第15話 救出

 かーっ、と頭に血が上る。

 見開いた目は、縛られ憔悴したアントンだけを映し、同時にアントンをこのような目に遭わせた男が前にいる。

 怒りのまま、衝動のままにレイラは動いた。


 怒れるレイラを、止めることなど誰にもできない。


「なっ!?」


 人知を凌駕した速度で、手近な位置にいた二人の屈強な男――ロベルトの護衛を、瞬時に始末する。

 大剣はないが、元より人間の域を超越した武を持つレイラは、その全身が兵器であるも同様である。拳を吐きだせば鉄槌よりも激しく、蹴りを打ち出せば破城弓バリスタよりも破壊力を持つのだ。石を投げれば城壁を砕き、岩を投げれば城門すら破壊する――そんな、暴虐の塊である。

 戦場でレイラが大剣を使っている最大の理由は『一撃で殺せる数が多いから』であって、必須というわけではない。そして、並の武器だとレイラの膂力に耐えることができないがゆえに、太く重く頑丈なものを使っているのだ。ちなみに帝都の鍛冶屋が作っているのだが、最初に発注したときには本気で頭を疑われた。

 そんなレイラであるのだから、その気になれば素手でガルランド王都を殲滅することくらいできる。


 ゆえに。

 一人は、首をぐるりと一周させて。

 一人は、貫手に腹を貫かれて。

 一瞬で――その人生に、終止符を打った。


「アントンっ!」


「なっ!? なんだ貴様!?」


 ロベルトのそんな言葉を無視して、レイラは牢へと駆け寄る。

 牢の向こうで、憔悴していたアントンが、ゆっくりと顔を上げ。

 そして、僅かに微笑んだ。

 良かった――そう、心から安堵する。憔悴してはいるけれど、傷らしいものは見当たらない。どうやら、ここに繋がれているだけであり、拷問などを受けたわけではなさそうだ。


「……レイラ、さん」


「アントン! 今助けるからな!」


「来て……くれたの、ですか……」


「き、貴様……れ、レイラ・カーリー!?」


 顔を上げ、晒していれば隠れていた意味などなく、ロベルトが叫ぶ。

 ゆらりと。

 レイラは怒りに満ちた眼差しで、レイラの存在に狼狽するロベルトを見据えた。


「てめぇ……!」


「何故貴様がここにいる! ルシウス! どういうつもりだ! 国を裏切るつもりか!」


「あちゃー……」


 ロベルトの追及に、頭を抱えるルシウス。

 アントンの姿を見つけて、落ち着いていられるほどレイラはまともじゃない。むしろ、アントンという人質がいる状態だからおとなしくしておこう、と思うような人間ではないのだ。

 レイラがそれほどまともな人間であれば、こんな風に一人でアントンを助けになど来ないだろう。


 そして。

 これほどまでにアントンを傷つけた――その代償は、負ってもらう。


「ルシウス! 説明をしろ! どういうつもりだ!」


「……確かに、こちらにおられるのはガングレイヴ帝国の『銀狼将』レイラ・カーリー将軍です。僕はここまで、彼女を案内いたしました」


「貴様、他国の人間を……!」


「兄さんも、他国の人間をここまで連れてきていますよね。それもレイラ・カーリー将軍の伴侶である要人を」


「む……!」


「僕は、ガングレイヴと帝国と敵対することは反対していました。カーリー神の権化とされるガングレイヴの大英雄を、我が国に引き込むというのも反対していました。良好な関係を築くことができれば、両国に利益をもたらしてくれるはずだと父上を説得したこともあります。聞き入れてはもらえませんでしたが」


「口が過ぎるぞ! ルシウス!」


 ルシウスを糾弾するロベルトだが、しかしルシウスは落ち着いて答えるだけだ。

 もうレイラという存在が露呈してしまった以上、隠す必要はない。明確な裏切り行為であれど、ルシウスは己の心に従ったのだ。

 ガングレイヴと敵対すべきではない――それが、ルシウスの考えなのだから。


「んなこたぁ、あたしにはどうでもいいんだよ」


 それに。

 どれほどルシウスが糾弾されたところで、意味などない。

 暴虐の英雄は、ロベルトの死を求めた。ならば、最早ロベルトに生きる道などないのだから。

 明日には焼かれているであろう兄に、何を言われようとも全く気にならない。


「ロベルト、っつったな」


「ひっ!?」


「てめぇだけは、絶対にブッ殺す。あたしの決定だ。絶対に覆らない」


「ま、待てっ!」


 ロベルトがそう、ゆっくりと迫るレイラを止める。

 恐怖に足を震わせながら。

 かたかたと歯の根を鳴らしながら。

 しかし、目だけは気丈にレイラを見据えて。


「お、俺をここで殺せば、どうなるか分かっているか!」


「どうなるんだよ」


「この牢の鍵は、看守の誰も持っていない! 俺しか居場所を知らないのだ! 俺を殺してしまえば、二度とこの男が牢から出ることはできない!」


「へぇ……」


 一歩踏み込めば、ロベルトの首などあっさりと折ることのできる距離。

 背中を向けて逃げ出すならば、その背中を蹴り飛ばして背骨ごと砕いてみせる。

 それだけの実力が、レイラにはあるのだから。


 だが。

 敢えて、レイラは背を向ける。


「牢から、二度と出られなくなる、ね」


「そ、そうだ! 鍵がなければ……!」


「あっそ」


 アントンの繋がれている牢――その鉄格子に近寄り。

 鉄格子を、ぐっと力強く握りしめて。

 怪物と称される、人間の膂力を遥かに超えたそれで。


「ふんっ!」


 引き千切る。

 べきんっ、という鈍い音と共に、重厚な鉄製の檻が引き千切られる。相手が鉄格子であれば、手加減の必要など欠片もない。

 引っ張ったところで微動だにしないはずの鉄格子が、レイラという人の域を超えた膂力を持つ英雄の手により、変形し破壊されてゆく。


「は……?」


「ふんっ!」


 一列ずつ、鉄格子を引き千切り、広げて。

 そこに――人の通ることのできる程度の、空間ができた。

 矮躯のレイラどころか、長身のアントンですら身を屈めずに出入りすることができるほどに、広い穴が。

 絶対に出られない牢に、簡単に出入り口ができてから、レイラは振り返る。


「……で?」


「ひ、ひぃっ!? ば、化け物か!?」


「バケモン?」


 ははっ、とロベルトの言葉に、レイラは嗤う。

 恐れ慄き、断罪を待つだけのロベルトに。

 レイラが――そんな生易しいものではないと、教えてやろう。


「あたしは人間さ」


「そ、そんな人間がいるものか!」


「いるんだよ。ちょっと最強無敵で天下無双なだけの恋する乙女さ」


「はぁっ!?」


 レイラの言葉に。

 意味が分からない、とロベルトは腰を抜かして、尻餅をついた。

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