第18話 簒奪開始
暴虐と殲滅を終え、それと共にルシウス、アントンの二人が出てきた。
血染めのメイド服に身を包んだレイラに、僅かに二人とも身じろぎしていたけれど。
「……兄さん」
ルシウスは、胸を貫かれて冷たくなったロベルトの前で、そう呟く。
ちなみに、既にレイラによって首を斬られた屍だ。本人の死を確認するために、最も必要なのはその首級なのだから。
レイラは、そんなロベルトの首を左手に、右手にロベルトが腰に差していたそれなりに高級そうな剣を抱え、ルシウスへ向けて顎で示す。
「んで、あとはどこだ?」
「ルシウスさん……これだけの騒ぎであるにも関わらず、他の兵が来ていません。これで王宮の守備兵は全員ですか?」
「いえ……まだいます。ですが、来ていないのは……確かに違和感がありますね」
王宮の守備兵であれば、レイラの暴虐により上げられた悲鳴に反応して当然である。
だというのに、ここに来ている者は他にいない――それは、確かに奇妙な話だ。
「もしかすると、待ち伏せをしているのかもしれません」
「待ち伏せ?」
「はい。父上……ラキオス国王を守ることを、最優先にしたのかもしれません。カーリー将軍がここにいるという情報を得ていたのなら……恐らく、自分の周りに兵を集めるでしょう。その上で、自分の安全だけ確保したのかもしれません」
「王子を切り捨てて、ですか……」
「そういう男です……自分の父だということが、心から残念ですけれどね」
はぁ、と小さく嘆息するルシウス。
恐らくロベルトが、守備兵を全員集めるように通達したのだろう。その上で、国王ラキオスにレイラがこの城に潜入しているという情報が伝わったのだ。
そして、レイラの存在を知ったラキオスは――ロベルトの要請を断ち、自分の周りの防御を整えた。
そう考えれば、確かに納得はできる。
自分の息子を切り捨ててまで、そのように振る舞うことに、理解はできないけれど。
「では、国王はどこにいるのでしょうか?」
「恐らく、玉座の間で待ち構えているのではないでしょうか。あそこは広いですし、待ち伏せをするには最適です」
「なら、そこに行けばいいんだな」
難しいことはよく分からないレイラにしてみれば、欲しい情報は限りなく少ない。
それは、国王がどこにいるのか。
どこに行けば、皆殺しにする相手がいるのか。
国王がどんな奴だとか、どんな作戦を立てているのかとか、そんなことはレイラの興味の外なのだから。
今から死ぬ相手のことを、考えても仕方ない。
「では、我々は……」
「地下牢で待ってるかい? あたしがささっと玉座の間で暴れて、皆殺しにしたら呼びに行くけど」
「いえ、そういうわけにはいきません……僕は国王に対する不信、ならびに僕の正当性を主張しなければいけません。何の表明もすることなく国王を害すれば、それは革命でなくただの反逆ですから。王権を簒奪するにしても、僕の主張を伝えた上で父が断るという形を取らないと……」
「全部終わったって形にすりゃいいんじゃね?」
「む……」
国というのは、実に面倒なものだ――そう、レイラは溜息を吐く。
別にただの一人も逃がすつもりはないし、全部終わってから正当性を主張すればいいのだ。結局、正義は勝つと言うけれど勝ったものが全部正しくなるのがこの世の摂理なのだから。
死人に口がない以上、そこで生きていた者の意見は全部正しい。ルシウスが正当性をいくら主張したところで意味などないのだから、『正当性は主張した上で国王が断った』ということにすればいいのだ。
「ですが、僕にも通すべき筋が……」
「まぁ、そういうことなら別にいいけどよ……」
「では、レイラさん。僕はどうしましょうか?」
「うーん……」
ルシウスは玉座の間で、国王が生きている間に連れていかなければならない。
そして、アントンだけ地下牢で待っていろというのもおかしな話である。可能性としては薄いかもしれないが、もしかするとレイラがここを離れ、アントンだけ待たせている状態で、他の兵士がアントンを攫いに来るかもしれないのだ。そしてアントンの命を盾にされれば、レイラは動くことができなくなる。
そう考えれば、ルシウスとアントンの両方を連れて行った方が良いかもしれない。ここが敵地である以上、レイラから少しでも離れない方が良いのだから。
