第3話 戸惑ってます

 放課後の教室。

 私とミカは、まだ乙女ゲームの話題で盛り上がっていた。

 

「楽しみだなー! サキの元帥さん!」


 私がコスプレを承諾したから、ミカはいつもにも増してテンションが高かった。

 ここまで喜んでくれると、私も嬉しくなってくるな。

 ただ、ミカがヒロインのコスプレをしてくれたら、もっと楽しいんだろうな。

 ミカってどことなく光の聖女ににてるから、この甘ロリといわれる系統の格好をしたら、すごく似合って可愛いはず。でも、そんなことになったら、理性がたもてるかな……。



「ふっふっふ、ときにサキ氏」



 邪な心配をしていると、ミカが不敵な笑みを浮かべて声をかけてきた。


「……どうしたんだい? 相棒よ」


 邪な考えをごまかすように、おどけながら問い返した。


「折角サキが元帥さんをしてくれるなら、私がヒロインをしようと思うんだけど、どうか……」

「何それ、是非見たい」


 ……しまった。

 間髪入れずに返事をしちゃったよ……。

 さすがに、こんなに余裕のない返事をしたら、ミカも戸惑――


「やったぜ! なら、死力を尽くして衣装を作成するぜ!」


 ――うことなく、高めのテンションで、衣装製作に入ることを宣言した。


 よし! これで、ミカの可愛らしい姿をこの目に収めることができるぞ! カメラの腕はイマイチだけど、そこは気合いで……。




「元帥。お目覚めの時間です」


 懐かしい夢にまどろんでいると、ヒスイの声が耳に入った。

 目を開けると、ヒスイが深々と頭をさげていた。


「ああ、分かった。いつもありがとう、ヒスイ」


「ありがたきお言葉」


 ヒスイはそう言うと、顔を上げてニコリと微笑んだ。


「それでは、午後の予定を読み上げますね」


 そして、お決まりのセリフを口にした。


「ああ、頼むよ」


「それでは……」


 それから、ヒスイは午後の予定を読み上げはじめる。内容はもう分かっているから、今のうちに眠気を覚まそう。夢の内容に引っ張られて、頭がまだぼんやりとしているから。


 それにしても、今まで元の世界の夢なんて見たことなかったのに、2日続けてあの日の夢か。元の世界……というよりも、ミカに対しての未練は、相当なものなんだろうな。

 でも、一昨日まで夢にみることはなかったのに、一体なんで……?



「……それと、今から腕利きの木工職人が、こちらにやってきます」


「……そうか、分かっ……は?」


 ヒスイが、昨日からの夢以上に戸惑う台詞をしれっと口にした。

 腕利きの、木工職人?


「なぜ、そんな奴が来るんだ?」


「なぜもなにも、昨日光の聖女殿が、この部屋のドアを愛の力で突き破ったからです」


「……そうだったな」


 光の聖女の襲撃を受けときに、ドアを破壊されたんだった。昨日クレームをいれて、今日すぐに対応してくれるなんて、光陣営もなかなか律儀だね。

 ただ……。


「なんだが不安になるほど、迅速な対応だな……」


「元帥、ここは素直に厚意をうけとりましょう。闇の勢力の幹部であるあなたの仕事部屋の扉を、いつまでもベニヤ板にしておけませんから」


 ヒスイの言葉通り、今はベニヤ板で作ったついたてを扉の代わりにしている。まあ、私としてはこのままでも構わないけど……たしかに昼寝のときに隙間風と廊下の音がちょっと気になったかな。


  ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 ほら、今も、廊下から地響きのような音が、鳴り響いてくるし……。

 ……ん?

 地響き?


 なんで、廊下から地響きが……


  バキィッ!


