【百合】男装の麗人にして悪役令嬢ですが困ってます ~失恋相手に似たサイコパス気味のヒロインがマッチョ、ドM、ドルヲタ、その他諸々な攻略対象キャラを手なずけながら私を攻略しにやって来ます
鯨井イルカ
第1話 困ってます
放課後の教室。
私は親友のミカと、乙女ゲームのイラスト集を見ながら話に花を咲かせていた。
机を挟んで向かいに座ったミカが、ゲームの素晴らしさを早口で語る。
私は笑いながら、それにうなずく。
正直なところ、私はミカほどにはハマっていなかった。
でも、放課後にミカと二人きりで共通の話題で盛り上がるのは、とても楽しかった。
それに、大きな目を輝かせながら無邪気に好きな物を語るミカは、とても可愛かった。
「ねえねえ、サキ」
不意に、ミカが作品への愛を語るのをやめて、私に声をかける。
「どうしたの?」
「ちょっと、お願いがあるんだけど……」
ミカはそう言うと、上目遣いで私の顔を覗き込み小首をかしげる。
小悪魔か何かかと思うほど可愛いです。本当にありがとうございました。
などという邪な本音は、絶対バレないようにしないと。
「ひとまず、話を聞こうじゃないか相棒」
本音を隠すあまり訳の分からないキャラクターになっちゃったけど、ミカは気にせずに、えへへー、と言いながらフワリとした笑みを浮かべた。
女神か何かかと思いました。本当にありがとうございます。
「サキ氏、このキャラのコスプレをしてみる気はないかね?」
またしても邪な本音をこらえていると、ミカはさっきの私に負けず劣らず訳の分からない口調になりながら、首をかしげた。
ミカが指さしていたのは、いわゆる悪役令嬢という立ち位置のキャラクターだった。
前髪で左目が隠れたショートカットの銀髪。
深紅の瞳を持つ切れ長の凜々しい目。
第一次大戦あたりの欧州の物を模した軍服。ちなみに、階級は元帥。
この手のキャラクターには珍しく、男装の麗人という枠だ。
たしかに、前々からコスプレには興味があったし、ミカの期待には応えたいところだけど。
「うーん……衣装を用意するにも、今月バイト代が厳しいし……作るのは大変そうだし……」
「大丈夫だよ! サキ!」
どうしたものかと悩んでいると、ミカが屈託のない笑顔を浮かべた。
天使か何かかと思いました、本当にありが――
「もう作ってあるから!」
――邪な本音は、ミカの言葉によって遮られてしまった。
「えーと……あいべっくゆあぱーどぅん?」
中学校のときに習った気がする言葉で聞き返してみると、ミカは得意げな表情で控えめな胸を張った。
「大丈夫! もう作ってあるから!」
そして、こちらの要望に応えるように、一言一句同じ言葉を繰り返した。
どうやら、中学のときに習った言葉は正しかったようだ!
それに、勝ち誇った顔が凄く可愛かったぜ! イヤッホウ!
……などと、喜んでいる場合じゃないよね。
「ありがとう。でも、大変だったでしょ?」
ひとまずお礼と労いの言葉を掛けると、ミカは笑顔で首を振った。
「全然! サキにすっごく似合うんだろうなって思いながら作ってたら、楽しくてあっという間だったよ!」
ミカはそう言うと、本当に楽しそうな表情を浮かべた。
負担でなかったのなら良かったし、私のことを思い浮かべて楽しい時間を過ごしてもらえたのも光栄だ。
それでも……
「そっか。でも、ご期待に添えないような見た目になっちゃったら、ごめんね」
あまりの期待の大きさに、思わず弱音がこぼれた。
すると、ミカは不意に私の両肩に手を掛けた。
突然のラッキーに、驚きと喜びが入り交じって混乱していると、ミカは真剣な目を私に向けた。
「そんなこと無いよ! サキがこの格好してくれたら、私絶対恋しちゃうもん!」
……そうか。
本当に、そうだったら、良かったのに――
「――い。お目覚めの時間です」
懐かしい夢にまどろんでいると、男性の声が耳に入った。
目を開けると、執事の服を着て眼鏡をかけた緑髪の男性が、私に向かってうやうやしく頭を下げていた。
「ああ。ありがとう。いつも世話を掛けてすまないな、ヒスイ」
労いの言葉を掛けると、緑髪の男性……、ヒスイは頭を下げたまま、いえ、と答えた。
「貴女のように多忙なお方にとって、午睡はとても重要な時間ですから」
ヒスイの言葉通り、私は豪奢なひじかけ椅子に浅く腰掛けたまま眠りについていた。
壁に掛けられた時計に目を向けると、眠り始めてから十五分くらいしか経っていない。
もう少しだけ長く、あの頃の夢を見ていたかった気もするけど……。
でも、あの辺りで目覚めることができたのは、良かったかもしれないな。
「いかがなさいましたか?」
「いや、なんでもないよ。それより、この後の予定を聞かせてくれ」
「はい。おおせのままに」
私の言葉に、ヒスイは再びうやうやしく頭を下げた。そして、頭を上げると、指で虚空に何かの文様を描いた。すると、ヒスイの目の前に、これからの予定を記した一覧表が浮かび上がる。
「まずは――」
ヒスイは一覧表を指でなぞりながら、予定を読み上げていった。
こっちに来たばかりのころは、あまりの予定の多さに気が滅入ることもあった。でも、あるとき、この予定は一度覚えてしまえば、同じことの繰り返しだと気づいた。それからは、ヒスイが予定を読み上げる時間は、眠気を完全に覚ますための時間に使っている。
それにしても、私がこの世界に辿り着いてから、一ヶ月か……。
放課後、学校の階段で足を滑らせて、強く頭を打って気を失ったんだっけ。ひょっとしたら、死んじゃったのかもしれないけど、真相はどうなんだろう? いつかは、元の世界に戻れるのかな……。
「次に――」
そういえば、はじめてヒスイに声をかけられて、目を覚ましたときは驚いたな。
だって、ヒスイという男性を側近にしている人物といえば――
「――以上が、これからの予定です。元帥」
――ミカと夢中で話していた乙女ゲームの悪役令嬢なんだから。
ミカと話していたコスプレは結局実行にうつせないままだったけど、はからずもコスプレどころじゃない事態になっている。この状況を知ったら、ミカはどう思うんだろう……。
あの時の言葉通り、私に恋をしてくれるのかな?
