第13話 恫喝と脅迫

 潜入してみたらガキがいた。

 それが現状のレイラに分かる全てである。


 とりあえずアントンを救出するにあたっても、何の情報もなければ救出しようがない。 せめてどこに囚われているか――その程度の情報くらいは手に入れておかねばならないのだ。

 ゆえにレイラは、まず宮殿の窓を確認した。このような時間まで明かりがあれば、それは仕事の多い重要人物であるということになる。そして重要な人物であるならば、ガングレイヴ帝国とガルランド王国の関係に一気に罅を入れる可能性のあるアントンの存在を、無視できる立場ではないはずだ。

 そんな中で、外から見て五階ほどの位置にあった、開いている窓。

 偉い奴は高いところにいるだろう――その程度の考えで、レイラは外壁をよじ登って窓から侵入した。


「ひ、ひぃ……!」


 年の頃は、恐らく十五、六といったところか。

 戦士ではないことは、明らかに分かる。この程度の細腕では、レイピアすらまともに振るうことはできないだろう。だが宮殿のこれだけ高い位置で、仕事ではなく読書をしている――その事実は、恐らく目の前の少年がガルランド王族かそれに類する者だということを示す。

 この少年ならば、知っているかもしれない。


「叫ぶな。大声を上げたら、その瞬間に首を切る」


「……っ!」


 こくこく、と必死に少年が頷く。

 目の前に迫った死を恐れているのか、糸の切れた操り人形のように何度も何度も。

 子供ではあるが、割と扱いやすそうな相手にレイラは笑み。


「まず、お前は誰だ。どんな立場だ」


「ぼ、ぼ、僕は……え、ええと、が、ガルランド第三王子、る、ルシウスと申します……」


「やっぱ王族か」


「ひっ!?」


「大丈夫だよ。あたしの言うことを聞くのなら、殺しはしない」


 すっ、と剣を引いてやる。

 柔肌に触れていた大剣が引かれると共に、少年――ルシウスが僅かに安堵した。

 だが、口を開きはしない。言うことを聞くのなら殺さない――ならば、言うことを聞かないのなら殺されるのだから。

 そのあたりの判断も問題ない。適度に賢い。


「質問は一つだけだ。お前、この城に監禁されてる男を知らないか?」


「か、か、監禁されている、男……ですか……?」


「ああ。ガングレイヴ帝国の要人だ。一週間ほど前に攫われて、消息が掴めない。この城にいるって情報があった」


「え……!」


「ほう、知ってんだな?」


 ルシウスの僅かな心の揺らぎを、圧倒的なまでの五感で察知する。

 心当たりがあるとき、人間というのは少なからず態度に出すのだ。眼球の動きだったり、僅かな表情の機微だったり、ちょっとした仕草だったりと様々だが、何も知らなければこんな反応はするまい。

 レイラの前では、ルシウスなど丸裸であるようなものだ。


 この城にいるという明確な情報はなかったけれど、どうやら正解のようだ。

 意図せず泳ぐルシウスの眼球が、それを真実だと教えてくれる。


「し、し、知って、いると、いうか……」


「知ってんだな?」


「あ、あの……あなたは、その、まさか……れ、レイラ・カーリー様、では……?」


「ほう。あたしのことを知ってんのか」


 唐突にレイラの名を述べたルシウスに、眉根を寄せる。

 ラインハルトからはなるべく出自や身分がばれないように、と言われていた。だが、向こうから言われて否定するわけにもいかない。

 まぁ確かに、城の外壁を登って潜入できるほどの膂力に、背丈に見合わぬ大剣二振り、ついでに童女のような矮躯と三拍子揃えば、それは『殺戮幼女』レイラ・カーリー以外の何者でもないのだけれど。

 だが、そんな風にレイラが肯定すると共に。

 ルシウスは、膝をついた。


「も、も、申し訳、ありませんっ!」


「あん?」


「ぼ、僕は、ガングレイヴ帝国と、諍いを起こすことには、反対していたんです! も、勿論、策を用いてカーリー将軍を手に入れようとしていた輩とは、違います! ど、どうか、お慈悲を!」