「ちわー! 腕利きの木工職人です!!」

「うわぁ!?」


 ベニヤ板のついたてが勢いよく蹴破られ、光の聖女が姿を現した。

 とりあえず、鼓動と呼吸を整えないと……、ん? なんで、光の聖女の顔が赤くなっているんだ? 。


「もう、元帥さんったら! 私に会えたからって、そんなに胸を押さえてドキドキするなんて……、本当に可愛いんですから!」


「いや、いきなり扉を蹴破られたから、ドキドキしているんだが……」


「大丈夫です! 私もドキドキしていますから、照れ隠しなんて必要ありませんよ!」


 光の聖女は、私の言葉に耳を傾けることなく、実にポジティブな発言をした。

 この子に何を言っても、きっと無駄なんだろうな……


「光の嬢ちゃん、イチャつくのは、仕事が終わってからにしてくれよ」


 落胆していると、ドアがあった場所から、赤い髪をした作務衣姿の青年が顔を出した。こいつは、たしか……


「格闘家の、ザクロ……?」


「おう! そうだぜ!」


 ザクロは歯を見せながら、爽やかな笑みを浮かべた。


「よく知ってるな、闇の嬢ちゃん!」


 よく知ってるもなにも、このゲームは完全攻略してミカと何時間も語りあったんだから、知らないはずはない。ただ、少し気になるのが……。


「なんで、作務衣なんか着ているんだ?」


「わはははは! 闇の嬢ちゃんは、細かいところを気にするな!」


 ザクロは豪快に笑い出した。

 いや、まあ、たしかに、どんな服を着ようが個人の勝手だけれど、作務衣を着たザクロのスチルなんてなかった気がする……。


「俺はな、本職は格闘家だが、兼業で木工師もやってるんだ! この服は、木工用の作業着にしてるんだよ!」


 ザクロは笑顔で事情を説明してくれた。なるほど、この世界の住人として暮らしていると、ゲームでは見えなかった部分も見えてくるんだなぁ。


「ザクロの木工の腕は、王都でも随一なんだよ! だから、お願いして徹夜で扉を作ってもらったの!」


 感慨深く思っていると、光の聖女が得意げな表情で胸を張った。

 ……うん、たしかにザクロを攻略するには、何々をしてくれると嬉しい、とか、貴方にしか頼めない、といった、いわゆる小悪魔的な台詞を選択する必要があった。しかし、これでは、小悪魔どころの話ではなく……


「まるで、ブラック企業の上司のような無茶ぶりだな……」


「もー、よしてくださいよ、元帥さんってば」


「いや、褒めているのではない。闇の勢力うちも真っ青なブラックさに呆れているんだ」


「えー、でも数多あまたの部下を持つ元帥さんなら、私の気持ちも分かりますよね? こう、『貴女のためなら命を張れます!』、っていう野郎どもに、『ほほう? ならばその覚悟、行動でしめしてみせよ!』、って言いたくなる気持ち」


「分かってたまるか! というか、お前は光の聖女だろ!? なんで、そんなに思考が悪役よりなんだよ!?」


「大好きな闇の元帥さんと添い遂げるためなら光の聖女は喜んで悪の道に進みます!」


「WEB小説のタイトルっぽい台詞を吐きながら、肩を掴んで目を輝かせるな!」


「ふぁぁぁ」


 なんとも不毛な言い争いをしていると、ザクロが大あくびをしているのが目に入った。言い争いが長引けば、ザクロの寝不足にも拍車がかかるよね……。


「……ひとまず、早急に新しい扉を手配してくれたことには、礼を言う。だから、さっさと扉をとりつけて、帰って寝ろ」


 私が声をかけると、ザクロは苦笑を浮かべた。


「お、悪いな闇の嬢ちゃん! じゃあ、さっそく作業にとりかかるぜ!」


「それでは、私もお手伝いいたします」


 ザクロとヒスイはそう言うと、いったん廊下に出て、重たそうなドアをのせた台車を引いて戻ってきた。どうやら、先ほどの地響きは、この台車の音だったようだ。あんなに重そうな扉を光の陣営からここまで持ってくるのは、台車があったとしても大変だったろうな……。


