第1話 興味のない来訪
「そーいや、ガルランドから特使がやってくるらしいっすね」
「そうなのか?」
アントンがひとまず帝都に戻り、再び将軍職(基本ゴロゴロ)に戻ったレイラは、いつも通りに執務室でゴロゴロしていた。
そんなレイラに話しかけるテレジアは、相変わらず書類と格闘しているけれど。普段はテレジアに与えている執務室で仕事をしているのだけれど、書類の量が多かったりすると他の部下の来訪を避けるためにレイラの執務室で仕事をするのだ。基本的に部下から恐れられているレイラの執務室までわざわざやってくるのは、余程緊急の案件だけだからである。
正直、慕われているという意味合いでは嬉しいことではあるのだけれど、ちょっとした案件をいちいち持ってこられても面倒ではあるのだ。テレジアの覚えている限り、最もくだらなかったのは『おかずを取られたケンカ』である。そんなものの仲裁まで上司に任せないでほしいと切に願っているのだ。
「ガルランドは、トール王国と友好的な態度を示してるっす。同盟までは結んでないっすけど、今トールを滅ぼそうとしているガングレイヴのことが面白くないのは確かっすよ」
「ふーん」
「興味なさそうっすね」
「うん。興味ない」
外交関係とか、レイラにしてみればどうでもいいことばかりだ。
将軍として色々間違っているのは確かだが、そういった事柄に全く興味がないのである。他国にレイラと真剣に戦えそうな相手でもいれば覚えているけれど、そのくらいのものだ。
ちなみに、隣国でありほぼ不干渉であるそれなりの大国、砂の国ダインスレフ王国には割とガチで戦えそうな相手がいたりする。だが残念ながら、現在のところ戦端も開いていなければ国交も皆無という、関わりが全くない国なのだ。その国にいるという『剣聖』クリス・ローレンウルフとは、いつか戦ってみたいと思っている。
と――そんなレイラの強い者リストの中には、ガルランド王国所属の者はいない。『剣聖』クリスまでとは言わないまでも、一定の水準に達している者は、他の国ではそれなりに覚えているのだけれど。リファール王国の『暴風』ガゼット・ガリバルディとか、フレアキスタ王国の『白虎』ヴィルヘルム・アイブリンガーとか。
閑話休題。
とにかく、ガルランド王国はレイラの興味の外にある国なのである。
「まぁ、もしかすると戦争になるかも、って噂っす」
「そいつは素敵だな」
「愛するダーリンに戦争に行くなって言われといて何言ってんすか」
「ぐっ……!」
そういえばそうだった。
愛するダーリンと言われると物凄く恥ずかしいけれど、確かに戦争に参加して欲しくないと言っていたのだ。レイラが命を落とすかもしれないという、杞憂極まりない考えではあるけれど。
まぁそれでも、初陣を済ませて現在まで五年以上、戦争に参加して暴虐を繰り返してきたレイラにとって、新しい国との戦争が起こるとなればわくわくしてしまうものなのだ。
「んで、ガルランドが何をしに来るんだよ」
「さぁ? そのあたりの考えは、アタシには分からないっす。ただ、トール王国も滅亡寸前っすから、ガルランド側も友好をこっちに鞍替えするつもりじゃないっすか?」
「ふーん……まぁ、どうでもいいか」
「そうっすね。ただ……問題が一つあるんすよね」
「あん?」
ガルランドとの国交など、レイラには何一つ関係のないことだ。
だというのに、テレジアが微妙に不安そうな顔を浮かべている。何があったのだろう。
ふぅ、とテレジアが小さく溜息を吐いて。
「ガルランドと帝都の間に、この砦あるんすよ」
「特使がこの砦に来るってか?」
「ここは最前線っす。この砦から南はガングレイヴの領土になるっす。レイラさんは知らないかもしれないっすけど、入国者の確認とかやってるんすよ」
「そうだったのか」
知らなかった。
そのあたりのどうでもいい業務は、全部テレジアに丸投げしているのである。もう将軍になっていいのではなかろうか、テレジア。
「大体、
「うん」
