第4話 疲れてます

 放課後の教室。

 私とミカはスマートフォンで、コスプレイベントの検索をしていた。


「サキ、見て見て! これ、近所の駅ビルの五階だって!」


 ミカはそう言うと、スマートフォンの画面を向けた。そこには、私たちの家にほど近い駅名で開催されるコスプレイベントのサイトが表示されていた。

 たしかに、近い場所で開催されるのはありがたいけど……。


「ただ、あんまり家に近いところだと、近所の人に見つかったりしたら、ちょっと気恥ずかしいかも……」


 私の言葉に、ミカはシュンとした表情を浮かべた。


「ああ、それもあるね……まあ、サキの元帥さんなら、完璧だから誰からも文句は出ないと思うけど」


「それを言うなら、ミカの光の聖女だって、文句の出ようがないと思うよ」


「またまたー、褒めても何も出なくってよ、オホホホホ」


「いえいえ、正直に申し上げたまでですわよ、オホホホホ」


 二人してわけの分からないキャラクターになりながら、私たちはコスプレイベントの会場探しを続けた。

 それからしばらくして、自宅からほどよく離れた駅で開催されるイベントを見つけた。

 

 これで、あわよくば人気の高いスチルを再現したツーショット写真を撮ることにして、ミカを抱き寄せて……。




「元帥。お目覚めの時間です」




 懐かしい夢にまどろんでいると、ヒスイの声が耳に入った。

 目を開けると、ヒスイが深々と頭を下げていた。


「ああ、分かった。いつも世話をかけるな、ヒスイ」


「ありがたきお言葉」


 ヒスイはそう言うと、いつものように顔を上げてニコリと微笑んだ。


「それでは、午後の予定を読み上げますね」

 

 そして、いつものようにヒスイが午後の予定を読み上げる。今日も、いつもと変わらない午後だなぁ……。


「ふぁぁ……、あ」


 

 しまった、大あくびがでちゃったよ……。


「……元帥?」


 ヒスイが、軽く眉を寄せた。

 話の途中であくびをされたら、嫌な気分にもなるよね……。


「すまない、ヒスイ」


「いえいえいえ! 滅相もございません! どうか頭をお上げになってください!」


 頭を下げて謝ると、頭上から慌てた様子のヒスイの声が聞こえた。怒っては、いないみたい、かな?

 恐る恐る顔を上げてみると、ヒスイは不安げな表情を浮かべながら、首をかしげていた。


「元帥、お疲れの様子ですが、いかがなさいましたか?」


 疲れている、か……。

 たしかに、最近ここに来る直前のことを連日夢に見ているから、深く眠れていない気がする。

 それと、もう一つ心当たりのある原因は――


「あまりお加減がよろしくないのであれば、光の聖女殿に連絡をして、治癒魔法を使っていただくことにいたしましょうか?」


 ――たった今、ヒスイが口にしてくれた。


「遠慮する」


「なぜですか!? 光の聖女殿の治癒魔法は当代一だと、巷でうわさですよ!!」


「治癒魔法の腕が確かでも、疲労の原因になっている奴に会いにいくバカがどこにいる?」


 ため息を漏らしながら答えると、ヒスイは意外そうな表情を浮かべた。


「光の聖女どのが、疲労の原因?」


 わけがわからないよ、とでも言い出しそうな表情を浮かべながら、ヒスイは首をかしげた。少しだけイラッとしたけど、悪気はなくて、本当に不思議に思ってるみたいだ……。


「その通りだ。大体、急に押しかけてベタベタしてくるわ、扉を壊すわ、仰々しいレリーフの新しい扉を持って来るわ、これで疲れるなという方がどうかしている」


「しかしながら、元帥、それは全て光の聖女どのが、元帥を愛しているからこその行動ですよ」


「こんな相手の都合を考えない愛があってたまるか!」


「も、申し訳ございません!」


 ヒスイが怯えた表情を浮かべて、肩を震わせた。

 しまった。これじゃあ、ただの八つ当たりだ……。


「大声を出して、すまなかった」


「い、いえ、滅相もございません!」


 謝ると、ヒスイは勢いよく首を横に振った。あんなに高速に振って、よく目が回らないなぁ。

 感心しているうちにヒスイは首を振り終え、再び首を傾げた。


「元帥……、貴女は光の聖女殿のことが、お嫌いなのですか?」


「それは……」


 悲しげな表情で、なんてことを聞いてくれるんだ、ヒスイは……。


 たしかに、今でこそ私は元帥になってはいるけど、もともとはただの女子高生だった。

 だから、光の勢力に属しているからといって、光の聖女が憎いとかそいう思いはない。

 むしろ、ゲームをプレイしていたころから、選択肢からにじみ出る光の聖女の性格がけっこう好きだった。


 それに、どことなくミカに似ているビジュアルも……。


「元帥?」


「……別に、嫌悪感を抱いているわけではない」


「それならば、なぜ!?」


 私が答えると、ヒスイは語気を若干強めて問い返した。


「なぜ、といわれると……」



 ……今の私は、まちがいなく光の聖女をミカの代用品としてみてしまうから。


 それは好意を持ってくれている相手に対して、あまりにも失礼だ。

 それに、あの光の聖女は私と同じように、この世界を乙女ゲームだと認識する世界から来ている。

 

