第17話 『殺戮幼女』の悪逆無道
「殺せぇ!」
地下牢の入り口を破壊して、出てきたレイラを迎えたのは目の前に広がる兵士たちだった。
それぞれ槍を持ち、兜と鎧を装着し、万全の体制である。恐らく待ち伏せがあるだろう――そうルシウスが言い出したことで、アントンとルシウスは地下牢にいるままでレイラだけが出てきたのだ。
敵だらけの場所にレイラをやるということに、アントンは渋っていたけれど。
現状、戦える者がレイラ以外に存在しないため、仕方がないと渋々承諾してくれた。
「ひゃはは……!」
目の前にいる兵士は、恐らく五十人ほどか。
あまりにも、この『殺戮幼女』を止めるには少なすぎる。
レイラを本当に止めたいならば――それは、万の軍勢ですらも足りないのだから。
「いけぇ!」
「はぁぁっ!」
「突撃ぃ!」
怒号を合わせて、兵士たちが槍を突き出す。
レイラはそんな兵士に向けてまず跳躍し、それから手近な一人の顔面を蹴りつけた。人知を超えた速度で繰り出される蹴りは、首の骨を折るどころか顔面を陥没させ、目玉が飛び出る。力なくそのまま倒れる屍から、その手に握る槍をまず奪い取った。
そこが戦場であり、レイラが暴れる場所であるのならば、その武器は何でもいい。
動きにくいひらひらのスカートは横を切り裂き、足を露出させながらレイラは駆ける。
「うらぁぁぁぁっ!」
戦場に訪れた暴風。
兵士に襲いかかる死神の具現。
ただ一人戦場にいるだけで、十万の兵士が慄き逃げ出す最強無敵――『殺戮幼女』。
身の丈に合わぬ大剣はなくとも、それは恐怖そのもの。
木製の柄に小さな穂先がついているだけの安っぽい槍でも――レイラが振るえば、それは死神の大鎌と化す。
ただ力任せに振るった槍は、目の前にいた五人の兵士を薙ぎ倒し吹き飛ばす。穂先が当たった者は、鎧ごと切り裂かれて絶命する。そしてレイラの力に耐えられずに折れた槍は、そのままただの木の棒として捨てられた。
そして、さらに敵兵が落とした槍を二振り、その手に握る。
「な、なんだこいつ!」
「さ、『殺戮幼女』……!」
「ええっ!? こいつがあの!?」
「か、勝てるかよっ……!」
異常なまでの力の具現に、恐れ慄く敵兵たち。
槍を構えながらも、手前にいる者は震え、奥にいる者は逃げ出そうとし、しかしレイラの与える死は平等に迫る。
駆け出し、槍を振るう。
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」
一撃を放つだけでへし折れる槍は、しかしその一撃だけで数人の命を刈り取る。そして折れた矢先には刈り取った命が遺した槍が落ちており、結果的にレイラの武器が失われることはない。
戦場でレイラの前に立った時点で、決まっているのだ。
死ぬか、後で死ぬか。
「ひぃぃぃっ!」
「し、し、死ぬ……がふっ……」
「い、やだぁ……」
「たす、けて……」
断末魔と絶命と、悲鳴と救済を求む声が輪唱し、戦場を流れる音楽と化す。
彼らが目にしているのは、最強無敵にして天下無双の大英雄。
レイラ・カーリー。
「ひゃはははははは!」
絶対的な力を持つ『殺戮幼女』は、哄笑を上げながら戦場を走る。
その姿はまさに疾風であり暴風。俊敏にして華麗。されど残虐にして暴虐。
レイラの一撃に、弾き飛ばされ切り裂かれ屍を増やしながら、しかしその疾走は止まらない。
「な、何をしておるのだ! 殺せ! 殺せ!」
肉という壁の向こうで、そう叫んでいるロベルトの姿を見る。
恐らく、この兵士たちはロベルトの手勢であるか、もしくは城の守備兵なのだろう。それがロベルトに指揮されて、ここで命を散らすことになるのだ。
彼らは、運が悪かったのだろう。
レイラ・カーリーという女と生まれた時を同じくしながら、しかし敵国に生まれたというだけのこと。
英雄は殺戮を好まない。
されど、レイラ・カーリーは英雄などではないのだ。
どれほど英雄と称されようと、どれほど救国の士と称されようと。
その本質は――殺戮に嗤う戦場の鬼。
「ふんっ!」
レイラは、肉の壁を跳躍して乗り越える。
彼女の後ろには地下牢に続く扉があり、折り重なる屍が列を成す。そしてそんな壁の向こう。
ロベルトが。
レイラの、射程に、入った。
「なぁっ!?」
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
レイラの槍が、神速の如くロベルトに迫る。
そして戦場を知らない、『殺戮幼女』の恐怖を知らないロベルトは、そんなレイラの一撃に。
あっさりと――その胸を貫かれた。
「ご、ふっ……!」
血を吐き、倒れるロベルト。
ぺっ、と唾を吐いて屍と化した男を見下した後、レイラは再び肉の壁を見た。
残るは二十人といったところか。あまりの暴虐と人間を超越した存在に、誰一人向かってこようとはしない。
当然だ。
レイラに向かって駆けだせば――その瞬間に死ぬ。
「ふぅ……」
別段疲れているわけではないが、そう息を吐く。
体感で三十人は殺した。あと百七十人だ。
数えるのがだんだん面倒になってきて、もう全滅させたのでいいかな――そう、思考が面倒臭くない方向へとシフトする。
「ひ、ひぃ……」
「さて」
レイラは、残る二十人の兵士たちを見据える。
少しだけ微笑んで。これからの暴虐を楽しみにしているかのように。
三日月に口元を歪めて、血染めの槍――その矛先を向けた。
「お前らの後ろには、地下牢がある。お前らの前には、あたしがいる。逃げ場はないよ」
「ひっ! こ、降伏を……!」
「降伏?」
膝をつき、槍を手放す兵士たち。
その顔には戦意がなく、最早戦う気力もないようだ。
それも当然だ。
レイラ・カーリーの暴虐を見て、戦意など保つことができるはずがない。
ロベルトという指揮官がいたのが、彼らの最後の引き金だったのだろう。それをあっさり殺されて、降伏以外の選択肢が失われたのだ。
レイラは、軽くぽりぽりと頬を掻いて。
「なんだい、それ?」
「へ……?」
「ああ、もしかして生き延びたいってか? 残念だけど、そいつは無理だね」
「な、何故……!?」
「決まってんじゃないか」
レイラは目を見開き、恐怖に震える彼らを、思い切り見下して。
告げた。
「二百人は殺さなきゃいけないんだ。あんたらを見逃したら、他の二十人を殺さなきゃいけない。それは面倒だろ?」
「ひっ――!?」
「んじゃ、死ね――」
レイラが再び、暴風と化す。
そして英雄ならざる者にそんなレイラを止めることはできず、折り重なる屍が二十増え。
ここに――『殺戮幼女』の悪逆無道は終わった。
この日、ガルランド王国は知る。
彼らが決して触れてはならぬ竜の尻尾を踏み、その逆鱗に触れたのだと。
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