第2話 特使、襲来
「我々はガルランド王国よりの特使である!」
「話は聞いています。どうぞ、こちらへ」
数日後。
国境へとやってきた派手な馬車の連中を警邏の者が連れてきて、恐らく護衛の者であろう大柄な男がそう告げた。
それほど大声を出さなくても聞こえているのに――そう、人よりも優れた聴力を持つせいで無駄に大きく聞こえる男の声に辟易しながら、レイラは砦の中へと一行を招いた。
大抵どんな相手に対しても不遜な態度を取るレイラではあるけれど、さすがに他国の特使に対してそのような真似はできない。それゆえに、やや固い口調で対応するだけだ。
ああ、面倒だ――そう思いながら、馬車から降りる面々を砦の中へと招く。割と多い。
そのうちの一人、恐らく文官であろう男がレイラへと近付き。
「貴様の名は何だ」
「はぁ……あたしはガングレイヴ帝国八大将軍が一人、『銀狼将』レイラ・カーリーと申します」
「……カーリー、だと?」
何か文句でもありそうな態度で、眉根を寄せられる。
文句を言われる筋合いはどこにもない。名前だし。
だというのに、何故か男はレイラの名前に対して不満があるかのように、馬車から最後に降りてくる、一際派手な男へ目をやった。
「それは、随分と聞き逃せないことを言うものだ」
流れるような金髪。
真っ白な布地に、金の刺繍の施された正装。
見るだけで要人だと分かる高価な衣装に身を包んだ、若い男がにやにやと口角を上げながらそう言った。
恐らく、特使として最も高い立場にいる者なのだろう。他の者たちが僅かに頭を下げているのが分かる。
男はかつかつ、と靴を鳴らしながら、レイラの近くに寄ってきて。
「我が国における最高神、女神カーリーの名を名乗るとは、随分不遜だな。女」
「……初めまして。レイラ・カーリーと申します」
「ガルランド王国第二王子、ロベルト・アール・ガルランドだ。名は聞いたことがある。ガングレイヴの名高い八将の中でも、最も年若い女だと聞いた。だが、それほど若いとは思わなんだぞ。なんだ、まだ十二、三といったところか?」
殴りてぇ。
尊大な態度の男――ロベルトに抱く感情は、まずそれだ。
そもそもレイラのことを子供扱いした者は、一人残らず殴っているのだ。アントンでさえ殴っている。ゆえに、レイラにとってこの男を殴らない理由はどこにもない。
だが、一応は隣国の要人であり、特使だ。下手に手を出すわけにはいかないだろう。
面倒だけれど、一応は合わせておかないと。
「二十一です。ひとまず使者の皆様には……ええと、簡単ながら持て成しを用意させていただきましたこちらへどうぞ」
「貴様何を見ている」
「見てないです」
隠していた紙片に書いていた言葉をそのまま読むが、あっさり看破された。
上流階級との接し方が全く分からないレイラが、一応、と渡された色々な言葉の書かれた紙である。覚えきれないと判断したレイラは常に持ち歩くことにしたのだ。
だが、そんなレイラの言葉に対して、ロベルトはくくっ、と尊大に笑う。
「ほほう、俺たちを持て成す、と」
「ええ。まぁ、最前線の砦ですので、あまり大したものは期待しないでいただければ」
「まぁ、良かろう。一晩くらいは世話になっても構わん。俺の相手は貴様がしてくれるのか」
「……? ええ、まぁ」
何を言っているのかよく分からないけれど、ひとまず頷いておく。
とりあえずこいつが一番偉いみたいだから、偉い奴の相手をするのはレイラだ――それくらいの認識だけれど。
ははっ、はははっ、とロベルトがさらに笑う。
「まぁ、二十一ならば問題はあるまい。時には良い趣向だ」
「はぁ……。まぁ、とりあえずどうぞ。テレジア、お前は護衛の皆様を別室に案内してくれ!」
「はいー!」
奥から出てきたテレジアが、使者の護衛をしていた大人数を誘導してゆく。
一般兵と貴族を、同じ席で持て成すわけにはいかないのだ。面倒ではあるけれど、兵士に対してはまた別に食事を提供しなければならないのである。
そして特使とそのお付きである貴族に対しては一応、広間に簡単ながら会食のようなものをセッティングしたのだ。この設営にあたってレイラも手伝ったくらいである。
さすがに、宮廷で出てくるような良い食事は用意できていないけれど、それでも頑張りは評価してもらえるだろう。
「殿下はあの将軍でよろしいので?」
「そうだな。具合が良ければ第四夫人として迎えてもいいだろう」
「しかしあの女は、近隣諸国では噂の『殺戮幼女』レイラ・カーリーです。何でも、グランデ公国はあの女を恐れて降伏したとか、そういう話もあるくらいですが……」
「ほう。それならば尚更ではないか」
ぼそぼそと話しているけれど、丸聞こえである。
勿論、それはレイラの常人の域を超えた五感、その聴力があるからなのだけれど。
話している内容は分からないけれど。具合って何だ。そして第四夫人とやらも全力で遠慮する。
「どうぞ、こちらです」
「うむ」
椅子と机が並べられ、ナプキンと
使者が何人か分からなかったために、多めに用意していて正解だったようだ。護衛の数は想定よりもさらに多かったけれど、次にアントンが物資を持ってくるまで保ってくれるだろうか。
ロベルトが中央の椅子にぞんざいに腰掛けて、ふん、と背もたれに腕を回す。
尊大すぎる態度に苛立ちを覚えるが、顔には出さない。
「それでは、食事を運ばせますので……」
「ああ、食事はよい。どうせこのような砦だ、大したものなど出るまい。そのようなものを食べるつもりはない」
「……そうですか」
一生懸命準備をしたのに。
全部が無に帰したのは別に良いとしよう。今日使う予定だった食材が減らないし。
だが――ロベルトはくくくっ、と歪な笑みを浮かべた。
「話には聞いていたが、ここは女騎士団が駐屯しているらしいな」
「ええ。銀狼騎士団は女だけで構成されております」
「では、俺の相手は貴様がしろ。他の者には適当な女騎士をあてがえ」
「……は?」
相手をしろと言われても。
あと、適当な女騎士をあてがえと言われても。
食事をしないならば、どう持て成せというのだ。
あまりにも意味の分からないロベルトの言葉に、そうレイラが困惑していると。
「そもそも、我が国における最高神たるカーリー神の名を名乗っている時点で、その首を断じても良いほどだ。だが安心せよ、俺は寛容だ。俺に尽くすのであれば、許してやらんでもない」
「いえ、ですから何を……」
「貴様は俺の第四夫人にしてやろう。嬉しいだろう」
「は?」
言いながら、ロベルトが立ち上がり。
意味が分からない、と眉を寄せたままのレイラへと近付いて、その肩に手を回して。
その下――悲しい程に薄い胸へと、手をやった。
「――っ!?」
「さぁ、閨で俺を楽しませてくれるのだろう? 貴様の働き如何では、第三夫人に昇格させてやってもいいぞ。もっとも、それだけ俺に尽くさねばならぬが――」
「どこ触ってんだこの野郎ぉぉぉぉぉ!!!」
尊大な態度に積み重なっていた不満と。
誰にも触らせたことのない胸を触られたその憤怒が合わさって。
レイラの怒りの拳が、ロベルトの腹へと打たれた。
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