第2話 焦ってます
午後の予定を聞いている最中に突然現れ、部屋の扉を破壊した光の聖女は、私の肩を掴んだまま真剣な目を向けていた。
「良いですか、大事なことなのでもう一度言います。邪魔しに来てくれないと、元帥さんのルートに入れないじゃないですか!」
そして、再び大声で、作戦を棄却したことにクレームをつけていた理由を叫んだ。
うん、どういった経路でヒスイにクレームを入れていたのか、だとか、どうやって闇の勢力の本拠地まで辿り着いたか、だとか色々と聞きたいことは満載だ。でも、ひとまずは本題をすすめないとね。
「……私のルートに入れない、というのはどういう意味だ?」
このゲームを完全クリアした私にとって、光の聖女が言っていることの意味は分かっている。それでも、再びあえてとぼけてみることにした。
このゲームの売りの一つが、百合ルート完備、というところだった。
ただ、男装の麗人が百合に含まれるのかといえば、少し微妙な気もするけど……百合の定義はひとまず置いておこう。
ともかく、そのルートというのは、毎回敗走する
光の勢力の内部抗争に巻き込まれる光の聖女を見かけ、悪態を吐きながらも助ける……
街で偶然出会うイベントが数回発生し、その中で段々と態度を軟化させる……
最終的には、光と闇の両勢力から命を狙われる光の聖女を、身を
ざっくりとそんなイベントが発生する。
特に、光の聖女を助ける系イベントでのスチルは作画の完成度が高く、完全クリアのためだけにルートに突入した女子達が、ついウッカリ本気になってしまうということもあるほどだったらしい。
ただし、ミカは最初から
そんなわけで。ゲーム会社の思惑どおりなのか予想外なのかは分からないが、
なので、この光の聖女が元の世界では、
「そんなの、あなたと相思相愛になりたい、ということに決まってるじゃないですか!」
……い、というか、間違い無く
現実逃避気味に推測をしていたけど、光の聖女は力強いまなざしを向けて、容赦なく私を現実に引き戻してくれた。
いや、力強いのはまなざしだけではなく、私の両肩を掴む握力もだけどね……。正直、涙がにじみそうなくらい痛い。でも、ここで涙ぐんでしまっていては、彼女の元帥像を壊してしまうかもしれないから、じっと我慢だ。
光の聖女に落胆されるのは、あんまりぞっとしないから。
えーと、こういうとき
「下らんな。大体、お前と相思相愛になる理由が見当たらない」
うん、きっと、こんな感じの反応で、あってるはず。
「なんてご無体なことを言うんですか!? こんな美少女が迫っているというのに!」
たしかに、光の聖女に迫られるのは悪い気はしな……いや、そんなことを考えている場合じゃない。なんとかして、光の聖女を振りほどかないと、肩の骨ががもたない。
「だからどうしたというのだ。第一、そちら側には優男がそろっているのだろう? 恋愛ごっこがしたいのであれば、そいつらから相手を選んだらどうだ」
「優男が、そろってる……?」
光の聖女はハッとした表情を浮かべて、私の肩から手を外してくれた。それから、腕を組んで首を傾げた。
「うーん……たしかに、騎士団長のオウギョクはブロンドの髪が似合う、騎士道精神あふれる爽やかな紳士だし……」
オウギョクか……、ゲームのパッケージでセンターにもなっていたよね、たしか。
好感度パラメーターが上がりやすいから、他の攻略対象キャラにちょっかいをかけなければ、大体はオウギョクとのエンディングを迎えることになるんだよね。
ただ、攻略が簡単すぎて、人気投票では三位にとどまっていたっけ。
「武道家のザクロは、赤髪が似合う頼れる熱血漢だし……」
ザクロは……、人気投票で二番だったかな。
攻略する場合、好感度パラメーターの他に、筋力というパラメーターも一定値以上ないといけないんだよね。乙女ゲームに筋力はどうだろうか、なんて思ったけど、筋力を上げるためのミニゲームが結構楽しくて、ストーリーも爽快な展開だったな。
「魔術師長のルリは、青髪が似合う温かくみまもりたい中二病だし……」
光の聖女は首を逆方向に傾げ、人気投票で八番人気だったキャラクター名を口にした。
ルリは、攻略するには、ことあるごとに出される古今東西の魔術や祭事に関する質問に、全問正解しないといけないんだよね。
しかも、スマートフォンの検索に引っかからないような、マニアックな祭事についての質問も出てくることがあったな。たしか……、西関東のとある町で夏祭りにかならず用意するお菓子は何か、だったかな。正解はまさかの、酒まんじゅう、だったっけ……。
たぶん、この面倒くささが、人気投票で堂々の最下位になった原因なんだろうな。
「占術師のムラサキは、紫色の長髪が似合う腹黒だけど、本当は優しい人だし……」
ムラサキ……、うん、一番人気のキャラだね。
最初は主人公に冷たい、ことあるごとに嫌みを言ってくる、でもルートに入ると光の聖女を心から愛していることが分かる、そんな少女漫画の王道ストーリーが味わえるキャラだ。