「いや、だからあたしの言うこと聞くなら……」


「で、伝説の女神カーリー様の権化と称されし将軍を、敵に回そうなどとは思ってもいません! ぼ、僕にできることならば、な、何でもいたします!」


「あ、ああ……」


 妙に素直な態度を示すルシウスに、逆に気味の悪さを覚える。

 ちょっとくらい拷問する覚悟はあったのだけれど、無駄になったようだ。

 ひとまず抵抗するつもりはなさそうだし、大剣を腰元に差す。それだけで、ルシウスは大分安心したようだ。


「んで……ルシウスだったか? あんたは、アントンがどこにいるか知ってんのか?」


「え、ええと……三日ほど前に、この宮殿に運ばれてきた者がいました。僕も詳しい話は聞いていないのですが……地下牢に閉じ込めておけ、と兄が指示しているのを見まして……」


「多分間違いねぇな」


 ルシウスは第三王子だ。そして、その兄といえば第二王子ロベルトになる。

 ロベルトが指示をしてアントンを攫い、その身柄を地下牢に拘束しているのだと考えれば、辻褄は合う。

 これほど簡単に、正解に辿り着くことができるとは思わなかったけれど。


「ありがとよ。んじゃ、地下牢に行ってみるわ」


「あ、あの!」


「あん?」


「ご、ご案内いたします! 兄の先走った行動であれど、それはガルランド王国全体の責任となります! 兄の不始末を、弟である僕がカーリー将軍に手を貸すということで、国家の責任という形ではお許しいただきたいのですが!」


「……あ?」


 よく分からない。

 ロベルトの先走った行動で捕まったアントンを、助けるためにルシウスが協力するということか。それ自体は問題ない。むしろ、ルシウスが案内をしてくれるというならば、順調に辿り着くことができる。

 だが、問題はその次だ。

 許せ。

 アントンを攫ったことを、アントンを救う手助けをすることで許せ。


 そんな虫の良い話があるものか。


「ふざけんな」


「うっ……!」


「責任はきっちり取ってもらう。あたしはな、少なくともガルランド国王、それにロベルト王子だけは絶対にぶっ殺すと決めてんだ。あたしの大事な大事なアントンを攫いやがった馬鹿どもは、地獄に落ちて当然だ」


「……で、では、国王ラキオス、ならびに第二王子ロベルトの首を、並べれば……それでよろしいでしょうか?」


「……はぁ?」


 さらに面倒くさくなってきて、そう聞き返す。

 だがルシウスは真っ直ぐに、決意の込めた目でこちらを見返してきていた。


 確かにレイラが求めているのは、その二つだ。

 少なくとも実行犯であるロベルトと、その指示をしたのだろう国王だけは絶対に殺す。だが、かといって他の者までも皆殺しにする理由はない。

 手伝うと言うならば、ルシウスだけなら殺さずに許してやってもいい――その程度には、レイラは寛容だ。

 だが、国王と第二王子の首を、そんな風に簡単に差し出すものだろうか。


「どうか、お約束いただきたいと思います!」


「だから……何をだ」


「カーリー将軍の大切なお方を、無事に助け出しましょう。その上で、ガルランド王国当代国王ラキオス・アール・ガルランド、ならびに第二王子ロベルト・アール・ガルランド、二名を捕縛し差し出します。首を斬るも、嬲り殺すも、煮るなり焼くなりお心の赴くままに。こ、こちらの条件として……ガルランド王国がガングレイヴ帝国に敵対するつもりがないということを、皇帝陛下にお伝え願いたい。その上で、和睦を結ぶことを後押ししていただきたい!」


「……」


 ルシウスの、魂の叫び。

 ガルランド王国の存続のために差し出すのは、王族二人。その上でガングレイヴ帝国との戦を回避したいと言っているのだ。

 そこにどんな思惑があるのかは、レイラには分からない。

 だが、間違いなく――二人の首は取れる。

 そして、恨みさえ返せばあとは特にレイラの興味の範疇外だ。


「いいだろう」


「ありがとうございます!」


「ただし、あたしからも一つ条件だ。あたしがこれから救出するアントン――あいつの体に、傷の一つでもあってみろ」


 ぎろり、とルシウスを睨みつけて。

 闘気だけで並の人間ならば気を失うほどの、気迫を込めて。


「傷一つごとに、この都にいる百人を殺す。三つあれば、三百人を殺す。再起不能な傷があった場合……この都市、皆殺しにする。いいな?」


「――っ!」


 レイラの決定は、覆らない。

 それを、肌で感じたルシウスは。


 ただただ、アントンという顔も知らない相手が無傷であることだけを祈りながら、頷いた。

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