第9話 潜入準備
レイラは急いで、走って最前線の砦へと向かった。
馬を用いてのんびり行って七日の道程は、レイラの全速力であれば半日で到着する。大地を砕き、砂煙を巻き上げ、草木を弾け飛ばし、街道を走っていた馬車を風圧だけで横転させるその疾走は、まさに人知を超えた力の体現とさえ言っていいだろう。朝一番で帝都を出発し、夕方には砦に到着しているその足は、まさに化け物のそれだと言っても過言ではない。
さすがに脚力も体力も人並み外れたレイラであっても、肩で息をしながら砦の中へと入る。
「あ、レイラさん! 聞いたっすよ! アントンさん……!」
「……テレジア」
丁度そこに、部下と共に物資の搬入をしていたテレジアがいた。
恐らくゴンザが持ってきた物資を、砦の中へと運んでいるのだろう。ということは、走っている途中でレイラの勢いに負けて横転した馬車が一台あったけれど、あれがゴンザのものだったらしい。今度謝っておこう。
だが、のんびりしている時間はない。
レイラは、すぐにでもガルランド王国へ向かわねばならないのだから。
「おいテレジア! 地図を出せ!」
「は、はぁ?」
「地図だ! ここからガルランド王国までの道をあたしに教えろ!」
「え、ええと……よ、よく分かんないっすけど、承知っす。こ、ここは任せたっす!」
「はっ!」
部下にそう指示をして、テレジアが先導してレイラの執務室へと向かう。
普段は酒を飲むか何かを食うかソファでごろごろしているだけのそこで、酒を注ぐためのグラスかナッツの入った皿かしか置かれていないテーブルの上で、テレジアが羊皮紙製の地図を広げた。
それは、簡易的な近辺の地図である。
さすがに敵国の領内まではよく分からないために空白だが、ガングレイヴの領内であればどこに何があるのかを全て記されたものだ。
「ええと……地図、これでいいっすか?」
「どう行けばガルランドに行ける」
「その前に……もしかしてアントンさん、ガルランドに攫われたんすか?」
「ああ」
レイラの答えに、あちゃー、とテレジアが頭を抱える。
そして、大きく溜息を吐いた。
「ガルランド、絶対に触っちゃいけない竜の逆鱗に触れたっすよ……」
「何言ってんだ」
「独り言っす。ええと……ガルランドへの道っすね。ひとまず、砦を出て北西に向かうっす。北西に向かう街道の途中で、ガルランド側の関所があるっす。その関所を超えたら、ガルランドっすね」
地図を指で示しながら、そうレイラに教えるテレジア。
距離としては、大したものではない。だが、この地図に描かれているのはガルランドの関所までだ。そこから先は、街道すらも空白で描かれている。
つまり、関所を超えた向こうは何も分からないということだ。
「でも、恐らく関所を抜けることはできないっす。普通に通るのは不可能っすね。現状、ロベルト第二王子を殴ったことで、ガルランドとガングレイヴは外交関係が不穏っす。そんな状態で、ガングレイヴ側からの侵入を許すとは思えないっすね」
「だったら、どう行く」
「街道から逸れて、山道を抜けるのが一番っすね。この辺から北に行って、それから西に進路を向けるっす。そうすれば、関所を通ることなくガルランドの国内に入ることができるっす」
「ふむ……」
斜めに一直線に向かう道が、本来ならば最も早いだろう。
だが、その位置に関所があるならば、それは避ける必要がある。一応、顔と身分は知られないようにと言われているわけだし。
そして、代わりの道として示されたのが、直角に向かうことで関所を避ける道筋。
レイラの脚力であれば山道であれ、特に問題はない。野生の獣など、襲ってきたところで返り討ちなのだから。
「なんか、こう、目印とかないのか?」
「山を登れば、そこから関所が見えるっすよ。その関所を通らないように向かえばいいっす」
テレジアが指で示す山は、それなりに高いようだ。
木などに登って、視界を広くしながら確認すればいいだろう。ひとまず、関所だけ抜けることができればそれでいいのだから。
「あと……地図には描かれてないっすけど、この方角の向こうがガルランドの王都っす」
「へぇ」
「なんで、丁度ここの山の頂上に行けば、真西にあるっすよ。街道のこの辺りから真北に進んで、そこから頂上に登って真西に向かう、って思えば分かりやすいっす」
「よし、それでいこう」
テレジアの提案に、そのまま乗る。
そもそもレイラはガルランドの王都を知らないのだから、全てテレジア任せだ。
そして、距離もそれほどないと分かった。この砦からならば、帝都に向かうより近い。
「まぁ……レイラさん、気をつけるっすよ」
「あたしが何を気をつけるってんだよ」
「できるだけ殺さないようにっすよ。ガルランドとの関係は現状最悪っすから、レイラさんが下手に動くと、それだけで外交関係がこじれるかもしれないっす」
「ふん……」
どうでもいい。
ガルランドがガングレイヴに楯突くのであれば、レイラ一人で殲滅してもいいのだ。それこそ、国民全員一人残らず皆殺しにしてもいい。それくらい、レイラはガルランドを滅ぼすつもりである。
だが、ラインハルトもマリアもテレジアも懸念しているのだ。よく分からない外交関係ではあるけれど、一応は従っておかねばなるまい。
「まぁ……分かったよ。なるべくおとなしく、アントンだけ助ける」
「それが最善っす」
「だが、あのロベルトってクソ野郎だけはぶっ殺す」
「それは仕方ないっす。あれはロベルト王子が悪いっす」
「理解があるじゃないか、テレジア」
「諦めが早くなっただけっすよ」
せっかく褒めたのに、逆に溜息を吐かれた。
まぁ、何にせよ方針は決まった。
とにかくテレジアに教えられた通りにガルランド王国へ侵入し、そのまま王都に忍び込む。顔を隠したままで王宮的なところに入り、それから一人きりでいる立場のありそうな奴を捕まえて、アントンの居場所を吐かせる。アントンを救い出した後、アントンの安全を確保してからロベルトをぶっ殺す。
限りなく大雑把ではあるが、レイラにしては考えている方だ。普段は「とりあえずぶっ殺す」で全部済ませているのだから。
「うし、テレジア」
「うっす」
「留守は任せた」
「お忍びで行くわけっすから、レイラさんの不在には気付かれないっすよ。まぁ、トールが茶々を入れてきたら何とか防いでみせるっす。十日くらいならどうにかするっす」
「ああ」
レイラは立ち上がり、それからガルランドの王都がある方角を見据える。
砦の中である以上、そこは壁だけれど。
限りなく遠く――その先にいる、アントンへ届くように。
強く、指して。
「待ってろよアントン! あたしが絶対に助けてやるからな!」
「レイラさん、そっち逆っす」
これより、レイラ・カーリーは修羅に入る。
愛しのアントン・レイルノートを救うために。
最強無敵、天下無双の恋する乙女は――止まらない。
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