第19話 決意
「しかしアントンさんも物好きっすね……正直アタシ、アントンさんのことはそれなりに尊敬してるっすけど、レイラさんとの一件だけは信じられないっす」
「どういう意味だコラ」
「いえ、言葉通りっすけど」
激しく失礼なことを言われている気がする。そもそも、テレジアが自分に任せろ、と言ってきたはずなのに。
だがまぁ、実際に色々やらかしているので否定できない部分もある。一般人ボコボコにしたり、熊を一撃で倒したり、挙句に素手で解体したり。
でも、嫌われてはいないと思う。多分。次こそは、と誘われたし。
そのあたりが、テレジア曰く『物好き』なのかもしれないが。
「ふーむ……結構、アントンさんには悪く思われてないのかもしれないっすね」
「あたしもまぁ……あんまり自信はないけど、そうじゃないかな、とは思ってる」
「アタシなら二度と会いたくないと思うっす」
「なんだとこの野郎!」
「痛いっす痛いっす! 締まるっす!」
いつもながら失礼すぎる副官だ。
ったく、と襟首から手を離し、涙目でテレジアがけほけほ、と咳込んでいた。
「まぁ、でも順調そうで何よりっす」
「そう、だな……次の約束も、したしな」
「そうっすね……じゃあ、次は……」
ふーむ、とテレジアが顎に手をやって考える。
基本的にはテレジアの方針に従う方がいいだろう。まともに恋愛の一つもしたことがないレイラにとって、テレジアの言ってくる方策以外に指針となるものは何もないのだから。
と――そこでふと、こんこん、と扉が叩かれた。
「入れ」
「失礼いたします! リード副官は在室でしょうか!」
「おや、アタシっすか」
とてとてっ、とテレジアが小走りで扉へと向かう。
基本的に下士官などからの報告はテレジアへと渡り、そんなテレジアが情報の取捨選択をした上で、レイラに対する報告書としてまとめるのだ。いつもながら頼れる副官である。そんな報告書をいつも斜め読みしているのは申し訳ないけれど。
もっとも、そんな形態であるために、レイラが下士官や兵卒から恐れられている部分も少なからずあるのだけれど。
テレジアが扉を開いて、下士官の女と向き合う。
「大丈夫っす。報告書はあるっすか?」
「はい! こちらです!」
「受け取ったっす。持ち場に戻って大丈夫っす」
「承知いたしました! 失礼いたします!」
下士官がそのまま扉を閉めて、気配が去ってゆく。
そしてテレジアがふむふむ、と下士官から受け取った書類に目を通し。
「ふーむ……」
「何の情報だ?」
「帝都から正式に許可が下りたっす。トールの都を攻め落とせ、と」
「おお、そうか!」
やっとか。
随分前から奏上していたために、ようやく許可が下りたことに安堵する。今となっては超大国となったガングレイヴにとって、トール王国は木っ端にも等しいほどの小国に過ぎない。だが、そんなトール王国を抜ければ、その向こうには大陸の北西を占めるガルランド王国が控えているのだ。
噂ではガルランド王国もまた、トールの王都を攻め落とす画策をしていたらしいのだ。そのあたりの外交調整が、ようやく終わってくれたのだろう。レイラには詳しいことなど分からないけれど。
「ただ、条件があるっす」
「ほう」
「来月の二十五日に、レイラ将軍への勲章授与式を改めて行うそうっす。攻め落とすのはその後にしろ、と」
「……何でだよ」
意味の分からない命令に、そう眉を寄せる。
確かに、勲章の授与式に出席しなかったのはレイラが悪い。だが、今にも落とせるだろう敵国の王都を、そんな授与式を終えてから攻め落とせ、というのはどういうことだ。
「まぁ多分、トール王国を滅ぼした後には、別の勲章が授与されるからじゃないっすか?」
「もういらねぇ……」
「皇帝陛下としては、レイラさんのこれまでの功績に対する授与と、トール王国に関する功績を別にしたいんじゃないっすか? トールをここまで追い詰めることができたのは、ひとえにレイラさんの働きがあってのことっすから」
「……面倒くさいな、国ってのは」
レイラにはよく分からないが、そのあたりは国としての自尊心とかそういうものがあるのだろう。
