第21話 告白
二週間後。
再びやってきたアントンは、今度こそ僕がご馳走します、と言ってレイラを誘ってきた。
何だろうこれ夢だろうか、などと思いながらもその誘いに乗り、現在レイラはアントンと共にテリオンの街まで来ていた。
「今日こそは、ちゃんと僕がご馳走しますので」
「う、う、うん!」
「同僚に、テリオンの街の美味しいお店はないだろうか、って聞いてきたんですよ。そうしたら、『綿人形亭』というお店が美味しいという話を聞いたんです」
「あ、ああ、お、美味しいらしいな!」
「さすがはレイラさん、やはりご存知でしたか」
参ったな、とアントンが頬を掻く。
しかしレイラが知っている理由は、部下への美味しいお店調査の際に聞いていただけである。それも店名は一応覚えているけれど、場所とか何が美味しいとか何一つ覚えていない。
しかし、そんなレイラにアントンは微笑んで。
「場所も一応聞いてきたのですけど……レイラさんは行ったことあります?」
「い、いや、初めて、なんだけど……」
「でしたら、良かったです。ご案内しますね」
なんだろう、男らしい。
まさにレイラを伴ってテリオンの街を歩くアントンは、エスコートをする紳士である。ただでさえべたべたに惚れているというのに、このままだと更に惚れてしまいそうだ。そのくらい頼りになる。
少なくとも、店を探して右往左往するようなレイラに比べれば、遥かに頼れる男だ。
そんなアントンと共に暫く歩いて、年季の入っている構えの店へと到着した。
割と歴史のある店なのだろうか、と首を傾げつつ、アントンが「さ、どうぞ」と扉を開けてくれたので、そのまま入った。
なんだろう、すごくエスコートされてる感がある。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「二人です」
「はい。それではお席にご案内します」
店員に導かれて、そのままアントンと二人で席に到着する。
それほど広くない店なのだが、それなりに席が埋まっていた。アントンが聞いてくるくらいの店だから、それなりに有名なのだろう。がちがちと緊張しながら店員からメニューの表を受け取り、上から下まで確認する。
どうやら、ハンバーグがメインの店のようだ。
値段も良心的であり、前回のコース料理に比べれば十分の一くらいである。あの店はどれほどの高級店だったのだろう。そのあたりの金銭感覚がないのも困りものだな、と頬を掻く。
「僕はハンバーグステーキのセットを。レイラさんはどうしますか?」
「ええと……じゃ、じゃあ、あたしも、同じもので……」
「はい、少々お待ちください」
店員が下がり、自然向き合う形になる。
目線をどこかにやろうにも、メニューを見るわけにはいかない。もしこれで更にメニューを見れば、もっと多く食べたい、という大食いに思われるかもしれないからだ。
ゆえに、レイラの目線が行く先は、アントンだけである。
「今日は、来てくれてありがとうございました」
「い、いや、あ、あたし」
むしろお礼を言うべきはレイラだと思う。だけれど、どうにもうまく言葉が出てくれない。
毎回のことだが、食事をすると最後のあたりではちゃんと喋ることができるようになる。だが、それから二週間経つと、どうしてもまた緊張してしまうのだ。
現在も、胸の高鳴りが全く止まってくれない。
「最近は、お仕事はどうですか?」
「ま、まぁ……今は、その……敵軍も、おとなしい、から……」
「敵国の王都へ攻め込む奏上をされているのですよね?」
「あ、ああ。今なら、うちの騎士団だけでも……まぁ、トールは、落とせる気が、するから」
「さすがはレイラさんですね。長年の仇敵であったトール王国を、滅亡寸前まで追い詰めたのは、レイラ将軍がいなければなしえなかったことだ、と聞いています」
「まぁ……」
物凄く褒められてしまって、どうにも照れる。レイラはただ、暴れたいから暴れ回っただけだというのに。