 と、いうことは――


 万が一、交際して……

 万が一、元の世界に戻ることになって……

 万が一、意外にご近所さんだったりして……

 万が一、ミカの存在がバレて……

 万が一、私がまだミカに未練を持っているなんて知られたら……


 ――うん。


 光の聖女をひどく傷つけるうえに、下手すれば私も刺されたり、首を絞められたりするやつだ、これ。こころなしが、背筋が寒くなってくる。


「あ、あの、元帥? お顔色がすぐれませんが……」


 ヒスイが再び心配そうな表情を浮かべた。


「すまない、気にしないでくれ。ともかく、私はこんななりをしてはいるが、別に女色家というわけではないのだ。だから、あいつの気持ちには答えられない」


 という嘘をついて、ヒスイを納得させることにした。

 我ながら、親友に恋をしていたくせに、何を言ってるんだろうね……。

 いや、でも、失恋したわけだし、ミカ以外の女性に恋心を抱いたこともまだないから、まったくの嘘でもないかな。


「そうですか……」


 言い訳がましいことを考えていると、ヒスイは悲しげに相槌を打った。


 やれやれ、ようやく納得してくれた――


「元帥、光の聖女殿が疲れの原因かどうかは、ひとまず置いておいて」


 ――わけじゃないみたいだね。


「いや、置いておくな。あいつが原因なのは、分かりきっているだろ」


「元帥がお疲れなのは、確かなようです。ならば、気分転換に街へお散歩にいかれたらいかがでしょうか?」


 私のツッコミを気にすることなく、ヒスイが言葉を続けた。

 気分転換に散歩か……、それも良いかもしれない。この世界に来てから、することといえば軍議や訓練、外出するときも戦場での戦闘や指揮がほとんどだったから。

 たまには、街に遊びに出かけても、バチは当たらないかな。


「そうだ……ん?」


 そうだな、と言いかけて、かすかな違和感に気付いた。

 あれ?


 元帥わたしが街に出かける、ということは――


「お任せください、元帥! 一見すると町娘のように見えますがそこはかとなく元帥っぽさを残した、可憐なコーディネートをご用意いたしますので! もちろん、光の聖女殿のような可憐な女性の危機には、すぐにいつものお召し物に戻る便利機能つきです!」


 ――うん、そうだよね。


 これは、元帥と光の聖女が、街でばったり出会うイベントへの布石だよね。


「……ヒスイ、申し出はありがたいが、私っぽさというのが、微塵も残らないコーディネートにしてくれ」


 私の言葉に、ヒスイはショックを受けた表情を浮かべた。


「な、なぜですか!?」


「あー……あれだ、ほら、嫌な予感がしたから、みたいな感じの奴だ」


「なんですか? そのものすごく曖昧な理由は……?」


「なにか文句でも?」


「いいえ、滅相もございません! 元帥がそうおっしゃるのならば……」


 お、意外に納得してくれた。これなら、一安心だ。


「では、こちらのお召し物など、いかがでしょうか?」


 ヒスイはそういうと、指をパチリと鳴らした。

 テーブルの上に現れたのは……。



 ラメでキラキラするピンク色のアフロのカツラ。


 同じくラメでキラキラするピンク色の星形をしたサングラス。


 スパンコールが大量に散りばめられたエメラルドグリーンのタンクトップ。


 これでもかと言うほど丈が短いデニムのショートパンツ。


 底の厚すぎるパッションピンクのスニーカー。


 ……前言撤回、安心した私がバカだった。


「いやぁ、元帥の特徴を隠すとなると、これくらい奇抜にしないといけないと思いますが……いかがなさいますか?」


 ヒスイは勝ち誇ったように笑みながら、わざとらしく首をかしげた。

 この野郎、いくらなんでもこれは選ばないだろう、とたかを括っているのが見え見えだ。でも、文句を言ったら、嬉々として街中遭遇イベント用の衣装を持ち出すに違いないし……。

 よし、それなら。


「ありがとう、ヒスイ。この服で出かけることにしよう」

 

