第14話 地下牢潜入
「おい」
「ひぃっ!?」
「……こいつは、本当に必要なのか?」
「あ、あの、よ、夜更けとはいえ……だ、誰かに見られても、いけませんし……」
「ちっ……」
通路に最小限の灯りだけ点けられ、暗い廊下をレイラはルシウスと二人で歩く。
地下牢に向かうわけだが、その道中には宮殿で働いている使用人がいたり、政務官がいたり、別の王族がいたりするのだ。そして、大剣二つを腰に差した幼女が歩いていれば、それだけで騒ぎになるのは当然である。
ゆえに、ルシウスがレイラに頼んで、変装をさせたのだ。
メイドに。
「そ、その格好なら……最近入った、僕の侍女だと思われるはずですので……」
「ダボダボして動きづれぇ」
「我慢していただければ……」
膝下まであるスカートに、袖口まで覆うフリルのついたメイド服に辟易しながら、レイラはルシウスの後ろを歩く。当然ながら、目立つことこの上ないレイラの大剣は、ルシウスの部屋に置いてきた。
動き辛く、いちいち足元に絡んでくるスカートは、破り捨てたいものだった。普段太股から足を晒しているレイラにしてみれば、こんな風に足を隠すだけでも面倒極まりない。もしも戦いになったら、せめて動きやすいように横を切り裂いてやる。
だが、その甲斐あってかルシウスと共に歩きながら、通りすがる使用人と何人か出会ったけれど一礼をされるだけだった。そして、ルシウスもそんな使用人に対して手を上げて労う以上のことはせず、問題なく歩みを進めることができている。
もしもルシウスの協力がなければ、今頃物凄い騒ぎが起こっていたかもしれない。
「んで、地下牢ってのはどこだ?」
「もう少し進めば、階段があります。そちらから地下に降りることができますから……」
「そこに、間違いなくいるんだろうな?」
「恐らく……」
「あ?」
「ま、間違いなくいます! 間違いありません!」
僅かにでもレイラの機嫌を損ねれば、一瞬でルシウスの命は吹き飛ぶだろう。
そんな恐怖と戦いながらのルシウスは、足を震わせながらもしかし歩みを止めない。既に協力を申し出て、それを承諾されたのだ。そしてルシウスの行動如何で国の今後が決まる以上、僅かにでも歩みを止めるわけにはいかないのである。
もっとも、そんな風に思考が逡巡しているルシウスと異なり、レイラの頭の中にあるのは「めんどくせぇ」だけであるが。
アントンさえ救い出すことができればそれでいいのに、どうしてこれほど面倒なことばかりを重ねなければならないのか。
程なくして階段に到着し、そのまま二人で降りる。
すれ違ったのは使用人ばかりで、やはり時間が時間であるためか政務官などはいない。そして、基本的に使用人は高官以外の顔を覚えていないため、レイラの存在には気付かれることなく堂々と宮殿を歩むことができた。
そして、どことなくひんやりとした空気の漂う地下。
厳重に鍵の施された扉の前で立つ若い兵士が、ルシウスの姿を見て敬礼をした。
「ご苦労様」
「はっ! ありがとうございます! 殿下!」
「今、中に入っても大丈夫かな?」
「は、はぁ……何か、御用なのでしょうか?」
「最近、ガングレイヴ帝国からここに捕らえられた人がいるって聞いてね。帝国のことは僕も興味があるから、色々と話を聞きたいと思ったのさ」
「はぁ……そ、そういうことでしたら」
兵士が腰から鍵束を取り、そのうちの一つで扉の鍵を開く。
ぎぃっ、と錆び付いた蝶番が音を立てながら、木製の扉がゆっくりと開いた。
「お入りになられて、すぐにこちら側より鍵を閉めます。お戻りの際には、向こう側よりご指示をくださいませ」
「うん。ありがとう」
「また……世迷言を申す囚人がいるやもしれませんが、耳を貸さぬように」
「分かっているよ。さ、行くよ」
「む……」
開いた扉にレイラを促そうとしているルシウスを見て、兵士が僅かに眉を上げた。
それは、ルシウスと共に入ろうとしているレイラの姿に。
限りなく殺気や気圧を抑え、一般人並に気配を殺しているレイラであるがゆえに、違和感を覚えたということはないはずだが。
「殿下、こちらは……」
「ああ、僕の新しい侍女だよ。せっかくだから、一緒に散歩しているんだ」
「ですが……」
「おや、君は僕に、地下牢の中では侍従の一人も連れずに行動しろって言うのかい?」
「い、いえ、そういうわけでは……!」
「じゃあ大丈夫だね。さ、入るよ」
「は、はっ!」
兵士が渋々といった様子で承諾し、レイラはルシウスと共に扉をくぐる。
そこから続くのは、鉄格子の群れだ。鉄格子に囲まれたそこで、生気のない目でこちらを見てくる者もいる。ルシウスの姿を見た瞬間に騒ぎ立てる者もいる。レイラの姿にひゅーっ、と口笛を鳴らす者もいる。
「てめぇ! 俺を出せぇ!」
「いい女連れてんじゃねぇか! 一発やらせろやぁ!」
「王族が何しに来てんだよぉ! クソがぁ!」
度重なる罵声に対しても何一つ反応することなく、ルシウスは歩みを進める。囚人の牢屋越しの罵声など、重なったところで何の感慨もない。
割と長く続く鉄格子を横目に、罵声を浴びながら延々と歩く。
奥に行くにつれ、次第に声を上げる者も少なくなり、むしろ冷たい目でルシウスを見る者ばかりになった。
「手前の牢は刑務所に送られる前の、一時的な拘束場所として使われているんだ」
「……」
「この辺からは、尋問の必要があるから拘束している面々だね。例えば、そこの牢にいるのは国家反逆を企てた
「……」
ルシウスのそんな補足に、しかしレイラは答えない。
ただ、ただ、眼球の動きだけで牢を確認し、アントンの姿を探すだけだ。答える余裕などどこにもない。
できることならば、今すぐ奥まで駆け抜けたいほどに、心は逸っている。だがそれでも、必死に己を制して。
そして、最奥――そこにある、一際大きな牢。
その前で、ルシウスが止まった。
「ルシウス? 貴様、何故ここにいる」
「……ロベルト兄さん」
そこにいたのは、ガルランド王国第二王子ロベルト・アール・ガルランドと、恐らく護衛であろう屈強な二人の兵士。
そして、そんな奥の牢に。
両腕を鎖に繋がれ、上半身裸で膝をつく。
アントンの姿が――あった。
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