「むー、元帥さん、ザクロの作業ばっかり見て。せっかく私が抱きついてるんですから、こっちを見てくださいよ」


 現実逃避気味に感心していると、首に手を回した光の聖女が不服そうに声を漏らした。


「こんな美少女が至近距離にいるのに、嬉しくないんですかー?」


 ……まあ、ドキドキするわけだから、ザクロの作業を見て気を紛らわせていたわけなんだけどね。

 でも――


「別に、お前に興味などない」


 ――私がドキドキしてる相手は、目の前にいる光の聖女じゃない。


「むー、元帥さんてば、つれないんですから」


 悔しそうに目を伏せる光の聖女をなんとか引き剥がした。


 正直なところ、かなりぶっ壊れたところはあるが、光の聖女に言い寄られて悪い気はしない。


 でも、そう思うのは、光の聖女にミカの面影があるからなんだろう。


 そんな気持ちで、真っ直ぐな好意に応えることはできない。

 それに、光の聖女が好意を寄せているのも、私ではなく闇の元帥なんだから。


「それでも、私は諦めませんからね!」


 光の聖女は凛々しい表情で、私を指さした。やっぱり、簡単には諦めてくれないみたいだね。


「……勝手にしろ」


 ため息まじりに答えると、光の聖女は満面の笑みを浮かべた。


「ええ! 勝手にさせてもらいます! そして、元帥さんを絶対に堕としてみせます!」


 ……なんか字面が物騒だった気がするけど、気のせいということにしよう。

 それにしても、私もこのくらい前向きで諦めが悪ければ、この世界に来ることもなかったのかもしれないな。

 きっと、今頃は学校で午後の授業を受けて、それが終わったらミカと話し込んで、笑い合って……。


 ……ミカの、笑顔?

 ああ、そうだ。

 ミカの一番の笑顔は、私には向けられない……。

 

「っ!」


 不意に、後頭部と胸がズキリと痛んだ。


「元帥さん!? 大丈夫ですか?」


 光の聖女が、心配そうに駆け寄ってくる。


「……ああ、問題無い」


「え……でも、凄く辛そうでしたよ?」


 私の答えを聞いても、光の聖女は不安げに首を傾げたままだった。

 ……いろいろと、問題が満載の子ではあるが、元帥を想う気持ちは本物なんだろう。


「元帥さんに迷惑をかけるような愚鈍な部下がいるなら、私が粛正しますよ!」


 ……うん、やっぱり、色々と問題は満載だね。


「お前は、なんで逐一ちくいちそう、発想が物騒なんだよ?」


「えー! だって、元帥さんを困らせるような人は、許しておけませんから!」


「今、絶賛、お前に困っているわけだが?」


「あーあーあー! なーにーもーきーこーえーなーいー!」


 光の聖女は耳を塞ぎながら、大声をだした。やっぱり、態度を改めてくれるつもりはないみたいだ。

 でも、本当に……、こんなに元帥のことを想っているのに、中身が別人だと知ったら、彼女はどんなにショックを受けるんだろう?


「おう、嬢ちゃんたち! 取り付け作業終わったぜ!」


「元帥! 新しい扉はとても素晴らしいものになりましたよ!」


 突然、入り口の方からザクロとヒスイの声が響いた。

 ひとまず、今は扉の完成を祝うことに――



「……おい、何なんだこのデザインは?」


 

 ――したかった。

 

 出来上がった扉は、両開きで、向かって左側に光の聖女、右側に私の横顔のレリーフが施されていた。しかも、扉を閉じると、二人が両手を合わせて今にも口づけをしそうな姿に見える。


「おう、気に入ったか? 闇の嬢ちゃん!」


「もちろん、気に入ってくださりますよね元帥!」


「気に入ってるに決まってるじゃないですか! ね、元帥さん!」


 ザクロ、ヒスイ、光の聖女がたたみかけるように、私に好意的な感想を求めてくる。

 いや、確かに、かなり質の良い木材を使っているし、レリーフも精巧だし……、近づいて開閉してみても、きしみ一つなく滑らかに動くよ?

 それでも……。


「……ザクロ、お前は作りながら、このデザインに疑問を抱かなかったのか?」


「ん? いやぁ、光の嬢ちゃんが、このデザインならきっと元帥さんも喜びます、っていうから、疑問は何もなかったが……何か、まずかったか? なんなら、帰ってから作り直すぞ?」


 ザクロはそう言うと、雨に濡れた大型犬のような表情で首をかしげた。

 ……とりあえず、これ以上ザクロに徹夜をさせるわけにもいかないか。


「……いや、まあ、その必要はない。世話になったな」


「おう! どういたしましてだ!」


 頭を下げると、ザクロは爽やかに微笑んだ。


「やはり、元帥も光の聖女殿のことが気に入っていらっしゃるのですね! このデザインを提案したかいがありました」


「ヒスイさん! 本当にありがとうございます! やっぱり元帥さんと私は、赤い糸で繋がっているんですよ!」


「お前らは、少し黙っていてくれ」


 脱力しながら注意をしたが、ヒスイと光の聖女は全く反省していない顔で、はーい、と声を揃えて返事をした。

 

 私以外にもう一人くらい、この状況に疑問を持つ人間がでてきてくれないかな……。

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