第4話 戦争の気配

 帝都。

 煌びやかな宮廷の派手な装飾品の多く置かれた、玉座の間。

 他国からの使者への応対や奏上に対する謁見などを基本的に行うここは、相変わらず豪華と悪趣味の中間くらいの、絶妙な均衡を保った構造になっている。

 真紅の絨毯が敷かれた先の玉座に座す――皇帝ラインハルト・ドルーガー=レイチェル・ガングレイヴ。そして、その隣に控えるのは軍部統括官たる元『銀狼将』マリア・アッカーマンである。

 そんな二人の前で、レイラは膝をつき頭を下げて謁見を行っていた。


「面を上げよ、レイラ・カーリー」


「は」


 ラインハルトの言葉と共に、頭を上げる。

 その表情は、どことなく苦渋に満ちている。怒りを湛えながら、しかし現実に対して苦悩しているかのような、奇妙な表情だ。

 不機嫌だと、そう判断するのが一番かもしれない。寄せた眉根からは、間違いない苛立ちが漏れていた。


「話は聞いた。ガルランド王国の特使に対し、暴力を振るったそうだな」


「釈明をよろしいでしょうか」


「釈明についても聞いておる。テレジア・リード副官より報告書を提出されている。ロベルト・アール・ガルランド第二王子が、限りなく尊大な態度で接していたことは分かった。だが、かといって暴力を振るって良い理由にはならぬ」


「……は」


 ラインハルトの厳しい言葉に、そう顔を伏せる。

 確かに軽率ではあった。だが、ロベルトの態度が悪かったことも間違いないのだ。

 乙女の柔肌に許可もなく触れる者など、死んで当然だと思うのに。


「元々、ガルランドの特使は、我が国に対しての友好を示すために送られたとのことだ。ロベルト王子が帰国すると共に、ガルランドから抗議の手紙が来た。ガングレイヴ帝国は、友好の使者に対して暴力を振るうような賊国であるか、とな」


「……っ」


「理由はどうあれ、他国よりの特使であり王族たる者に手を上げたことは間違いない。向こうの要求してくる金銭を支払い、穏便に済ませた上で、其の方には相応の罰を受けてもらう形が適切であろう。でなくば、我が国はこれからも周辺諸国より賊国であると罵られることになる」


「……」


 理屈は分かる。だが、納得はできない。

 元よりガルランド王国は、ガングレイヴ帝国よりも小さな国なのだ。そのような国を相手にして、ガングレイヴ側が下手に出る必要などどこにもない。滅ぼせと言われれば、レイラは全力で暴れてみせるのだから。

 だが、ラインハルトは小さく、苛立ちを隠そうともせず呟いた。


「だが、そういうわけにもいかなくなった」


「……え」


「マリア、ガルランドからの書状を」


「はい」


 すっ、と隣からラインハルトへと書類を差し出すマリア。

 ラインハルトはそれを受け取り、その上でガルランド王族の印が押された書状を、レイラへと見せる。

 勿論、玉座に座すラインハルトと跪くレイラであるがゆえに、その距離は大きく離れているけれど。

 人の域を超えた視力は、その文字すらも読むことができる。


「――っ!」


「理解したか、カーリー将軍」


「こ、こ、これは……!」


「そうだ。ガルランド王国よりの、謝罪を求める書状だ。ガルランド王国は友好の使者として特使を送ってきたとのことだったが、実際のところこれが目的だったとしか思えぬ」


 書状に書かれている内容。

 それは――ロベルト・アール・ガルランド第二王子に対して謂れなき暴力を振るった咎人、レイラ・カーリーをガルランド王国へ出頭させよ、と。

 皇帝よりの謝罪も、賠償の金銭も、何一つ求めていない、それだけの書状だ。

 ただ、レイラをガルランド王国へ招聘するだけの。


「マリアよ、これをどう見る」


「どう考えても、レイラ将軍を自軍に引き入れたいだけの策略としか思えません。ガングレイヴの版図は広いですが、グランデ公国に対する侵略や、トールの関攻防戦における活躍……そのあたりを考慮したガルランドが、レイラ将軍を引き抜こうとしているのではないでしょうか」


「余もそう考える。そして、そのために傲慢な者を敢えて遣わし、カーリー将軍へ逃れられぬ罪を着せようとしたのだと考えれば、全てが繋がる。たった一人で国を落とせる女だ。引き抜くためならば、どのような手でも使うだろうよ」


「しかし、実際……少々、厳しいですね」


「ああ。現状を考えれば、向こうの言葉は正当なものだ。他国における犯罪であるがゆえに、容疑者を本国に招聘して裁くというのは珍しくない。そして招聘さえすれば、以降国外へ出すことはしまい。我が国における貴族であるならば、抗うこともできるが……アントンとはまだ婚約をしている立場である以上、カーリー将軍はあくまで我が国における名誉貴族に過ぎぬ。扱いとしては、平民のそれと変わりない」


「……?」


 なんだかよく分からない言葉の応酬に、レイラは理解もできずに無表情のままだった。

 とりあえず、なんだかよく分からないけれどガルランドに来るように言われているらしい。行ってどうするのかはさっぱり分からないが、とりあえず行くこと自体を皇帝が懸念しているということも分かった。

 だが、それだけだ。

 結局、難しいことは何も分からないのである。外交とか法とかなければいいのに。


「ゆえ、選択肢は二つだ」


 ラインハルトが、苛立ちながら一本の指を立てる。


「ガルランドの要求を飲み、カーリー将軍をガルランド王国に引き渡す。その場合、其の方は二度と我が国に帰ってくることはできまい」


「ですが、陛下……!」


「無論、このような選択肢など存在しないようなものだ。我が国が何を恐れ、ガルランドの機嫌を取らねばならぬ」


 そして、ラインハルトが立てる二本目の指。

 そちらが、現実的な提案ということだろう。レイラを引き渡すなどということは、いくらラインハルトが愚帝であったところで選びはしまい。

 最強無敵にして天下無双の矛を、わざわざ他国にくれてやる必要などないのだから。


「もう一つは……ガルランドの要求を蹴る。我が国は、国家としてカーリー将軍の行動の正当性を認める。ロベルト王子が将軍に対し、閨での奉仕を強要したと主張し、向こう側の主張と対立する。その場合、我が国とガルランドは戦争をすることになるだろう」


「……は。それが正しい選択かと」


「だが、向こうとて無策で臨んできているわけではあるまい。我が国はガルランドよりも国力が高く、版図も広い。トール王国が既に滅亡の憂き目に遭っている状態で、我が国と対立することを望んだのだ。何か策があることは間違いない。だが、それでも受け入れるわけにはゆかぬのだ」


「……」


 やっぱり分からない。

 だが、レイラには一つだけ分かればいいのだ。

 それは――ガルランド王国との戦争が、もう間もなく行われるということ。

 レイラの暴れる場所が、増えるということだけ――。


「カーリー将軍」


「は」


「余は、其の方の引退を承諾した。されど、此度の混乱を招いたのは其の方である。ゆえに、ガルランド王国との諍いが落ち着くまで、『銀狼将』として前線で戦い続けることを命じる。良いな」


「は。承知いたしました」


 頭を下げながら。

 しかし、口角は上がる。

 まだまだ、暴れることができる――と。


「今後の活躍を期待する。戦功を挙げよ。ガルランド王国との戦において戦功を挙げれば、此度の失態は不問とする」


「ありがたき幸せ」


 皇帝の許可は得た。

 これからの戦争において、暴れる許可を。


 最強無敵、天下無双の大英雄レイラ・カーリーを。

 敵に回したこと――後悔させてやる。

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