その一

「俺さー、運動会のリレーでまたアンカーになったんだー」


「僕、この間のテストで九十九点だったから、お母さんに叱られちゃって」


「あのさ、この間新しいゲーム機、買ってもらったんだぜ!」


「この前カラオケで採点したら、全国一位でさー」


「おととい呟いたことが、ネットで話題になってー」


 周囲の下品な笑顔が、ギャーギャーと煩わしい声をあげる。


「ねえ、あの子って男子の前だと猫かぶってるよね」


「うん、男子に話しかけられたときだけ、いつもより声が高いっていうか」


「ちょっと、あざとすぎるよね」


「そんなに可愛くないくせにね」


「本当、本当」


 遠くの陰険な笑顔が、ヒソヒソと耳障りな声をたてる。

 今日も相変わらず、つまらない日だ。


 それでも大丈夫、学校を出れば王子様が迎えに来てくれるから。

 

 王子様は、綺麗で、うるさくなくて、優しくて、私のことを誰よりも好きだと言ってくれるの。


「……無視かよ、あんまり調子のんなよブス」

「くすくす、ちょっと男子、やめなってー」

「可哀想でしょー、くすくす」


 それで、こんな下らない世界から、私を助けてくれるの。


「あ、おい!? どこ行くんだよ!?」

「うわー、フォローしてあげたのに、私たちまで無視?」

「感じ悪いよねー」


 だから、馬鹿たちは放って置いてさっさと帰ろう。


 学校を出れば、煩わしい声たちは聞こえなくなった。


 今日は、どの王子様に会いにいこうかな……。

 そうだ、バドミントン部部長の、優しいあの人にしよう。

 あの人の笑顔を見ていると、嫌なことなんて忘れられるから。

 そうと決まれば、はやく家に帰らなきゃ!


 家に帰って、すぐに自分の部屋に入った。

 それから、机から折りたたみ式の携帯ゲーム機を引っ張り出す。

 好きなイベント直前のセーブデータがあるから、電源を入れればすぐにあの人に会える……。


「――ちゃん。ちょっといい?」


 ……全然良くない。


 ノックと一緒に聞こえたお母さんの声に、そんな返事をしてしまいそうになった。

 でも、我慢しておこう。


「……うん、いいよ。何?」

 

「あなた、最近学校から帰ってくるとずっとお家にいるけど、お友達と遊びにいかないの?」


 いくわけないよ。

 友達なんていないし。

 

 本当はそう言いたい。

 でも、本当のことを言ったらお母さんが凄く心配する。


「あー、うん。今日は、これから遊びにいくところ」


「本当!? よかった……、お母さん、ちょっと心配になっちゃって……」


「もう、心配しすぎだよ」


「ふふふ、そうね。じゃあ、お友達に、今度お家にも遊びにいらっしゃいって、伝えてあげて」


「……うん、そうする」


「ええ、是非そうしてちょうだいね!」


 そう言うと、お母さんは楽しそうに帰っていった。

 ……とりあえず、出かけよう。

 携帯ゲーム機なら、外でも使えるし。


 家を出て、学校とは逆方向の公園に到着した。

 噴水と薔薇の花壇が綺麗な、お気に入りの公園。

 ここなら、馬鹿たちに見つかることなく、ゆっくりとゲームができる。

 さあ、今度こそあの人に会おう。


 ゲーム機を開いて、電源を入れる。

 それから、ゲームのタイトルを選択してセーブデータを開く。

 画面には、心配そうな顔のあの人がアップで映し出された。


「急に呼び出してごめんね。でも、君、凄く淋しそうな顔をしてたから……」


「君はさ、いつも我慢しすぎるから、心配になって」


「泣きたければ、泣いてもいいんだよ」


「……俺が、ずっと側にいるから」


 ……うん。

 やっぱり、彼にして正解だった。

 彼はいつだって、私に優しい言葉をかけてくれる。

 それに、自分をよく見せようと馬鹿な自慢をしてこない。

 自分の想いが届かなくても、ギャーギャー騒がない。

 笑顔も、下品さも陰険さもなくて、爽やかだ。


 ……現実とくらべるのはよそう。 

 こんな王子様なんて、現実にいるわけないんだから。


 さあ、嫌なことは忘れて、ゲームに集中し――


「……ねえ、ちょっといいかな?」


 ――ようとしたら、急に声をかけられた。

 顔をあげると、ティーシャツにハーフパンツ姿の子が立っていた。

 手には、バドミントンのラケットを握っている。

 髪は短いし、カッコいい顔をしてるけど……


「急に声かけちゃって、ごめんね」


 ……声が高いし、女の子かな。


「……何か、用?」


 尋ねると、目の前の子は気まずそうに笑った。


「あ、うん。君、時々この公園で、ゲームしてるよね?」


「そうだけど、だから何?」


「よかったら、一緒にバドミントンしない?」


「……え、なんで?」


「あ、うん。一人でシャトルリフティングするの、飽きちゃって。それに……」


「それに、何?」




「……君、凄く淋しそうな顔をしてたから」



 

 ……今の言葉、画面から出たセリフ、だよね?

 現実に、私のことを心配してくれる王子様なんて、いるはずないんだから。

 

「ご、ごめん! 余計なお節介だったかな!?」


 それなのに、目の前の子はアタフタとしだして。


「じゃあ、私、あっちにいって、シャトルリフティングしてるから」


 答えを出さない私に、淋しそうな笑顔を向けている。

 いつもなら、感じが悪い、だとか、生意気、だとかいう言葉が返ってくるはずなのに……。


「気が向いたら、声かけてくれると嬉しい、かな」


 ……この子は、嫌な顔ひとつしてない。


「……いいよ」


「……え?」


「一緒に、バドミントンしよう」


「本当!? やったぁ!」


 そう言って喜ぶ顔は、下品さも陰険さもない笑顔だった。


「そんなに、大げさに喜ばなくても……」


「え? 大げさかなぁ?」


「うん、大げさね。まあ、そんなことより、あなた、名前は?」


「あ、うん。私の名前は――」




「――ラ、ミカエラ」


 ……気がつくと、サキが私の顔を覗き込んでいた。

 手には、ティーセットが乗ったお盆を抱えている。


「ミカエラ、大丈夫?」


 そうだ。

 サキがお茶を淹れにいってくれてたんだっけ。

 それで、一人で待ってるうちに、ウトウトして……、あんな夢を見たのか。


「疲れてるようなら、少し昼寝する?」


「ふっふっふ! 大丈夫だよ、サキ! 光の聖女は大好きな闇の元帥さんのためなら睡眠時間なんていくらでも削って一秒一刻たりとも無駄にしないんですからね! とうっ!」


「わっ!? ミ、ミカエラ! お茶を持ってるときは危ないから、Web小説のタイトルみたいなセリフで飛びつこうとしないで! それに、睡眠時間は削っちゃだめだよ!」


「えー、私は限られた時間をサキと一緒に過ごすことに、全ふりしたいのにー」


「限られた時間って、そんな大げさな……」

 

 ……大げさ、か。


「……? ミカエラ、何で笑ってるの?」


「ううん、気にしないで。たしかに大げさだなって思っただけから!」


「……そう?」


「そうそう!」


「それなら、まあ、いいか……」

 

 ……よかった、ひとまずは、納得してくれたみたいだ。

 さっきの言葉は、大げさだと思われているくらいで、ちょうどいいんだから。

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