意味が分からないとはいえ、命令は命令だ。それに従うのは仕方ない。
そこで、ぽん、とテレジアが手を叩いた。
「どうした?」
「レイラさん、ちょっと話を戻すっす」
「あん?」
「アントンさんとの件なんすけど」
「ああ」
そうだ、そもそもそれが主題だったはずだ。
突然の戦況を動かす報告が来たために、そちらを優先してしまったが、現在のレイラにとって最優先となる問題はアントンとの一件である。
テレジアが、物凄い笑顔で。
「告白しちゃいましょう」
「ああ……………………………はぁぁぁぁっ!?」
告白。
コクハク。
その言葉の意味を知らないほど、レイラは馬鹿ではない。本来の意味としては、潔白を告げる――つまり包み隠さず話す、という意味だ。
だが、そんな言葉は勝手に一人歩きをして、告白イコールで愛の告白、と認識できるのである。
愛の告白――つまり、アントンに好きだ、とそう告げること。
「無理だろ!?」
「ちょっと考えてみるといいっす。アントンさんについて」
「はぁ……?」
意味の分からないテレジアの言葉に、眉を顰めることしかできない。
アントンについてなど、四六時中考えている。それを今更、ちゃんと考えろと言われても。
だが――その後のテレジアの言葉は、レイラの予想を遥かに上回るものだった。
「アントンさんは好青年っす。顔は整ってるっす」
「ああ……まぁ、そうだな」
「加えて、宮廷勤めの出世頭っす。
「まぁ……うん」
「出自は由緒正しいレイルノート侯爵家で、将来的には宮中侯を継ぐ存在だと考えられているっす」
「…………うん」
「本人の物腰も柔らかくて、穏やかっす。さらに性格もいいっす」
「…………………………うん」
「そんな人を、帝都にいる貴族のご令嬢が見逃すと思うっすか?」
「……」
何も言えない。
改めてアントン・レイルノートという男を考えてみると、かなりの優良物件だ。少なくとも、未婚の貴族令嬢からすれば垂涎の的、とさえ言っていいだろう。
女性関係は特にない、と言っていたが、実際のところどうなのだろう。慕っている女がかなりの数いるのではなかろうか。
「今、帝都に戻っているアントンさんに、別の女が近付いたらどう思うっすか」
「……」
「それで、次回来たときに『実は婚約者ができまして』とか報告されたらどうするっすか」
「……………………そいつ、殴る」
「駄目っす」
真っ向から否定されてしまった。当然だけれど。
だが、確かにその考えは正しい。レイラがまごついているうちに、別の女が近付く、という可能性は限りなく高い。
そのためにも、素早く告白をする、というのは間違っていないのだろうけれど。
「……で、でも、大丈夫……か?」
レイラは自分でも分かっているつもりだが、決してアントンの好むことばかりやってきたわけではない。
むしろ暴力的だし粗雑だし、嫌われているのではなかろうか、と思えるほどだ。
そんな女から告白をされて、アントンはどう思うのだろうか。
「大丈夫っす。アタシが保証するっす」
「……本当、か?」
「レイラさんならいけるっす。最高の結果を出せるっす」
「……」
本当なのだろうか。
本当に、告白を受け入れてくれるのだろうか。
しかし、結局レイラとしては、指針とするべきはテレジアの言葉だけだ。信じるしかない。
覚悟を――決める。
戦場に赴く、そのときのように。
「わかった……あたし、告白する!」
「頑張るっす」
「よっしゃ、待ってろよアントンーっ!」
ごごご、と心の中だけで炎が燃え上がる。
きっと良い結果になってくれるはずだ。テレジアのお墨付きだし、大丈夫のはずだ。
しかし、そんなレイラの耳には。
「……まぁ、これで大丈夫っすね。断られたら断られたで、レイラさんのストレス発散にトールの王都で暴れてもらえばいいっす。どっちにしろ最善の結果っす」
そう、テレジアが小声で呟いていた言葉は、聞こえなかった。
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