第24話 レイラさんはご機嫌
「ふふふーん」
アントンの婚約者になった。
さらにもう一度食事を共にして、改めて夢ではないことを確認した。あの夜の愛の告白は間違いのない事実であり、名実ともにレイラはアントンと婚約をしたのだ。
意図せず頬が緩んでしまう。普段は二日酔いか暴れ足りないかアントン不足かで、しかめっ面で歩いている砦の廊下も、鼻歌を歌いながら歩いているほどだ。
「いやー……ご機嫌っすね」
「ふふふーん……何故か分かるか!」
「ええ、何度も聞いたっす。もういいっす。耳にタコができるっす」
「アントンがあたしにな! 愛してるって言ってくれたんだよ! あたしはアントンの婚約者なんだ! 結婚を前提にお付き合いをしてるんだよ! ひゃっはー!」
「だから聞いたっす。もういいっす」
テレジアのそんな真っ当な呆れた呟きも、浮かれているレイラには聞こえない。
むしろ、こんな風に砦を歩きながらも、奇異の目で見られているのだ。将軍どうしたんだろう、という囁きが周囲で行われているほどである。
そして、本日も帰ってゆくアントンを見送り終えた。あとは執務室で適当にだらだらしてから酒でも飲んで寝るかな、と思っている。
「んで、レイラさん。午後の訓練なんすけど」
「あー、適当にやってくれ」
「……毎度思うんすけど、それでいいんすか?」
「あたしがいない方が、のびのびやれるだろ」
基本的にレイラが執務室から外に出るのは、アントンが来ているときか戦時であるかのどちらかだ。戦争となれば一番槍として戦うが、そんな兵士の訓練などは全て他の者に任せているのである。
他の騎士団ならば存在する、将軍自らが鍛える将軍訓練も、銀狼騎士団にだけは存在しないのだ。レイラがやらないから。
そんなレイラに、テレジアは若干呆れているけれど。
「たまには鍛えてやってもいいんじゃないすか?」
「死人が出るぞ」
「そのあたり、手加減してくださいよ……」
「いや、まぁ……」
はぁ、とレイラは溜息を吐く。
レイラとて、鍛えてやりたい。だが、どうしても上手くいかないのだ。
戦場では何も考えずに暴れればそれでいいため、手加減の一切をせずに暴れることができる。それでいくら敵兵が死のうとも、それはこちらの益にしかならないからだ。
だが、訓練は違う。訓練中に死んでしまえば何の誉れにもならないし、何のための訓練なのだ、という話になるのだ。だからこそ、あえてレイラは手出しをしないのである。
「そのあたりの調整も任せてんだろ」
「だから、たまには将軍として鍛えた方がいいんじゃないか、って思うんすよ」
「つってもなー……あたしが、何を教えられるんだよ」
「そりゃ、色々あるっすよ。戦場での立ち回り方とか」
「大剣二本を振り回して戦場を駆け抜ければ、あとは死体の出来上がり、って教わって何か役に立つか?」
「……立たないっすね」
実際、レイラの戦い方はそれだ。
誰に教わったわけでもなく、気付いたらそう戦っていた。剣ではすぐに折れてしまう。槍でも柄をへし折ってしまう。大剣なら折れないが物足りない。それゆえに二本、という形で収まったのだ。
レイラは強い。
だが、それは誰にも真似のできない強さなのだ。そしてそんな、異常なまでの強さを持ち得るがゆえに、他者に教えることが全くできないのである。
相手が数人くらいなら、防御と回避に徹して集中を重ねれば殺さずに済むだろうけれど。さすがに大勢となると、反射で攻撃をしてしまって殺してしまう可能性があるのだ。
「まぁ、そういうわけだ。諦めろ」
「そうするっす……ああ、そうだ」
「ん?」
「もうそろそろ授与式っすよ。明日には出発しないと間に合わないっす」
「あ」
テレジアの言葉で、全く記憶になかったそれを思い出す。
そういえば、二十五日とか言っていたはずだ。今日が十七日で、帝都までのんびり馬で行けば一週間ほどになる。そのため、テレジアの言う通り、明日には出立しなければ間に合わないだろう。
面倒だからもう出なくていいかな、と思ってしまうけれど、この授与式に出ないとトールの王都を攻め落とすことができないのだ。
「あー……面倒くさいね」
「面倒だって言わずに出てくださいよ。レイラさんが授与式に出ないと」
「分かってる分かってる。はぁ……面倒だけど、旅支度しとくかねぇ」
「誰か連れてくっすか?」
「あたし一人でいいよ」
「承知っす」
そもそも、道中に誰かを伴うのは、護衛の役割が強いのだ。
そして護衛など全く必要のないレイラの強さからすれば、誰かを伴う方が逆に危険が上がるのである。人質に取られたりすれば、それだけレイラの注意が分散するのだから。
それをテレジアも分かっているために、それ以上何も言わない。
「あー、でも面倒だねぇ。テレジア、あたしの代わりに出席しろ」
「無理っす。授与式は本人じゃないと駄目っす」
「その辺うまいこと理由作って」
「駄目っす」
むぅ、とレイラは唇を尖らせる。融通がきかない。
もっとも、レイラが子供のような我儘を言っていることは事実なのだけれど。
「あたしが抜けたら、前線どうするんだよ」
「レイラさんがいなくても、少々の敵軍ならアタシが率いるっす。レイラさんが戻ってくるまで守るくらいは楽勝っす」
「……ちぇ」
レイラという圧倒的な武力を主軸とした銀狼騎士団は、レイラが暴風の如く敵陣を駆け抜け、その後の処理をする、という形で完成しているのだ。それゆえに、レイラがいなくなれば攻め手を失うのが現在の銀狼騎士団である。
だが、テレジアもテレジアで指揮には優れているため、同数や少々多くとも、砦の防衛をするくらいは可能だろう。そしてレイラが戻り次第、戦場で舞い踊れば間違いなく勝てる。
反論を失って、はぁ、と大きく嘆息。
「まぁ、丁度いい機会っすよ。帝都でも見物してくればどうっすか?」
「別にそんなの……」
「アントンさんと一緒に」
「――っ!」
その発想はなかった。
テレジアの言葉に、思わず目を見開いて驚く。
そうだ、帝都にはアントンがいるのだ。そしてアントンは帝都の生まれであり、勿論地理には詳しいはずだ。もしかしたら、美味しいお店なども知っているかもしれない。
つまりこれは。
アントンとの、帝都デート――!
「そうか! その手があったか!」
「ああ、それからレイルノート侯爵家なんすけど、帝都に屋敷を構えているらしいっす」
「あ? それが……」
「折角っす。ご両親にご挨拶をしたらどうっすか」
「――っ!」
くっ。
そう、膝をつきたくなる気持ちを抑える。
その発想は、完全になかった。驚きのあまりに、何も言葉を発することができない。
ただ、レイラに言えたことは。
「テレジア……お前、天才か!」
「そうでもないっす」
折角褒めたのに。
テレジアが返してきたのは、そんな愛想もない一言だけだった。
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