……いや、そんな虚しいことを考えるのはやめよう。
「元帥、何かご質問は?」
「いや、何もないよ。ありがとう」
「滅相もございません。ところで、元帥……」
ヒスイはうやうやしくお辞儀をした後、顔を上げて申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「うん? どうした? ヒスイ」
「あー……、えーと、ほんの少しだけ補足しないと行けない事項が……」
ヒスイが申し訳なさそう表情のまま、言葉をにごす。
「なんなんだ、その補足しないといけない事項というのは? なにか、問題でも起きたのか?」
「いえ、問題というほどでは、ございません。ただ、先日棄却された作戦について、ですね……」
「なんだ、またあの話か」
ヒスイの言葉に、思わず深いため息が出てしまった。
「あの作戦は実行しないって、軍議でも決定しただろ」
「はい、そう、ですよね……」
ヒスイは、そう呟きながら肩を落とした。
まあ、たしかに、あの作戦を棄却するというのは、世界観をぶち壊しているのかもしれないか……。
そもそも、この世界では私達が所属する闇の勢力圏、それと対立する光の勢力圏が存在している。
そして……
その光の勢力側に加勢するために、異世界からヒロインが光の聖女として召喚され……
ヒロインが光の勢力側の、名だたる七人の勇士のうち一人と絆を深め……
なんやかんやあって、愛の力で超強力な光の魔法を使って闇の勢力を退ける。
という、なんというか王道なストーリーが、三ヶ月という期間で繰り広げられることになっている。
本来なら棄却した作戦にそって、
ヒロインとフラグが立った勇士の前に現れる……
闇の勢力側の待遇の良さや、光の勢力側の矛盾を指摘して、勇士をこちら側に勧誘する……
ときには色仕掛けで、ヒロインと勇士の仲を裂こうとする……
なんやかんやあって、作戦はいつも失敗し最終的には敗走する。
凜々しい見た目と厳つい職は与えられているけど、まあまあよくある悪役令嬢をする予定になっていた。
別に、その予定通りに動いてもよかった。でも、どのみち負けることになるなら、人の恋路を踏みにじるようなことはしたくなかったんだよね。
多分、この世界に来る直前に、ひどい失恋をしたから。
まあ、所詮叶わない恋だったから、それで良かったのかもしれないけど……。
「しかし、元帥……あの作戦を棄却なさったことに、クレームをつけている者がおりまして……」
感傷的な気分になっていると、ヒスイが意外な言葉を口にした。
「クレーム? 今更、そんなことを言い出した奴はどいつだ?」
「はい。それが、光のせ……」
ドゴーンッ!
「うわぁっ!? な、なんだ今の轟音は!?」
音のした方に慌てて顔を向けると、そこには粉々に崩れた扉と――
「私に決まってるじゃないですか!」
――怒りの表情を浮かべて、正拳突きの格好をする光の聖女の姿があった。
赤みがかった茶髪のショートボブ……
長い睫毛に縁取られた大きな目……
白いけれど健康的な肌の色……
イヤッホウ!
こんな美少女が会いに来てくれるなんて、
……なんて、現実逃避している場合じゃないよね。
「ふん。光の聖女が我らの作戦に口だしとは、一体どういった了見だ?」
粉々になった扉を見て冷や汗が止まらなかったけど、なんとか虚勢を張ることができた……、かな。
「どういった了見、ですって!?」
光の聖女が、ぱっちりとした可愛い目を見開く。
「クレームをつける理由に、お心当たりはないのですか!?」
「ああ。皆目、見当もつかないな」
……本当は、一つだけ心当たりがあったけど、あえてとぼけてみた。
うん、いわゆるイケメン達に囲まれているんだから、私の心当たりが正解という可能性は、限りなく低いだろうし。
「本当に、見当もつかないんですか!?」
光の聖女は、頬を膨らませながらズンズンと距離を詰めて、目と鼻の先で足を止めた。
わあ! 近くで見ると、長いまつげがクッキリと見えてドッキドキだね!
またしても下らない現実逃避をしていると、光の聖女は私の両肩を力強く掴んだ。
それから、大きく息を吸い込み――
「だって、私の邪魔しに来てくれないと、元帥さんのルートに入れないじゃないですか!」
――心当たりがあった理由を口にした。
まさか、光の聖女が、百合ルートを選ぶとは思わなかった……。
あと、多分、私と同じ世界から来ているとも思わなかった……。
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