「んじゃ、アントン。せめてこれ持ってて」
「これ……」
「まぁ、どうなるかは分からないけど……自衛くらいはできないとね」
適当な兵士の持っていた、まだ無事な槍をアントンに渡す。
アントンは非力だけれど、剣ではなく槍であるならばそれほど重さはないし、突き出すだけの簡単な動きならば誰にだってできる。そして、レイラが最前線で暴れる以上、アントンに誰一人近付けるつもりはない。
一応の保険である。
「では、玉座の間までご案内します」
ルシウスも、適当な槍を拾って両手に抱える。
あとは玉座の間で、待ち伏せをしている者を殲滅するだけだ。その上でルシウスが血染めの玉座に座り、王権を主張する。そこまで終われば、アントンと一緒に帰ることができるだろう。
にたり、と。
これからどれほど暴れることができるか――そう、レイラは三日月に口元を歪めた。
ルシウスが先導し、レイラが最後方で警戒をしながら歩く。
王宮の造りとしては、帝国と大して変わりない。無駄にごてごてした装飾品や、無駄に高そうな壺や、使い道の分からない飾りが多くあるのは同じである。
そして、そんな廊下を歩いて最奥。
そこに――ひときわ豪奢な扉があった。
「この向こうが、玉座の間です」
「よし、それじゃ、二人は離れてろ」
「は、はい」
レイラはそんな扉の前に立つ。
待ち伏せをしている可能性があるということは、扉を開いたその瞬間に攻撃をされる危険性もあるということだ。
ならば、その矢面に立つのはレイラでなければならない。並の攻撃で、レイラの体には傷などつかないのだから。
「ふんっ!」
玉座の扉を、蹴り飛ばす。
それと共に扉が吹き飛び、向こうで巻き込まれたのであろう誰かが「ぐえっ!」と叫ぶのが分かった。
「来たぞ!」
「全員、構え!」
扉の向こうで、犇く兵の群れ。
それぞれに槍を持ちながら、突入したレイラへ向けて構えている。
どうやら、弓兵の斉射などはなかったらしい。ということは、この百人足らずの兵士だけでレイラを止められると思っているのだろう。
甘いにも程がある。
「……来たか」
そんな兵の向こう――玉座に座す、一人の男。
でっぷりと肥えた、しかし威厳を持つ低い声の持ち主――間違いなく、国王ラキオス・アール・ガルランド。
ぎろりとレイラを見据え、しかし玉座から動こうとしない。
「あんたが国王か」
「卑劣なるガングレイヴよ。宣戦布告もなく、このように城で暴虐を行うとは……賊国めが」
「あたしには関係ねぇよ。アントンを攫ったのはそっちが先だ」
「ふん。今ならば許してやっても良いぞ。我が国でその矛を振るうと言うのならば、な」
「ざけんな」
ラキオスの言葉に、レイラはそう吐き捨てる。
そして扉から中へ侵入すると共に、その後ろにルシウス、アントンが続いた。
ルシウスは、そんなラキオスをしっかりと見据え。
「父上!」
「……この、裏切り者めが」
「ガルランド王国は、道義に外れる真似をしました。カーリー将軍を手に入れるために、その伴侶たる要人を攫う……これは、歴史書に愚王と記されてもおかしくない所業です。あなたは、王に相応しくない」
「ふざけたことを抜かす」
ふん、とラキオスが鼻で笑い。
そして、ぱちん、と指を鳴らした。
「――っ!」
それと共に、玉座の間を囲むようにある二階席――そこから、弓矢を構えた兵士が、顔を出した。
兵を、伏せていたのだ。
ルシウスとアントンが、無防備なその姿を晒すまで。
弓兵たちがその鏃を、ルシウスとアントンへ向ける。
「くっ……!」
気付くべきだった。
ここで犇き合っていた兵士は、百人足らず。
そして、この城の守備兵は二百人。
五十人――足りないということに。
「動くな、レイラ・カーリー。僅かにでも動けば、その瞬間に貴様の伴侶へ一斉に矢を放つ。愛する者を死なせたくなければ、動かぬことだな」
「ぐっ……!」
ラキオスの言葉に、唇を噛む。
少しでも動けば、その瞬間にアントンへ矢が放たれる――そして、五十を越える矢を、アントンに捌くことはできないだろう。
つまり――レイラが動けば、アントンは死ぬ。
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