でも、主人公の誕生日を決定するときに、西洋占星術に基づいて相性の良い日付と出生時間をピンポイントで指定しないと、絶対にトゥルーエンドに到達できない。
しかも、ムラサキの誕生日がいつになるかは、ゲーム開始後にランダムで決まる。
だから、攻略方法が発覚した後、本屋から占星術関連の本が消える、という現象まで発生したんだよね。
今思えば、出生時間まで持ち出すのは、やり過ぎなような気もするけど……。
「吟遊詩人のスイは、緑髪が似合う基本的にチャラいけど、本命には尽くす遊び人だし……治療術師のカイは、水色髪が似合う、守ってあげたい系美少年だし……忍者のコウは、ピンクの髪が似合う、一緒にお喋りしてると凄く楽しい男の娘だけど……」
色々と思い出していると、光の聖女は残りの面々について口にした。
……しかし、この乙女ゲーム……、色々と挑戦しすぎな気がする。
「それでも! 元帥さんにかなう野郎なんて、光の陣営にはいません!」
光の聖女は胸の前で拳を握りしめ、高らかな声で宣言した。
「いや、結構いっぱいいるだろ。それに、野郎、なんてののしり言葉を使うのは、どうかと思うぞ。ヤツらだって、色々と頑張っているのだから」
「まあ! 光陣営の野郎どもに、そんな優しいお言葉をかけてくださるなんて! 元帥さんはなんと寛大な心をお持ちなのでしょう! ね、ヒスイさん!」
不意に声をかけられ、ヒスイはビクッと肩を震わせた。ヒスイも、いきなり、巻き込まれてさぞ迷惑して――
「ええ! 光の聖女殿の言うとおりです! 元帥は冷血無慈悲を装っていますが、部下のことはなによりも大切に考えてくださいます! それなのに、口調が厳しいという理由だけで、末端からは恐れられて……」
――えーと?
「あー、ヒスイ? お前は、一体、何を、言って、いるんだ?」
「それなのに、元帥の本質をいともたやすく見抜くなんて! 光の聖女殿は元帥と結ばれる運命にあるに違いありません!」
「そうですよね! ヒスイさん!」
聞き取りやすいように言葉を句切りながら質問してみたけど、ヒスイの耳には私の声が届いていなかったようだ。
というよりも、なんだか光の聖女と示し合わせたような会話をしている気がする。
えーと?
つまり?
これは?
すでに外堀を埋められていた、という状態なわけか!
さっすが、光の聖女!
することが光のように早ーい!
すごーい!
いえーい!
……なんて、現実逃避をしている場合じゃないよね。
「光の聖女殿! ここは是非、元帥の生涯の伴侶として、この闇の勢力へお越しください!」
「はい、よろこんで!」
ヒスイと光の聖女は、まるでミュージカルか何かのような動きで、不穏なやり取りをしている。
このまま話が進むと、なんだかものすごく面倒なことになりそうな気がする……。
うん、ひとまず、止めることにしようか。
「ヒスイ! 勝手に敵陣営の重要人物を引き抜くな! それと、光の聖女! 快く引き抜きを受け入れるな!」
軍靴で床を蹴りながら怒鳴りつけると、二人はションボリとした表情を浮かべた。しまった、ちょっと強く叱りすぎたかな……。
「えー。私本人が良いっていってるんだから、良いじゃなーいでーすかー」
「そうですよー。光の聖女がこちらに寝返ってくれたら、私達としても願ったり叶ったりじゃなーいでーすかー」
……うん、一瞬でも罪悪感を抱いた私が馬鹿だった。二人は、非常に腹立たしい表情を浮かべて、私に対して不平を述べている。
「ヒスイ、私の気が変わらないうちに、光の聖女をこの城から帰してやれ」
「は、はい!? か、かしこまりました元帥!」
右手に魔力を蓄えながら睨みつけると、ヒスイは急に顔を
「光の聖女殿、本日はいったんお帰りください」
ヒスイはそう言うと、焦りながら光の聖女の手を取った。
「えー!? でも、闇の勢力に転向する手続きが、まだ済んでないですよ!?」
「そちらに関する書類は、後日こっそりとお送りいたします! ですので、元帥の超攻撃魔術が炸裂する前に、ここからお逃げください!」
ヒスイの必死の説得により、光の聖女は諦めがついたのか、残念そうにため息を吐いた。
「はーい、分かりましたー。それでは元帥さん、また来ますね!」
……いや、諦めはついていないようだ。
光の聖女は私に向かってウインクをすると、ヒスイと共に扉の残骸を踏みつけながら部屋を出て行った。
ひとまず、嵐は去ってくれたようだけど……
光の聖女は、私と同じ転生者だった。
さらに、光の聖女は私を攻略しようとしている。
しかも、気づかないうちに、ヒスイまで自分の協力者に引き入れている。
さらに、この部屋の扉を粉砕してくれた。
……最後の一つについては、光の陣営に修理費の請求書でも送りつけてやることにしよう。
ともかく、光の聖女に頭を悩ませる日々が始まりそうだな……。
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