きっとレイラよりも讃えられるべきは、そんな自由に暴れるレイラの矛先をちゃんと決めて、その上で暴れた結果を国益に反映するように立ち回るテレジアである。他の八大将軍に選ばれて、副官から昇進したらどうしよう、と不安になるほどに。
ぶるぶるっ、と首を振る。
違う。そんな話をしたいわけではない。
今日こそは、と決めていたのだ。
今日こそは――アントンに、告白をする、と。
「あ、あ、あのな、アントン」
「はい?」
「だ、だだ、大事な、は、は、話が、あるんだ……!」
心臓はばくばくと、激しく高鳴り続けている。
顔には物凄い熱が走り、きっと真っ赤であるに違いあるまい。
アントンを直視することができない。
どんな返事をされるのか、と思うと。
――大丈夫っす。レイラさん。
根拠のないテレジアの後押しが、心の中だけで響く。
手汗で濡れている掌を、二度、三度と開いて。
ふぅーっ、と大きく息を吐いて、気合を入れる。
ぎっ、とそのまま顔を上げて――。
「お待たせいたしました、ハンバーグステーキのセットがお二つですね」
「……っ!」
まさに言おうとしたその瞬間に、注文した品が来た。
言おうとして邪魔をされたその瞬間に、何か吹き飛んでぱくぱくと口を開いたり閉じたりすることしかできない。
何故このタイミングで来てくれるのか。いや、むしろ注文をしてから言い出したレイラが悪い。
機を逸したレイラの、その目の前に焼きたてのハンバーグステーキが置かれる。
「……どうぞ、レイラさん。冷める前に食べてください」
「………………うん」
「あ、美味しいですね。もっとパサパサしてるかと思っていましたけど」
「………………」
アントンがそんな風にレイラを促して、自身もフォークを持ってハンバーグを食べ始める。
そんなアントンに、レイラは絶望すら感じてしまった。
ちゃんと言ったのだ。
大事な話がある、と。
だというのに、そんなレイラの言葉を無視して、アントンは食事を始めている。
これは――もう、大事な話を聞きたくない、という意思表示なのではなかろうか。
「…………」
そうか、と心の中だけで諦める。
機を逸したことが、逆に良かったのかもしれない。アントンの、その本人の口から断りの言葉を聞くよりは、幾分もましだ。
溢れてきそうな涙を抑えつつ、レイラもハンバーグにフォークを突き刺す。
口に運ぶと、肉汁がじゅわりと吹き出してきた。
美味しい。
本当に美味しい。
だというのに。
涙が止まってくれない――。
「……レイラさん?」
「い、いや、お、美味しいな! アントン!」
「……あの」
「美味しい! ほんっとうに美味しい! 涙が出てくるくらい美味しいな!」
無理があることは分かっている。
だけれど、それでも強がる自分を、止められなかった。
大丈夫だ、とアントンに示す。
きっとアントンには、もっと似合いの女がいる。レイラみたいに暴力的で、がさつで、考えなしの女よりも、もっと思慮深くて、ちゃんと家庭を支えることができるような――。
「お、美味しいなぁ! えぐっ……おい、しい……!」
「レイラさん」
「い、いや! 気にすんな! ほ、ほら! アントンも冷める前に食べな!」
「……申し訳ありません」
嫌だ。
嫌だ。
聞きたくない。
アントンの口から、直接その言葉は。
だから必死で、止まらない涙を流しながら、笑顔を見せる。
何もなかったんだ、と示すのだ。
そんなレイラに対して、アントンは、僅かに微笑んで。
「先程は、話を遮って申し訳ありませんでした」
「い、いや、それは!」
「どうしても、レイラさんから言わせたくなかった」
「へ……?」
真剣な眼差しで、アントンがレイラを見据える。
深く呼吸をして、それから、こほん、と一つ咳払い。
そして、ゆっくりと、告げた。
「レイラさん、僕はあなたのことが好きです。心から愛しています」
「…………………………え?」
からん、と。
あまりの衝撃に、レイラは手に持っていたフォークを、床に落とした。
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