第20話 繋がる気持ち

「ふふっ……」


 銀狼騎士団への物資搬入の帰り道、アントンは馬車の手綱を引きながら、そう微笑んだ。

 何故か突然の鍋ということで誘われたが、意外なことの連続で驚いた。驚くと同時に、レイラという一人の女性に対しての興味が、尽きることがなかった。

 今まで、アントンには特に女性との関係があったわけではない。一応は侯爵家の子息として、それなりに夜会などには参加しているけれど、そういう浮いた話は一つもないのだ。

 どうせ、いつかは父にでも婚約者が決められるのだから、わざわざ探さなくてもいいだろうと考えたゆえである。

 だからこそ、今まで仕事一辺倒に生きてきたのだが。


「不思議だな……」


 まさかこのように、帰路で女性のことを考える日が来るなど、思いもしなかった。

 そもそもの出会いは、アントンの勘違いからである。敵国から『殺戮幼女』と渾名されているほどに、レイラ・カーリーという女性は見た目が限りなく幼いのだ。それゆえに、アントンはてっきり宮廷の家臣の子どもなのだろうか、と不思議に思って声をかけたのだ。

 その実、ガングレイヴ帝国最強の将軍にして英雄、レイラ・カーリーだとは全く思いもしなかった。

 腹を打たれ、悶絶したのは記憶に新しい。


「レイラさん、か」


 最初は、嫌われているとばかり思っていた。

 そもそも失礼な間違いをしたのはアントンであり、レイラは決して悪くない。しかも、その後で以前にちらっと話を聞いただけの、テレジアの娘だと重ねて間違えてしまったのだ。『殺戮幼女』という渾名はアントンも聞いたことがあったし、年齢はアントンとさして変わらないけれど若く見える人なんだろうな、くらいに思っていたからだ。

 まさかあれほど子どものような見た目だとは思っておらず、間違えた。レイラが怒るのも仕方ない。

 だからこそ、全く相手にされずに無言の砦の案内をされたときなど、いつ爆発して怒鳴られるのか、と恐怖していたほどなのだ。

 こんな風に、二人きりで鍋を一緒にするなど、誰が想像しただろう。


「強い、なぁ……」


 はぁ、と小さく嘆息。

 最初の食事は、アントンが出すつもりだった。レイラは将軍で、アントンは銀狼騎士団の担当官である。立場としてはレイラの方が上司にあたるけれど、そんなものは関係ない。男は女性をエスコートするものなのだから。

 それが、レイラに誘われて向かった店は、アントンの目玉が飛び出るほどの高額だった。かなり良い素材を使っていることは分かっていたし、それなりに高いだろう、と覚悟はしていたのだけれど、その予想を一桁越えていたのだ。最早ぼったくり、と言ってもいいレベルの高額である。

 だというのに、その額をあっさりと金貨で支払ったレイラ。

 僕が出します、と言うつもりだったのに。逆立ちしても払えないそれを、レイラが支払うのを見届けるしかなかったのだ。


「うーん……」


 だからこそ、次の機会こそはアントンがご馳走をしよう、と決めていた。

 テリオンの街にはあまり詳しくないため、出身であるという同僚から、簡単ながら美味しい店の情報を手に入れていたほどである。

 それがまさか、レイラ自らが鍋を作ってくれるとは思わなかった。


「……きっと、あれは、練習した証なんだろうな」


 最初にレイラと見えたとき、全部の指に貼ってあった絆創膏を思い出す。

 気付かない振りはしていたけれど、あれはきっとレイラが料理の練習をした証拠なのだ。それが分からないほどにアントンは鈍感ではないし、それだけアントンに手料理を作ることに、気合を入れてくれていたレイラに悪い感情など抱くはずがない。

 実際に、作られた鍋は美味しかった。もっとも、目の前で熊を捌くのだけは驚いたが。

 まさか素手で解体するとは全く思わなかった。どれだけ人間離れした強さを持っているのだろう。

 少なくとも、戦いの経験などないアントンならば、一瞬で殺されるだけの強さを持っているのだ。


 だからこそ、改めてその優しさを感じる。

 レイラの強さは、実感した。アントンの身長の倍ほどもある巨大な熊を、片手で抱えて持ち帰るほどの怪力――それに恐怖するよりも以前に、そんなレイラに腹を打たれた、という事実があるのだ。

 だが、アントンは少々そこで悶絶しただけに過ぎない。

 つまり――あのとき、レイラは限界まで力を抜いて、その上でアントンを打ったのだ。

 そうでなければ、きっとアントンの内臓は一つ二つ破裂していてもおかしくない。


「はぁ……」


 小さく、そう溜息。

 次にレイラに会うことができるのは、二週間後――次の搬入のときだ。

 きっと、それまでアントンは、レイラのことばかり考えてしまうのだろう――それが、簡単に想像できる。

 これが、心奪われたということなのだろう。

 一緒にいて楽しいし、面白い。そして何より愛しい。

 ずっと、ずっと一緒にいたいと思えるほどに。


「よし……次こそは、ちゃんと食事をご馳走しよう」


 確か、同僚から聞いた店で、それなりに安い店があったはずだ。値段よりも美味しいと言っていたから、間違いあるまい。

 今度こそちゃんとエスコートをして、紳士的に接するのだ。

 それが、アントンの考える最低限のマナーなのだから。


「……」


 だが、そこでふと思う。

 レイラは、アントンのことをどう思っているのだろう。

 二人きりで食事に来てくれるし、アントンのために料理も練習してくれるし、鍋の最中には愛の告白にも程近いものを受けた。きっと嫌われてはいないだろうとは想像がつく。

 だが、レイラの感情は、アントンの思うそれと同じなのだろうか。

 もしかすると、新米の事務官を可愛がってやる、というくらいの気持ちなのかもしれない。


「……言って、みようかな」


 自覚すると、鼓動が跳ね上がるのが分かった。

 アントンは、レイラのことが好きなのだ。ずっと一緒にいたいと思えるほど。


「……告白、か」


 もしも断られたらどうしよう。

 もしもそんなつもりじゃない、と一蹴されたらどうしよう。

 不安は過るけれど、しかし、自覚した気持ちを抑えられるほどにアントンは落ち着いていられない。

 次の食事の機会――そのときに、告げよう。


「でも、なぁ……」


 はぁ、と小さく嘆息する。

 問題は、レイラの見た目だ。『殺戮幼女』の名に相応しく、幼いままで成長が止まった体である。アントンと並んで歩けば、知らない者が見れば若い父親と娘にすら見えるかもしれない。下手にアントンが落ち着いた見目をしているのも問題であるが。

 そんな相手を、心から好きになってしまった。

 どうにも、複雑な感情に唇を尖らせる。


「僕に、幼女趣味はなかったはずなんだけどな……」


 そんなアントンの失礼な呟き。

 きっと、ここにレイラがいたら限りなく手加減をされて、照れながら腹を殴られていたかもしれない。

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