「えぇっ!?」


 ヒスイが某国民的アニメの夫のような声を漏らした。


「何を驚いている? お前が持ってきたものだろう?」


「え、いや、しかしながら、まさかこちらの服は選ばないと……」


「残念だったなヒスイ、今は光の聖女に見つからないことが最優先だ。この衣装、ありがたく使わせてもらおう」


 などとヒスイ相手に勝ち誇り、服を着替え、街に繰り出したわけだけど――


「そこの不審者、止まりなさい!」


 転移魔法で移動した路地から大通りに出た途端、厳しい言葉をかけられてしまった。

 うん。

 たしかに、剣と魔法のファンタジーな世界にこの格好は不審すぎる気もしていた……、自動車を重窃盗するような世界なら、まだ大丈夫だったかもしれないけど。

 とりあえず、もう充分怪しいのはわかってるけど、これ以上は怪しまれないようにしないと……。

 声のする方に顔を向けると、一人の男性がこちらに近づいてきていた。


 日の光を受けて輝く金色の髪。


 凛々しい眼差しの碧い眼。


 白を基調とした騎士服。


 ……間違いなく、攻略対象キャラクターのオウギョクだ。これはまた、厄介な相手だね……。

 落胆していると、オウギョクは足を止めて、私の姿をしげしげと見つめた。


「貴女、この辺りでは見ない顔ですね。一体、どこから来たのですか?」


 素直に立ち止まっていたためか、オウギョクはやや声を和らげて尋ねてきた。でも、怪しんでいることに、変わりはなさそうだ。

 素直に正体を明かすわけにもいかないし……、ここは、観光客のふりでもすることにしようか……。


「アー、ワタシ、コノマチニカイモノニキタダ……」


「あー!? 元帥さん!!」


 私のわざとらしい片言は、背後から聞こえた少女の声によってかき消されてしまった。

 うん。

 声の主が誰かは分かっているけど、念のため振り返っておこう。

 ひょっとしたら、予想している人物とは違う人物の声かもしれないし……。


「元帥さん、こんにちは! 今日はとっても個性的なファッションですね!」


 でも、淡い期待とは裏腹に、そこにいたのは光の聖女だった。

 まあ、なんだかんだで、光の聖女に遭遇するはめになるような気はしていたよ? それでも……。


「……なぜ、この格好で私だと分かった?」


「そんな簡単な変装、私の愛の前では目くらましにすらなりませんよ!」


 落胆する私とは対照的に、光の聖女は得意げな表情で胸を張った。


「光の聖女にかかれば大好きな元帥さんの行動なんてすべてお見通しです!」


「だから、WEB小説のタイトルのようなセリフを吐きながら抱きつくな……ん?」


 胸にしがみついつきた光の聖女を振り払おうとすると、首筋にヒヤリとした感触が伝わった。視線を動かすと、突きつけられた刃が目に入った。


「動くな、毒婦め」


 それから、オウギョクの鋭い声が耳に入る。

 まあ、闇の勢力の有力者が光の聖女のすぐそばにいるのだから、警戒するのは当たり前か。でも、近づいてきたのは、光の聖女の方からなのに……、いや、今それを口に出すのはやめておこう。話の収拾が、つかなくなりそうだから。


「やれやれ、無抵抗な相手に剣を突きつけた挙げ句、毒婦呼ばわりとは! 大した騎士団長様だな!」


 挑発してみると、首筋に当てられた刃が、さらに強く押し当てられた。


「黙れ! 今すぐに光の聖女様から離れろ!」


 オウギョクの声も、さらに怒りに満ちていく。

 うん、昨日のザクロの反応が特殊だっただけで、本来は敵意のある反応が普通だよね。

 でも、首をはねられるわけにもいかないし、どうしたものかな……? ひとまず、時間を稼ぐために、もう少しだけ挑発しておこう。


「動くなと言ったり離れろと言ったり、言動に一貫性のない奴だ」


「うるさ……」


「ねえ、オウギョク」


 不意に、光の聖女の声がオウギョクの声をさえぎった。


「はい! 光の聖女様、いかがなさいましたか!?」


 それから、先ほどと打って変わってウキウキしたオウギョクの声が響き……。


「……口を慎め」


 ドスの利いた光の聖女の声と、ドゴゥッ、という轟音が響き……。


「グェッ……」


 オウギョクの絞り出すような悲鳴が響くと共に、首筋から剣が吹き飛ぶように離れ……。


「元帥さん! 邪魔者は消し飛ばしました! 安心してください!」


 ……目の前では、光の聖女が屈託のない笑みを浮かべた。



 状況がうまく飲み込めない……もとい、飲み込みたくもないけど、今日も疲労を蓄積させるような事態が起こるということだけは把握できたかな。

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