「それぞれのローテ知ってるんすか?」
「馬鹿にすんなよ」
そのくらいのことは知っている。
だというのに、馬鹿にするようにそう言ってくるテレジアに、自然と眉根が寄った。
「訓練が二隊、警邏が一隊、事務が一隊、非番が一隊だ」
「正解っす」
「だから馬鹿にすんなって」
銀狼騎士団は五個大隊で構成されている。
そして、その大隊がそれぞれ別の仕事をしているのだ。簡単な書類の整理だとか、申請書の作成だとか、そういうことを主に行っている事務、いつ戦争があっても良いように集団での統率訓練を行っている訓練、近隣の街だったり国境だったりを警備しているのが警邏、という形だ。
ちなみに、どの隊がどの役についているのかまでは知らない。日替わりらしいけれど、そのあたりの調整はテレジア任せである。
「警邏隊っすよ、国境を警備してるのは」
「なるほど」
「警邏隊が入国者の確認をして、不審者は捕らえて確認をするっす。実際、密入国をしようとした輩を何人も捕まえてんすよ。主にトール王国からの亡命者ばっかりっすけどね」
「ふーん……大変だな」
「他人事っすね」
レイラは戦場で暴れてばかりだが、そういう役職もあるのか。
面倒なものだ――そんな感想しか浮かんでこない。
「まぁ、そんなわけでこの砦には来ることになるっす」
「そうか。相手は任せた」
「そういうわけにはいかないっすよ。向こうは特使っす。使者ではなく、特使っす」
「どう違うんだ?」
「特別な任務を持っているってことっすよ。加えて、全権を国から与えられてるっす。そんな立場にある人っすから、向こうの偉いさんがなるもんなんすよ。多分、王族の一員あたりじゃないっすか?」
「まじか」
うわめんどくせぇ。
それがレイラの正直な感想である。
いつだったか、攻め滅ぼしたかつての南の敵国――グランデ公国において、そんな偉いさんと会ったことがある。首都まで攻め込み、あとは元首の一族を捕らえれば終わりというところまで追い込まれながら、玉座で偉そうに命令をしていたのだ。レイラを先頭として敵軍が大量に目の前にいる状態で、「誰の許可を得て余の前に立つか! 平伏せよ!」とか言っていた彼を、どれほど傲慢なのだと嘲笑したのも記憶に新しい。しかも、その隣にいた殿下とやらも同じく傲慢だった。
そういう輩でなければいいけれど。
「んじゃ、どうすりゃいいんだ?」
「まぁ特使っすから、敵対的な相手ではないっす。一夜の宿を提供する形で、あとは酒と料理でも出しときゃいいっすよ。そのあたりの手配はアタシがやるっすけど、さすがに相手が特使っすから、相手をするのはレイラさんっす」
「相手をする……つってもなぁ」
「まぁ笑顔でニコニコしながら、特に向こうが怒るようなことを言わなければ大丈夫っすよ。偉いさんはプライドだけは高いっすから、そこを刺激しないように気をつけるっす」
「あー、めんどくせぇ。向こうは顔知らないんだし、テレジアがあたしの振りして対応しろよ」
「残念ながら無理っす」
ぶー、と唇を尖らせるレイラを、テレジアがそう嗜める。
ガルランドとは現在まで戦端が開かれていないし、使者のパーティとかも参加したことがない。レイラの顔を知っている者は、間違いなくいないと思うのだけれど。
だが、テレジアは首を振る。
「レイラさんは、割と有名人っすよ」
「いや、でも顔は知らないだろ」
「顔は知らなくても、分かるっすよ。だって……『殺戮幼女』っすよ?」
「……」
レイラの、あまり発育の良くない見た目からついた二つ名――『殺戮幼女』。
極めて、極めて遺憾ではあるけれど、確かにその通りだ。
「アタシがどう見りゃ幼女に見えるんすか」
「分かったからもうそれ以上言うな」
レイラよりも遥かに高い背丈に、子供を産んでいるとは思えないほど細い腰に、ふくよかな胸部。
テレジアは、誰がどう見ても幼女ではないのだから。
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